七夕月の盆、夕間暮れ
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喧騒から遠く離れた山沿いの集落には、古くからの家並みがてんてんと続いている。
通いなれた平地をひたすら進み、村の外れに構える長手の塀に囲まれた屋敷の
ほのか哀愁を帯びたその横顔には馴染みが薄く、みょうじなまえはそっと足音を忍ばせた。
男は足もとで揺らめく素朴な炎を見つめていた。
声をかけるか否か躊躇ったのは、本来ここより男のいる場所までは水鏡に映る程度の表情しか掴めない距離があるためだ。なまえの視力は人並みよりも優れていた。
悩んだ末、しばし物陰から様子を伺うように時が過ぎるのを待つことにする。
───送り火。
なまえ自身も同じそれをしてきたばかりなので時間は考慮したつもりでいた。が、いかんせん勘が外れたらしい。
「オイ」
「─っ」
「いつまでそんなところで呆けてやがるつもりだァ?」
「ごめんなさい、やっぱり日を改めたほうがいいんじゃないかと迷って」
なんの前触れもなく呼ばれたことに驚いて、思わず肩が飛び跳ねた。
男はこちらに視線を配ったわけでもないはずなのに、なまえの気配を早々に察していた口ぶりで言った。
男の名は不死川実弥という。
鬼殺隊の中でも最も高い位の【柱】の称号を有する剣士。
柱とは、優れた剣術、ずば抜けた身体能力をもつ者ばかりの一目置かれた存在である。
実弥の眼差しからはすでに柔さが消えていた。
時に見るものを震えあがらせる血走った
「ソッチは済ませてきたのかよォ」
「ええ、おかげさまで無事に」
凝り固まった首をほぐす仕草を見せながら、実弥は縁側に腰をおろしてあぐらを組んだ。
「一緒にお見送りさせてもらっても?」
言いながら、なまえは淡い微笑みを浮かべて実弥に歩み寄ってゆく。
故人を偲び弔う、ささやかな時間。故に実弥は一人になりたいかもしれない。
ふとそんな躊躇いもよぎったが、実弥のことだ。邪魔ならば『帰ってくれ』と正直に言うだろう。そう思い、なまえも素直に願い出てみた。
大ぶりな双眸が、斜め上になまえを見上げる。
パチリ···パチリ···。
麻がらの燃えゆく音を三つほど流すと、実弥はフイと送り火に視線を戻し、「好きに、すりゃあいい」と呟いた。
実弥の家族は「数年前に亡くなった」とだけ聞いていた。
実弥が自らの生い立ちを口にすることは滅多になく、以前、鬼殺隊同士の会話の中で何ごころもなく訊ねたときの返事がそれだった。
どこでどのようにして育ち、家族とは父なのか母なのか、はたまた祖父母か、兄弟はいたのかどうかもわからない。家族の死に鬼は無関係なのかもしれないし、事故や病気で亡くした可能性も考えられる。
しかしながら、深くは訊ねてくれるなと言わんばかりの微かな憂いを漂わせていた実弥に対し、なまえはそれ以上踏み入ることができずにいた。
心近しい者を亡くした絶望、哀しみを抱えている隊士は多い。
それはなまえ自身も例外ではなく、誠意ない詮索ほど傷を抉るものはないことを留意していた。
「そういやァ、出向いたのかよォ、匡近の墓参りには」
「ええ。他の隊士の皆と一緒に手を合わせに行ってきたから、安心して」
「悪かったなァ、行けなくなっちまって」
「ううん気にしないで。近頃は鬼による被害拡大が急激に加速しているみたいだし、柱は任務も多いもの」
「そんなもんを言い訳にする気はねェよ」
「でもほら、実弥は
「ッ"」
実弥が寸刻ぐっと喉を詰まらせる。
「オイ待てェ···そいつァ、どこで知りやがったァ···」
誰かに言付けて墓参りに出向いた覚えは一度もないし、墓地で知った顔に出くわしたこともないはずだ···。そう言いたげな実弥の視線を感じとったとたん、なまえは吹き出すのをこらえるように肩を揺らした。
「ふふっ。やっぱり実弥だったのね。時折身に覚えのないお花が生けてあるからもしかしたらって思っていたの。実弥だっていう確証はなかったけれど」
「て、んめえェェ······俺にカマかけるたァ、いい度胸じゃねェかァァ」
「そんな、照れなくてもいいのに」
「フン···別に照れちゃいねぇよォ」
眉をえらく吊り上げながら実弥はそっぽを向いてしまう。そんなつれない反応をしてみせる実弥にもなまえはすっかり慣れっこだ。
実弥となまえは姉弟弟子の関係である。
日本全国各地には、【育手】と言われる呼吸の使い手が存在していて、彼らは右も左もわからぬ入隊希望者に呼吸と剣技を一から教え込む指導者だ。
風の呼吸を操るなまえの父親は実弥の育手の師でもある。
なまえの家は代々鬼狩りをしているみょうじ家という一族で、みょうじの家に生まれたなまえは幼い頃から鬼狩りとしての知識や剣術を学んで育った。
無論、鬼殺隊への入隊は強制ではない。先祖代々受け継がれる使命感というものが、みょうじの血を駆り立て受け継ぐ者たちの士気を高めるのだという。
故に一族から鬼狩りが途切れることはなく、しかし命を落とした縁者も多くいるため、なまえの家も毎年お盆の時期となれば迎え火や送り火で先祖を偲ぶ。
「父様ね、匡近のことを思うと、今でもすごく胸を痛めるの。そのぶん実弥をとても心配しているわ」
「そりゃァお前ェ、匡近は、お前の」
「あ、そうそう忘れてた。婆様におはぎを頂戴してきたの。実弥、婆様お手製のあんこ好きだったでしょう?」
ぺん、と軽く両手を叩き、なまえは身体の向こう側から真四角の布包みを取り実弥の前に差し出した。
間が悪かったのだ、と実弥は思う。
今日はきな粉もあるのよと微笑むなまえにそれ以上話を続ける気になれず、実弥は送り火の炎を横目にのろりと腰を持ち上げた。
「···茶ァ持ってくっから、少し待ってろォ」
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