白船一番艦の受難
―――数時間後、戻ってきたガルグイユにシルヴィアがすべてを話すと、彼は驚くほどあっさりと快諾してくれた。
「い、いいのですか?」
『なにを驚いている。我が同胞の未来のためだ。厭う理由などない』
「ここは空けても大丈夫なのか?」
カイルが続けて尋ねる。
『問題ない。我が眷属がいるからな』
「あの海砲龍か」
『普段は海の底を動かんが、一頭だけよく海の底に飽きて海面まで上がってくる若い聴かん坊がいる。お主らが見たのはそやつだろう。ほかにも二〇頭ほどいるから、ここは彼らに任せる』
「たしかにそれだけいりゃ、ここが荒らされる心配はないな」
「では―――」
『ああ。話を聴く限り、たしかに生半な言葉や態度ではなにも進まんだろうからな』
「いつ出られそうだ?」
『いつでも』
「どうする?」
「すぐに出ましょう。一日も無駄にはできません」
『承知した。我はこの山の底から抜けて、お主らの船のところに向かう』
「分かりました。では、そこで改めて」
話し合いが終わると、ガルグイユは再びその巨体を湖のなかに沈めた。シルヴィアとカイルも洞窟の端で倒れているアヴリルと、彼女を突ついて遊んでいるミーシャを呼び戻し、すぐに入り口へ戻ってボートに乗る。
洞窟の前に広がる岩礁地帯を抜けたところで《白船》の姿が見えてきた。いまは三隻が集まっている。七番艦も調査から戻ってきたようだ。
四人はそれぞれの船に戻る。
「お。お帰り」
一番艦の甲板ではリオが待っていた。
「どうやらカイルさんもいたみたいだね」
「ええ、おかげさまで」
「しっかし、なんだってまたこんなところまで来てたんだい、あの人。たしかにランティスの船が走ってない海だから安全かもしれないけど」
「―――まあ、ちょっとした理由があるんですよ」
「まあ、べつになんでもいいけどさ。―――それで? これからどうするんだい?」
「すぐにランティスへ戻ります」
「戻る? いったいなんでまた?」
いきなり指示された蜻蛉帰りに、リオをはじめクルー全員がぽかんと口を開けた。
「詳しい事情は途中で説明します。……来たみたいですね」
「来た? なにが?」
リオが疑問を口にしたとき、突如として東の海面が爆発したように割れ、山のような海水が天を衝いた。
「―――ッ!?」
唐突な爆音と衝撃に、リオとクルーたちが咄嗟にそちらを振り返る。
やがて海水が崩れ落ちると、そのなかからガルグイユが姿を現した。
「か、海龍!?」
「大丈夫です! 落ち着いてください」
「だ、大丈夫って、あんたなに言って……」
慌てふためくクルーたちにシルヴィアは平静を呼びかける。すでに抜剣して構えていたリオは訳の分からない彼女の指示に狼狽するばかりだ。
『準備はできたのか?』
「ええ。行きましょう」
「しゃ、しゃべった!? っていうか……あんた、なんで普通に話して……」
リオは絶句して凍りついた。もうなにもかも理解できないという顔だ。無理もない。海獣が当たり前のように人語を話し、シルヴィアも当然の如く応じているのだから。
「先ほども言いましたが、事情はこれからちゃんと説明します。糧食も残り少ないですから、いまは一刻も早くランティスまで戻らなければなりません」
「あ、ああ……分かっ、た……」
未だに解消し切れない動揺に戸惑いながらも、リオは抜錨を指示。それに従ってクルーたちが動き出すも、その動きはいつもと違ってぎこちなかった。
『我はお主らについていく。ただ、あまり海面に近いところを泳ぐと、ほかのものに影で見つかる可能性が高い。霧を抜けたところからは深海に潜らせてもらう』
「たしかにそのほうがいいですね。到着したら、なにか海中に落として合図をお送りします」
『頼むぞ』
やがて三隻の《白船》が走りだすと、ガルグイユは静かに海中へ潜った。巨大な影が少し距離を開けてゆっくりと、雄大にその体躯を揺らしながらついてくる。
三隻と一頭は、そのまま西へ走り続けた。
……そして、
彼女たちは、帰ってきた。
「い、いいのですか?」
『なにを驚いている。我が同胞の未来のためだ。厭う理由などない』
「ここは空けても大丈夫なのか?」
カイルが続けて尋ねる。
『問題ない。我が眷属がいるからな』
「あの海砲龍か」
『普段は海の底を動かんが、一頭だけよく海の底に飽きて海面まで上がってくる若い聴かん坊がいる。お主らが見たのはそやつだろう。ほかにも二〇頭ほどいるから、ここは彼らに任せる』
「たしかにそれだけいりゃ、ここが荒らされる心配はないな」
「では―――」
『ああ。話を聴く限り、たしかに生半な言葉や態度ではなにも進まんだろうからな』
「いつ出られそうだ?」
『いつでも』
「どうする?」
「すぐに出ましょう。一日も無駄にはできません」
『承知した。我はこの山の底から抜けて、お主らの船のところに向かう』
「分かりました。では、そこで改めて」
話し合いが終わると、ガルグイユは再びその巨体を湖のなかに沈めた。シルヴィアとカイルも洞窟の端で倒れているアヴリルと、彼女を突ついて遊んでいるミーシャを呼び戻し、すぐに入り口へ戻ってボートに乗る。
洞窟の前に広がる岩礁地帯を抜けたところで《白船》の姿が見えてきた。いまは三隻が集まっている。七番艦も調査から戻ってきたようだ。
四人はそれぞれの船に戻る。
「お。お帰り」
一番艦の甲板ではリオが待っていた。
「どうやらカイルさんもいたみたいだね」
「ええ、おかげさまで」
「しっかし、なんだってまたこんなところまで来てたんだい、あの人。たしかにランティスの船が走ってない海だから安全かもしれないけど」
「―――まあ、ちょっとした理由があるんですよ」
「まあ、べつになんでもいいけどさ。―――それで? これからどうするんだい?」
「すぐにランティスへ戻ります」
「戻る? いったいなんでまた?」
いきなり指示された蜻蛉帰りに、リオをはじめクルー全員がぽかんと口を開けた。
「詳しい事情は途中で説明します。……来たみたいですね」
「来た? なにが?」
リオが疑問を口にしたとき、突如として東の海面が爆発したように割れ、山のような海水が天を衝いた。
「―――ッ!?」
唐突な爆音と衝撃に、リオとクルーたちが咄嗟にそちらを振り返る。
やがて海水が崩れ落ちると、そのなかからガルグイユが姿を現した。
「か、海龍!?」
「大丈夫です! 落ち着いてください」
「だ、大丈夫って、あんたなに言って……」
慌てふためくクルーたちにシルヴィアは平静を呼びかける。すでに抜剣して構えていたリオは訳の分からない彼女の指示に狼狽するばかりだ。
『準備はできたのか?』
「ええ。行きましょう」
「しゃ、しゃべった!? っていうか……あんた、なんで普通に話して……」
リオは絶句して凍りついた。もうなにもかも理解できないという顔だ。無理もない。海獣が当たり前のように人語を話し、シルヴィアも当然の如く応じているのだから。
「先ほども言いましたが、事情はこれからちゃんと説明します。糧食も残り少ないですから、いまは一刻も早くランティスまで戻らなければなりません」
「あ、ああ……分かっ、た……」
未だに解消し切れない動揺に戸惑いながらも、リオは抜錨を指示。それに従ってクルーたちが動き出すも、その動きはいつもと違ってぎこちなかった。
『我はお主らについていく。ただ、あまり海面に近いところを泳ぐと、ほかのものに影で見つかる可能性が高い。霧を抜けたところからは深海に潜らせてもらう』
「たしかにそのほうがいいですね。到着したら、なにか海中に落として合図をお送りします」
『頼むぞ』
やがて三隻の《白船》が走りだすと、ガルグイユは静かに海中へ潜った。巨大な影が少し距離を開けてゆっくりと、雄大にその体躯を揺らしながらついてくる。
三隻と一頭は、そのまま西へ走り続けた。
……そして、
彼女たちは、帰ってきた。