七転び、風折れ
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無惨が復活した。
鴉が声高に柱集結の伝令を告げる。
玄弥を
無限城に落ちる直前、無惨の身体を弱体化させる薬の投与に成功したと訊いたが、奴はこちらが上弦と遣り合っている間のうのうと体力回復に時間を費やしていたというのだから胸が悪い。
無惨が出現したとされる場所はここより反対方面で、加えてたびたび空間が移動することもあり、思うように前に進めないことが煩わしくもあった。
間取りの入れ替わりが寸刻刻みになってくる。
四方八方の壁や天井が上下左右に滑り出し、統一性のない動きを繰り返しはじめると、無限城はギシギシと軋むような音をたて大きく揺れた。
「「!!」」
ドン······ッ!!!
突如巨大なもの同士が激突したような衝撃を受け、実弥と行冥は物凄まじい勢いで上空に突き上げられた。
気づけば上空には澄んだ夜空が広がっていた。
ハッとして瓦礫の中から飛び起きる。地上に出たのだとすぐに理解し、実弥は即刻駆け出した。
無限城──無惨の本拠地ともいえる隠れ家は崩壊した。上弦も下級の鬼も皆絶命した。残る敵は無惨のみ。
無惨は頚を斬っても死なないという行冥の言葉が今一度脳裏を過る。
頚の斬首が不可能ならば、別で屠る方法を暗中模索しながら闘うことになるだろう。とはいえ最後の砦には陽光がある。地下にいる間にはなかった希望だ。
すでに他の柱たちが無惨と火花を散らしているとの情報が届いた。
想定から大きく外れたという市街地には高い建物が点在している。故に甚大な被害を被ることが予想され、犠牲者を最小限にとどめることにも気を配らねばならない。
(急げェ······っ!)
途中、民間人がたむろっていた。
地盤沈下を訴る隠たちの姿もあり、これ以上先には進まぬようにと道を塞いで通せんぼしている様子が見られる。
無惨のいる場所はだいぶん先だが、広範囲に渡り被害が及ぶことを考えればこの辺りから立ち入り禁止にするのが妥当。
おそらく隠たちが民間人をここまで避難させたのだろう。これなら無惨を殺すことのみに集中できそうだ。
実弥は風のようにその場をすり抜け先を急いだ。
奥方へ進むにつれて隊士たちの亡骸がぽつぽつと目につきはじめる。それは無惨との距離を縮める毎に増し、辺りは見るに堪えない光景と化していた。
第一陣で駆けつけた隊士たちはほぼ全滅だ。
「チィ···ッ!」
「カアアアッ、一時間半! 夜明ケマデ一時間半!!」
憤怒の形相で舌打ちした実弥の頭上で鴉が叫ぶ。
(──見えた!)
塵埃舞う中、見やった先に三つの人影が間断なく飛び回っていた。
義勇、小芭内、蜜璃の面々がかわるがわるしきりに攻勢をかけている。三人がかりであるのにも関わらず、無惨が衰えている様子は雫も感じられない。
実弥が顔を歪めた理由はそれだけではなかった。
無惨の見てくれが不気味な化け物に変貌を遂げているのである。
背や下肢からは革鞭にも似た細い管が複数出芽し、それは伸縮する上肢同様広範囲に振り回すことが可能な触手で、斬撃を受ければ猛毒を喰らい致命傷になるという。
数えきれぬほどの仲間の亡骸が地を赤く染め、誰のものかもわからぬ胴体や四肢が散乱していた。
たびたび腰を屈めては、懐にとあるものを忍ばせゆく実弥。そのとき、行冥が背後で速度を上げた。
蜜璃に放たれた攻撃の軌道が行冥の武器によって外へ流れた。瞬間、無惨が驚いたように双眸を見開いたのがわかった。
「遅れてすまない」
行冥の姿を見たとたん、それまで狼狽していた柱たちの表情に心持ち士気がよみがえる。
鬼殺隊、最強の男が来てくれた。それだけで、追い込まれていた精神が幾らか持ち直ってゆく。彼にはそれほどの信頼がある。
───ドン!!
上空から無惨の背後に忍び寄り、実弥は白髪の頭頂から縦一直線に日輪刀を入れ込んだ。
もちろん奴に痛手はないことは承知している。斬られたそばから再生できる無惨の肉体をばらけさせることは不可能。わかっていても斬らずにはいられない。粛々とした憎しみと、その身体に刃を入れ込むことなど造作もないという宣戦布告。
実弥はさきほど懐に忍ばせた化合物入りの瓶を無惨に向けて多量に放った。
触手を鞭のように振り回し、無惨はそれらを巧みに弾く。それも想定内である。
弾かれた瓶の幾つかが割れ、無惨の顔面や肉体を濡らしたのを見計らい、実弥は
ゴウッ、と、醜悪な姿が炎の波に包まれる。
「小賢しい真似を!!」
「テメェにはこれくらいが似合いだぜぇ」
眉を吊り上げ狂気をあらわにする無惨を見据え、実弥はありたけの殺意を込めて声を荒げた。
「ブチ殺してやる、この塵屑野郎」
*
その頃、【愈史郎】という男は炭治郎の蘇生に尽力していた。
無惨の呪縛から逃れることのできた鬼は禰豆子以外にも存在する。
鬼でありながらも医者として生きながらえてきた【珠世】がその手で唯一鬼にできた人間が愈史郎。鬼であるため見た目は十五、六の少年だ。
愈史郎は少量の血で事足りるため人間を喰らうことはない。
珠世とともに無惨の打ち止めを志し、この最終決戦に向け、しのぶを加えた三人で無惨の細胞を弱体化させる薬の開発に手を尽くしてきた。
心を寄せた珠世は完成させた毒を手に無惨に切り込み殺された。協力者の胡蝶しのぶも死亡した。
二人の死を無駄にしないため、残された自分が負傷した隊士らの回復に努めることが責務だと心に決める。
炭治郎は呼吸をしておらず、脈拍も戻らなかった。傷口から注入された猛毒が巡り、顔面の右半分が肉腫のような塊に侵され腫れ上がっている。
無惨の攻撃は寸刻ごとに速度をあげ、柱たちも皆炭治郎同様猛毒に侵食されていた。
「すみません、あなたが愈史郎さんですか!?」
隠の一人がこちらに向かって駆けてきた。聞けば、女の柱が大きく負傷したらしい。無限城で一度接触した女だった。
しかしこちらも手が離せない。愈史郎は、猫の茶々丸に毒を抑制する血鬼止めの薬を巻き付けた。
「茶々丸、頼んだぞ」
血鬼止めが柱たちのもとへ届けば、彼らの身体も格段に回復するはずだ。
茶々丸を危険な場所へ向かわせることに心苦しさはあるものの、この猫も鬼である。無惨の攻撃で死ぬことはないだろう。
蜜璃にも血鬼止めを届けるよう茶々丸に言い付け、愈史郎は再び炭治郎の腕に注射針を打ち込んだ。
*
隠の後藤は建物の物陰から柱たちの戦いを固唾をのんで見守っていた。
こんな時、共に闘えない自分にひどくもどかしさを感じるが、力のない人間がしゃしゃり出たところで足手まといにしかならないとわかる。
今は、己ができる精一杯で柱や隊士たちを支えることが役目。
ふと、一時劣勢に思えた柱たちの動きに再び躍動感が戻ったように思えた。
さらに双眸を凝らしてみると、塵埃の旋回が増し、ややあって隊士の人数に変化が見えた。
(あれは······!)
後藤の双眸に飛び込んできた猪の面覆い。伊之助である。
続いて、善逸とカナヲがその姿を現した。
ともに無惨と渡り合える隊士が増えた。柱たちにとってもこれほどまでに心強いことはないだろう。
カナヲの実力は隊の中でもお墨付きだし、数々の死線をくぐり抜けてきた伊之助や善逸もまた力のある隊士だ。
彼らが生きていたことにも感極まるものがあり、後藤は眼裏をじんわりと熱くした。
せめぎ合いが続く中、チカ、チカと数回火花のようなものが弾けた。
柱たちの刃が、赫く染まっていた。
「カアアア!! 夜明けまで一時間三分!!」
──凄い。
これ、もしかしていけるんじゃないか? このまま夜明けまでもつんじゃないか?
後藤は、手に汗握る思いで胸もとに当てた拳に力を込めた。
遂に倒せるんだ無惨を···!!
覆面頭巾に隠れた口が真一文字に結ばれる。期待と高揚に身体が震え、涙が滲んだ。
皆の力が無惨を追い詰めていると感じた。
そのときだった。
パギャ···!! ドン······ッ!!!
聞いたこともない不快な音が鼓膜に刺さり、辺り一面が巨大な揺れに襲われた。
(うわわっ、何だ今の音と揺れ)
突如静寂に包まれる。
首筋がひやりとし、後藤は顔面から血の気が引いてゆくのがわかった。
浅くなる呼吸を押し殺し、恐る恐る遠方へと視線を戻す。
(?? えっ?)
ドクン、ドクン。
再び地面が揺れているように感じた。しかしそれは自分の心臓が大きく震えているためだと知る。
まるで、この嫌な予感と底知れぬ恐怖の正体を知ることを全身が拒んでいるような。
(え?)
ドクンッ。
立ち込める白煙のなか、皆の姿が忽然と消えていた。
ふと傍らへ視線を下げると、崩壊した建物の壁を背に、臀部を落としぐったりとしなだれて座り込む行冥の姿があった。
「────ッ」
後藤は叫び出しそうになるのをこらえた。
行冥はぴくりとも動かずそこにいる。左足が失く、どくどくと流れ出す鮮血だけが後藤の双眸を刺激した。
(ほ、他の皆はどこへ······っ)
あちこちへと視線を走らせ、捉えた光景に茫然自失し、そして後藤はおののいた。
皆、行冥と同じような状態で至る場所にうずくまっている。意識がない。斬撃を喰らい四方八方へと吹き飛ばされたのだ。
刃を握りしめた状態で転がっている義勇の右腕。
崩落した建物の上層部から飛び出している脚は実弥のものだ。
誰もが皆、致命傷を負っている。
立ち上がる者がいない。
すぐに動ける者がいない。
ただ一人、塵埃晴れたその場所にカナヲの姿だけが確認できた。
がくりと膝を落としたカナヲの近くに、無惨が立ちはだかっている。
カナヲは日輪刀を握りしめ、しかし小さな身体を硬直させたまま迫り来る無惨を見上げていた。
愕然とし、凍りついている様子だった。
「やめろー!!」
思考する間もなく飛び出していた。
なぜ飛び出したのかはわからない。殺されるかもしれないという恐怖よりも先に、脚が勝手に動いていた。
だが間に合わない······! 思った刹那、
"ヒノカミ神楽"
『 輝 輝 恩 光 』
後藤の眼前に炎が揺らめく。
立ち上る、鮮烈な赤。
たちまち、無惨の触手が片方一刀両断された。
「遅くなってごめん」
炭治郎がそこにいた。