第3夜〜偽善と悲劇〜
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その少女は間違いなく、昼間にラビへ声をかけてきた少女だった。
今ならわかる、その異質さが。
空気が変わった。
「……ママがいないの。お腹がすいたの。」
軋んだ音を立てて、扉が閉まる。
少女は、ただこちらを見据えている。
「ママがね、いい子にしてたらクッキーを買ってくれるの。でもね、ママが帰ってこないの。」
隣で、エリーが息を呑む音が聞こえる。
心音さえ響きそうな緊張感の中、少女は話し続ける。
「ねえ、お兄ちゃん。……お腹がすいたの。」
瞬間。
エリーが動いた。
一瞬のことで、ラビは反応しきれなかった。
そして何が起きたか理解する前に、粉塵が舞う。
途端、爆風。
ゴッと体を抜けて行く強風に、思わず目を瞑る。
慌てて視線を戻すと、粉塵の中から飛び退きこちらへ戻ってきたエリーが、苦い顔で口を開く。
「ちょっとよろしくないかな。ラビとブックマンは援護をお願いします。リオネルさんとウィルを死なせないように。」
そう言い置くと、エリーはまた粉塵へ突っ込んでいく。
けれど、彼がその中へ到達するより先に、何かが這い出るように伸びてきた。
咄嗟にエリーが横へ飛ぶと、伸びてきたそれは先程まで彼のいた場所を、歪な音とともに叩き潰した。
それは腕だった。
丸太のような太さのある、青黒く変色した巨大な腕。
「……オ腹、スイタァ。」
その腕に繋がる本体が、あらわになる。
それは、腹の膨れた不恰好な赤ん坊だった。
青黒い不気味な体色に、4本の太い腕を持つ、3m近い巨体の赤ん坊。
真っ黒な目が、ギョロリと動いた。
「ゴ飯、イッパァイ……。」
その目に映っているのは、自分たち。
ラビはイノセンスへ手を伸ばした。
足のホルダーから引き抜いた鉄槌を構える。
(イノセンス……!)
呼び掛ければ、一瞬でそれはラビの背丈ほどもある大槌へ姿を変える。
隣でブックマンが鍼入れから「天ノ方針-ヘブンコンパス-」を発動するのも目に映る。
「レベル2か……!」
そう呟いたウィルが、背負っていた箱を手早く下ろす。
結界装置-タリズマン-だ。
彼の言葉で思い出す。
エリーが「相手がレベル2なら丸投げはできない」と言っていたことを。
現に今、彼は援護をラビたちに任せ、単身突っ込んで行ったのだ。
それだけ油断はできないということだろう。
各々戦闘態勢へ移る中、ただ一人リオネルだけは、悲しげは表情で少女だったアクマを見つめていた。
「オ腹、スイタノォ〜!!」
アクマが動く。
太い腕を振り回して、がぱりっと口を大きく開けて、"食事"のために動く。
だが、ラビたちがそれに応戦するより先に、大きく飛んだエリーが宙空に躍り出る。
その手首の辺りに、真っ白な何かが見えた。
それが何なのかラビが認識するよりも前に、彼はぐるりと身を捻り、遠心力を最大限に乗せてアクマを殴りつける。
ドゴッと、鋼鉄同士がぶつかるような重たい音が響く。
「イ、ギィッ……!」
アクマがふらつく。
その目がエリーへ向く。
けれど、視認する暇など与えない。
彼は間髪入れずにアクマの首へ足をかけると、拳をその目に叩き込む。
ゴチュッという、機械とも肉体とも取れぬ何かが、叩き潰される音がした。
「ア、イギャアァアアァァァァァ!!!」
アクマが苦悶の声を上げる。
ビリビリと空気を震わせるそれは、鳥肌が立つほど悍ましかった。
「エ、エ、エクソシストォオオォォォォ!!!」
片目の潰れたアクマが、エリーへ向かって滅茶苦茶に腕を振り回す。
彼はそれをものともせず、むしろその腕を踏み台にひらりと宙を舞う。
そのまま高く跳び天井へ足をつけた彼は、天井を蹴って勢いと重力を上乗せしてアクマへ突っ込む。
さながら凶悪な弾丸だ。
それはアクマの頭へぶち当たり、そのまま床へと叩きつける。
そしてアクマの頭を踏みつけると、力任せに腕を一本捻じ切った。
「アァアアァァァァァァァァァ!!!」
一方的な蹂躙。
戦闘などという生易しいものではなかった。
圧倒的な力で、エリーはアクマを破壊していく。
アクマから噴き出た毒の血液を浴び、それでも彼は止まらない。
それから悲鳴が聞こえなくなるまで、壊して、バラして、潰し続ける。
「……っ。」
ラビは思わず生唾を飲み込んだ。
何が"援護を"だ、そんなもの必要ないじゃないか。
(これが、今元帥に最も近いと言われるものの実力……。)
化け物。
その言葉しか出てこなかった。