本編
◯10月26日 國立市 ファストカフェ
國高祭が終了し、迎えた9月下旬。
10月中旬に中間テストが控えているため、原稿に集中できる最後の時期。幸太と火恋は試験勉強の傍ら、原稿を進めた。
ページ数は少なかったが、試験前の1週間はまず動けない上、試験後は新人賞の締め切りが目の前。実質的に9月中に書き切らなければならない。
二人は睡眠や食事の時間を削り、必死に時間を捻出。
結果、なんとか中間テスト前に原稿を書き上げた。
―――そして。
遂に運命の日を迎えた。
10月26日。
三人は朝からいつものファストカフェに集まりミーティングだ。
その光景だけならいつもと同じ。しかし、場の緊張感は今までの比ではなかった。
「……いいですね。これでいきましょう」
ノートパソコンの画面をじっと眺めていた由仁の一言に、幸太と火恋が大きく息を吐く。彼女は今、二人の梗概をチェックしていた。
「じゃあ、これで……」
「はい。すべて完成ですね」
「ふぇぇぇ……やっと終わったよぅ……」
テーブルに突っ伏す火恋。そのまま寝息でも立て始めそうなほど、声が疲れ切っていた。
「とはいえ、ここがゴールではありません。受賞できなければ水の泡です。まあ応募後にできることなんて祈るくらいですけど」
由仁の言葉に息を呑む幸太。
そうだ。ここで終わりではない。むしろスタートラインに立っただけだ。
応募者全員の作品が出揃い、すべてがふるいにかけられる。
最後に残るのは、たった数作品。そこに入らなければ、意味がない。
「ですが、ひとまずお疲れさまでした。やれることはやりましたから、あとは送って、おとなしく結果を待ちましょう。焦っても仕方ありません」
まず火恋が由仁のパソコンから新人賞の応募フォームにアクセスして原稿を送付。次に幸太がパソコンを借りた。
氏名、住所、応募歴……フォームに必要事項を入力していく。緊張から指が嫌に震えた。原稿をコピペした後、全文が正しく貼り付いているのか怖くなって、三回やり直す。
「先輩、大丈夫ですよ。確認画面で文字数が合ってるか見ればいいですから」
「え? あ、ああ、はい」
全ての情報を入力して、内容確認画面へ遷移し、誤りや不足がないことを確認。
送信ボタンを押す。
―――完了画面。
終わった。
これで半年に及んだ新人賞の挑戦が、幕を閉じた。
その後、幸太と火恋の学生生活は平常運転に戻った。
もっとも、その後も3人の付き合いは続いた。ミーティングは自然と継続され、内容は執筆の修行から高校生らしい歓談に変わった。
悠奈が表に出てくることも増えた。きっと語りたいことがたくさんあるのだろう。由仁を押し退けてでも二人と話したがるなど、意外と自意識の強い面が見られるようになった。
そうして、騒がしくも平穏な3ヵ月が過ぎ去り、迎えた新年1月末日。
一次選考の結果が発表された。
応募総数452作。一次選考通過作116作。
二人は、無事に通過した。
(やった! やったやったよ! 幸太やったよ!)
その日の夜、火恋から電話がかかってきた。生まれて初めて選考に通過した彼女の喜びようは文字通り有頂天で、どことなく涙声のようにも聞こえた。
悠奈からも祝いのメールが届いた。
だが、幸太は意外と冷静だった。もちろん嬉しかったが、目標はあくまで受賞だ。
二次選考の結果が発表されたのは、半月後の2月中旬。通過作43作。
結果発表ページに、二人の名前があった。
生まれて初めての二次選考通過。この時ばかりは幸太も落ち着いてはいられなかった。発表を確認する前は緊張から鼓動が早まり、体中に熱が回っていたほどだ。
思えば、最初は不安しかなかった。いかにプロの力を借りたとはいえ、万年一次落ち二人が受賞などできるのだろうかと。
だが、悠奈と由仁の授けた力は、紛れもなく本物だった。
半月後の3月上旬に発表された三次選考。通過作18作。そして3月中旬の四次選考に残った7作。二人は、そこにも名を連ねた。
信じられなかった。まさか自分が最終選考に残る日が来るなど。今までも受賞をめざしてはいたが、本当にここまで辿り着けるとは正直、思っていなかった。
だが今、幸太と火恋は、確かに受賞を目の前にしていた。
最終選考の舞台に上がったのは、7作品。例年どおりなら、選ばれるのは―――2作。多くても3作。
―――そして。
遂に、最後の結果発表の日を迎えた。
◯3月31日 國立市 ファストカフェ
幸太、火恋、そして悠奈は、いつものファストカフェ、そのテラス席に集まった。
学校も春休みに入った3月末日。午後1時。
集栄社ライトノベル新人賞、最終選考の結果発表当日。
「い、いよいよだね……」
「だ、だな……」
両腕を正面に構えて意気込む火恋と両肩を張っている幸太。二人とも緊張しているのは明らかだった。
「じゃあ、見てみましょうか」
悠奈はノートパソコンのブラウザで新人賞のページへアクセスする。
「……どうやらまだ更新されてないみたいですね。少し待ちましょう」
「は、はい」「う、うん」
情報が更新されるまで、しばし待機。だがいつものような歓談はなく、場は沈黙。全員が頼んだドリンクを口に運ぶことしかしなかった。
悠奈が数分おきにページをリロードするたび、幸太の心臓が跳ねる。
怖い。でも気になる。でも見たくない。でも見なければ。でもやっぱり怖い。でも……
相反する感情の溶け合った気持ちは落ち着くことなく淀み続ける。時おり貧乏ゆすりや深呼吸で発散しようとするも、まるで効果は
「あ。更新されました」
「「ッ!」」
ぴくりと固まる二人。
一瞬にして場の空気がひりついた。
悠奈はパソコンを二人のほうに向ける。
表示されているのは、新人賞のトップページ。お知らせの最上段に、今日の日付と共に「最終選考結果発表」とある。
きた。遂に。
この時が。
「ここから先は自分で確かめてください」
「……は、はい」「……う、うん」
大きく喉を鳴らす幸太。唇を固く結ぶ火恋。
だが、二人とも微動だにしない。ただパソコンの画面を覗き込んだまま、無言を貫く。
「……じゃ、じゃあ」
動いたのは、幸太だった。
震える指をトラックパッドに伸ばす。酔ったように這い回るカーソルを何とか目的のリンクへ移動させた。
「……い、いくぞ?」
「……う、うん」
火恋が大きく、ゆっくりと頷いた。
幸太が、意を決して、リンクをクリックする。
ページが遷移した。
現れたのは、今回の新人賞を総括する前書き。
息を呑む二人。
このすぐ下に、受賞者の名前がある。
沈黙。静寂。
幸太がページをスクロールさせていく。
少しずつ。少しずつ。
前書きが終わった。
目に入る「最終選考 通過者(2名)」の見出し。
止まる幸太の指。
息を呑む二人。
再び指を動かす幸太。
送られるページ。
混沌と膨れ上がる緊張、期待。
恐怖。
―――そして、ついに……
第12回 集栄社ライトノベル新人賞
最終選考 通過者(2名)
天馬姫士が落ちるまで
| 野上 沙羅沙
Black Chamber
| 如月 火恋
「………………う……そ」
両手で口元を押さえる火恋。
「火恋……やったぞ……やったじゃんか! 受賞だぞ受賞! ほんとに受賞したんだぞ!」
茫然と自失し、画面に映る自分の名前を見つめ続ける火恋。
「やったんだよ! これでプロだぞ! プロデビューだぞ!」
幸太もまた我を忘れていた。友人の悲願成就を前に、底なしに湧き上がる喜びのまま祝福に代えて火恋の肩を何度も叩く。
今の彼に、自分が落選した悔しさは、ほとんどなかった。
もちろんとんでもなく悔しい。それは当然だ。
だが、そもそもの目的は火恋の受賞。その大願が達成された今、彼の心は湧き上がった悔しさが一瞬で吹き飛ぶほど、歓喜一色だった。
「受賞……あたしが、受賞……」
「おめでとうございます、やりましたね」
悠奈も満面の笑顔で祝福する。ほっとしているのか、その表情には安堵感も滲んで見えた。
彼女の一言に、ようやく受賞した実感が湧いてきたのか、
「……う、ん…………う……ん……や、っだ…………やっだ、よぉ…………っ!」
火恋の瞳から涙があふれた。
ほかのテーブルの客が何事かと驚いている。だが三人には気に留める余裕などなかった。
涙を拭う火恋。何度も。何度も。
だが、止まらない。
涙は、とめどなくあふれ続ける。
当然だ。
苦節4年。
挑戦7回目。
過去最高成績、一次選考落選。
もはや諦めざるを得なかった、およそ手は届かないと思われた一人の少女の夢が、
今、ここに叶ったのだから―――。
國高祭が終了し、迎えた9月下旬。
10月中旬に中間テストが控えているため、原稿に集中できる最後の時期。幸太と火恋は試験勉強の傍ら、原稿を進めた。
ページ数は少なかったが、試験前の1週間はまず動けない上、試験後は新人賞の締め切りが目の前。実質的に9月中に書き切らなければならない。
二人は睡眠や食事の時間を削り、必死に時間を捻出。
結果、なんとか中間テスト前に原稿を書き上げた。
―――そして。
遂に運命の日を迎えた。
10月26日。
三人は朝からいつものファストカフェに集まりミーティングだ。
その光景だけならいつもと同じ。しかし、場の緊張感は今までの比ではなかった。
「……いいですね。これでいきましょう」
ノートパソコンの画面をじっと眺めていた由仁の一言に、幸太と火恋が大きく息を吐く。彼女は今、二人の梗概をチェックしていた。
「じゃあ、これで……」
「はい。すべて完成ですね」
「ふぇぇぇ……やっと終わったよぅ……」
テーブルに突っ伏す火恋。そのまま寝息でも立て始めそうなほど、声が疲れ切っていた。
「とはいえ、ここがゴールではありません。受賞できなければ水の泡です。まあ応募後にできることなんて祈るくらいですけど」
由仁の言葉に息を呑む幸太。
そうだ。ここで終わりではない。むしろスタートラインに立っただけだ。
応募者全員の作品が出揃い、すべてがふるいにかけられる。
最後に残るのは、たった数作品。そこに入らなければ、意味がない。
「ですが、ひとまずお疲れさまでした。やれることはやりましたから、あとは送って、おとなしく結果を待ちましょう。焦っても仕方ありません」
まず火恋が由仁のパソコンから新人賞の応募フォームにアクセスして原稿を送付。次に幸太がパソコンを借りた。
氏名、住所、応募歴……フォームに必要事項を入力していく。緊張から指が嫌に震えた。原稿をコピペした後、全文が正しく貼り付いているのか怖くなって、三回やり直す。
「先輩、大丈夫ですよ。確認画面で文字数が合ってるか見ればいいですから」
「え? あ、ああ、はい」
全ての情報を入力して、内容確認画面へ遷移し、誤りや不足がないことを確認。
送信ボタンを押す。
―――完了画面。
終わった。
これで半年に及んだ新人賞の挑戦が、幕を閉じた。
その後、幸太と火恋の学生生活は平常運転に戻った。
もっとも、その後も3人の付き合いは続いた。ミーティングは自然と継続され、内容は執筆の修行から高校生らしい歓談に変わった。
悠奈が表に出てくることも増えた。きっと語りたいことがたくさんあるのだろう。由仁を押し退けてでも二人と話したがるなど、意外と自意識の強い面が見られるようになった。
そうして、騒がしくも平穏な3ヵ月が過ぎ去り、迎えた新年1月末日。
一次選考の結果が発表された。
応募総数452作。一次選考通過作116作。
二人は、無事に通過した。
(やった! やったやったよ! 幸太やったよ!)
その日の夜、火恋から電話がかかってきた。生まれて初めて選考に通過した彼女の喜びようは文字通り有頂天で、どことなく涙声のようにも聞こえた。
悠奈からも祝いのメールが届いた。
だが、幸太は意外と冷静だった。もちろん嬉しかったが、目標はあくまで受賞だ。
二次選考の結果が発表されたのは、半月後の2月中旬。通過作43作。
結果発表ページに、二人の名前があった。
生まれて初めての二次選考通過。この時ばかりは幸太も落ち着いてはいられなかった。発表を確認する前は緊張から鼓動が早まり、体中に熱が回っていたほどだ。
思えば、最初は不安しかなかった。いかにプロの力を借りたとはいえ、万年一次落ち二人が受賞などできるのだろうかと。
だが、悠奈と由仁の授けた力は、紛れもなく本物だった。
半月後の3月上旬に発表された三次選考。通過作18作。そして3月中旬の四次選考に残った7作。二人は、そこにも名を連ねた。
信じられなかった。まさか自分が最終選考に残る日が来るなど。今までも受賞をめざしてはいたが、本当にここまで辿り着けるとは正直、思っていなかった。
だが今、幸太と火恋は、確かに受賞を目の前にしていた。
最終選考の舞台に上がったのは、7作品。例年どおりなら、選ばれるのは―――2作。多くても3作。
―――そして。
遂に、最後の結果発表の日を迎えた。
◯3月31日 國立市 ファストカフェ
幸太、火恋、そして悠奈は、いつものファストカフェ、そのテラス席に集まった。
学校も春休みに入った3月末日。午後1時。
集栄社ライトノベル新人賞、最終選考の結果発表当日。
「い、いよいよだね……」
「だ、だな……」
両腕を正面に構えて意気込む火恋と両肩を張っている幸太。二人とも緊張しているのは明らかだった。
「じゃあ、見てみましょうか」
悠奈はノートパソコンのブラウザで新人賞のページへアクセスする。
「……どうやらまだ更新されてないみたいですね。少し待ちましょう」
「は、はい」「う、うん」
情報が更新されるまで、しばし待機。だがいつものような歓談はなく、場は沈黙。全員が頼んだドリンクを口に運ぶことしかしなかった。
悠奈が数分おきにページをリロードするたび、幸太の心臓が跳ねる。
怖い。でも気になる。でも見たくない。でも見なければ。でもやっぱり怖い。でも……
相反する感情の溶け合った気持ちは落ち着くことなく淀み続ける。時おり貧乏ゆすりや深呼吸で発散しようとするも、まるで効果は
「あ。更新されました」
「「ッ!」」
ぴくりと固まる二人。
一瞬にして場の空気がひりついた。
悠奈はパソコンを二人のほうに向ける。
表示されているのは、新人賞のトップページ。お知らせの最上段に、今日の日付と共に「最終選考結果発表」とある。
きた。遂に。
この時が。
「ここから先は自分で確かめてください」
「……は、はい」「……う、うん」
大きく喉を鳴らす幸太。唇を固く結ぶ火恋。
だが、二人とも微動だにしない。ただパソコンの画面を覗き込んだまま、無言を貫く。
「……じゃ、じゃあ」
動いたのは、幸太だった。
震える指をトラックパッドに伸ばす。酔ったように這い回るカーソルを何とか目的のリンクへ移動させた。
「……い、いくぞ?」
「……う、うん」
火恋が大きく、ゆっくりと頷いた。
幸太が、意を決して、リンクをクリックする。
ページが遷移した。
現れたのは、今回の新人賞を総括する前書き。
息を呑む二人。
このすぐ下に、受賞者の名前がある。
沈黙。静寂。
幸太がページをスクロールさせていく。
少しずつ。少しずつ。
前書きが終わった。
目に入る「最終選考 通過者(2名)」の見出し。
止まる幸太の指。
息を呑む二人。
再び指を動かす幸太。
送られるページ。
混沌と膨れ上がる緊張、期待。
恐怖。
―――そして、ついに……
第12回 集栄社ライトノベル新人賞
最終選考 通過者(2名)
天馬姫士が落ちるまで
| 野上 沙羅沙
Black Chamber
| 如月 火恋
「………………う……そ」
両手で口元を押さえる火恋。
「火恋……やったぞ……やったじゃんか! 受賞だぞ受賞! ほんとに受賞したんだぞ!」
茫然と自失し、画面に映る自分の名前を見つめ続ける火恋。
「やったんだよ! これでプロだぞ! プロデビューだぞ!」
幸太もまた我を忘れていた。友人の悲願成就を前に、底なしに湧き上がる喜びのまま祝福に代えて火恋の肩を何度も叩く。
今の彼に、自分が落選した悔しさは、ほとんどなかった。
もちろんとんでもなく悔しい。それは当然だ。
だが、そもそもの目的は火恋の受賞。その大願が達成された今、彼の心は湧き上がった悔しさが一瞬で吹き飛ぶほど、歓喜一色だった。
「受賞……あたしが、受賞……」
「おめでとうございます、やりましたね」
悠奈も満面の笑顔で祝福する。ほっとしているのか、その表情には安堵感も滲んで見えた。
彼女の一言に、ようやく受賞した実感が湧いてきたのか、
「……う、ん…………う……ん……や、っだ…………やっだ、よぉ…………っ!」
火恋の瞳から涙があふれた。
ほかのテーブルの客が何事かと驚いている。だが三人には気に留める余裕などなかった。
涙を拭う火恋。何度も。何度も。
だが、止まらない。
涙は、とめどなくあふれ続ける。
当然だ。
苦節4年。
挑戦7回目。
過去最高成績、一次選考落選。
もはや諦めざるを得なかった、およそ手は届かないと思われた一人の少女の夢が、
今、ここに叶ったのだから―――。