保健室の眠りネズミ
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錬金術や魔法薬学の授業は、危険物と隣り合わせだ。
学生が扱う簡単な調合でも、分量や手順を間違えれば大事故に繋がりかねない。
だからこそ、担当教員も細心の注意を払うわけだが、それでも全ての事故を未然に防げるわけじゃない。
「Bad boy!今すぐそこから離れろ!!」
実験室の一画に上がった青色の煙を目にしたクルーウェルが、防御魔法を発動しつつ叫んだ。
その言葉にいち早く反応したのは、煙の上がった釜の隣にいたエース。
彼は煙を上げた当事者であるデュースとグリムを肩に乗せた監督生の首根っこを引っ掴むと、全力で鍋から引き離した。
何が起きたかわかっていないらしい2人と1匹は、されるがままに後方へすっ転ぶ。
そしてその瞬間、ドカンっという音を立てて、釜が爆発した。
クルーウェルが釜周辺に使った防御魔法により大規模な爆発とはならなかったが、それでも青黒い液体と黒煙を垂れ流す釜を見れば、これが大いに危険な失敗であったことは明白だろう。
爆発させた当人たちも含めて、生徒は皆青ざめている。
「……月華草の粉を混ぜる時は少量ずつ加えてゆっくりと混ぜるようにとあれほど釘を刺したはずだが?」
青筋を立てたクルーウェルが、デュースと監督生とグリムを見下ろす。
「す、すみません……。」
三者三様に謝罪を口にして俯く。
と、その時。
「ちょ、監督生お前、腕怪我してんじゃん!」
エースが焦った声を上げる。
言われて監督生が視線を落とすと、白衣の左袖が裂けて、そこから覗く腕から血が出ている。
それを見たクルーウェルは盛大にため息を吐くと、額を抑えて言った。
「監督生はまず保健室に行ってこい、説教は放課後だ。トラッポラは監督生に付き添え。他のものは完成した薬品を提出次第、退出していい。そこの駄犬どもは、爆発させた釜の掃除と追加課題をプレゼントしてやる。」
クルーウェルの言葉に、生徒たちは各々持ち場へと戻っていく。
デュースとグリムは、実験室の端に置かれたロッカーへと掃除用具を取りに行った。
エースは監督生の右手を取り立たせると、呆れた顔をしつつ腕の怪我へ目をやる。
「何してんだよお前ら……あーあー結構血出てんな。」
「うわ、傷口見ちゃったらすごく痛く感じてきた……。」
「はいはい、さっさと保健室行こうな。」
エースは呆れとも諦めともつかない顔でそう言うと、足早に実験室から出て行く。
監督生もそれに続いた。
「僕、保健室行くのはじめてだなー。」
監督生は、廊下に血が垂れてしまわないように傷を気にしつつ歩き、言う。
その言葉に、エースも頷いた。
「オレだってねえよ、そもそもそんな頻繁に行く場所でもないだろ。」
「それはそうだ。」
うんうんと、監督生も頷く。
自分が怪我をしているというのに、どことなく緊張感がない。
その様子にエースは大きなため息を吐いた。
「失礼しまーす。」
保健室は、実験室からそう離れていない。
数分とかからずたどり着いた。
声をかけつつエースがドアを開けると、すぐにその人物が目に映る。
「お、いらっしゃい。」
肩につくほどの赤褐色のボサボサの髪をハーフアップにした、眠たげな水色の瞳の青年。
薄紅色のパーカーの上に白衣を着ていることから、おそらく彼がここの保健医なのだろう。
青年はキャスター付きチェアの背もたれ側を向いて座り、背もたれに両腕を置いて寄りかかる姿勢のまま、床を蹴ってキャスターを転がしエースたちの方へと近づいてきた。
およそ教師にあるまじき行動だが、今更この程度のことで驚くことはない。
この学校が、教師も含めて変人揃いなことはとうに理解している。
果たしてちゃんと手当してもらえるのかと不安は感じるが、ひとまずは状況報告だ。
監督生は自分の左腕を示しつつ、青年へ口を開く。
「錬金術の授業で失敗して怪我をしたんですけど、手当てとかってしてもらえますか?」
監督生の言葉に、青年が目を細める。
ひらひらと手招きをすると、「見せてごらん」と言ってきた。
監督生が腕の傷を見せると、青年は眉間にシワを寄せて言う。
「あーあ、派手にやったもんだねぇ。見た感じ薬品は被ってないみたいだから、何かに引っ掛けて切れたんだろう。爆発でもさせた?」
いきなり図星を突かれて、監督生の表情が強張る。
それを是と捉えた青年は、クスッと笑って椅子から立ち上がった。
「まあ原因はさておき、手当てはもちろんやるよ。それが仕事だからね。」
言って、棚から救急箱を取り出すと、部屋に備えられたテーブルに並べられた椅子に、監督生を座らせる。
それからふと、エースへ目をやった。
「きみは付き添いだよね?もう戻ってくれてもいいんだけど……心配してるフリしてサボる?」
これにはエースが顔を引き攣らせる。
正直確かに、このまま監督生に付き添っておいて授業が終わればいいとは思っていた。
だが、そのものズバリと言い当てられると、少なからず罪悪感は芽生える。
いや、罪悪感というかイタズラがバレた時のような焦燥感か。
見抜かれていた以上、長居するのは得策じゃない。
変に説教を食らう前に退散しよう。
そう決めたエースが、退室の言い訳を口にしようとした時。
「まあ、授業も残り10分ないし、俺はきみらの担当教員でもないから咎める理由もないしね。さすがにベッドは貸してあげないけど、のんびりするくらいなら見逃してあげる。」
悠然と笑って、青年が言った。
それにエースも監督生もぽかんとする。
その顔が面白かったのか、青年はクスクスと笑いながら監督生の手当てを始めた。
「……い、いいんですか?担当教員でなくとも、あなただって先生なのに……。」
監督生がおずおずと言うと、青年は肩をすくめた。
「それなら、今すぐ彼を追い返した方がよかった?」
「いやいやいや、オレとしては全然そんなことないんで!むしろめっちゃお言葉に甘えさせてもらうんで!!」
「あざーっす」と気の抜けた礼の言葉を告げて、エースは嬉々として監督生の隣へ腰掛けた。
「きみたち1年生?」
手際良く監督生の治療を進めながら、青年が言う。
「はい。僕はユウです。」
「オレはエース・トラッポラっす。」
2人が名乗ると、青年は何か納得したように笑った。
「あー、きみらね。入学早々退学騒ぎ起こしたのって。」
そう言われて2人は押し黙る。
もはや教師の間で自分たちは、「入学早々退学騒動を起こした問題児」という括りなのだろう。
正直解せないが、過ぎたことな上事実ではあるので反論は諦めた。
「じゃあ俺もはじめましてかな。俺はここの養護教諭のネム・ドーマウス、よろしく。」
ネムと名乗った青年は、未だ眠たげな目を細める。
と、ちょうど監督生の手当が終わった。
「傷はそんなに深くなかったけど、絆創膏貼るには大きかったからガーゼ当てといた。包帯で止めてるけど見た目ほどひどい傷じゃないから、お風呂入るときには外しちゃっていいよ。予備のガーゼと塗り薬あげるから、お風呂あがりにつけ直して明日1日は様子見といて。」
言いながら、新品のガーゼと塗り薬を、小さな紙袋に入れて渡してくれる。
監督生はそれを受け取ると、お礼を言って立ち上がった。
「あ、そうそう。」
だが、2人が保健室を出ようとしたところで、ネムが声を上げる。
そして、にこりと笑って言った。
「錬金術の授業って、基本2人1組じゃない?ユウくんだけ保健室に来させちゃうとユウくん1人になっちゃうから、追加課題も出せないよね。彼は魔力もないわけだし。だからトラッポラくんを付き添いに出したんだよ、きみの性格ならちゃっかりサボって授業に戻ってこないだろうと踏んで。」
「……え?」
「つまり、放課後にユウくんの追加課題を手伝わせるために、トラッポラくんは付き添いとして派遣されたってこと。俺ならそのことに気づいても、きみを追い返してあげたりしないってことまで計算してね。まんまとクルーウェル先生にハメられたね、かわいそうに〜。」
「……は……はぁ〜〜〜!!?!?」
エースの叫び声が響くのと、授業終了のチャイムが鳴るのは同時だった。
クルーウェルへの不満を叫びながら慌てて保健室を出て行く2人を見送り、ネムはカラカラと楽しげに笑っていた。
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