第3夜〜生贄〜
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あの日以来、おれはリナリーとたまに話をするようになった。
突然家族と引き離されて、こんな殺伐とした場所で1人きりの彼女にとって、比較的歳の近いおれは心の拠り所となったらしい。
歳が近いといっても、おれと彼女は9歳離れているのだが、大人ばかりのこの教団においては、同じ子供であるというだけで安心感があるのかもしれない。
元々よく婦長のもとへ逃げてくることが多かったようだし、医務室に来る理由におれの存在が追加された形らしい。
まあおれは、実験のせいで意識がないことも多いから、話ができるのは数日に1度くらいなものだけれど。
それでも彼女にとって、それは多少の気晴らしになるようで、おれにとっても癒しの時間だった。
「……っ!ぁ…… エリオット……!」
医務室の戸を開けたリナリーが、僅かに表情を緩めて、おれを呼ぶ。
その声に、おれもふっと笑みが浮かぶ。
数日前の実験で声帯が裂けてしまったらしく、今日は声が出せないのが申し訳ない。
おれはベッドの縁をトントンと叩いて、リナリーに「おいで」と示す。
リナリーはこちらへ駆け寄ってくると、よじ登るようにベッドへ座った。
できるなら抱き上げてあげたいけれど、そんなことできる力も残っていない。
(そろそろ死ぬかもなー……。)
そんなことを思いながら、おれはなけなしの気力を振り絞ってリナリーの頭を撫でる。
リナリーは照れたような、けれど嬉しそうな顔でおれに目を向ける。
(この子を置いていくのか、おれは……。)
それは嫌だなと、思ってしまう。
いや、おれがいなくてもこの子は生き残る。
ハワードと同じだ。
本編に登場している時点で、この先の未来に生き残ることは確定している。
それでも、今ここで自分がいなくなることが、少なからず彼女の傷になるような気がして、それがどうしようもなく嫌だった。
(どうにか……生きたい、かも……。)
前世ぶりに、心の底からそう思った。
けれど、そんなもの連中には関係ない。
次の日には、おれは実験に連れて行かれた。
覚束ない足取りで、エレベーターへ乗り込む。
おれを囲む白衣の男どもが、何やら資料を見つつ話していることに腹が立つ。
おれそのものになんて興味はない。
見ているのは実験結果だけであると思い知らされているようで、思わず舌打ちがこぼれた。
程なくして、ヘブラスカの間に辿り着く。
「さあ、いつものようにイノセンスを。」
白衣の男が淡々と言う。
ヘブラスカも可哀想だ。
彼女自身は、この実験を躊躇う程度の倫理観と良心を持ち合わせている。
だと云うのに、教団の命令である以上逆らうことができない。
(彼女もまた、"生贄"なんだよな……。)
ヘブラスカの腕が、おれの手足を掴む。
思えばこの教団にいるものは、どいつもこいつも"生贄"なのだ。
おれやヘブラスカはもちろん、イノセンスに選ばれたエクソシストだって、言ってしまえば"贄"である。
神の結晶を使い、神の力をこの世に降ろすための"贄"。
(……けれど、死にはしない。)
死地に赴かされはすれど、その御力に殺されることはない。
どちらがマシなのだろう。
一時の苦しみと絶望で死ぬおれたちと、いつ死ぬかわからない恐怖の中生き残るエクソシスト。
(……どっちもクソだ。)
マシも何もない。
関わってしまった時点で、どちらも地獄だ。
違いがあるとすれば、"生きる理由があるかどうか"。
(神田とアルマの話を思い出すな……。)
彼らは生きたい理由があった。
とくに、神田は。
だから、アルマを殺してまで、エクソシストという地獄を生きた。
おれに、それだけの理由はあるだろうか。
(理由……。)
リナリーの顔がちらつく。
おれがいなくても生きていける彼女。
けれど、おれが死ねば傷付くであろう彼女。
(……一度だけ。)
一度だけ、賭けたい。
今おれが願ったら、イノセンスは応えてくれるのか。
生きたい、守りたいと。
それは神に届く願いとなるのか。
(きっと次に咎落ちをしたら、さすがにおれは死ぬ……なら、これは最初で最後のチャンス……!)
『……すまない。』
ヘブラスカの声が聞こえる。
彼女の手が、おれの中へイノセンスを流し込む。
途端、激痛。
身体中をめちゃくちゃに掻き回されて、全身の骨を片っ端から折られて、それでもなお止まらない。
ボロボロの声帯からは、もはや悲鳴も上がらない。
それでも、おれは叫んだ。
(い、イノ……セ……ス……!)
口から血が溢れる。
息ができない、視界が霞む。
それでも、叫んだ。
「───イノ、センスっ……!!」
『……っ!……お前!』
驚いたようなヘブラスカの声。
おれは構わず、神へ向かって啖呵を切った。
「……おれを……"使え"っ!!!」
ゴキンッッッ
内側から響いた音と、今までで1番の激痛を最後に、おれの意識は吹き飛んだ。
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