本編

 ―――受賞結果の確認後、少し落ち着いた三人は悠奈の提案で近くのファミリーレストランへ向かった。彼女の奢りでささやかな祝賀会だ。
 火恋は最初こそ、幸太の落選に気を遣ってか笑顔がぎこちなかったが、次第に自然と笑うようになった。
 16時頃、火恋の携帯に葵から連絡が入った。ハンズフリーで出てみると、途端に大声が響き渡る。どうやら姉の受賞を知ったらしく、弟妹総出で大騒ぎのようだ。遥と萌が「せきはーん!」「せきはーん!」と、おそらく意味も分からず叫んでいる。

「あいつらも待ってるみたいだし、今日のところはこれくらいにしとくか」
「みたいですね」
「な、なんかごめんね」

 三人は店を後にし、自転車で帰路につく。
 附中で火恋と別れた幸太と悠奈は、そのまま多馬方面へ。中川原を通過し、関土橋の横断歩道に差しかかり赤信号で止まる。

「それにしても、まさか本当に火恋が受賞できるなんて、驚きですよ。今まで一次選考すら通過したことなかったのに。ほんとありがとうございます」
「い、いえ」

 幸太の明るさとは裏腹に、悠奈の表情はどこか冴えない。

「どうしたんですか?」
「……えっと……その……すみませんでした……約束、守れなくて……」
「え? な、なにがですか?」

 突然の謝意に困惑する幸太。

「如月先輩は受賞できましたけど、先輩は……」
「……あぁ。そういうことですか」

 信号が変わった。
 自転車を漕ぎ出す幸太。悠奈も続く。

「気にしないでください。そもそも目的はあいつの受賞でしたから大成功ですよ。むしろこっちが無理をお願いして、しかも失礼なことまでしたのに、最後まで付き合ってくれて感謝しかありません」
「先輩……」
「それに俺自身、まさか自分が最終に残れるなんて、それだけでも嬉しいというか驚きです」

 次の交差点も赤信号で止まる。幸太の帰路は直進、悠奈は右だ。
 だが、悠奈はなぜか右の信号を渡らない。
 幸太の隣に立ったまま、動かない。

「霜月さん? 信号、変わっちゃいますけど……」
「……やっぱり、これで終わりなんですか?」
「え?」
「……また、やりますよね! 受賞までやりますよね!」

 神妙な面持ちで、しかし力強く幸太を見つめる悠奈。
 どうしたのか。なぜこんな鬼気迫る口調で問い詰めるように尋ねてくるのか。幸太には訳が分からなかった。
 だから彼は、普通に答えた。

「……え、ええ。そりゃもちろん。まぁ今年は文化祭の準備がもう始まってますし、受験もあるので、次の応募はかなり先になると思いますけど……」
「……え?」
「……え?」

 困惑する二人。幸太の渡る信号が青になったが、彼は気づかない。

「……え? 先輩、前にこれが最後のチャンスって……」
「……え? あいつが落選してたら俺も一緒に止めましたけど、受賞しましたから……だからこれからも普通に受賞めざしますよ?」
「……」
「……」

 幸太は気づいた。
 悠奈は、結果がどうなろうと二人にとってこれがラストチャンスだと思い込んでいたのだ。
 途端、彼女も自分の勘違いに気づいたのだろう。顔は見る見る真っ赤に染まり、恥ずかしさで唇が波のように歪む。

「……わ、わすれてください!」

 慌てて自転車を漕ぎ出す悠奈。

「ちょ! そっち赤信号!」
「え? わひゃぁっ!」



 ―――



◯某月某日 夜 霜月家

「……ふぅ」

 ノートパソコンのキーボードから指を離した悠奈は、深い息を吐くと椅子の背もたれに体を預ける。
 ディスプレイに映っているのは、新作の原稿。残すはエピローグのみで、締め切りまではまだ2週間ある。見直しの時間を考えても、よほど油断しなければ間に合うだろう。
 デビュー作のシリーズ最終巻刊行から3ヵ月。
 ようやく次作が完成する。

「……先輩たちに感謝ですね」

 二人の結果が発表されてから、半年が経った。
 幸太は創作の比重をいったん落とし、文化祭と受験に集中。勉強に励みつつ最後の文化祭準備に忙しい日々だ。ただ、毎日少しでも読むか書くかはしているという。
 火恋はデビュー作が無事に刊行され、新人にしては上々の評価を得た。今は就職活動で忙しいらしいが、次作はそれをネタにできないかと意欲に燃えている。
 そして、悠奈と由仁は……新作の刊行を控えていた。
 去年の秋、文化祭が終わった少し後。以前の企画を潰すと言ったら担当は絶句した。ただでさえプロットが出てこないで不安だった矢先にそんなことをいわれれば、当然だろう。
 だが、悠奈はかわりに今回の企画を提案した。すると二つ返事で乗ってきた。漫画のほうで似たテーマの作品が大ヒットしていたこともあり、今がチャンスと思ったらしい。
 元々の刊行予定はずらせなかったので、スケジュールは極めてタイトになったが、問題はなかった。なぜなら今回の作品は……すべて実話だからだ。
 ―――タイトル。『light novel, hard life』
 ライトノベルの新人賞受賞をめざす二人が、自分たちの高校に入学してきた後輩の現役ライトノベル作家と出逢い、彼女の指導のもとデビューをめざす物語。
 幸太と火恋、悠奈と由仁。四人の1年間、そのすべてを詰めこんだ一作だ。自分たち二人以外の登場人物はすべて偽名だが、書かれた内容は紛れもない真実のみ。
 以前の企画で陥ったスランプを打開できないかと、幸太と火恋の指導に協力してみたが、まさかその体験をそのまま小説にすることになるとは、悠奈も思わなかった。

「……ん?」

 休憩していると、携帯が鳴り響いた。

「はい。もしもし」

 相手はクラスメイトだった。明後日の土曜日に皆で遊びに行く約束をしていたが、その集合時間が決まったとのことだ。
 しばらく歓談してから、改めて予定を確認して電話を切る。
 クラスメイトと一緒に遊びに行くなど、高校に入ったばかりの頃は考えもしなかった。憧れた高校生活を送れるようになったのもまた、二人との出逢い、そして幸太がきっかけを作ってくれたおかげだ。
 思えば、二人に与えたものより遥かに多くのものを、自分は二人からもらった。
 好きなものを語り合える、かけがえのない親友。
 自分を受け入れてくれる、優しいクラスメイト。
 楽しい高校生活。
 次作のアイデア。

(感謝しかありません)

 幸太は言っていた。
 それはむしろ、悠奈と由仁のほうだった。

「……よしっ」

 休憩終了。
 エピローグに取りかかるため、ディスプレイに向き直る。
 間もなく日が変わろうとしていた。
 だが、それでも悠奈はキーボードに指を置く。
 就職活動の傍ら、限られた時間で次作の構想を練る火恋。
 受験と文化祭準備に追われながらも、一歩一歩次の応募作の準備を進めている幸太。
 二人は頑張っている。
 自分も負けてはいられない。
 そう思うだけで、眠気も疲れも綺麗に霧散した。
 明日も学校だ。
 でも、関係ない。
 悠奈は心と思考の赴くがまま、キーボードを叩く。
 その横顔は、充実感に満ちあふれていた。
37/37ページ
スキ