1 黒い髪の弟

「シン!」

 アルフレッドは木から飛び降りると、シンに駆け寄った。

「シン!大丈夫か?」

 頭を打ったのかもしれない。
 横たわるシンは蒼白な顔色で意識を失っていた。アルフレッドは動揺しながらも屋敷に駆け込むと、大人に助けを求めた。

 騒ぎを聞きつけた父親や召使いが庭にやって来て、シンは部屋のベッドに運ばれた。
 すぐに治癒魔法の使える魔法使いが呼ばれ、大勢の治療師や薬剤師、父親の騎士の仲間までやってきた。

 誰もアルフレッドの行動をとがめなかったが、治療が終わるまで彼は生きた心地がしなかった。
 シンが死んでしまったら……そう思うと胸が苦しくなる。不慣れな弟を安易に木に登らせた自分を責め続けた。

 治療が終わって、みんなが帰ってからようやく父親がシンの部屋から出てきた。

「父上、シンは?」
「足の骨を折り、頭も打っていたが、治癒魔法で完全に治ったよ」
「そうですか……良かった」
「今は眠っている」
「申し訳ありませんでした。俺の責任です。罰は受けますから、シンに会わせてください」

 頭を下げて頼むと、父親はため息をついてアルフレッドの肩に手を置いた。

「アルフレッド、お前に話しておきたい事がある。部屋に来なさい」

 険しい表情の父に呼ばれて、普段はあまり入る事のない父親の書斎に入る。きっとものすごく怒られるか、罰を受けるのだと思っていた。だがそのどちらも違った。

「アルフレッド、お前の事だから気づいているとは思うが、シンはお前の本当の弟ではない」

 やはりと思ったが、今になってそんな事を言いだす父親の真意がアルフレッドにはよく分からなかった。

「シンを屋敷の外に連れ出してはならない」
「何故ですか?ずっと屋敷の中にいるなんて」

 それじゃまるで軟禁だ、という言葉を彼は飲み込んだ。もしも彼がシンなら耐えられない。

「何も一生というわけではない。あと少し、半年程度で片がつく」
「え?」
「お前はこの国の反乱分子の存在を知っているか?」
「噂でなら」

 かなり危険な思想を持った集団がこの国には存在していた。国を支配しようと、王家と度々戦いを繰り広げている。

 父は口が固く、詳しい事は何も話してくれなかったが、子供のアルフレッドにもそういった情報は入ってきていた。

「シンはそこの関係者だ」
「えっ……!?」
「反乱分子が血眼になって探している。見つかれば命の保障はない」
「どうしてシンが!?まだ子供なのに」

 父親は首を振った。

「お前はまだ知らなくていい。だが、国王軍が組織を壊滅させるのにもう少し時間がかかる。わかるな?シンを組織に引き渡してはならない。私はもちろんだが、お前も騎士としてシンを守るのだ。いいな?」

 そう言って父親は息子の肩に手を置いた。その手は実際以上に彼には重く感じられた。
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