2 入学試験
試験が終わって家に帰ってきたシンは、部屋に入ると着替えもせずに荷物を置いてベッドにうつ伏せになった。
彼には、試験がうまくいったような実感は全然なかった。
落ちてたらどうしよう、せっかく父に優秀な家庭教師をつけてもらったのに、とシンの頭は不安でいっぱいになる。
試験に落ちたら、きっと魔法使いにはなれない。そしたら兄のサポートをするのも無理だ。
しばらくの間ベッドの上で落ち込んでいると、誰かがドアをノックした。召し使いのミリアだ。
「シンぼっちゃま、お夕食の時間ですが。あら、寝てらしたんですか?ごめんなさい」
ミリアは最近入ったばかりで、よくミスをしては怒られてるけど、シンには優しかった。
「……お腹すいてないんだ」
「ぼっちゃまずっと徹夜でしたものね。ではのちほどお夜食をもって参ります」
ミリアは落ち込んだシンをただの睡眠不足だと思ったみたいで、にこやかに笑って出ていった。
「……」
夕食の席に出たくないのは、お腹がすいてないわけじゃなくて、試験の事を父や母に聞かれるのが怖いからだ。
「兄さんは試験出来たかな……」
シンは庭へと続く扉を開けて、石造りのベンチに腰をかけた。高所恐怖症だと思われてるらしく、彼の部屋は一階だ。
中庭は小さくて塀に囲まれていて、唯一兄の部屋にだけ通じてる。
彼はこの箱庭のような小さな庭園が好きだった。
しばらく庭と空を眺めてすごした。日が沈んで周囲が暗くなっていく。
シンは片手を出して、手のひらに力を集める。パチパチと赤い火花が弾け始めた。
一色だけの赤い光。最初に覚えたのが赤い色の光だった。赤は兄の色だから。鳥のような炎をつくることは出来そうにないけど。
「きれいだな」
魔法に集中していて、声をかけられた事に驚いた。いつのまにかアルフレッドがシンの部屋にやってきて、魔法を眺めていた。
「どうしたの?」
兄が近づいてきたので、シンは慌てて魔法の火花を消した。
「お前が夕食を食べてないって言うから、様子を見に来た」
「それなら、ミリアさんが夜食を持ってきてくれるって」
「そうか」
そう言ってアルフレッドはシンの隣りに腰かけた。
「さっきの魔法、お前得意なのか?」
「うん……」
「すごいな」
「全然、すごくないよ。今日の試験では、みんな僕よりもっと上手に魔法を使ってて……」
そこまで言った時、シンの頭の上に兄の手が乗せられた。そのまま引き寄せられる。
「それで落ち込んでたのか」
「うん……」
「お前は大丈夫だ」
「試験に落ちたかも」
ため息交じりに言うと、ぐしゃぐしゃと髪をかきまわされた。
「大丈夫だって言ってるだろ。もし落ちてたらやけ食いに付き合ってやるよ。心配するな」
「うん」
兄にそう言われるととても安心する。シンの落ち込んでた気持ちは嘘のように楽になった。
「なあ、さっきの魔法もう一度見せてくれ」
「え?」
「いいだろ?気に入ったんだ」
シンはもう一度手のひらに魔法の力を集めた。今度はさっきより少し大きな赤い火花が現れる。
手のひらに集中しながらも、時折ちらりと兄の顔を見ると、黙って火花を眺めてる。
シンは火花よりも兄の横顔に見とれた。弟にはいつも笑顔だからシンが兄の真面目な顔を見る事はあまりない。
もう少し兄の為に続けたかった魔法も、集中力が切れたのか、火花は数分ももたずに消えてしまった。
「もう終わり」
魔力のなさが恥ずかしくて、誤魔化すように元気よく立ち上がると、ちょうどドアがノックされてミリアが夜食を持って入ってきた。
「あら、アルフレッドぼっちゃまもいらしたんですか」
「俺にも夜食くれ」
「分かりました。もう少しお持ちしますね」
「兄さん夕食食べたんじゃないの?」
「育ち盛りだからな。お前も夜食食って早く寝ろ。昨日まであんまり寝てないんだろ」
「うん」
一緒に寝てもいい?と聞こうとしてシンはかろうじて思いとどまった。