KEEP ALIVE

 その一部始終をアメリアは緑樹の陰から盗み見ていた。その目は本来の綺麗な蒼眼ではなく暗視用コンタクトレンズで碧眼に変わっていた。眼鏡はかけたままだ。

「やっぱりウインドウはスモークにされてるわね。中の様子がまるで分からない。……さて、どうしますか、って、ねえちょっと聴いてるの?」
《なるほど。これがあの女が辿ってるという件の物語というわけか》

 妙に感心したようなルファの声がジャケットの内から漏れてきた。

「……なに? ずいぶん静かだと思ってたら、ずっとサイト覗いてたの?」

 自分の胸元を見ながらアメリアが呆れる。どうやらルファは内蔵された無線LANを通してネットワークに接続しているらしい。

《状況を把握するためには必要なことだ。しかしこんなサイトが公然と運営されていることも不思議だが、まさかこれだけのユーザーが集まっているとはな》
「どんな欲望にも必ず少しは捌け口を残しておくものよ。そうしないと不満が爆発するわ。こうした不埒なサイトの一〇や二〇、あって当然。事実それだけの人間が集まってるってことはそれだけ需要があるってことよ。だからうまく使えば経済的にもメリットが得られるかもしれない。それが良いか悪いかは別としてね」
《半ば黙認というわけか。しかしこの結末通りだとするなら、あの子は一生あの女の疑似姉妹として飼い殺されるということになる》
「……なんか緊張感に欠ける物言いね。普通に妹って言ってよ」
《血縁関係が認められない》
「そういうことじゃないわよ。……まあいいわ。とにかくその通りよ。だからこうして急いで駆けつけたわけでしょ」
《……しかし、彼女がアイドルというのがよく分からないな。外見や身体的特徴も、そこまで万人受けが良さそうなわけではないと思うが》
「生跡に背徳的な事情の多いモデルほど魅力的に映るのよ。使いやすいアイドルならぬ恵まれないアイドルってね。身体座標だけでアイドルになれるんなら、あたしだってなれるわ」
《なんだ悔しそうだな。なりたかったのか?》
「冗談。金輪際お断りよ。自分の体を切り売りして生活するなんて死んだ方がマシ」
《あの子は違うようだが?》
「価値観が違うのよ。あたしには堪えられないことがあの子なら堪えられる。その逆も、また然りよ。正しいも間違ってるもないわ。あの子はそれに縋らないと生きていけなかった。それだけよ」
《人間というのはよく分からないな。人間が唯一ほかの生物群と異なるのは、その理性に依るからだとばかり思っていたが……》
「理性があるからじゃないわ。理性と感情の両方を持ってるから人間は人間なの。あたしたちは生まれながらに矛盾を抱えた欠陥品なのよ」
《……だからあの子は矛盾を解消するために感情を捨てたというわけか》
「あたしが理性を捨てたのと同じようにね」
《人間としての半分を捨てたなら、いまのお前やあの娘はどうなるんだ?》
「別にどうもならないわ。強いて言えば求めるものが変わってくるくらいじゃない?」
《求めるもの?》
「あの娘は生きる理由を欲しがってる。あたしは生きてる実感が欲しい。それくらいよ」

 アメリアはあっさりと意識を視線に戻した。この話はこれで終わりだと言わんばかりに。
 運転席側のドアが開いてメリルが出てきた。どうやら一人だ。少女の姿は欠片も見えない。

「出てきたわ」
《ようやくか。二人ともか?》
「あの女だけ。……誰かと電話してるわ。おそらく擬体の手配じゃないかしら。でも、やっぱり見事に監督省と裏で繋がってたってわけね」

 アメリアは力強く舌打ちした。ルファは冷静に、

《すり替えられたら終わりだ。もうあの子はこの島で生きていけなくなるぞ》
「そうなる前に助けるに決まってるでしょ。行くわよ」

 アメリアは急いでハンドルを握ると思い切りアクセルを踏みつけた。
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