律呂の戯れ
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実弥は度重なる遠出の任務で屋敷へ戻ることも儘ならぬほど多忙を極めた生活を送っていた。
緊急の柱合会議にて、担当地区の拡大が決定したのだ。
なまえはあの日以来一度も実弥と顔を合わせることのないまま、昼は鍛練に精を出し、夜は鬼狩りの任務へ出向くという変わらぬ毎日を過ごしている。
時折、実弥のことを考えては無事を祈った。
ふとしたときに、会いたいな···という気持ちが芽吹く。
それが日に日に大きくなってゆくことに、いつしか背を向けられなくなってきている。
「キャーッ!!」
蝶屋敷の庭からけたたましい悲鳴が聞こえたのは、実弥の誕辰から数ヶ月が経過したとある朝のうちだった。
なまえは健康診断でしのぶのもとを訪れていた。手土産のお茶菓子を差し入れに持ち、しのぶの妹たちを探していた最中のこと。
この時間、隊士の【アオイ】は庭で洗濯物を干していることが多い。
しのぶの継子の【カナヲ】は任務で留守にしがちなものの、看護師を努める【きよ ・ すみ ・ なほ】の三人娘は屋敷のどこかにいるはずだ。
妹といっても彼女たちに血の繋がりはなく、それでも仲睦まじく蝶屋敷で衣食住を共にしているしのぶの家族はなまえにとっても可愛い妹たちのような存在だった。
ともあれ今の悲鳴は看護師三人娘ではないだろうか。
不審に思い、叫び声のしたほうへと駆けてゆく。すると、大柄な男が二人の娘を抱えてどこかへ連れ去ろうとしている光景が双眸に飛び込んできた。
「っ、なにをしているの!?」
背中に大鎌らしきものを二本背負った男は民間人とは思えない風貌をしていた。
「「あ、なまえさん···!」」
なまえを見上げたのはきよとすみだった。となると、抱えられている娘はアオイとなほか。
近くには、青い顔をして立ちつくしているカナヲの姿もある。
「待って、その子たちを離して」
男はなまえの呼びかけに立ち止まり振り向いた。
それにしてもずいぶんと派手な身なりの男だと、なまえは警戒心を強くした。
目を剥くほどの体躯は上背に恵まれており、さらには全身の筋肉量が常人の比ではない。
思ったところでハッとする。男が着用しているそれが鬼殺隊の隊服であることに気づいたからだ。
頭やら耳やらにとてつもなくきらびやかな装飾を施しているためそちらにばかり気をとられていたが、首もとが詰襟になっている黒い服は鬼殺隊のものと一致する。
二の腕が丸々さらけ出されている珍しい造形も、きっとまさおが強引に───なわけがなく、この男が自ら所望したのだろうということは派手な出で立ちから十分わかる。
大木のような上腕には金ぴかの腕輪ががっちりとはめこまれているし、顔面に視線を向ければ理解しがたい不思議な模様が双眸の周りに描かれていたりして(化粧?)、しかし日本人離れした見た目故かことのほか釣り合いがとれて見えるのだから妙に感心してしまう。
ここまで奇抜な人間はいまだかつて見たことがない。
もしや、
このひとが噂に聞いた───
「······音、柱様?」
垂れ下がる装身具がしゃらんと揺れて、水晶彫刻のような宝石が陽光を反射した。
「如何にも俺は音柱の宇髄天元様だが、あんたは?」
なまえが大鎌と勘違いした二本のそれは、日輪刃だったのだ。大きさも形も通常のものとは異なるが、よく見ればちゃんと
音柱の【宇髄天元】
鍛え上げられた肉体を持つ、"忍"を生業とした家系で生まれ育った男である。
幼少期より忍としての訓練を受けてきた、鬼殺隊の中でも異端の経歴を持つ者だ。
容貌は相当な男前。彼はとにかく華美を好むことで有名だった。
そして、嫁が三人いるらしい。
「なまえさん···!」
「うわーん! 助けてくださあい!」
顔面蒼白で助けを求めるアオイと、大粒の涙をこぼしているなほ。
いくら柱であるとはいえ、少女たちを無理矢理どこかへ連れ去ろうとするなんて、音柱は一体なにを考えているのだろう。
「音柱様、お初にお目にかかります。鬼殺隊一般隊士のみょうじなまえと申します」
「······みょうじ?」
天元のまぶたがピクリと動いた瞬間に、凄まじい威圧感がなまえの体躯を駆け抜けた。
もと忍の性質か、天元の纏う空気には一分の隙もない。そして、少しばかり殺気立っているように思える。
「あの、なにがあったのかは存じませんが、彼女たちはひどく怯えているようです。どうか離してあげてください」
「···ぐずぐすしてる余裕もねぇから手短に話すが、これから出向く鬼狩りの任務に女が要る。そんな訳でちょいとこいつらを拝借したい」
「任務ですか···? しかし、彼女たちはしのぶちゃ···胡蝶様の家族です。胡蝶様に無断でそのようなことは」
「そっちに地味に突っ立ってやがるのは継子だから胡蝶の許可もいるだろうが、こいつらは継子じゃねぇみてぇだし、必要ないだろ」
確かにアオイは水の呼吸を操ることのできる隊士だ。だが彼女に深く植え付けられた鬼に対する恐怖心はいまだ消えてないと聞く。長い間任務へ出向けていない彼女が鬼と戦えるはずがない。
なほに至っては隊士ですらない。すると、突如天元の顔がなまえの真正面にやってきた。その距離、わずか目と鼻の先。
なまえの頬を、振り子のように揺れた装身具がするりと掠める。
「あんた階級は?」
「甲、ですけど」
「···ふーん」
「······?」
じろじろじろじろ。
端正な顔立ちがなまえを隅々まで凝視する。
敵意がないことはわかっていても、油断したら仕留めるぞ、と言われているような緊張感が後退りしたくなる気持ちを助長する。
だがこんなときこそ視線を逸らしたら負けである。怖気づいてなるものか。
なまえは天元の目玉に必死に食らいついてみせた。
「ならみょうじ、お前がこいつらの代わりに来るか?」
「え?」
「それだけべっぴんならあれこれする手間も省ける。忍び込むのも容易いだろうよ。おまけに甲だ。実力も申し分ない。お前が俺についてくるってんならこの二人は解放しようか」
忍び込む···?
任務とはいったいどういったものなのか。
こうして柱が向かわされるくらいだ。もしかしたら、上弦の鬼の現れるような場所なのかもしれない。
アオイたちに代わり自分が天元についていけば事は丸くおさまる。だがなまえには明日から別の任務の指令がでている。
断れば、この子たちは強制的に任務へ同行せざるを得なくなる···?
鴉へ言付けを頼もうか。急遽天元と任務を共にしたい旨を希望し、耀哉からの許可が下りればどうにかならないこともない。
「···わかりました。ひとまず任務内容などを詳しくお聞かせ願えますか。なので、その二人を離してあげてください」
「お、聞き分けがいいねえ。そういうことなら」
「悪ィがそいつはテメェのとこへは行かせらんねェなァ」
「不死川?」
天元の表情に温かみが生まれたのも束の間のこと。背後から、耳に馴染んだ声が聞こえた。
屋敷の庭を抜けてくる実弥を見ながら、「なんだ、お前ら知り合いか?」と言い終えたあと、天元はなにかを察したように再びなまえへと視線を戻した。
「···あ~、なるほどな。どっかで聞いたことある名だとは思っちゃいたが、甲のみょうじね、はいはい、思い出したわ」
ふ~ん。へ~え。
意味ありげにしたり顔を浮かべる天元の傍らで、なまえは久方ぶりに見る実弥の無事が確認できたことにほっと胸を撫で下ろす。
「まあ聞け不死川。それとこれとは話が別だ。今回は俺が個人的に彼女の手を借りたい。早急なんだよ」
「駄目だ」
「···んな!? 人が下手にでてりゃお前! みょうじはお前の継子でもなんでもねぇだろ!? だったらとやかく言わねぇで協力しろよ! つうか、前から言おうと思っちゃいたが俺はオメェより柱歴長ぇんだかんな!? 敬え!!」
「つべこべうるせぇなァ、そいつにゃァ別の任務があんだよ」
「はあ? なんだよそうなのか?」
「でも実弥、この子たちを無理矢理音柱様のところへ行かせるのはもっと駄目よ。私なら、お館様に頼んで任務を変更してもらうことだって」
「いいからお前は黙ってろ」
「···はい」
「そういうことだァ宇髄、諦めて別を探すか、大人しくテメェ一人で向かうこったなァ」
「···ふうん。あぁそう······あのお前がねえ」
「チッ、気色悪ィツラしてんじゃァねェよ」
「ようやく腑に落ちたぜ。不死川があれほどムキになっていた理由が。どうやらよっぽどそこの女に惚れちまっているらしいってなァ」
カア···ッ!!と、なまえの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
今の話の流れでなぜそこに行き着いたのか、なまえはすこぶる混乱した。
そういえば、忍は読心術をも身につけていると聞いたことがある······ような気がする。いや、読唇術、だったろうか。(定かではない)
どちらにせよ、やはり柱とは只者ではない人間の集まりだ。なんて恐ろしい。
まるで茹でダコのように真っ赤な顔をしたかと思えば、今度は血の気を引かせ小刻みに震えたり、普段とは違う様子のなまえを眺め、きよとすみはぽかんと不思議そうな顔をした。
(っ、ううん、一旦落ち着こう)
なまえはその場でふるふると頭を振った。
"あの日"から、しばらく時間が経っている。その間実弥からの音沙汰はなく、本人の口から直接的な言葉を聞けたわけじゃない。
実弥の気持ちを悟った
そう。まだ、その可能性も十分にあるわけで──···
パシ。
懸命に平常心取り戻そうとするなまえの手を、少々荒っぽく掴んだ実弥の「···あァ」という風になびくような一言が、あまりに優しくなまえの耳殻をくすぐった。
「···どうしようもねぇくれェ、惚れちまってんだよ」
ドクンと、心臓が、痛いくらいに跳ね上がる。
「つぅわけだ。なまえ来い。話がある」
「え、っ、実弥···っ」
「はあァ、んじゃあやっぱこいつら連れていくしかねェか」
「キャー! 待ってくださいー!」
「離してください! わたし、この子は!」
なほとアオイの叫び声が甲走る。
「しかたねぇだろうるせぇな、黙っとけ」
「やめてくださぁい」
「はなしてください~」
「カ、カナヲ!!」
とうとう泣き出してしまったきよとすみを見て、なまえはいたたまれない気持ちになった。
カナヲは顔面に冷や汗を流し、立ちすくんだままでいる。
アオイが助けを求めても、ひどく逡巡するばかりで身動きもできない様子だ。
自我が非常に乏しいカナヲは、意思表示や感情表現に無意識に歯止めを効かせてしまうのだ。
「待って実弥、お願い音柱様をなんとかして」
「···あァ? そこに胡蝶の継子がいるじゃねぇか」
「カナヲちゃんも別の任務があるのよ···っ」
「···羽織を引っ張んじゃあねェ」
掴まれていないほうの手で実弥の羽織をぐいぐいと引っ張っると、実弥はようやくその場で一旦歩みを止めた。
「カナヲ!」
「カナヲさまーっ」
天元の背中は容赦なく遠ざかる。
実弥はカナヲやアオイの実情を知らないのだ。かといって一から説明している時間もない。
止むを得ず、実弥の手を強引に振りほどこうとした矢先、なまえはにわかには信じられない光景を目の当たりにするのである。
天元に担がれたままの二人を、ガッシリと、カナヲが掴んで引き止めたのだ。
【栗花落カナヲ】は、決して恵まれていたとは言えぬ環境で幼い頃を生きてきた。
極限まで押し殺してきた自己。そうしなければ命を奪われてしまう暮らし。
カナエとしのぶに出逢えたことは幸運と言えよう。しかし閉ざしてしまった心の声は簡単には戻らない。
カナヲは、人の指示に従うか、銅貨を投げて物事を判断するより他、己の意思で行動することがないという。しのぶから聞いた話だ。
それが、今はどうだろう。カナヲは確かに自分の意思で、銅貨の力も借りずに二人を懸命に引き止めている。
なまえはカナヲのとった行動に目を見張る想いでいた。
「地味に引っ張るんじゃねぇよ。お前は先刻指令がきてるだろうが」
そう言われても、カナヲはすっぽんのようにひたすら天元に食い下がる。
「何とか言えっての!! 地味な奴だな!!」
「キャーッ!!」
阿修羅のような形相でがなり立てる天元の迫力は、なまえが見ても縮こまってしまうほどのものだった。すみが泣き叫ぶのも無理はない。
カナヲの身体もズルズルと地面を引きずられてゆくばかり。
「「と、突撃ー!!」」
「ちょっ···てめーら!! いい加減にしやがれ!! おい不死川! んなところからシラけた顔で眺めてねぇでなんとかしろ!!」
「知るか、そりゃテメェの問題だろうがァ」
身動きがとれなくなっても決して二人を手離そうとしない天元に、少女たちも全身全霊でしがみつく。
こんな状況で不謹慎かもしれないが、アオイとなほを抱えた天元にすみときよまで乗っかると、まるでうら若き乙女たちが色男を奪い合っているようにも見えてしまうのだから不思議なものである。
良いも悪いも、眉目秀麗な男とはそういうものなのかもしれない。
ハァ、と実弥が呆れたように息を吐いた。
「一体何がしてェんだァ? 宇髄の野郎はァ」
「女の子に何してるんだ!! 手をはなせ!!」