第2話 再会と贖罪
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「落ち着いた?」
「……すみません。」
小さく鼻を啜った貴志が、気恥ずかしそうにココアを口にする。
その様子に、俺は少しだけ微笑ましくなった。
あの頃と変わらない、「大人びただけの子供」がそこにいる。
赴任先の学校に貴志がいたことは、完全に想定外だった。
教室で彼の姿を見つけたときは、心臓が止まるかと思った。
当然だけど、記憶の中よりずっと成長していた。
年頃の少年にしては細身なようだったけれど、目立った傷やアザはない。
そのことに少しだけ安堵した。
声をかけるかどうかは、迷った。
貴志との別れ際は、決していい思い出ではない。
もしかしたら彼は、俺のことなんて忘れていたかったかもしれない。
けど、俺がここに赴任してきて、貴志のクラスの政経を受け持つことになった時点で、関わらないわけにはいかなくなった。
ならば、貴志には悪いけど、先に踏み込んでしまおう。
そう思って呼び出したのだ。
案の定貴志はあの時のことを気にしていて、開口一番に謝罪をしてきた。
『ごめんなさい、花緒さん……ごめんなさいっ……。』
怯えたような顔で必死に謝る姿は、昔のままだった。
違う、そんな顔をさせたかったわけじゃない。
ただもう一度、君と話がしたかった。
「ごめんね、先に用件伝えておけばよかったね。」
俺がそう言うと、貴志は「いえ」と小さく首を振る。
また一口ココアを飲んだ彼に、俺は言葉を選びながら言う。
「……話を、したかったんだ。」
俺がゆっくり口を開くと、貴志がふっと俺に目を向ける。
「ここに貴志がいるなんて思わなかったから、俺もびっくりして……。ただ話したかった。俺のエゴなんだけど……あの時は俺も子供で、あの後君がどうなったのかわからなかったから。」
貴志を伺うように、俺は苦笑してみせる。
我ながらずるい大人だと思う。
彼の優しさにつけ込むみたいだ。
貴志はきゅっと一度目を細めると、考えながらなのかゆっくりと話し始める。
「……おれも、あなたのことはずっと気がかりでした。その……あなたはおれのせいじゃないと言ってくれたけど、おれと関わらなければあなたは今でも普通に暮らすことができていたはずです。……あなたが、おれを許してくれるのは……嬉しい、です。けど……おれがあなたを巻き込んだ事実だけは、変わらないと思ってます。」
その返答に、俺は内心息を吐く。
気にするなと言われて気にしないでいられるほど、この子は図太くない。
やはり関わるべきじゃなかった。
けど、今更そう嘆いたところで遅い。
関わってしまった以上、責任は持たなきゃいけない。
俺は今度こそ言葉を、言い方を、慎重に選んでいく。
「たぶん俺がどう言ったところで、君の中の事実は変わらないと思うし、その事実が君を苦しめるなら、今後無理に俺に関わらなくてもいい。けど、俺は君を恨んでいないし、今でも大事な弟だと思ってる。それだけは忘れないでいて。」
貴志の瞳が揺れる。
湖面のように滲んで、けれど溢れることはなかった。
代わりにふにゃりと、それは歪んだ。
「……ありがとうございます、花緒さん。」
昔より、随分と柔らかい表情になったものだ。
顔色を伺うものでもない。
周りに合わせたそれでもない。
手放しにこんな笑顔ができるほど、今の彼は恵まれているのだろう。
そのことに心底安堵した。
「貴志さえよければ、これからも仲良くできたら嬉しいな。もちろん、教師として贔屓はしないけどね。」
「お、おれも、また花緒さんと話せるのは嬉しいです。」
まだ距離感に戸惑いながらも、貴志はそう返してくれる。
けれど、不意にその表情が強張る。
何か言い淀むように目が泳ぎ、一度口元をきゅっと結ぶ。
「……あの、すみません……でも、これだけは確認しておきたくて……。」
表情と同じく、強張った声で言う。
いや、わかってる。
俺は密かに、テーブルの下で両手を組む。
祈りのようだと言われたこの仕草は、緊張時やストレスを受けた時に出る癖だ。
それが現れるほどには、俺にとってもこの先に待つ話は、決していい話ではない。
わかってるんだ。
「…… 花緒さん、まだ……妖怪たちは見えますか?」
真っ直ぐに向けられた瞳から、思わず目を逸らしてしまった。