第3夜〜偽善と悲劇〜
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その少女は、母親と二人で暮らしていた。
父親は浮気相手と蒸発、その際生活費のほとんどを持って出て行った。
当然、彼女たちの生活は一気に困窮。
明日の食い扶持を得るのに精一杯だったそうだ。
そして、ある日母親は決意した。
娘のために、命を絶とうと。
母親は、村はずれの教会にいる神父を訪ねた。
その神父は、文字通り死ぬほど追い詰められたものに、僅かな金銭とパンとミルク、そして毒薬をくれるのだという。
母親は、夜逃げするつもりだと神父に告げてそれらを貰い受け、娘にパンとミルクを与えた。
そして娘の小さな手に小金を握らせると、自らは毒薬を煽って死んだ。
それが、この村のアクマ騒ぎの発端だった。
『つまり、リオネル神父の行いによって、アクマが生まれてしまったわけだね。』
通信機越しにコムイさんが言う。
そう、此度の悲劇の始まりも、実はあの神父の"偽善"によるものだったのだ。
「母親は自宅で服毒自殺をしていたので、警察署で調べたら不審死として資料が出てきましたよ。」
母親が死んだのは16日前、アクマ被害が出始める2日前だった。
正直、リオネルさんは薄々分かっていたのではないかと思う。
事の発端がその親子、ひいては自らの行いのせいであると。
「……リオネルさんはどうしますか?」
『……どうもしないよ。彼の行いを証明できるものがないし、サポーターとしての仕事は全うしてる。我々から何かすることはない。』
それは、一番残酷な罰だと思う。
彼のせいで、ひとりの少女がアクマに成り果て、それにより多くの人々が殺された。
だが、彼自身が誰かを手にかけたわけではないし、なんなら彼がしたことを立証することさえできない。
彼は教団のサポーターとして情報提供は行なっているし、教団側としては不利益も被っていない。
『彼がどうするかは、彼自身の決めることだよ。』
誰も罰しない。
誰も責めはしない。
それ故に、一生消えることのない罪悪感を背負って生きていく。
それが、彼に課せられた一番残酷な罰。
やはり、なかなかに嫌な任務に当たってしまったようだ。
何より、初任務がこんな後味の悪い形となってしまったラビたちが可哀想に思う。
結局アクマも、おれひとりで破壊してしまったわけだし。
いや、本当はちゃんと彼らにも前線に立ってもらうつもりだった。
けれど、あのアクマの放つ気配が、予想以上に重かったのだ。
もしかしたら、ただの失踪として処理されているだけで、報告より多くの人間が殺されていたのかもしれない。
手を抜けば持っていかれる、そう思った。
『今回、ラビとブックマンに実戦に出てもらうことは難しかったようだけど、そこは今後調整していくよ。また君に同行を頼むこともあると思うから、その時はよろしくね。』
「了解です。」
その後、二、三確認のような報告を済ませて通信を切った。
途端にため息が出る。
ラビとブックマンは今、村へ見回りに出ている。
念のため他にもアクマがいないか調べておこうと、もう一日この村に滞在することにしたのだ。
昨日の見回りで当のアクマから接触されたこともあってか、ラビも今日は不満げな様子はなかった。
一度経験し理解すれば、すぐに行動に落とし込める。
やはりそこは、数々の死線を抜けてきた故だろうか。
「エリー様。」
と、掛けられた声に振り返る。
そこには、痛ましげな表情のリオネルさんがいた。
ここは教会内の一室、大聖堂のすぐ奥にある部屋だ。
そこにある電話にゴーレムを繋ぎ、教団へ連絡させてもらっていた。
リオネルさんがぐっと目元を歪めて言う。
「……私に、罰はないのですね。」
分かっていたとでも言いたげな声音。
おれはそっと目を伏せた。
「……いえ、すみません。これは私のエゴです。忘れてください。」
「……あなたは、この先どうするんですか?」
誰もどうもしない。
少なくとも、教団は彼をどうもしない。
では彼自身はどうか。
せめてと思って、おれは問い掛けた。
けれど、ふっと悲しげに笑ったリオネルさんは、さも当然のように言うのだ。
「どうも致しませんよ。私は……これからも"偽善"を貫きます。」
それが罰だと。
それが償いだと。
そうわかっているのだろう。
おれは出かけた言葉を飲み込んだ。
この選択は、否定してはいけない。
そう思った。
「……。」
おれはただ黙って、ひとつ頭を下げる。
そして、彼の顔を見ずにそのまま外へと足を向けた。
ああ、まだ弱い。
まだ情という枷に囚われている。
(だからおれは"失敗作"なんだ。)
滲んだ嫌な考えを振り払うように、おれはラビたちへ通信を入れる。
無性に、ホームに帰りたくなった。