6 実技試験

 サイラスが部屋を出て行った後も、アルフレッドはずっとシンの部屋で弟についていた。そのうち教師に追い出されるだろうが、それまでは弟のそばにいるつもりだ。
 寝顔を見ながら手を握り、むかし弟が木から落ちた時の事を思い出した。
 
 あの時の騎士の誓いを思い出す。

「絶対に守ってやると誓ったのにな……」

 アルフレッドがそう呟くと、閉じたままのシンの瞳から涙がこぼれた。つらい夢でも見ているのだろうか。アルフレッドは胸が締め付けられたように苦しくなり、シンの涙を拭うと、そのまま頬に口付けを落とす。

 ピクリとシンの指が動いたような気がして、アルフレッドは顔をあげ手を握りなおした。だが相変わらずシンは眠ったままだ。

「シン……?」

 呼びかけても反応はなかった。
 気のせいだったのかとアルフレッドは少しだけ残念に思い、そして少しだけほっとした。
 寮に入る前はよく一緒に寝ていたし、撫でたり抱きしめたりしていたのに、頬にキスした事はなかったと思い出したからだ。
 弟にキスするなんて変だろうか。だけど、シンが可愛いのだから仕方ない。他人に敬遠される黒髪や黒い瞳も、アルフレッドには特別に映っていた。自分の暑苦しい髪の色よりずっと美しく見える。それを誰にも、おそらく父や母にも理解してもらえないのが不思議だった。

 同じ学園に通っているのに、魔法使いと騎士ではほとんど顔を合わせることもないし、シンは最近カフェにもあまり顔を出さない。アルフレッドはもっと弟に会いたかったし、同じチームで補佐して欲しいと言ったのも一緒に行動したかったからだ。弟を気にかけるのはおかしい事なのだろうか。

(お前の弟思いは異常なレベルだけどな)

 レオンハルトにそう言われた事を思い出した。

「魔法使いになれなんて言うんじゃなかったな……」

 アルフレッドはもう一度シンの手を握り、その手の甲に唇を寄せる。声には出さなかったので、二度目の誓いも誰にも知られる事はなかった。


***

 シンは理事長の魔法で身体も心も押しつぶされそうだった。
 抱き上げられた時は恐怖と嫌悪で吐き気がした。吐く事は出来なかったが。
 自分の身体をもう一度自分の意思で動かせる時が来るのか分からない。そしてそれがいつになるのかも。全ては理事長の気分次第だ。

 だが兄の声が聞こえた時、そしてそれが自分の名前を呼ぶ声だとわかった時、シンの心に小さな光が生まれた。
 目の前は相変わらずの闇だったが、よく知っている懐かしい匂いがした。大好きな兄がすぐそばにいて、理事長の腕から彼を救ってくれた。理事長の脅迫めいた言葉も耳に入らないほど嬉しくて、シンの閉じた瞳からは勝手に涙が流れた。

 心に生まれた小さな光がこれから先どんな形になるのか、その時のシンにはまだわからなかった。ゆっくりと長い時間をかけて、その光はシンの生きる意志となり、魔力の源になることも。
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