煙草だって 🐍🧸



田村保乃。私はあなたに恋をしていた。



隣の家に住む6個上の彼女。一人っ子の私にとってお姉ちゃんのような存在で毎日公園で一緒に遊んでもらったり保乃ちゃんの部屋でお絵描きをしたりした。


「ほーのちゃん!!あそぼーーー」

「もぉそんな急がないの!」

「お絵描き!お絵描きしたい!!!」

「しよっか!おいで」

小学一年生と六年生。同じ小学生のはずなのにあの頃は凄く大人でお姉さんに見えた。


「何書いてるのー?天ちゃん」

「保乃ちゃん!天ちゃんねおっきくなったら保乃ちゃんと結婚する!!」

「え〜〜お嫁さんにしてくれるのぉ??嬉しいな〜」

「うん!だからね待っててね!!」

「楽しみやな〜」

小学一年生の私は本気で彼女をお嫁さんにしたいと思ってた。でも大人な彼女は違っていたのだろう。私の言葉への返事は冗談であくまでお遊びだったと思う。


*


保乃ちゃんが卒業して中学生になった。その頃からだろうか彼女の中で私への優先順位が低くなったのは。

「ほーのちゃん!今日も遊べないの?」

「ごめんな、天ちゃん今日お友達と遊ぶ約束しててね。また今度お絵描きしよう!」

「うん!!する!」

彼女にとって私はただの近所に住む子供。

同年代の友達の方が話も合うしお絵描きなんて子供じみた遊びが楽しくなくなるのも当然。

きっと精一杯明るく私を傷つけないように上手く交わしていた。『また今度』なんて日が来ることはなかった。


*

私が中学生になればずっと思いを寄せていた彼女とはたまに顔は合わせるものの少し会釈するだけで会話はあまりしなくなっていた。

別に嫌いな訳じゃないしむしろ好き。あの頃のまま気持ちは何も変わっていなかった。ただ大学生になってお化粧をしている彼女があまりにも綺麗で可愛くて少し照れくさかっただけ。


そんなある日のこと帰宅途中少し栄えた街中を通るとふと見えた路地裏に2人の人影があった。カップルだろうか。よく目を凝らすと私が何年も片思いをしている彼女でもう1人は知らない男の人だった。ぼーっと見つめていると2人の影が重なる。

「....っ」

大学生になって彼氏が出来るなんて普通のこと。ただ今まで彼女が男の人と一緒にいるところなんて見た事がなかったから少し、いやかなりショックで胸が痛んだ。


家に帰ってきてベットにカバンを投げて制服のまま枕に顔を埋める。

「はぁ....こんなに好きだったっけ....」

思ってたより傷ついている自分にびっくりして予想以上に保乃ちゃんへの気持ちが大きかったことを実感した。




「疲れた....」


急激に疲労感がおそいそのまま目を閉じた。


*

高校2年生になった私は毎日を無駄にしながら生きていた。中学校3年生の三学期。親が離婚し母親が家を出た。いつからだったか両親は仲が悪くなり些細なことで始まる喧嘩が絶えなかった。その怒りの矛先が私へと変わることだってそう少なくはない。
親同士の喧嘩は子供にとって思っているより辛くて怖い。中学校2年生の頃には心はズタボロに切り刻まれ修正することなど難しくなっていた。

手遅れだった。むしろ離婚してくれて良かったとすら思う。もう喧嘩している時のあの声、顔、物音を目や耳に入れなくていいから。

その後は日々のストレスからほぼ家にいない父親の煙草を勝手に吸い始めたり、何を考えているのかも分からない大人たちが嫌いで将来の為にと一応入った高校にも足は毎日運ぶものの誰かと会話をすることなどなく授業を適当に受けるだけ。

人のことなど信じられなくなり孤独になった。



「ふーっ」

煙草に火をつけ煙を肺いっぱいに取り込んで吐き出す。

最近はもう自分が未来で生きている想像が出来ず学校も辞めて何もかも終わりにしようかと考えている。


田村保乃。彼女が今何をしているかは知らない。3年ほど前、母が家を出る少し前に結婚し東京へ行った。

最後に家に挨拶しに来て少し顔を合わせたが彼女からの別れの言葉に適当に返事をしすぐに部屋へ戻った。

「じゃあね、天ちゃん」

「ん....じゃあ」

「....」


反抗期だった私はいつになっても手の届かない彼女に不貞腐れ悪態をついた。




*

毎朝起きると机に置かれている紙切れ1枚だけでは頼りないので毎日学校帰りの夕方から夜中までバイトに明け暮れる。



今日もいつもと変わらない何も起こらない孤独な日々の中の一日になるとそう思っていた。

「いらっしゃいませー」

21時。まあまあ街中にあるコンビニなのでもう100回以上繰り返している動作をまた同じように何ら変わりなくこなす。

はずだった。

ピッ、ピッ

「2点で356円です。レジ袋ご利用になられま、す....か」


接客中相手の顔はほぼ見ないので気づかなかった。そこに居たのは3年前東京へ行ったはずの彼女だった。


何故かキャリーバックを転がしている。


「え」

「て、天ちゃん....?」

「356円です。」

「あ、はい」

適当にレジ袋に物を入れて急かすように渡す。

「あ、ありがとう..ございます....」

「次の方どうぞ〜」


下を俯きながらゆっくり去っていく彼女の背中を横目に何故ここに居るのかと疑問を持つ。


あ、レジ袋代もらってない。。自腹かよ

*

22時半。シフトの時間も終わり人もほとんど来なくなった頃、売り場にある煙草を手に取りレジに通す。慣れた手つきでディスプレイに出る20歳以上を確認する「はい」というボタンを押し煙草代と彼女のレジ袋代を入れる。


「お疲れ様でした〜」

次のバイトに挨拶をしコンビニを後にした。




駐車場を出て帰り道につく。




「て、てんちゃん!」

あと少しで家という時、聞きなれた声に呼び止められた。


「は、?」



1時間以上前に会計を済ませたはず。。思わず目を丸くしてしまう。



「何でいんの、、」

「待ってた....」

眉を少し下げて私を待ってたという。



訳が分からない....

なぜここにいるのかも、なぜキャリーケースを引いているのかも、なぜ私を待っているのかもそして、、、




なぜ左手の薬指にあの時光っていたものが無いのかも



「夜ご飯もう食べた、?」


急に夜ご飯について聞かれる



「食べてないけど」

「じゃ、じゃあ一緒に食べない、かな?」

「食べない」

「だ、よね。ごめん....」

申し訳なさそうに謝る彼女。別に一緒に食べるのが嫌なわけじゃない。今のこんなボロボロになった自分を知られたくないだけ。ただ彼女を傷つけるようなことはしたくない。


「違くて。」

「え、」

「夜ご飯、食べないタイプなだけ...」

「なんで?!だ、ダメだよ!食べなきゃ!」

「うわっ」

急に腕を引っ張られ勝手に鍵を開けられ私の家に放り込まれる。



あれ、、言い訳の仕方絶対ミスった....


*


いつもは無音の殺伐としている家のキッチンからコトコトと温かい音が聞こえる。

冷蔵庫を開け適当に入っていた材料を集め料理を始めた彼女。その姿を家のソファから見つめる。


「ほら、出来たよ」

30分後。ぼーっとしていると声をかけられる。

「あ、あぁ」

机に置かれる美味しそうなカレー。久しぶりにこんなしっかりしたご飯を見た気がする。


1口カレーをすくい口に運ぶ

「どう?美味しい???」

目の前でまじまじと私を見ながら聞いてくる彼女。正直食べずらい。


「うん、、美味しい」

「よかったぁー!!」

私の感想に嬉しそうにえくぼを作る。




「ごちそうさまでした。」

「ご飯はちゃんと食べなきゃダメよ〜」


「...」



そう言う彼女に疑問しかない。何でこの殺伐とした空間を見て何も聞いてこないのだろう。誰もいない、生活感もない、こんな家をみたら誰だっておかしく思うはずだ。

「なぁ、何で何も聞いてこないん」

「ん?」

「変やろ。こんな家。おかしく思うやろ」

「....お母さんから聞いた、」



何だ知っていたのか。。

「天ちゃん、大丈夫だよ....何か保乃に出来ることないかな、?」



何だ。結局どんな大人も一緒じゃないか。何度も聞いてきた『大丈夫』という言葉。何も知らないくせに。


保乃ちゃんからの言葉を無視し、ベランダに出て煙草に火をつける。

「な、何してるの??」

後ろから恐る恐る近づいてくる声。幻滅すればいい。こんな私を見て、、気持ち悪いと思えばいい


「ふーーっ」

体の力がゆっくり抜ける。ベランダの柵に手をかけて寄りかかる



「知らん、、」

「んー??」

煙草を咥えながら相槌をうつ



「そんな天ちゃん保乃知らんよ!!!」


そう必死に言う保乃ちゃんの言葉に思わず笑みが零れた。





上を向きながら思いっきり煙を吸い肺に流し込む。

目をつぶり空に向かって吐き出した。

....

少しの間の沈黙。空に向かって吐き出した煙がしばらく夜空に漂ったあと風で一瞬にして流されていく。



「じゃあさ....保乃ちゃんは私の何を知ってんの。」



「なぁ、、何を知ってるん」


そう言い彼女の目をじっと見つめると目を丸くしたまま黙り込んでしまう。



「ほんとの私って誰なん。保乃。教えてや。」


私より背が低い彼女を見下すようにして聞いた


私の目をじっと見つめ何も言わない彼女の目から涙がこぼれる。

このままめちゃくちゃにしてしまいたい。ふとそう思った。

まだ半分ほど残った煙草を灰皿に押し付け彼女の唇に噛み付く。


「んっ...ちょ...と待っ!んぁ...」

無我夢中でキスをする。

「ちゅっ...ん...」


彼女の静止の声を聞かず服に手をかけてベランダということも気にせずボタンを外し服をぬがせる。



「待ってや....!こわ、い、、」

彼女の素肌に手を這わせた時小刻みに震えているのにやっと気づいた。

「ほ、のちゃん、?」



段々正気が戻ってきて目に焦点が合う。そこに居たのはアザだらけのほのちゃんの姿だった。




その瞬間全ての辻褄があった。

何故彼女が今になってキャリーケースをひいてここに帰ってきたのか。左手の薬指に指輪をつけていなかった理由。

そういう事か....



「気持ちっ、悪いやろっ、、」

泣きじゃくる保乃ちゃんを見つめる。

「ごめんなぁっ、、保乃。天ちゃんのことっなんも.、!知らんのにな....!.」





なんだよ、、



自分だって保乃ちゃんのこと何も知らないじゃないか。。それなのに勝手に怒って、好きな人を傷つけて....

思わずアザだらけの彼女を抱きしめる。


「ごめんな、、怖い思いさせて....ごめんなぁ、」

急いで服を着せて抱きしめながら震えてる彼女の背中をさする。




何分たっただろうか。呼吸が落ち着いてきた彼女が真っ赤になった目で私を見上げ口を開く。


「なぁ....天ちゃんのこと教えてや、、」

「え、?」

「保乃に。本当の天ちゃんなんておらんくてええよ、、知りたい..天ちゃんのこと」


「....っ」




私だって保乃のことを知りたい。

彼女のためなら今からでも変われる


ずっと暗闇の中にひとりぼっちだった私を引き上げたのは光と影の両方を持ち合わせた彼女で


「うん....教えてあげる、、」

「だから、保乃ちゃんのことも教えてな、??」











彼女のためなら....









煙草だって辞められる。____























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