第3夜〜偽善と悲劇〜
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夜。
おれたち4人は教会へやってきていた。
昼間は神聖な雰囲気を漂わせるそれは、夜の闇の中ではどこか不気味な空気を感じさせる。
当然、そんなものに恐怖を覚えるような精神は、とうの昔に無くしているけれど。
「なんか出そうさね……。」
だが、それはおれの話である。
隣で顔を引き攣らせるラビに、おれは苦笑した。
彼は原作でクロウリー城を目にした時も引き気味だったし、背後に墓地を従える教会など、気味悪く思えても仕方ないだろう。
「まあ、出そうってのは間違いないだろうね。」
もっとも、それは幽霊ではなくアクマだろうが。
「さて、じゃあ向こうから出てくる前に、"こっちを"正面突破しておこうか。」
おれの言葉に、皆が表情を引き締める。
それを確認してから、おれは教会のドアへ手をかけた。
ぐっと、押し開ける。
微かに蝶番が軋む音を立てつつ、ドアは難なく開いた。
そして。
「お待ちしていました、エクソシスト様方。」
そこにはリオネルさんがいた。
大聖堂の中央、月明かりに淡く照らされたステンドグラスの色を浴びながら、悲しげに微笑んでいる。
「エリー様、教団のサポーターとして、私は貴方のことを存じ上げております。だからこそ、この地に派遣されたエクソシストが貴方であると知った時に、私は終わりを悟りました。」
困ったような顔で笑いながら、リオネルさんが言う。
その表情と言葉に、おれの推測が当たっていたのだろうことを察した。
おれは諦めたような笑みを浮かべて、彼へ返す。
「買い被りすぎ、と言いたいところですけど……今回はたしかに、おれたちはあなたを"終わらせる"ことになりそうです。」
ロベーヌは、田舎村ではあるが寒村ではない。
大きめな都市と都市の間にあるため、行商人の出入りも多く、出稼ぎに行くものたちが宿や貸アパートを求めて立ち寄ることもある。
大都市よりも物価が低く、治安も悪くはない。
つまりはベッドタウンとして重宝されている村なのだ。
だが、それは"いい一面"である。
裏を返せば、昨日まで隣に住んでいた人間がいなくなっても、「稼ぎ先を変えたから引っ越した」「都市の方へ長期出張に出た」といった理由で誤魔化せてしまうのだ。
それ故に、この村には"消えるつもりでやってくるもの"もまた、多くいる。
「リオネルさん、あなたは、ここに"死にに来た人"の手助けをしているんじゃないですか?」
この村では、前々からよく人は消えている。
だが、今回のようにアクマが原因と騒がれることがなかったのは、必ずいなくなった理由がわかっていたから。
そして、その「理由」を知っていたのは、いつもリオネルさんだった。
警察署で過去の失踪者の記録を見たところ、そのことごとくで、証言者としてリオネルさんの名前が書かれていたのだ。
近隣の都市へ稼ぎに出た、実家に帰ることになった。
どれも平凡な理由で、出て行く前に世話になった神父へ一言挨拶にきたのだと言われれば、納得してしまうだろう。
けれど、実際はそうではなかった。
「1週間前に失踪したパン屋の店主が、夜中にあなたと教会に入って行くのを見たという証言がありました。調べたところ、そのパン屋は以前から経営不振で、赤字が続いていたそうです。店を維持するための借金も返すことができず、追い詰められていたと……。だから、消えるためにあなたのもとへ来た。」
「……はじめは、救いを求めていらしたのです。神の祝福を求めて……ですがどうしても立ち行かないと……。だから申し上げたのです。もしもの時は、その命を捨ててしまう前に、私のもとへお越しなさいと。」
「では、店主は生きているんですね。」
「……私はその方に、パンとミルク、1週間生きられる程度の小金と、そして毒の小瓶を渡しました。眠るように、安らかに死ねる毒薬です。それを持って、その方は村を出て行きました。あとは……ご本人の選択次第です。」
「……なるほど。」
死を考えるほどに追い詰められた人間は、視野が狭い。
だから、1週間という猶予期間を与えているわけだ。
死ぬか、やり直すか。
リオネルさんはただ、その選択肢を与えるだけ。
その後どうなったのかは知らないと。
「……残酷ですね。」
「素直に、卑怯と言ってくださって構いません。偽善であると。」
おれの言葉に、リオネルさんが苦笑する。
わかっているのに、この人は紛い物の"救い"を与え続けているのか。
いや、今はそんなことを気にしている時ではない。
情を捨てろ、感傷に浸るな。
おれはぐっと言葉を飲み込んで、最優先事項だけを口にする。
「……では、アクマによるものとして報告された26人の失踪者のうち、あなたが消した人間は何人ですか?」
この回答によっては、今回の任務の意味合いが大きく変わってくる。
リオネルさんは少しだけ目を伏せると、静かに言った。
「……10名。」
簡潔に述べられたその数字に、おれは詰めていた息を吐き出した。
少なくとも、この任務そのものが無駄足であったわけではないらしい。
もしそうだとしたら、教団側としては、さすがにリオネルさんを不問にすることはできなかっただろう。
「ってことは、16人は確実に消えてるってことさね?」
ラビの言葉に、おれは微妙な表情を返す。
けれど、おれが何か言うよりも先に、ブックマンが口を開いた。
「いや、そもそもこの村が失踪者の多い村であるなら、リオネル殿を頼らず自ら姿を消したものもいるだろう。ならば、アクマに殺されたものが16人とも限らんぞ。」
「最初の一人以外は、アクマによるものかどうか、定かではないだろうね。」
補足するようにおれも言う。
そう、最初の一人はいたのだろう。
何せ、ここ最近の失踪者は皆、衣類を残して消えている。
ということは、はじめに衣類を残して消えた一人がいたはずだ。
それがリオネルさんの仕業でないのなら、一人目は高確率で、アクマに殺されたものと思っていい。
その考えを肯定するように、リオネルさんが頷く。
「一人目ではありませんが、私も現場を見た案件はございます。何名かは、ダークマターに侵された体のカケラが残されておりました。」
そのことに、おれたちは改めて気を引き締める。
虚偽も混じっていたとはいえ、アクマがいることは間違いないのだ。
推測にはなるが、10人前後は殺されていると見ていい。
……とすると、もうじき来るはずだ。
ギィっと、大聖堂の扉が軋む音。
おれたちは振り返る。
暗闇の中、開いた扉の隙間から顔を覗かせたのは、小さく幼い、少女の姿だった。
「……お腹がすいたの。」