本編

 そして、1週間後。体育祭が終了した後。
 國高祭の最後のイベントである後夜祭が始まった。在校生と教職員のみで行われる、いわば打ち上げだ。
 内容はシンプルで、ダンス部や軽音楽部などが日頃の練習の成果を発表したり、各クラスや部活のお調子者が二人組をつくってコントを披露したりするだけ。そして最後にメインイベントである、文化祭の表彰が待っている。
 賞には4種類ある。1・2年の出展それぞれでベスト3が選ばれる学年賞。全クラスから内装と外装の際立ったクラスが選ばれる内装賞と外装賞。そして3年生の演劇8作品から最も素晴らしかったクラスに送られるアカデミー賞だ。
 全校生徒が文化祭に力を入れる目的は、ひとえに学年賞、そしてアカデミー賞の獲得だ。
 今年もすべての出し物が終わり、表彰の時間がやってきた。
 司会を務める文化祭実行委員の副委員長が、壇上の脇に姿を現す。

『さぁそれでは! いよいよ最後のプログラムとなりました! これより表彰の発表に移りたいと思います!』

 音頭を皮切りに体育館の中が一気に沸騰。怒号にも似た、体育館を内から壊さんとするほどの大歓声が爆発した。夜にもかかわらず近所迷惑などお構いなしだ。

(ひ、ひえぇぇ……)

 クラスメイトたちと一緒にいた悠奈は、その気迫に思わず身を竦めた。
 幸太と火恋から聞いてはいたが、ここまで凄まじい雰囲気だとは想像もしていなかった。
 周りを見回す。クラスメイトたちの盛り上がりも尋常ではない。それだけこの日のために力を入れて準備してきたのだろう。
 改めて國高生の文化祭に懸ける異常なまでの情熱を思い知らされた。

『それでは! まずは1年生の学年賞の発表から参ります!』

 一瞬にして静まり返る場内。
 広がる緊迫感。
 息を呑む音が、そこかしこから聞こえてくる。
 そして、第3位が壇上のスクリーンで発表された。―――1年3組。
 途端、隣から絶叫にも似た歓声が上がった。思わず驚いて身を引くほどの。
 続いて、第2位。―――1年6組。
 今度は少し遠くで大歓声。そちらに視線を向けると、6組の生徒たちが跳び跳ねながら抱き合っている。1位に届かなかったのが悔しいのか、涙を流す生徒もたくさんいた。
 彼らの姿を眺めていた悠奈は、自分の身の内からも何か熱いものが湧き上がるのを感じた。
 得体の知れない、言葉にならない感情が、鼓動の早鐘を鳴らす。

『さぁ! それではいよいよ1年生の学年賞の発表といきましょう! 全8クラスから選ばれた栄えある今年の学年賞は!』

 盛大なドラムロールが鳴り響く。
 一気に高まる館内の緊張。
 目の前のスクリーンを、固唾を飲んで見守るクラスメイトたち。
 悠奈の視線も、気がつけば壇上に釘付けになっていた。
 体が熱い。
 喉が異様に渇く。
 なんだろう。なんだろうこれ。
 妙に心が泡立つ自分に戸惑う悠奈。
 やがてドラムロールが止んだ。
 静まる館内。
 両手を合わせて祈る1年生。
 息を呑む悠奈。
 そして。
 スクリーンに表示されたのは―――






『―――1年2組ッッッッッ!』






 喝采が爆発した。

「やった! やったやったやったよ! 霜月さんやったよ!」「1位だよ1位ッ! ウチら1位だよ!」「よっしゃぁぁぁ!」「うぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!」「やっだよぉぉ……っ! いぢいだって! いぢい……っ!」「由香いくらなんでも泣きすぎでじょ……っ!」「そういうカオリだっで……ひっぐ……やっだよ! やっだよぉぉ……っ!」

 クラスメイトが誰彼構わず抱きついてきて、もみくちゃにされる悠奈。皆、一人残らず涙を流していた。全員、身の内で爆発した嬉しさに耐えられずに。

(うちのクラスが……1位……)

 スクリーンを見ながら、心の中で呟く悠奈。
 そんな彼女もまた――――――泣いていた。
 自分でも驚くほど自然に、いつの間にか、涙が零れていた。
 思えば、自分が準備に協力したのは、たった1週間だ。幸太に制服を借りたあの日からの1週間でしかない。

(こ、これ……先輩から借りたんだけど……どう、かな……)

 あの日の放課後。悠奈は文化祭実行委員の女子生徒に、制服を渡した。
 怖かった。どんな反応が返ってくるのか分からなくて。もし無下にされたら、明日から学校に来られないかもしれない……それくらい巨大な不安が心の奥底で渦巻いていた。
 ―――だが、クラスメイトは悠奈の不安を裏切った。

(かわいい! なにこれ!)(これ霜月さん作ったの!?)(え、なになに? どしたのどしたの?)(うっわ凄! めっちゃ良い出来じゃん!)(え、これ着てみたいんだけど)(あたしも着たい!)(ちょっと男子! 邪魔だから出てって!)

 女子一同は男子を教室から追い出すと、さっそく着替え始めた。結果、全員に好評で、その場で制服に採用。悠奈は、どこで手に入れたのか、自分で作ったのかと質問攻めにあった。
 びっくりした。
 でも、それ以上にうれしかった。
 クラスの皆と言葉を交わせたことが。

「……う、ぅっ……ぅぅ……うぅ……」

 その日から悠奈も準備を手伝った。
 作業中にクラスメイトとたくさん話をした。皆が自分のことを「ちょっと近寄りがたい」と思っていたこと。昼休みいつもどんな本を読んでいるのか気にしていたこと。毎日塾に通っていると思われていたこと。幸太につきまとわれているのを皆が知っていたこと。
 色々なことがわかった。

「……ひ、ぅっ……え、ぅ……うぅ……」

 悠奈も自分のことをカミングアウトした。アニメやゲームやライトノベルが好きなこと。自分で書いてもいること。これまで他人に隠してきた趣味嗜好を全て曝け出した。
 多くのクラスメイトはピンとこなかったみたいだが、何人か同じ趣味を秘密にしていた女子生徒がいた。漫研や文芸部に所属する子たちだった。その日の準備終了後、一緒に帰る中で、さっそく趣味の話で盛り上がった。今までの学校生活の中で一番、一番楽しかった。
 他のクラスメイトも、悠奈を馬鹿にも差別もしなかった。分け隔てなく接してくれた。
 ―――信じられないくらい、幸せだった。
 幸せな1週間だった。

「……え、ぅっ……う、ぇぅ…………うぇぇぇぇぇぇぇぇ……」

 そのすべてが弾けたように、悠奈の涙は止まらなかった。
 学年賞がうれしいのか、今のこの生活がうれしいのか……それとも、今までの苦労から解放されたのがうれしいのか、もう彼女にもわからなかった。
 だが、たったひとつだけ、確かなことがあった。
 今、この瞬間―――悠奈は、幸せだった。
 喜びのまま抱きついてくるクラスメイトたちにもみくちゃにされながら、確かな幸せに包まれていた。
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