白船一番艦の受難
その後、一、二番艦を除く六隻の《白船》が、ガルグイユの周囲に集った。そして可能な限りクルーたちを預かっていく。
残った一番艦は、カレンとガルグイユの交渉の議場として停戦。そして二番艦はローランの旗艦を制圧、本人と副長を捕縛して先にランティスへ戻った。ダグラスが一連の騒動の真相を究明にかかるためだ。
カレンとパーシバル、そしてガルグイユが話している間、シルヴィアはカイル、アヴリル、ミーシャとともにガルグイユの背中にいた。暇を潰したがったミーシャにせがまれたからだ。一番艦の甲板は元気を持て余す彼女が遊び回るには、どうやらかなり手狭らしかった。
シルヴィアはガルグイユの背中に座って、はしゃぐミーシャを眺めていた。あの洞穴の時のように、今もアヴリルの背中に乗って二人で駆け回っている。遊び相手としては自分やカイルより彼女がお気に入りらしい。
そんな二人を、乗艦の順番を待つ背中のクルーたちも、最初は不思議そうに眺めていた。海獣のハーフであるミーシャと人類のアヴリルが仲良くする光景を、自らの価値観がなかなか受け入れられなかったのだろう。
だが次第に、一人また一人と笑顔を見せるものが出てきた。中には声を上げて笑うものまでいる。
その変化に、シルヴィアの頬が自然と緩んだ。
そこに垣間見えた、明るい未来を感じて。
これなら、きっと大丈夫だろう。
あの子なら、きっとみんなに受け入れてもらえる。
あの陽だまりのような笑顔を見ていると、不思議とそう思えてくる。
ユラン曰く、ミーシャはこのまま島に残るつもりらしい。やはり大好きな彼女の側にいたいのだろう。
だが、それは極めて険しい道だ。
ユランもそうだが、二人は今回の事件で海獣であることが全島に知れ渡った。そのためランティスの人々と彼女たちが真の意味で共存するのは決して容易ではない。その実現可能性は完全に未知数だ。
それでも彼女は、自ら選んだ。
自分も人類とともに生きる道を。
まだ幼子の彼女に、その道がどれほど険しく、厳しく、つらいものかを理解できるだけの知識や経験はおそらくない。カレンとガルグイユのあいだで話がまとまり、その方針が島中に共有されても、心ない差別や迫害はきっと起こる。もちろん自分たちが守ってやれれば良いが、航海で島を留守にすることが多いため、それも難しい。
だが、待ち受ける壁がどれほど高くても、あの子はそのすべてを越えていけるだろう。
どんな時でも笑顔を絶やさなかったあの子なら、きっと。
「へえ。あの子がそうなのね」
シルヴィアの背中に一人の女性が覆いかぶさってきた。ミネルヴァだ。
「ミネルヴァさん。仕事はどうしたんですか?」
「こんな記念すべき日にそんな野暮なこと言わないでくれる? で? あの子、なにと人類のハーフなの? なんで人の言葉を話せるわけ? うっわ考えただけでわくわくするわ、ちょっと解剖していい?」
興奮を抑え切れないのか、早口で捲し立てるミネルヴァ。早く「しゃべる海獣」と触れ合いたくて仕事を放棄してきたのだろう。いかにも彼女らしい。
解剖という穏やかならぬ単語に「だめですよ」と苦笑いを浮かべるシルヴィア。聴いているのかいないのか、ミネルヴァはミーシャとアヴリルへ近づいていき「ねぇねぇ。私と遊ばない?」と持ちかけている。いきなり現れた見知らぬ女性を前に、ミーシャはきょとんと首を傾げていたが、ミネルヴァが猫をあやすように顎を優しく撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。それだけで心を掴んだのか、ミーシャは両手を挙げてミネルヴァに肩車をせがみ出す。
「おいおい大丈夫かよ。姉さん、変なことしないだろうな?」
すると今度はラムザがやってきた。その後ろにはライエとアレンもいる。どうやら三人もミネルヴァ同様、海獣と人類のハーフが気になって仕方がないようだ。
「しかし、こうして見ると本当に僕らと変わらないんだね」
アレンの声色も驚き半分、興味半分といった感じだ。
二人がミーシャとミネルヴァの様子を眺めているなか、ライエはシルヴィアの横に腰を下ろした。あの一件でのすれ違いが心に残っていたシルヴィアは、気不味さから思わず目を背け、顔を伏せる。
「なんだ。まだ気にしてるのか? べつに怒っちゃいないさ」
彼女を安心させるように笑顔を見せるライエ。
「あ、いえ……」
「あんたが勝手な理由で国を裏切ったんじゃないってことが分かったんだ。いまさらなにも言うことなんかない。カレン様も正式に海獣との共存を目指すって決断したんだし」
「……ありがとうございます」
「とは言え、大変なのはここからだ。ランティスにはカレン様の決定を良く思わない連中だっている。その連中が海獣に手を出そうものなら共存はご破算だ。最悪、裏切られて逆上した海獣がランティスを襲撃するなんて事態も考えられる。今日までより明日からのほうがずっと厳しい道のりになる」
「はい」
「……まあ、あの様子を見てると、大丈夫そうだけど」
ライエの視線がミーシャに向く。ミネルヴァに体中を触られており、くすぐったいのか大笑いしながら地面の上を転げ回っている。
「しかし、ユランさんもハーフだとは思わなかったな。ってことは、カイルはクォーターってことか」
「ですね」
「ひょっとして、海の声が聴こえるとか言ってたのは、そのおかげなのか?」
「たしかなことは分かりません。でもまあ、そうなんでしょうね」
「え? なに? カイルも海獣なの?」
ミーシャをいじり倒していたミネルヴァの瞳が怪しく輝く。
「クォーターらしいよ」
「へえ、そうなの。ちょうどいいじゃない。さすがの私もこんな小さな子を解剖するのは、ちょっと気が引けるのよね。でも、あんたなら心も痛まないし……」
「い、いや、なに言ってんすか!」
「面白そうだな」
「ラムザさん、煽んないでください!」
「みんな海の声が聴こえるようになったら、便利そうだね」
「アレンさん!?」
「さて……と。私は仕事に戻るかな……」
「ちょっと逃げないでくださいよ! ライエさん!」
「はい。多数決によりカイルさんの解剖が決定されました」
「黙ってろ! アヴリル!」
「かいる! かいる!」
「ミーシャ! 喜ぶな! 嬉しくない!」
「大丈夫よ。すっごく痛いけど、死なないから。……たぶん」
「なんで自信なさげなんですか!?」
「シル。カイルを押さえなさい。さもないと例の新兵器の実験体にするわよ」
「は? って、おい! 離せシル!」
「ご、ごめんなさい……私も命は惜しいので……」
「俺の命はどうでもいいのかよ! あぁくそっ!」
「あぁっ! 逃げた!」
「かいる! かいる!」
「ラムザ! 捕まえなかったら、あんたも頭かち割るわよ!」
「うひゃ、おっかねぇ」
ミネルヴァの凶悪な魔手から逃れるため、必死にガルグイユの背中を逃げ回るカイル。その後ろを面白半分に追いかけるアヴリル、ラムザ、そしてミーシャ。
そして、年も役も忘れてはしゃぐ一同を、バツが悪そうに見守るシルヴィア。
だが、彼女の胸の内は明るかった。
さながら、これから先の未来が理想とするような光景を目の当たりにして。
人類と海獣の垣根を取り払い、すべてのものが手を取り合う世界。
自分たちがこれから目指すそんな世界は、すぐ手の届くところにあり、しかし最果ての如く遠くにある。
でも、大丈夫だろう。
あの子と一緒なら。
この人たちと一緒なら。
きっと。
―――きっと。
残った一番艦は、カレンとガルグイユの交渉の議場として停戦。そして二番艦はローランの旗艦を制圧、本人と副長を捕縛して先にランティスへ戻った。ダグラスが一連の騒動の真相を究明にかかるためだ。
カレンとパーシバル、そしてガルグイユが話している間、シルヴィアはカイル、アヴリル、ミーシャとともにガルグイユの背中にいた。暇を潰したがったミーシャにせがまれたからだ。一番艦の甲板は元気を持て余す彼女が遊び回るには、どうやらかなり手狭らしかった。
シルヴィアはガルグイユの背中に座って、はしゃぐミーシャを眺めていた。あの洞穴の時のように、今もアヴリルの背中に乗って二人で駆け回っている。遊び相手としては自分やカイルより彼女がお気に入りらしい。
そんな二人を、乗艦の順番を待つ背中のクルーたちも、最初は不思議そうに眺めていた。海獣のハーフであるミーシャと人類のアヴリルが仲良くする光景を、自らの価値観がなかなか受け入れられなかったのだろう。
だが次第に、一人また一人と笑顔を見せるものが出てきた。中には声を上げて笑うものまでいる。
その変化に、シルヴィアの頬が自然と緩んだ。
そこに垣間見えた、明るい未来を感じて。
これなら、きっと大丈夫だろう。
あの子なら、きっとみんなに受け入れてもらえる。
あの陽だまりのような笑顔を見ていると、不思議とそう思えてくる。
ユラン曰く、ミーシャはこのまま島に残るつもりらしい。やはり大好きな彼女の側にいたいのだろう。
だが、それは極めて険しい道だ。
ユランもそうだが、二人は今回の事件で海獣であることが全島に知れ渡った。そのためランティスの人々と彼女たちが真の意味で共存するのは決して容易ではない。その実現可能性は完全に未知数だ。
それでも彼女は、自ら選んだ。
自分も人類とともに生きる道を。
まだ幼子の彼女に、その道がどれほど険しく、厳しく、つらいものかを理解できるだけの知識や経験はおそらくない。カレンとガルグイユのあいだで話がまとまり、その方針が島中に共有されても、心ない差別や迫害はきっと起こる。もちろん自分たちが守ってやれれば良いが、航海で島を留守にすることが多いため、それも難しい。
だが、待ち受ける壁がどれほど高くても、あの子はそのすべてを越えていけるだろう。
どんな時でも笑顔を絶やさなかったあの子なら、きっと。
「へえ。あの子がそうなのね」
シルヴィアの背中に一人の女性が覆いかぶさってきた。ミネルヴァだ。
「ミネルヴァさん。仕事はどうしたんですか?」
「こんな記念すべき日にそんな野暮なこと言わないでくれる? で? あの子、なにと人類のハーフなの? なんで人の言葉を話せるわけ? うっわ考えただけでわくわくするわ、ちょっと解剖していい?」
興奮を抑え切れないのか、早口で捲し立てるミネルヴァ。早く「しゃべる海獣」と触れ合いたくて仕事を放棄してきたのだろう。いかにも彼女らしい。
解剖という穏やかならぬ単語に「だめですよ」と苦笑いを浮かべるシルヴィア。聴いているのかいないのか、ミネルヴァはミーシャとアヴリルへ近づいていき「ねぇねぇ。私と遊ばない?」と持ちかけている。いきなり現れた見知らぬ女性を前に、ミーシャはきょとんと首を傾げていたが、ミネルヴァが猫をあやすように顎を優しく撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。それだけで心を掴んだのか、ミーシャは両手を挙げてミネルヴァに肩車をせがみ出す。
「おいおい大丈夫かよ。姉さん、変なことしないだろうな?」
すると今度はラムザがやってきた。その後ろにはライエとアレンもいる。どうやら三人もミネルヴァ同様、海獣と人類のハーフが気になって仕方がないようだ。
「しかし、こうして見ると本当に僕らと変わらないんだね」
アレンの声色も驚き半分、興味半分といった感じだ。
二人がミーシャとミネルヴァの様子を眺めているなか、ライエはシルヴィアの横に腰を下ろした。あの一件でのすれ違いが心に残っていたシルヴィアは、気不味さから思わず目を背け、顔を伏せる。
「なんだ。まだ気にしてるのか? べつに怒っちゃいないさ」
彼女を安心させるように笑顔を見せるライエ。
「あ、いえ……」
「あんたが勝手な理由で国を裏切ったんじゃないってことが分かったんだ。いまさらなにも言うことなんかない。カレン様も正式に海獣との共存を目指すって決断したんだし」
「……ありがとうございます」
「とは言え、大変なのはここからだ。ランティスにはカレン様の決定を良く思わない連中だっている。その連中が海獣に手を出そうものなら共存はご破算だ。最悪、裏切られて逆上した海獣がランティスを襲撃するなんて事態も考えられる。今日までより明日からのほうがずっと厳しい道のりになる」
「はい」
「……まあ、あの様子を見てると、大丈夫そうだけど」
ライエの視線がミーシャに向く。ミネルヴァに体中を触られており、くすぐったいのか大笑いしながら地面の上を転げ回っている。
「しかし、ユランさんもハーフだとは思わなかったな。ってことは、カイルはクォーターってことか」
「ですね」
「ひょっとして、海の声が聴こえるとか言ってたのは、そのおかげなのか?」
「たしかなことは分かりません。でもまあ、そうなんでしょうね」
「え? なに? カイルも海獣なの?」
ミーシャをいじり倒していたミネルヴァの瞳が怪しく輝く。
「クォーターらしいよ」
「へえ、そうなの。ちょうどいいじゃない。さすがの私もこんな小さな子を解剖するのは、ちょっと気が引けるのよね。でも、あんたなら心も痛まないし……」
「い、いや、なに言ってんすか!」
「面白そうだな」
「ラムザさん、煽んないでください!」
「みんな海の声が聴こえるようになったら、便利そうだね」
「アレンさん!?」
「さて……と。私は仕事に戻るかな……」
「ちょっと逃げないでくださいよ! ライエさん!」
「はい。多数決によりカイルさんの解剖が決定されました」
「黙ってろ! アヴリル!」
「かいる! かいる!」
「ミーシャ! 喜ぶな! 嬉しくない!」
「大丈夫よ。すっごく痛いけど、死なないから。……たぶん」
「なんで自信なさげなんですか!?」
「シル。カイルを押さえなさい。さもないと例の新兵器の実験体にするわよ」
「は? って、おい! 離せシル!」
「ご、ごめんなさい……私も命は惜しいので……」
「俺の命はどうでもいいのかよ! あぁくそっ!」
「あぁっ! 逃げた!」
「かいる! かいる!」
「ラムザ! 捕まえなかったら、あんたも頭かち割るわよ!」
「うひゃ、おっかねぇ」
ミネルヴァの凶悪な魔手から逃れるため、必死にガルグイユの背中を逃げ回るカイル。その後ろを面白半分に追いかけるアヴリル、ラムザ、そしてミーシャ。
そして、年も役も忘れてはしゃぐ一同を、バツが悪そうに見守るシルヴィア。
だが、彼女の胸の内は明るかった。
さながら、これから先の未来が理想とするような光景を目の当たりにして。
人類と海獣の垣根を取り払い、すべてのものが手を取り合う世界。
自分たちがこれから目指すそんな世界は、すぐ手の届くところにあり、しかし最果ての如く遠くにある。
でも、大丈夫だろう。
あの子と一緒なら。
この人たちと一緒なら。
きっと。
―――きっと。
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