本編

 ―――そして、週明けの学校。昼休み。
 幸太は悠奈を別棟の二階、その東端に呼び出した。別棟にはトレーニングルームや自習室、用務員室などが集まるが、普段は一階のトレーニングルーム以外ほとんど使われていない。そのため二階に人気は皆無だ。

「どうしたんですか、先輩? こんなところに呼び出して」

 幸太は答えるかわりに、床に置いていた段ボール箱を差し出した。

「あ、あの……よかったら、これ……」
「……なんですかこれ? 段ボール?」

 しゃがみこんで蓋を開けてみる悠奈。

「っ! こ、これって……」

 中身を知った彼女は驚きのあまり、段ボールと幸太を二度、三度と交互に見遣った。

「さすがに思い出の品なんであげることはできないんですけど、みんなも貸すのは全然問題ないって言ってたんで」
「え、でも……」
「しまいっぱなしにしてても、もったいないですから。それに……」
「……それに?」
「い、いえ! やっぱりなんでもないです!」

 恥ずかしそうに顔を逸らす幸太。
 悠奈は彼の様子から深く聞かないほうが良いと判断したのか、

「……じゃ、じゃあ。せっかくなんで……」

 ダンボール箱を担ぎ上げる悠奈。
 ちょうど5時限目の5分前を告げるチャイムが鳴った。

「あ、まずい。早く行かないと……」
「す、すみません、ぎりぎりの時間で」
「ああいえ。大丈夫です」

 悠奈はてけてけと小走りで、その場を後にする。
 途中、一度、振り返った。

「そ、その……ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げると、そのまま教室へ戻っていった。



◯9月14日 國立高校

 9月13日。文化祭前日。一年で最も学校が騒がしくなる平日。
 この日、授業は一切なく、校内は朝から文化祭の準備一色に染まる。

「あー! 煉瓦が剥がれたー!」「またかよ!」「えぇ……もう新聞紙ないよ?」「買ってくる?」「そんな予算ないって」「新聞部か書道部に頼み込むかぁ」

 もちろん幸太と火恋の2年2組も例外ではない。去年と同様、突然のトラブルや路線変更が相次ぎ、クラス総勢42人が終わりの見えないゴールをめざしていた。
 その作業風景は、誰一人5秒と落ち着いていないほど殺伐としている。

「手前ぇら! 今年は何があっても下校時刻に強制退去だからなッ!」

 竹刀片手に教壇から生徒たちを監視している佳苗が叫ぶ。去年、合コンの約束を吹き飛ばされた恨みが深いのか、今年は朝から終始、教室で目を光らせていた。
 彼女の強迫めいた喝のおかげか、作業は猛烈な勢いで進み、夕方を迎える頃には内装も外装も見事に完成。あとは実際に演じてみて、演者、音響、照明などの具合を確認するだけだ。

「で。誰が客やる?」「うーん、みんなどこに何があるか知ってるからなぁ」「だねぇ」「他のクラスから誰か呼んでくるか?」「それはちょっとなぁ」「どうするか……」
「かなちゃんにやってもらう?」

 提案したのは火恋だった。

「は? な、なんで私がそんなこと」
「えー、かなちゃん怖いものなさそうだからなぁ……」「反応が参考にならなそう」「驚かしたら反射的に殴られそう……」

 クラスメイトからの反応は芳しくなった。……が、

「あ、当たり前だろ! お化け屋敷ごとき怖いなんてそんなことあるわけ……ッ!」

 妙な反応を示す佳苗。そこにピンときた生徒たちの表情が一瞬で笑顔に変わる。

「でもぉ、かなちゃんもクラスの一員なことには変わりないわけだしぃ」「なら仕事してもらわないとねぇ」「参考にはならなそうだけどなぁ」「せっかくだしねぇ」「は? い、いや、ふざけん……」「はーい1名様ご案内ー」「お化け準備しろー」「は、放せ手前ぇら! 放しやがれッ!」「はいはい無駄に抵抗しなーい」「怖くないなら大丈夫でしょ?」「あれパソコンどこいった?」「茜が動画見ながら鼻血吹いてたぞ」「またかよ」

 逃げようと暴れる佳苗をクラスメイト5人がかりで拘束。お化け役や効果班の準備が整うと強引に教室へ放り込み、入り口をホウキの柄で閉じる。中から扉を乱暴に叩く音がするが、さすがに破壊はしないだろう。
 やがて観念したのか、音は止んだ。
 直後、暫しの沈黙を経て。

「ひゃぁああああッッッッッ!」

 かわいらしい絶叫が中から響く。
 してやったりの笑顔を浮かべる生徒一同。
 が、直後に、何やら不穏にして巨大な打音が響いた。
 そして、静寂。

「……え? 今の音なに?」「ま、まさか……倒れて頭うった、とか?」「え」「……と、とりあえず見に行く、か?」「……だ、だな」

 流石に不安になったのか、入り口を開けて教室へ入る生徒たち。
 だが、不安は別の形で的中した。
 佳苗は入り口から数メートルの所に立っていた。
 そして、その足下には……スピーカーの欠片と、作り物のお化けの首。
 あまりの恐怖に、佳苗が仕掛けを竹刀で破壊した残骸が散らかっていた。

「「「「「……あ」」」」」

 今年も泊まり込みになったのは、言うまでもない。



 そして迎えた、9月14日。
 文化祭当日。



 2年2組の生徒は、始発と共にいったん帰宅。朝8時までに全員が教室に再集合。
 そして朝9時。文化祭が始まった。
 開場前から長蛇の列を作っていた来場者たちは、受付を済ませると真っ先に3年生の演劇の整理券獲得へ動き、その後、校内を思い思いに回り出す。
 例年、飲食系の店は昼前まで客足が乏しい一方、娯楽系の店は朝から盛況を迎える。逆に昼時から夕方にかけては飲食系が多忙を極め、娯楽系は評判が広まり、甲乙が分かれる。
 2年2組は午前に遊びにきた人たちの評判が良かったのか、午後になっても客足が途切れなかった。お化け役の疲労が予想以上で、急遽それ以外の生徒もお化けを演じなければならなくなるほどに。

「あぢぃぃぃいいぃぃいぃ……死ぬうぅぅぅぅうぅぅうぅぅ……」

 12時に第2クールが終了。お化け役を終えた火恋は、身につけていた仮面とローブ調の布を脱ぎ去り、廊下に倒れ込んだ。

「ほれ」

 その額に巨大な氷袋を置いてやる幸太。途端、火恋の表情がふやけた笑顔に変わる。

「ほえぇぇええぇぇ~生き返るぅ~♪」

 しばらく休むと、二人は自由時間となった。次の当番はどちらも夕方だ。
 運動施設棟のシャワー室で汗を流して服を着替えると、二人は2年の各クラスを眺めながら1年2組へ向かう。悠奈のクラスだ。

「結局、店員さんの制服、見つかったのかな?」
「あー。それなぁ……」

 幸太は思わせぶりな口調で答えを濁す。

「ん? 幸太なんか知ってるの?」
「まぁ行けばわかるって」
「?」

 1年生の教室がある3階へ上がる二人。8組の側から各教室を覗きつつ2組をめざす。1年生はやはり飲食系が多い。パフェやクレープなどの洋風デザートが多い中、タコスやケバブのような軽食を提供する店もあった。

「うわっ。すごい並んでるね」

 1年2組の教室に到着すると、長蛇の列ができていた。かなり繁盛しているようだ。
 出し物は和風喫茶。外装は竹や笹を基調とした庭園のような雰囲気で、造りがとても凝っている。

「ん? あ! あれ!」

 そのとき、火恋が何かに気づいて指差した。

「去年のウチの制服じゃん!」

 指の先には列を作る人に注文を聞いている1年2組の生徒。その彼女が身につけている制服は去年、自分たちが着ていたものだった。

「あーよかった。使ってくれたんだ」
「え? え? どういうこと?」
「制服がないって言ってたから、貸せないかと思ってな。茜たちに聞いたらオッケーだっていうから、貸してあげたんだ」

 悠奈の家のミーティングで思いついたのが、このアイデアだった。実際に使うかどうかは彼女たちの判断に任せたが、どうやら気に入ってくれたようだ。
 とりあえず列に並んで待つことにする。悠奈の姿を探したが、外には見当たらなかった。

「いやぁ。でも優しいとこあるねぇ」
「……別に。たまたま思いついただけだっての」

 褒められたのが恥ずかしいのか、幸太は堪らずに顔を逸らす。
 ……だが、火恋は、

「いやいや。そうじゃなくてぇ」
「は?」

 にやにや思わせぶりな笑顔を浮かべながら、核心を口にした。

「悠奈ちゃんがクラスに溶け込むきっかけを作ってあげようと思ったんでしょ?」
「ッ!?」

 予期せず図星を突かれて怯む幸太。

「やっぱりぃ~。いいとこあるじゃ~ん♪」

 嫌らしく肘で小突いてくる火恋。
 彼女の言うとおりだった。
 この制服をきっかけに、クラスに馴染めないと悩んでいた悠奈がクラスメイトと仲良くなれれば……それが幸太の本当の目的だった。

「ど、どっちでもいいだろ、そんなこと」
「はいはい♪ どっちでもいいですねぇ♪」

 もちろん、そうだと素直に言えるわけもないのだが。
 お店に入れたのは、それから15分後だった。
 内装のレベルは驚くほど高かった。壁はもちろん天井まで木目調や障子の描かれた壁紙で覆われている。床は張りぼての芝と底上げした本物の畳。蛍光灯はすべて外され、かわりに間接照明が吊り下げられており、部屋の隅には小さな池と精巧な鹿威しがあった。

「うわっ、すご」
「こりゃ作り込んだなぁ……」

 驚きに思わず声を漏らす二人。

「あ。先輩たち来てくれたんですね」

 一人の生徒が案内に寄ってきた。貸した和装に身を包んだ悠奈だ。

「あーん♪ 悠奈ちゃんかわいい~♪」
「ひゃぅん!」

 その愛らしさに目を奪われた火恋が一目散に抱きつくが、幸太が引き剥がす。繁盛している店内で無駄に時間をかけては、他の客に迷惑だ。
 畳に上がる幸太と火恋。ほかに20名近い先客がいた。
 注文を済ませて、クラスメイトと話す悠奈を様子を眺める幸太。どうやら仲良くやれているようだった。以前に目撃した会話のぎこちなさもなさそうで、明るい笑顔も見られる。
 もう心配はなさそうだ。

「あれなら大丈夫そうじゃない?」
「……だな」

 頷く幸太。

「あ。やっぱりそうだったんじゃ~ん♪」
「っ! て、手前ぇっ!」
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