この指とまれ
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共に暮らしはじめてからしばらくが経った頃、実弥に緊急の柱合会議の報せが届いた。聞けば、柱二名と一般隊士数名により、上弦の鬼二体の討滅を果たしたのだという。
無惨直属の配下にある十二鬼月。その中でも桁外れに強者と言われる上弦の、肆と伍の二体を同時にである。これは鬼殺隊の歴史においてもいまだかつてない快挙といえる。
某日、実弥を含めた七名の柱が産屋敷家の座敷の間に集っていた。
「あーあァ、羨ましいことだぜぇ。なんで俺は上弦に遭遇しねぇのかねえ」
片目を瞑り、実弥が心底残念そうな声を出す。
刀鍛冶の里が襲撃を受けたのは先日。
恋柱の甘露寺蜜璃と霞柱の時透無一郎の活躍により、上弦の肆と伍の鬼二体を討滅した。さらに、彼らと共に勝利に貢献した一般隊士たちがいる。
竈門炭治郎と、その妹の禰豆子だ。
二人は以前柱合会議で耀哉と交わした約束通り、鬼殺隊士としての功績を着々と積み上げてきていた。
そして今回の手柄には、実弥の実弟の不死川玄弥の名前も上がった。
「こればかりはな。遭わない者はとんとない。甘露寺と時透。その後体の方はどうだ」
蜜璃と無一郎の怪我の状態を気にかける小芭内。
「あ、うん、ありがとう。随分よくなったよ」
「僕も···まだ本調子じゃないですけど···」
小芭内の心遣いに胸キュンし、頬を赤らめる蜜璃。
伏せ目がちにぽつりと答える無一郎。
「これ以上柱が欠ければ鬼殺隊が危うい···死なずに上弦二体を倒したのは尊いことだ」
念珠を手に二人を讃えるのは行冥。
「今回のお二人ですが、傷の治りが異常に早い。何があったんですか?」
二人の回復力に関心を示すしのぶ。
「その件も含めてお館様からお話があるだろう」
そして義勇。
杏寿郎が殉職し、天元も花街の戦いで上弦の陸を討滅。その代償に、左目と左手を失い鬼殺隊を引退した。
よって、現在の柱はこの七名となる。
そこへ、産屋敷家の御内儀あまねが二人の子供たちと姿を見せた。
「本日の柱合会議、産屋敷耀哉の代理を産屋敷あまねが務めさせていただきます」
【産屋敷あまね】
産屋敷家当主耀哉の妻である。
透けるような白肌に大きな猫目。目を引く佇まいも然ることながら、神職の家の生まれのあまねは物腰も控えめで、まさに高潔無比という言葉がしっくり馴染む優美な女性だ。
上座にゆるりと腰を据え、三人は厳かに座礼した。
柱たちも皆揃って
耀哉は病状の悪化に伴い今後柱たちの前へ出ることが不可能となった旨が告げられる。そして、無惨との大規模な総力戦が近づいていると、早々に、あまねは本題を口にした。
禰豆子が日光を克服した。となれば、今後無惨自身が目の色を変えて禰豆子を狙ってくることが予見されるのだという。
鬼の最大の弱点は陽光だ。陽光さえ克服できればより自由を手に入れられる。完全なる不老不死も夢ではなくなる。故に無惨は禰豆子の力を己のものにしようと躍起になるに違いない。
一方で、蜜璃と無一郎はその身体に独特の紋様の痣を発現させていた。
痣とは、戦国の時代に活躍していた始まりの呼吸の剣士全員に発現していたという鬼の紋様に似たものである。
驚いたように双眸を見開いたのは、実弥と小芭内だった。
「伝え聞くなどして、御存じの方は御存じです」
「俺は初耳です。
実弥の問いに、理由は様々であるとあまねは続ける。
痣が発現しないことにより、思い詰めてしまう隊士がいたこと。故に伝承が曖昧な部分が多いこと。鬼殺隊が何度も壊滅させられかけたこと。その過程で継承が途切れたかもしれないことなどが挙げられた。
ただひとつ、『確かな言葉がある』と、あまねは断言した。
『痣の者が一人現れると、共鳴するように周りの者たちにも痣が現れる』
始まりの呼吸の剣士の一人の手記に、そのような文言が残されていたのである。
そこで、現在鍵となる人物が炭治郎。彼は今、この世代の最初の痣の人物だ。
痣を発現させる方法については炭治郎にも訊ねてみたが、具体的な方法はわからないままで終わった。(グワーッとか、ガーッとか、お腹がググーッとか、主旨がすべて擬音で理解し難いものだったため)
そんなわけなので、炭治郎に続き覚醒した蜜璃と無一郎に期待がかかる。
「御教示願います。甘露寺様。時透様」
あまねは二人に指南を仰いだ。
「はっ、はい!! あの時はですね、確かに凄く体が軽かったです!! えーっと、えーっと」
我先にと声を上げたのは、聡明なあまねにキュンと胸を高鳴らせた蜜璃だ。
「ぐあああ~ってきました! グッてしてぐぁーって! 心臓とかがばくんばくんして耳もキーンてして、メキメキメキイッて!!」
瞬間、その場がしん···と静まりかえる。
義勇やしのぶ、無一郎もきょとんとした顔で蜜璃を眺め、総じて喜怒哀楽に乏しいあまねも珍しく双眸を丸くした。
頬に怒筋を浮かべる実弥の背後では、小芭内が頭を抱えて項垂れる。
困ったことに、蜜璃も炭治郎と同じ感覚的思考の持ち主なのであった。
「申し訳ありません。穴があったら入りたいです」
真っ赤な顔で畳に平伏す蜜璃の後を追うように、
「痣というものに自覚はありませんでしたが」
粛々と語り始めたのは最年少の無一郎だった。
「あの時の戦闘を思い返してみた時に、思い当たること、いつもと違うことがいくつかありました。その条件を満たせば恐らくみんな痣が浮き出す。今からその方法を御伝えします」
無一郎は、しばしの間剣士になる以前の記憶を失っていた。鬼に双子の兄を殺されたうえ、自分も瀕死の状態に陥った。
それからずっと、頭に霧がかかったような状態で刀を振り続けてきたが、上弦の伍との戦いで記憶が戻り、刀鍛冶の里の子供を傷つけられた怒りで感情の収拾がつかなくなった。
「その時の心拍数は二百を越えていたと思います。さらに体は燃えるように熱く、体温の数字は三十九度以上になっていたはずです」
「!? そんな状態で動けますか? 命にも関わりますよ」
すかさずしのぶが口を挟むと、「だからそこが
「そこで死ぬか死なないかが、恐らく痣が出る者と出ない者の分かれ道です」
「チッ、そんな簡単なことでいいのかよォ」
話が一段落すると、実弥がぶっきらぼうな声をあげた。
「これを簡単と言ってしまえる簡単な頭で羨ましい」
「何だと?」
「何も」
そしてまた口不調法なこの男、義勇。彼である。
この一言が実弥の逆鱗を掠めたことに、彼はまだ気づかない。
こうして痣の発現が柱の急務となったわけだが、ただひとつ、痣については例外のない事実が認められていた。
心なしか、あまねは心苦しさを胸の内にとどめるように、淡々とした口調で事柄に触れた。
「もうすでに痣が発現してしまった方は選ぶことができません···」
そして、静かにそれが告げられた。
「あ、いたいた、不死川さーん!」
産屋敷家の広い庭を抜けてすぐ、実弥は甘高い声に振り向いた。
実弥に向かって手を振る蜜璃と、蜜璃の隣に並ぶ小芭内。二人が揃ってやってくる。
蜜璃は柱合会議前とまるで変わった様子もなく、さきほど残酷とも解釈できる痣の事実を突きつけられたばかりとはとても思えぬ足取りで歩み寄ってきた。
すでに痣を発現させた蜜璃は、『例外なく』その対象となったのだ。だが、蜜璃と無一郎は取り乱すことなく事実を静かに受け入れていた。
怖じ気づくようでは柱など到底務まるものではないと、実弥は思う。
実弥自身、痣を発現させることに躊躇いはない。とはいえ、同等の覚悟を他者に強要しようとも思っていない。
蜜璃と無一郎の本心に触れることはできないが、痣者の言い伝えが自分たちの天命と従う覚悟が二人にもあるのなら、実弥は黙ってそれを受け入れるだけなのである。
「不死川さん、あのね、これなんだけど」
蜜璃が、衣嚢から折り畳んだ紙を実弥の前に取り出した。
「···あァ? なんだァ? こりゃあ」
「パンケーキの作り方を書いたお手紙なの。なまえちゃんに渡してくれる?」
「ぱんけーき、たァ······ああ、あれかァ」
「本当はなまえちゃんと一緒に作る約束をしてたんだけど、なかなか会えないでしょう? だからこれを不死川さんにと思って持ってきたのよ」
「ちっ、手紙なら鴉に頼みゃあいいだろうがァ」
「不死川、あまり甘露寺に当たり散らすな」
「···クソ、冨岡への怒りがまだ収まらねェ」
「本当、冨岡さんてばどうしちゃったのかしら。今日は一段と様子が変だったわね」
「知るかよォ。あの野郎、人を見下すような態度とりやがって」
「放っておけ。奴ははなから何を考えているのかわからんような男だ」
それは、あまねが退室した後のことである。義勇が早々に帰ると言い出したのだ。
実弥は義勇を引き止めた。
柱として、今後のそれぞれの立ち回りも決めておかなければならないだろう。そんな実弥の提案も、義勇は『自分には関係ない』と言い切った。
これにはさすがに他の柱も理由を説明してほしいと咎めたが、『······俺はお前たちとは違う』と一言。
『これを簡単と言ってしまえる簡単な頭で羨ましい』と言った義勇には目をつむってやると、実弥が怒りをこらえた矢先の発言である。
皆と一線を引くようなその物言いは、とうとう実弥の逆鱗に触れ、もう我慢ならねぇと義勇に掴みかかろうとしたところを行冥に制止された。
「それでね、今から伊黒さんと食事に行くんだけど、不死川さんも一緒にどう?」
「あー···、」
ふと、実弥は小芭内の視線に気づいた。
前髪の隙間からじぃっと実弥を凝視する双眸は、蜜璃の死角になっているのをいいことに粘着な圧を向けてくる。
『不死川よ、頷いてくれるな』
小芭内の胸の内が聞こえた気がして、実弥は「···いいや」と返事した。
小芭内のためというばかりではない。誘いに乗るつもりは毛頭なかった。会議が済んだらすぐに帰るとなまえに言い残してきたからだ。
しかも、急遽それとは別の理由ができてしまった。
「所用もあってなァ。折角だが遠慮しとくぜ」
「所用って······あ、やだ! もしかしてなまえちゃん!?」
「甘露寺、そのぐらいにしておいてやろう。急ぎの所すまないな不死川」
「あァ」
なまえちゃんによろしく伝えてね~! という蜜璃の賑やかな声を背に、実弥は産屋敷家の敷地を後にした。
「もう、不死川さんってば、なまえちゃんとデートならそう言えばいいのに。きゃ、いいわね~! どきどきしちゃう!」
「不死川の所用は、別のことだと思うが」
「え? そうなの?」
「おそらくだが、不死川は蝶屋敷へ向かったのではないだろうか。不死川弟はまだ蝶屋敷で治療中なのだろう?」
「あ···!」
会議中、玄弥の名が出ても顔色ひとつ変えなかった実弥。内心は、一刻も早く玄弥の無事を己の目で確認したかったに違いない。
蜜璃はやるせない思いで声を落とした。
「不死川さん、素直じゃないからなあ······ちゃんと仲直りできるといいんだけど」
「不死川のことだ。見舞いといっても弟の前に顔を出すことはしないつもりだろう。そもそも、俺には喧嘩と呼ぶよりもっと複雑な印象に見受けられるが」
「なんだか切ないわね」
「不死川の気持ちも、わからなくもない」
「でも、不死川さん、前よりちょっぴり雰囲気が円くなったと思わない?」
「まるく···?」
「私ね、この間見たのよ」
「?」
「たまたま通りかかった神社の境内に不死川さんがいて、なにしてるのかしらって思って見たら、不死川さん、お犬様におむすびをあげていたの。それも、すごく穏やかに微笑んでたのよ」
「···ほう」
「不死川さんもあんな顔するんだって驚いちゃった。お犬様も懐いていたし、動物が好きなのかしら」
「それはあるかもしれんな。不死川には鏑丸も懐いている」
「そうなんだ、鏑丸くん···!」
不死川さんのこと好き? と話しかけると、頷くように蜜璃の頬へ胴を伸ばす鏑丸。
「ひゃあ、くすぐったい」
蜜璃があまりに楽しそうにするものだから、小芭内の双眸も自然と柔くなってゆく。つい先ほど痣者の運命を突きつけられたとは思えぬほどの気丈さだと、小芭内の胸の内は複雑だった。
───···怖くないわけがないだろう。
(だというのに、君は)
この、蜜璃の底抜けの明るさと優しさに、小芭内の心はどれだけ救われてきたかわからない。
だからこそ今、自分にできることならなんでもしてやろうと心に誓う。
君が笑顔でいられるように。
「···まあ、それが不死川の本来の姿なのかもしれん」
そう呟いた小芭内の声は、鏑丸とじゃれ合う蜜璃には届いていないようだった。
「甘露寺。何か食いたいものはあるか?」
「ん~、どうしよう迷っちゃうなあ。源さんのところはどうかな? あそこはどんぶりの種類も豊富だし」
「ふむ······藤襲山の麓の定食屋か」
雲ひとつない青空の下、二人と一匹は仲むつまじく足並みを揃えて歩き出した。