第1夜〜はじまりの子供部屋〜
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おれの世界は、だだっ広いくせに窓がない、閉塞的な子供部屋。
それが全てだった。
前世のおれは、ブラック企業での過労が原因で25歳で死んだ。
仕事のせいで若くして死ぬことにはなったけど、至って平凡で面白みのない人生だったと思う。
だというのに、気が付いたら随分と難儀な生い立ちの子供に転生していた。
今世のおれの名前は、エリオット・テイラー。
とある貴族の男が、妾との間に作った、所謂隠し子というやつだ。
文字通り、"隠し子"。
おれは生まれてからずっと、屋敷の地下室に監禁されて育った。
世話係のメイド以外とはほとんど顔も合わせたことはなく、完全に存在を秘匿されているようだった。
普通の子供なら、こんな環境では死んでいただろう。
いや、むしろ死んでくれた方が都合が良かったのかもしれない。
その証拠に、父親である貴族の男とやらは、一度もここに来たことがない。
たが幸いというか生憎というか、おれは前世25歳の「見た目は子供、頭脳は大人」だったわけで、メイドの様子やごくたまに見る他の大人たちの反応から、自分の立場を薄々理解してからは、割と悠々自適に生活している。
部屋にはベッドとクローゼット、机はあるし、服も十分与えてもらえた。
時折ぬいぐるみなんかも持ってきてくれたし、ある程度の年齢になると本も買ってもらえた。
正直、監禁されているという点を除けば、かなりの高待遇だ。
まあ地下にこれだけ広々とした部屋があるんだから、上の屋敷もさぞ豪邸なんだろう。
そんな富裕層なら、不都合な子供ひとり隠すために金を使うくらいなんともないのか。
(それなら、殺しちゃえばいいのに。……いや、この場合「あえて生かす理由があった」と見るべきか。)
そんなことを思いつつ、おれは手にしたチェスの駒を盤に置いた。
「チェックメイト。」
「えっあ、ま、待ってください!エリオット様、一回待って!!」
「ダメ、今日だけでもう5回は待った。」
目の前でおろおろするメイドに、おれは少し呆れながら返す。
綺麗なブロンドの髪に、澄んだ碧眼という、まさに西洋人形のような見た目の彼女が、おれの世話係であるシャルロット・フォーレ。
まだ26歳と若いのだが、おれが生まれてからの10年程、ずっと世話をしてくれている。
毎日3食食事を運んで来てくれるし、寝る時は絵本を読み聞かせてくれる。
基本的な読み書きや、一般教養、基礎的なマナーなんかを教えてくれたのも彼女だ。
そして今のように、手の空いている時はチェスやトランプで遊び相手にもなってくれる。
「エリオット様は、本当にチェスがお強いですね。」
「シャリーが下手過ぎるだけだよ。」
言いながら、おれは駒を集めてケースに戻していく。
かれこれ2時間は引き止めてしまっているのだ。
そろそろ彼女も仕事に戻る時間だろう。
おれと一緒に駒を片付け始めた彼女は、ふと思い出したように口を開いた。
「そうだ。エリオット様、今年のお誕生日には、何が欲しいですか?」
その言葉に、もうそんな時期かと思う。
この部屋には時計もカレンダーもありはするのだが、如何せん外に出ないと季節感もクソもあったものではなく、どうも日付や月の感覚が曖昧だ。
(欲しいものか……。)
そう言われてもパッと出てこない。
どうやらこの世界は1800年代の終わり頃のようで、当然だがゲーム機やスマホなんてものは存在しない。
ボードゲームは今持ってるもので十分だし、もちろんぬいぐるみももういらない。
衣類や家具も頓着しないから、シャリーが適当に買ってきてくれるもので事足りる。
強いて言うなら本が欲しいけど、どんな本が欲しいか明確に指定しないと、年相応な児童向け文学を与えられてしまう。
(何を強請っても面倒なんだよなあ……。)
おれは微妙な顔でしばらく悩んでから、最終的に一番無難で無欲な答えを口にした。
「……なら、シャリーの料理が食べたい。」
「え?」
ポカンとしている彼女に、おれは至極真面目に繰り返す。
「シャリーの料理。ビーフシチューがいいな、あとケーキも。」
「え、でっでも、そんなの言ってくださればいつでも……。」
「おれは、シャリーが作った『誕生日の特別な料理』が食べたいんだ。いつものご飯じゃない。」
おれは少し拗ねたような言い方をする。
普段は大人ぶってる分、たまにこういう子供っぽい様子を見せると、シャリーはお願いを聞いてくれることを、おれは知っている。
案の定、彼女は困ったような顔をしながらも、最後には優しく笑って「わかりました」と言ってくれる。
「では、いつも以上に気合を入れて作りますね!」
「ふふ、楽しみにしてる。」
それから二言三言話すと、シャリーはひとつ礼をして部屋を出て行った。
そしてすぐに、ガチャリと鍵の音がする。
内側に鍵穴の類はないから、恐らくチェーンなり南京錠なりといった、片側からは開けられない仕様の鍵がつけられているのだろう。
(厳重なことで。)
おれは小さく息を吐き、部屋の隅にある本棚へ足を向けた。
そこには、少し草臥れている絵本から、ハードカバーの児童文学書まで、いくつもの本が収められている。
おれはそのうちの一冊、比較的大人向けの小説本を手に取った。
「エリオット様にはまだ難しいと思いますよ」と渋りつつも、シャリーが買ってくれた本だ。
文体は軽めだけど、内容はミステリーだし、たしかに10歳そこらの子供が読むには、少し難しいだろう。
けれど、何度も言うがおれは中身は大人、前世と合わせれば今年で36になる。
……そう思うと急につらくなるが、まあとにかく知能はしっかり引き継いでいるのだ。
難なく読めたし、むしろまだ物足りないくらい。
さすがにそれを正直に言うわけにはいかないから、シャリーには「少し難しかったけど面白かった」と伝えている。
それを聞いた彼女は、驚きと喜びの混ざった表情で「エリオット様はとても聡明な方ですね」と褒めてくれた。
騙しているようで心は痛むが、褒めてもらえるのは素直に嬉しい。
大人になると褒めてもらう機会は減っていくし、ブラック企業に勤めていたおれは、日頃称賛より罵倒を浴びることの方が多かった。
前世よりだいぶ難儀な人生を背負わされてはいるけれど、再び子供として扱われること事態は悪くはない。
誕生日も、一定の年齢になると祝う雰囲気ではなくなってくるものだから、こうして細やかでも祝ってもらえることは嬉しい。
ふっと笑みが溢れる。
カレンダーを見てみれば、誕生日当日まですでにあと3日だった。
(シャリーの料理、楽しみだな。)
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