KEEP ALIVE

「クレア・コレット。――いい名前よね。中世王侯貴族の一人娘って感じ。愛されることを運命づけられた人形みたい。……あなた、自分の名前は好き?」

 女の言葉にも少女――クレア・コレットは黙っていた。とは言え答えたくない訳ではなかった。まるで答えが見つからなかった。好きと嫌い――心はどちらに振れることもなかった。ただ無作為に流れては切り替わる夜景を感じるがまま動じることはなかった。
 自分の名前にコンプレックスでもあるのだろうか。
 クレアは横目で隣の女を見た。その横顔の歪み方は如何様にも見て取れた。皮肉にも羨望にも嫉妬にも。あるいは憎悪にも。
 女は汚れがないのが不思議なくらい白くて清潔なスーツに身を包んでいる。肩に届くか届かないかのセミロングは生来のままのように純白だ。素肌も羨ましいほどに白い。だがそれはまた不気味でもあった。淀みなく白一色の全身。石膏の人形を思わす硬質な肌の輝き。切れ長の鋭い瞳と迷いのない所作の数々は噂通りの自信家であることを容易に納得させる。
 彼女はいつだって冷めた異名で呼ばれていた。
 メリル・スノウ。冷徹なメリル。本名メリル・フレイクス。この島で彼女を知らない人はいないがその本名を口にする人も一人もいない。
 三四歳にしてクオリア社の専務執行役員。情報統合機器の開発を監督省から独占的に請け負う光学機器メーカーの重役だ。いまも車窓の彼方に半ば満月を穿つ本社の切先が夜気に溶けて揺れている。山のような高層物の屹立するセントラル・シティ中枢。その中でも頭一つ以上飛び抜けた超高層ビルだ。
 広がる空には光の奔流が戯れ合うように光路が幾重にも折り重なり幾筋もの煌めきを瞬かせている。セントラル・シティ全体を飾るように。夜になり乗り入れ規制が解除された光路には何台もの高級車の姿が見えた。路面下に蓄電された太陽エネルギーを借りて推進力に変換するタイプのシェア・カーだ。
 空中光路の通行も公共エネルギーの利用も低級市民には一生縁のない特権だ。いつだって夜空はメリルのように昇り詰めた人間たちで埋め尽くされている。

「……外ばっかり見てるのね。そこに座った人は誰だって町なんかより私を珍しがるのに。それとも、そんなにセントラルの景色が珍しいのかしら?」

 クレアは無言のまま外を見つめていた。とは言えメリルも答えは期待していなかった。ただ前だけを見てシェア・カーを静かに走らせている。
 確かに珍しい景色ではあった。見るもの全てに意識が飛びつくほど。だがそれが鮮明な記憶として焼き直されるまでには至らなかった。すべてはただ右から左へ流れた。特に驚嘆や感嘆に値するものが見当たらなかったのだ。それがクレアには些か不思議だった。だが理由は明白だった。計算され尽くした都市は言葉にしやすく故に人伝に聴いた印象を越えることがなかったのだ。
 それでも行く先々を埋め尽くす散光の明滅などは意外と魅惑的だった。セントラル・シティは昼夜を問わずに様々な色の光が跳ね回り踊り狂う。夜は天地が逆転したのではないかと思えるほど街全体が煌々と脈打つ。それがまさにいまこのときだった。
 揺らめく星海の直中を悠々と泳ぐように風景は一様だが醸される雰囲気は幻想的に波打っていた。しかし輝く大半が実は社会の目の凍てついた眼光にすぎないのはクレアでも知っていた。だから仄かな感慨は湧き上がる前に枯れ萎んでしまう。
 この島は論理と計算そして徹底した実益主義によって設計されている。四方八方を理で埋め尽くした島において心が湧き立つことなど早々あることではない。
 セントラルと東西南北の居住専用エリアは河幅五キロにも及ぶ人工断河によって隔てられている。中級市民以下の島民は例外なくそこで暮らす。エリア内でも中級市民と低級市民の居住区は綺麗に峻別されて決して混じり合うことはない。そこでは階級の厳格な定義が断崖の如く聳える。衣食は階級に応じたものだけが流通する。当然値段の桁も違う。あらゆる税率も階級に比例して高まる。人にとって金銭は酸素も同然だからこれだけでも生きられる場所を十二分に制限できる。
 だが島民を縛るものは物価や税制だけではない。
 例えば低級市民街はその約六割を製造業の大型プラントや物流倉庫等の港湾設備が占める。居住エリアとはまるで名ばかり。島民が住んでいるのは残り四割の更に半分程度のエリアだ。しかも大半がシェアタイプの安価な共同住宅街。安月給のフリーワーカーたちが暮らしていくには共同生活しか方法がない。それが工場群の隙間を埋めるように点々と建っているのだ。
 クレアはまだ車窓の外を眺めていた。道路が片側だけで複数車線も走っていたり歩道で人々が余裕で行き交えることすら低級市民にとっては夢物語。――きっと雨の日に傘がぶつかり合うこともないのだろう。そんな小さいようで意外と大きな不満とはきっと無縁なのだ。
 そうした事情から低級市民のあいだでは陸運海運等の運送業やセントラルに豪奢な本社を構える各メーカーの工場の人気が高い。運送や異動等で公然とセントラルへ出向くことができるからだ。しかしそうした背景は階級を隔たることなく周知の事実だ。だからこそ就職試験や人事考課で要求される人格や生跡レベルは他業種と比較にならない。抱いた憧れを叶えられる低級市民は指折り数える程度。そのように島ではありとあらゆる水準が漏れなく階級即ちクラスによって縛られる。あらゆる清濁が例外なく互いを嫌悪し合う摂理さながら。
 それはいまのクレアとて例外ではない。
 セントラル・シティへ入る前にメリルが用意していた服に着替えさせられた。肌に張りつくほどにタイトな黒のショートパンツ。上から合わせるのは裾に白いラインを添えた豊かに波打つゴシック風のスカート。そして夢にしか見たことのない純白のブラウス。低級市民が購入できる程度の衣服はセントラル・シティでは恥にしかならない。若さだけが取り柄だったクレアもいまでは輝く魅力を華々しく湛えている。さながらメリルが形容するところの王侯貴族の愛娘にも等しく絢爛だ。
 クレアはバックミラーを通して後部座席を見た。
 力なく萎れる自分の服が目に映る。階級社会の揺るがなさに打ち拉がれた脱け殻のように。
 やがてシェア・カーが信号で止まった。巡回警備型の機動性に優れた生体型機甲装人が多く目についた。ここ最近交通事故が増えているせいだろう。通りでは人々が音楽やネオンを浴びながら歩いている。恵まれた者の証のように。――その様子を眺めているうち何人かと目が合った。しかしクレアの気持ちは穏やかだった。自分でも驚くほど。その安心感をメリルの用意した服が支えているのは明らかだった。見られても構わない。そんな密やかな自信が息衝くのをクレアも感じていた。純粋に欲した――ただ唯一の希望その脈動。
 沿道の街灯やディスプレイのライトに混じって社会の目のサーチライトが微かに見える。蒼白くて薄っぺらい靄のような光。島には島民の数の数倍にも及ぶ社会の目が配備されている。表向きの目的は島民の社会的評価と犯罪の防止。監督省が情報統合技術研究推進機構やクオリア社と協力してCSU-Po.――市民の社会的有益性を迅速かつ正確に更新するために開発した光学機器だ。
 従来の社会の目に相当する情報統合機器は映像の人物とCitizenBoxの静止画を職員が逐一目視で照合していた。だが行動系の評価関数の誕生と発展が事態を一変させた。社会的に不適切な行動を見咎めた社会の目は行動の特徴や人物の身体座標を認識。クラスの変動値を確定して対象のCitizenBoxに即時反映させられるようになった。いまでも評価の加重と妥当性の均衡制御を目的に改良は続けられている。特に対を成す感情系の評価関数の精度と安定性の向上が急がれている。動的評価は対象の外見や動作の裏で密かに息衝く意味や価値を汲みとる必要がある。それも一縷の狂いもなく。しかし当座は未だ事前に全島民に平均的な生跡をスタティック・パラメータとして情報統合機器にインストールしておかなければならない。しかし生跡は人々の生き様そのもの。だから常に矛盾をきたす。目下の課題はその平均を平準化すること。とは言え大まかな評価には支障がないレベルには到達している。それを実現したのがメリルであり自分の父親を含めた研究者たちだった。
 通りにはレストランやカジュアルショップが並んでいる。どこも全面ガラス張り。薄汚れた露天や見窄らしい行商がメインの低級市民街とは大違いだ。なかにはアミューズメントセンターも見えた。エントランスを彩る何色ものネオンが楽し気に跳ね回っている。
 目にしたクレアの背中には微かな悪寒が走った。
 目を背けたはずの過去に追い縋られて。
 ――一四歳のときだ。アカデミック・タワーからの帰り道。ほんの出来心から友人たちとノースエンドのアウトレットモールに寄り道をした。アミューズメントフロアのゲームセンターで遊びフードコートに立ち寄って帰った。そして帰るなりそれを父親に叱られた。社会の目を通して偶然娘の出来心を見咎めたのだ。
 それ以来父親とは面と向かうことすらできなくなった。父さんはいつもカメラの向こうから自分のことを見ている。自分の一挙手一投足を漏らすことなく。そんな薄気味悪い妄念がクレアの身も心も蝕んだ。さらにタワーに通えなくなり家から出られなくなった。やがて自分の寝床から身を起こすことすらも。
 もちろん確かめたわけではない。しかしそれは重要ではなかった。なによりの重荷はそう思ってしまった自分自身の存在。その心。芽生えた苦悩。父親は偶然だと言い張った。半ば示し損ねた矜持と意地を振りかざすが如く。当然だがクレアは信じなかった。父親は娘の一切を監視していたのだ。娘のクラスの安定を口実に。とても正気の沙汰ではない。
 父親と喋りたくない。顔を合わせたくない。一緒にいたくない。その抵抗は日に日に膨らんだ。
 やがては父親に見られたくないとすら思った。自分の姿を一瞥たりとも。それが異常とも言えるほどに根強いクレアの視線恐怖症が発症した瞬間だった。
 以来……すべてから逃げ切ろうと足掻いた。色々な手段で。他人や社会の目の眼光から。評価や交友関係といった不可視の視線から。――しかし叶わなかった。様々な偶然あるいは島の力学が尽く彼女を裏切った。
 ただ二つだけ叶ったこともあった。タワーでの落第とBクラスへの降級。家に閉じこもっているあいだに自然とそうなっていた。タワーの力学に逆らう必要がなかったからだ。当然だがそれで気が楽になったのはクレア一人だけだった。にわかに周囲は泣き声や怒鳴り声さらには皮肉や箴言で騒がしくなった。
 だがすぐに気づいた。そのすべてが所詮ささやかな自慰行為にすぎないのだと。クレアから何かを奪うことで自分を満たし癒す。そんな身勝手な論法に苛まれるうちクレアの視線恐怖症は臨界に達した。
 結局は周りの瞳を潰すか自分を捨てるしかない。悟ったクレアは迷わず後者を選んだ。見られたくない自分を押し殺して見られても構わない自分を造り上げた。
 それ以来のクレアは《手のひらサイズのアイドル》として世間に現れた。羞恥や憐憫。喜怒や悲哀。手にしていれば自分を傷つけるだけのものは見られたくない自分に押しつけて。そうして生き抜いてきた。そんなもう一人の自分からはひたすら目を逸らしながら。
 ――気つけばシェア・カーはイーストエンドを臨める断河沿いを走っていた。臨界公園として整えられたスポットは若いカップルの憩いの場として知られている。いまも健全な二人組がちらほら目につく。その後ろ姿をぼんやりと眺めながらクレアは何の気なしに口にした。

「――どうしてこんなことを?」
「こんなことって?」

 メリルが素っ気なく応じる。前を見据えたまま。

「あたしを車に乗せてどっかに連れてくこと」
「私は声をかけただけ。その理由を知ってるのはむしろあなたの方じゃない?」

 メリルの返答にクレアは押し黙った。
 その通りだった。誘われるがままに乗車したのはクレア自身だ。そしてそこには理由などなかった。あったのは多少の興味と期待だけ。メリル・スノウ・フレイクスという人間への純粋な興味。彼女は自分のためにここまで来たのだという――淡く幼い陶酔。
 もちろん誘拐や拉致の可能性も考えないではなかった。だがそれでも恐くはなかった。彼女は島の重鎮。指折りしかいないSSランクの拝級を許された一人。悪徳に興じる所以など持ち合わせているはずがない。万一それならそれでいいとすらクレアは思った。自分に近寄ってくる人間に共通するのは例外なく与えられることだ。求める形は様々だが決して自分から奪ってはいかない。それならそれを拒む必要などなかった。たとえ手元に残るのが泣きたくなるほど自虐的な充足感でも。それで自分が傷つこうとも構わなかった。――気に病むことなどなに一つとしてない。それは所詮どう傷んでも構わない偽りの自分に過ぎないのだから。
 思考に耽っていて気づかなかったが車の速度が徐々に落ちていた。メリルはハンドルから手を離している。シェア・カーを全自動に切り替えていた。その手をクレアの右の頬へ伸ばしてくる。そっと。なんの躊躇も前触もないまま。――だがクレアは抵抗しなかった。分かりきっていた。メリルが望んでいるのは《手のひらサイズのアイドル》である自分なのだと。
 ふとバックミラーが視界の端に入った。縁の上部で小さな蒼白い光が点滅している。裏側に内蔵されている社会の目だ。もともとは車内の様子や後続車を監視するためのもの。監視に乏しかった旧体制下では車内という日常に溢れる密室が犯罪の手頃な温床だった。その犠牲者の大半は若い女性と高齢者。前者は性犯罪の餌食に。後者は窃盗の格好の獲物だった。その撲滅を名目として設置されたのが車内の目だ。こうした細かな配慮によってメリルは盤石の地位を手に入れた。ある島民曰く弱き女性の守り手。ある島民曰く略奪からの救世主として。
 もしいまその目の先に父がいたらこんな自分を見てどう思うだろう――そんな暢気な疑問がふっと湧いた。自分の会社の役員に弄ばれる一人娘。その手を出したメリルに詰め寄るのだろうか。それとも仕事を失わないように黙りこむのだろうか。あるかどうかも分からない娘の否を責めるのだろうか。だがそのどれもがどうにも思考と心に馴染まなかった。――別にどうでもよかった。父にかける期待などクレアはもう持ち合わせてはいない。

「視線が気になるのかしら?」

 メリルに頭のなかを読まれた。どうやら顔に出ていたらしい。クレアはミラーから顔を逸らした。

「……べつに」
「気にしないで大丈夫よ。いまの社会の目はまだこういうことは評価できないの。もっとも、正確には評価できるようにしてないだけだけど」

 そしてメリルは嗤いながら、

「まだまだ子供なのよ」

 敢えて造りこんだ口調で言った。クレアの頬を撫でる右手は止まらない。

「とは言え、やっぱりCSU-Po.に若干の影響は出る。でも私がその気になれば、この車内の目くらいどうとでもできるわ。電話一本で潰すことも、評価関数を都合良く改竄することもね」

 じゃあ……。
 そう言いかけてクレアは開きかけた口を閉じた。
 気にならないと言うのは真っ赤な嘘だ。さっきから肌の裏で嫌悪感が疼いている。深く根を張った視線恐怖症がそう簡単に消えることなどあり得ない。クレアは一度強がったことを少しだけ後悔した。なぜそんなことをしたのかも分からなかった。
 代わりになりそうな言葉を探し当てると、

「じゃあ、なんで点けっぱなしにするの。……あなたも映ってるのに」

 相手を気遣うような調子で訊いてみた。だがメリルは答えなかった。ただ微笑みを浮かべ返すだけで。
 代わりにクレアの腰に手を回して自分のシートに引き寄せる。そのままクレアの口唇に自分の口唇を近づけ重ねる。目の前で縮む距離すらもどかしがるように。
 思い切り抱き締められたクレアの上半身が軽く反り返った。喉の筋肉が引っ張られて口が勝手に開く。メリルの口唇からなにかが流れこんできた。口内を飛ぶように一気に喉奥まで。一瞬クレアは目元を顰めた。漏れる息の合間に弱々しい喘鳴の欠片が混ざる。
 クレアはうっすらと瞼を上げた。メリルの瞳の上で恍惚が楽し気に揺れているのが見えた。クレアは経験則から気づいていた。それが彼女の満足の証なのだと。
 そうして相手は必ず与え返してくれるのだ。いつだって自分が切に望んで止まないものを。

「そんなに理由が欲しい?」

 メリルがクレアの顎を持ち上げる。そっと優しく。クレアは抵抗しなかった。したくてもできなかった。体の節々で虚脱と倦怠が逆巻き波打っていた。視線の焦点もまるで安定しない。目の前のメリルの瞳の色すら認められないほどに。間断なくメリルがクレアの幼い口唇を奪う。その右手をブラウスの中へ滑らせ肢体を弄る。次いで左手もショートパンツの中へ。その手つき顔つきは正しく淫靡そのものだった。それがクレアの心底から甘美な劣情を巧みに掘り起こしていった。
 やがてシェア・カーが進路を変えた。そのままゆっくりとスピードを落としていく。そのまま公園の敷地内に用意された芝生型の駐車スペースの一角へ向かいそこで止まった。
 自分の行動が異常なことは重々承知していた。もしかしたらBクラスに留まっていられるかも怪しい。かつてはアカデミック・タワーの最上五三階に所属していたエリート学生もいまでは一八階まで落ちぶれた一人の出来損ない。周りの視線も日増しに冷たくなっていった。多少の同情から痛烈な批判へ。痛烈な批判から不仕付けな皮肉へ。そしていまは一切の無関心。
 メリルは言った。

(そんなに理由が欲しい?)

 家族を捨てた。積み重ねた時間も。それでも見てもらうためには理由が必要だった。自分が見られる理由ではない。相手が見るための理由が。動物園で飼われる動物たちのように。だが動物は客に媚びたりしない。しかし自分は見る者たちに媚びてきた。無意識に。しかし確かに。それを知ったのが落第した後の一連の騒動だ。それは両親も例外ではない。家族の絆を支えていたのは愛情でも信頼でもない。ただの与奪と献上。自分は両親に媚びなければ家族愛一つさえ手に入れることができなかった。それに気づくと途端に遣る瀬なくなった。
 だから欲しかった。すべてを剝いだ先で怯える自分を支える純粋な理由が。たとえどんなものであっても。どんなに薄汚れたものでも構わない。いまを生きることを支えてくれる揺るぎない純粋な理。なによりも欲しかったのはそれだけだ。いまを犠牲にして約束される恵まれた将来などいらない。生きる理想を騙し通すだけの仮初めの希望など反吐と一緒に吐き捨ててきた。
 ――そうだ。自分は彼女に惹かれているのだ。そうクレアは認めざるを得なかった。メリル・スノウ・フレイクス。セントラル随一の成功者。その言葉の一つ一つに漲る揺るぎない自信。――SSクラスがBクラスの島民に接触すること自体が島では御法度だ。ましてメリルは島の管理を支える要人の一人。にもかかわらず彼女は堂々とアカデミック・タワーのエントランスでクレアを誘った。周りの目を気にする素振りなど微塵もなく。それがクレアが誘いに応じた一番の理由だった。
 彼女は持っているのだ。
 自分を迎えにきた確かな理由を。
 しかしやがて口唇を離したメリルが悦に瞳を細めて、

「じゃあ教えてあげるわ。……電源が入ってるのは入ってないと撮影できないから。あなたを誘ったのはあなたを撮影するため。ただそれだけよ」

 あまりにも言葉足らずで不可思議な答えだった。そして――クレアは気づいていなかった。自分の見たもの感じたことのすべてが誤っていたのだということに。
 しかしもうすでに手遅れだった。やがてメリルがその一言を発したときには。

「――あなたはこれから、私の妹になるのよ」
1/13ページ
スキ