白船一番艦の受難

「え、ほんとに!?」

 その答えに真っ先に驚きの声をあげたのは、アヴリルだった。

「……本気か?」
「よろしいんですか?」

 カイルとシルヴィアも思わず疑問を口にしてしまう。だが、カレンはいつもの毅然とした元首の顔に戻っていた。

「ええ。シルの言う通り、海獣たちから歩み寄ってきてくれる機会なんて、この先もあるとは限らない。向こうが交渉の姿勢を見せている今が大きな転機であることは間違いないわ。こちらとしても、一つでも多くの海域の安全が約束されるのは願ったり叶ったりだしね」
「でも、どうやって交渉するんですかー?」
「そうね。申し訳ないけど、こちらから出向くことはできないわ。リスクが大きすぎる。だから向こうに出てきてもらうしかないわね」

 カレンの意見には、シルヴィアも賛成だった。

「というわけで、まずそれを交渉するのが先ね。明日パーシバルさんたちにも相談して、おそらくはシル、あなたに動いてもらうわ。あなたたちはそれまでしばらくラグーンで待機。指示があるまでは自由にしてなさい」

 カレンの指示に三人が頷く。
 話がまとまったところで、カレンが話題を変えた。

「それで、その子は今日どうするの? さすがに町の宿屋に泊まるとかはなしよ。正体が露見する危険が大きすぎる。同じ理由で私の家もダメだからね。使用人たちに確実にバレるわ」
「そうですね……」
「むー……」

 シルヴィアとアヴリルがそろって悩んでいると、カイルが口を開いた。

「とりあえずうちで預かるさ」
「「えっ?」」
「おふくろにだけは話す必要があるだろうが、あの性格だから大丈夫だろ。それにいきなりこどもが一人増えても、べつにおかしな環境じゃないからな」
「い、いえ。そうじゃなくて……」
「カイルさん家、あれだけたくさんこどもたちがいるんだからバレやすいでしょ」

 アヴリルが誰もが抱いた心配を代弁する。

「人前で風呂や海に入らない限り、正体はバレないだろ。そのあたりはおふくろに任せればなんとでもなる。むしろ集合住宅のほうが、浴場とか共用なんだからバレやすいだろ」

 対するカイルの切り返しにも一理あった。ランティスの集合住宅は、住居分のスペースを少しでも多く取るために、浴場や食堂などは共用であることが多い。浴場の利用時間や順番などをルール決めしている住宅棟は多いが、それでも脱衣所などでばったり他の入居者と顔を合わせることは珍しくない。
 だが、カイルの孤児院にも同様のリスクはある。
 さてどうしたものかとシルヴィアたちが悩んでいると、

「―――カイルに任せるわ。ユランさんなら知られても心配ないだろうし」

 カレンが鶴の一声を発した。

「いいんですか?」
「こどもたちにバレたら、一発で噂になっちゃうと思うけどなぁ……」
「少なくとも集合住宅より危険性は低いでしょう。海やお風呂に誘われても、数日だけなら何らかの理由をつけて切り抜けられるだろうし。そのあたりは申し訳ないけどユランさんと協力してなんとかして」



「……本当に大丈夫ですか?」

 カレンの屋敷を出たあと、カイルとミーシャを孤児院まで送り届けたシルヴィアとアヴリルは、まだ心配そうな顔をしていた。
 時刻はすでに夜九時。こどもたちはもう寝ているだろう。ユランとの口裏合わせが聴かれる心配はまずない。そのため今日のところは大丈夫だろうが……。
 ミーシャは海獣の血を引いているからなのか、まだ元気だ。孤児院の入口に生えている草花を物珍しそうにつついて遊んでいる。

「まあ、なんとかなるだろ。というか、なんとかしなきゃならないからな」
「なにかあれば連絡してください。できることなら協力しますから」
「おう。ありがとな」

 カイルはミーシャを連れて、孤児院のなかへ入っていった。

「……ほんとに大丈夫ですかね?」
「……いまは何事も起こらないことを信じるしかありません。行きましょう」
「ほーい」

 そしてシルヴィアとアヴリルも、それぞれの自宅へと戻る。



 ―――恐れていた最悪の事態が、すでに進みつつあるとは思いもしないまま。






 ……次の日。



 ―――カイルとミーシャ、そして七番艦が、ラグーンから姿を消した。
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