第1夜〜はじまりの子供部屋〜
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けれど、期待していた平凡な誕生日は訪れなかった。
朝、ガチャガチャと慌ただしく鍵を開ける音で目が覚める。
おれは警戒の色を浮かべつつ、寝ぼけながらもドアを睨んだ。
いったい誰だと身構えていると、勢いよく開かれたドアから飛び込んで来たのは、青褪めたシャリーだった。
彼女のこんな様子は初めて見る。
只事ではないと察して、ベッドに座り込んだまま硬直していると、彼女はこちらへ駆け寄ってきて、おれの両肩を強く掴んだ。
「エリオット様……!」
必死の形相でシャリーが言う。
鬼気迫るとはまさにこのことだろう。
けれどすぐハッとしたように息を呑むと、いくらか表情を緩めて静かに続けた。
「…… エリオット様、よく聞いてください。貴方の名前はエリオット・テイラー。今日、8月31日に10歳の誕生日を迎えられます。貴方の生は、望まれたものではなかったかもしれない。貴方の命は、憎しみから生まれたものかもしれない。けれど、それでも、貴方が……たしかに愛されていたことを、どうか忘れないで。」
俯いてしまった彼女が、今どんな表情をしているのかわからない。
ただ、その声は震えていた。
突然のことに、全く理解が追いつかない。
それでも心のどこかで、「終わり」が来たのだと悟っていた。
「シャルロット。」
そこに、馴染みのない声が響いた。
随分と久しぶりに聞く、シャリー以外の人の声。
低く響く、男の声だった。
声のした方へ顔を向けると、部屋の入り口に人が立っていた。
ライトブラウンの髪を後ろに撫で付け、サファイアブルーの瞳でこちらを見る人物。
「早く"それ"を寄越しなさい。」
直感的に、こいつがおれの父親なのだと理解した。
そして今、こいつが"それ"と示したのは、きっとおれのことだろう。
シャリーはおれの肩を掴んで俯いたまま、動かない。
「"教団"の方々をお待たせしているんだ、早くしなさい。」
「"教団"……?」
思わずおれは呟いた。
だって、その響きには覚えがあった。
もう10年前の記憶になるけれど、前世でずっと好きだった漫画で、主人公たちが所属している組織が「教団」と呼ばれていた。
咄嗟にそれが思い出されたのだ。
けれど、おれの呟きに男は表情を歪めると、舌打ちをしてズカズカと部屋に入ってきた。
そしてシャリーを引き剥がし、おれの手首を引っ掴むとそのまま歩き出す。
当然おれはベッドから転げ落ちて引き摺られる。
それにまた、男は舌打ちをした。
「エリオット様!」
慌ててシャリーがおれを抱き起こしてくれる。
その様子に、男は面白くなさそうに鼻を鳴らすと「急ぎなさい」と言い置いてさっさと部屋を出て行った。
「……シャリー?」
おれがそっと呼びかけると、シャリーは今にも泣きそうな顔で、おれを強く抱きしめた。
その温度に、強さに、安心する。
「……大丈夫だよ、シャリー。」
おれはゆっくりと彼女の腕を解き、その目を見返して言う。
「大丈夫、おれは忘れないよ。きみがたしかに愛してくれていたこと。」
そのまま静かに立ち上がり、おれは努めて明るく笑った。
「バイバイ、母さん。」
「っ……!」
そして、足早に部屋を出た。
程なくして、部屋から彼女の泣き叫ぶ声が聞こえた。
それに気づいたのは3年ほど前。
彼女がおれの部屋に姿見を置いてくれた時だ。
服の数もだいぶ増えてきたし、自分の身だしなみが見えた方がいいだろうと置いてくれた。
その時自分の顔を見て、どことなく面立ちが彼女と似ていることに気付いた。
そしてそれは、月日を追うごとに確信めいていった。
彼女がどんな思いで、今までおれを地下室で育ててくれていたのかはわからない。
けれど、彼女の笑顔には嘘はなかった。
地上への階段を上がりながら、そう思う。
この人生では一度も部屋から出たことがなかったせいで、少しの階段でも息が切れる。
座り込みそうになる体を必死に動かして、おれはどうにか階段を上がり切った。
「はじめまして。」
そして、目の前に立ち塞がった人に息が止まった。
「君が、エリオット・テイラーかな?」
不敵に笑うその男を、おれは知っている。
「私は、マルコム・C・ルベリエ。」
(ああ、本当に……。)
さっきの予感は当たっていたのだ。
ここは、前世でおれが好きだった漫画、「D.Gray-man」の世界なんだ。