本編
◯9月7日 火野市 高畑 某マンション
文化祭が1週間後に迫った9月最初の土曜日。朝10時。
幸太と火恋は、火野市を訪れていた。久しぶりのミーティングのためだ。
この日は悠奈の提案で彼女の自宅がミーティング場所となった。二人は自転車で彼女のマンションへやってきて、指示された部屋番号708の前に立っている。
「ここだよね」「だな」
幸太がインターホンを押す……直前に、扉が外へ開いた。
「あら? 悠奈のお友達?」
出てきたのは、若い女性。おそらく悠奈の母親だろう。高校生の親となると若くても40前後だろうが、20代といわれても違和感のない綺麗な女性だった。
「あ、はい。あの、霜月さんいますか?」
「あー、長月くんと如月さんね。悠奈から話は聞いてるわ。どうぞ上がって。あの子、入ってすぐ左の部屋にいるから」
「あ。ありがとうございます」
説明を終えると、女性はそのまま外出してしまった。
顔を見合わせる幸太と火恋。その場で立ち尽くしているわけにもいかないので「「おじゃまします」」と家に上がる。
玄関から伸びる通路を進み、目的の扉の前に立つ二人。
「……ん?」
ノックしようとした幸太の手が、止まる。
「だからそこでそんなこと言うわけないじゃない!」「うるさいわね! セリフ回し下手くそなんだから引っこんでなさいよ!」「ここはもっとこう」「ちょっと勝手に消すんじゃないわよ! 邪魔しないで!」「邪魔なのはそっちでしょ!」「いいからどきなさいよ!」「ちょっと勝手に消さないでよ!」「あんただってさっきやったじゃない!」
室内から同じ声の二人が激しく言い争うのが聴こえる。
「……え?」「……ゆ、悠奈ちゃん?」
困惑する二人。だがずっと立っているわけにもいかないので、扉をノックする。
聞こえていないのか返事はない。仕方がないので「失礼します」と断りつつ扉を開けた。
部屋の窓際に、机でパソコンに向かう悠奈あるいは由仁の姿があった。
「ん? あ。お二人とも来てたんですね。すみません気がつきませんでした」
「あ、いや……お気になさらず……」「な、なんか忙しそうだったし……」
「いえ。ちょっと次作の原稿で悠奈とやりあってまして」
「そ、創作するとき二人でやってるんだね……」
「私は一人のほうが楽なんですけど、悠奈がいつも口を挟んでくるんです。まぁその逆もまた然りですけど。あ。そのへん座ってください」
幸太と火恋は中央の丸テーブルの前に腰を下ろした。
「そういえば、前にスランプって言ってましたけど、脱け出せたんですね」
「おかげさまで、いいアイデアが手に入りまして」
「え?」
「いえ。こっちの話です」
由仁もノートパソコンと予め印刷しておいた二人の原稿を持って二人の前に座る。
「今日はレビューの前に、応募する新人賞を決めましょう。こちらでいくつか選びはしましたけど、先輩たちの希望もあると思うので、まずはそのすり合わせをさせてください。応募したい賞とかありますか?」
「そ、そうだなぁ……俺はGBか集栄社ですかね」
「あたし電劇かなぁ。ハードル高そうだけど」
「あ。ごめんなさい。如月先輩、電劇以外でお願いします」
「えー! ダメなの!?」
「前にちょっと言いましたけど、同じ会社の別レーベルで、似たテーマの作品があんまりヒットしなかったみたいなので」
「あ。そういえば。うーん……あのカバーのデザイン好きなんだけどなぁ……。じゃあ、集栄社か富士美かどっちかかな。好きな作家さん多いし」
「わかりました。では、お二人とも集栄社でいきましょう」
「え? それでいいんですか?」
いともあっさり決まり、驚きに口をあんぐり開ける幸太。
「はい。私が選んだのは、集栄社かGBだったので。長月先輩は電劇も一応、候補には入れてましたけど」
「その2つって、ほかよりハードル低いの?」
「いえ。選んだ大きな理由は、これまでにラノベで見られなかった挑戦的なテーマで受賞作が出てるからです。他の新人賞は電劇とGBを除いて、流行のジャンルや、ファンタジーやラブコメなんかの定番ジャンルじゃないとたぶん勝てません」
「じゃあ、幸太はGBでも良かったんじゃない? 由仁ちゃんの作品とテーマが似てるから、編集部の人も売れるって思うだろうし」
「いえ。時期が近すぎるので逆に敬遠されると思います。だから、他の賞が『あそこで売れたジャンルと同じやつだから売れる』って選んでくれる可能性に賭けます」
「あー。そっかぁ……」
「ただ、他の賞でも『あの作品と似すぎ』って理由で敬遠される可能性は否めません。長月先輩の懸念はそこです」
「で、でも。それならなんでテーマを決める段階で『帆船以外にしてください』って言わなかったんですか? そうしたら俺、いくらでも変えましたけど……」
「書きたくない作品を書いて、楽しいですか?」
「……あ」
由仁の即答に、はっと目を見開く幸太。
「断言しますけど、賞に媚びた作品を書いたところで面白くはなりません。前に私が先輩たちに応募先は後で考えればいいと言ったのも、それが理由の一つです。新人賞に媚びたら困るからです。そういうわけで、応募先は集栄社でいきます。締め切りは10月末ですね。9月中に完成させて残り1ヵ月で梗概の準備と最後の見直しをしましょう」
「はい」「うん」
応募先の話がまとまると作品のレビューに移り、終わった頃には13時を回っていた。
「こんなところですね」
「……は、ぃ」「……ふぇぇぇ」
久々に由仁の容赦ないコメントを大量に浴び、極度の疲労からテーブルに倒れ伏す二人。だがその表情は心なしか充実感に満ちていた。
「もういい時間ですね。お昼の準備してきます」
由仁が立ち上がった。二人も手伝おうと、その後に続く。
昼食を準備すると切り出したのは由仁だったが、最終的に調理は火恋が担当し、幸太はそれを手伝った。最初は由仁がやろうとしたが、ガラケーで大好きな狩猟ゲームのレシピを調べたかと思うと、その材料をまとめて鍋に放り込んだところで火恋が慌てて制止。由仁は「え? これで火をかければいいじゃないんですか?」と真顔で驚き、これには二人も絶句するしかなかった。
「はーい。完成!」
テーブルに並んだのは、キノコたっぷりの和風スパゲッティとボウルサラダ。レストランで出されても違和感のない見事な出来栄えだ。
リビングのテーブルで昼食を楽しむ三人。
「もぐもぐ……そういえばさ。悠奈ちゃんのクラスって文化祭なにやるんだっけ?」
火恋の質問に、幸太は思わず目を見開いた。
「お前……パンフレット見てないのか?」
「うん」
「おい」
「うちは普通の茶屋ですよ。噴水とか鹿威しとかある感じの」
答えたのは悠奈だ。由仁は料理下手を暴かれて恥ずかしくなったのか、随分と前から人格が変わっていた。
「ほえー本格的ー!」
「ただ、お店はほとんど完成してるんですけど、店員さんの良い制服がなかなか見つからないらしくて、みんな困ってましたね」
「あー、去年のうちだ」
「そういえば言ってましたね。長月先輩がメイド喫茶にしようとしたら、和風喫茶になっちゃったって」
「ええ今でも恨みしかないですけどね!」
「もういいじゃんさぁ。その話はぁ」
「良くねぇ!」
―――そのときだった。
(………………ん?)
彼は一つのアイデアを閃いた。
(……待てよ。もしかしたら……)
悠奈の抱える悩みも、彼女のクラスの課題も。
一気に解決できるかもしれないアイデアを。
「ん? 幸太ほうひたの?」
「食べながら喋るな。いやちょっとな。……霜月さん」
「え? なんですか?」
「来週月曜の昼休み、時間ありますか?」
文化祭が1週間後に迫った9月最初の土曜日。朝10時。
幸太と火恋は、火野市を訪れていた。久しぶりのミーティングのためだ。
この日は悠奈の提案で彼女の自宅がミーティング場所となった。二人は自転車で彼女のマンションへやってきて、指示された部屋番号708の前に立っている。
「ここだよね」「だな」
幸太がインターホンを押す……直前に、扉が外へ開いた。
「あら? 悠奈のお友達?」
出てきたのは、若い女性。おそらく悠奈の母親だろう。高校生の親となると若くても40前後だろうが、20代といわれても違和感のない綺麗な女性だった。
「あ、はい。あの、霜月さんいますか?」
「あー、長月くんと如月さんね。悠奈から話は聞いてるわ。どうぞ上がって。あの子、入ってすぐ左の部屋にいるから」
「あ。ありがとうございます」
説明を終えると、女性はそのまま外出してしまった。
顔を見合わせる幸太と火恋。その場で立ち尽くしているわけにもいかないので「「おじゃまします」」と家に上がる。
玄関から伸びる通路を進み、目的の扉の前に立つ二人。
「……ん?」
ノックしようとした幸太の手が、止まる。
「だからそこでそんなこと言うわけないじゃない!」「うるさいわね! セリフ回し下手くそなんだから引っこんでなさいよ!」「ここはもっとこう」「ちょっと勝手に消すんじゃないわよ! 邪魔しないで!」「邪魔なのはそっちでしょ!」「いいからどきなさいよ!」「ちょっと勝手に消さないでよ!」「あんただってさっきやったじゃない!」
室内から同じ声の二人が激しく言い争うのが聴こえる。
「……え?」「……ゆ、悠奈ちゃん?」
困惑する二人。だがずっと立っているわけにもいかないので、扉をノックする。
聞こえていないのか返事はない。仕方がないので「失礼します」と断りつつ扉を開けた。
部屋の窓際に、机でパソコンに向かう悠奈あるいは由仁の姿があった。
「ん? あ。お二人とも来てたんですね。すみません気がつきませんでした」
「あ、いや……お気になさらず……」「な、なんか忙しそうだったし……」
「いえ。ちょっと次作の原稿で悠奈とやりあってまして」
「そ、創作するとき二人でやってるんだね……」
「私は一人のほうが楽なんですけど、悠奈がいつも口を挟んでくるんです。まぁその逆もまた然りですけど。あ。そのへん座ってください」
幸太と火恋は中央の丸テーブルの前に腰を下ろした。
「そういえば、前にスランプって言ってましたけど、脱け出せたんですね」
「おかげさまで、いいアイデアが手に入りまして」
「え?」
「いえ。こっちの話です」
由仁もノートパソコンと予め印刷しておいた二人の原稿を持って二人の前に座る。
「今日はレビューの前に、応募する新人賞を決めましょう。こちらでいくつか選びはしましたけど、先輩たちの希望もあると思うので、まずはそのすり合わせをさせてください。応募したい賞とかありますか?」
「そ、そうだなぁ……俺はGBか集栄社ですかね」
「あたし電劇かなぁ。ハードル高そうだけど」
「あ。ごめんなさい。如月先輩、電劇以外でお願いします」
「えー! ダメなの!?」
「前にちょっと言いましたけど、同じ会社の別レーベルで、似たテーマの作品があんまりヒットしなかったみたいなので」
「あ。そういえば。うーん……あのカバーのデザイン好きなんだけどなぁ……。じゃあ、集栄社か富士美かどっちかかな。好きな作家さん多いし」
「わかりました。では、お二人とも集栄社でいきましょう」
「え? それでいいんですか?」
いともあっさり決まり、驚きに口をあんぐり開ける幸太。
「はい。私が選んだのは、集栄社かGBだったので。長月先輩は電劇も一応、候補には入れてましたけど」
「その2つって、ほかよりハードル低いの?」
「いえ。選んだ大きな理由は、これまでにラノベで見られなかった挑戦的なテーマで受賞作が出てるからです。他の新人賞は電劇とGBを除いて、流行のジャンルや、ファンタジーやラブコメなんかの定番ジャンルじゃないとたぶん勝てません」
「じゃあ、幸太はGBでも良かったんじゃない? 由仁ちゃんの作品とテーマが似てるから、編集部の人も売れるって思うだろうし」
「いえ。時期が近すぎるので逆に敬遠されると思います。だから、他の賞が『あそこで売れたジャンルと同じやつだから売れる』って選んでくれる可能性に賭けます」
「あー。そっかぁ……」
「ただ、他の賞でも『あの作品と似すぎ』って理由で敬遠される可能性は否めません。長月先輩の懸念はそこです」
「で、でも。それならなんでテーマを決める段階で『帆船以外にしてください』って言わなかったんですか? そうしたら俺、いくらでも変えましたけど……」
「書きたくない作品を書いて、楽しいですか?」
「……あ」
由仁の即答に、はっと目を見開く幸太。
「断言しますけど、賞に媚びた作品を書いたところで面白くはなりません。前に私が先輩たちに応募先は後で考えればいいと言ったのも、それが理由の一つです。新人賞に媚びたら困るからです。そういうわけで、応募先は集栄社でいきます。締め切りは10月末ですね。9月中に完成させて残り1ヵ月で梗概の準備と最後の見直しをしましょう」
「はい」「うん」
応募先の話がまとまると作品のレビューに移り、終わった頃には13時を回っていた。
「こんなところですね」
「……は、ぃ」「……ふぇぇぇ」
久々に由仁の容赦ないコメントを大量に浴び、極度の疲労からテーブルに倒れ伏す二人。だがその表情は心なしか充実感に満ちていた。
「もういい時間ですね。お昼の準備してきます」
由仁が立ち上がった。二人も手伝おうと、その後に続く。
昼食を準備すると切り出したのは由仁だったが、最終的に調理は火恋が担当し、幸太はそれを手伝った。最初は由仁がやろうとしたが、ガラケーで大好きな狩猟ゲームのレシピを調べたかと思うと、その材料をまとめて鍋に放り込んだところで火恋が慌てて制止。由仁は「え? これで火をかければいいじゃないんですか?」と真顔で驚き、これには二人も絶句するしかなかった。
「はーい。完成!」
テーブルに並んだのは、キノコたっぷりの和風スパゲッティとボウルサラダ。レストランで出されても違和感のない見事な出来栄えだ。
リビングのテーブルで昼食を楽しむ三人。
「もぐもぐ……そういえばさ。悠奈ちゃんのクラスって文化祭なにやるんだっけ?」
火恋の質問に、幸太は思わず目を見開いた。
「お前……パンフレット見てないのか?」
「うん」
「おい」
「うちは普通の茶屋ですよ。噴水とか鹿威しとかある感じの」
答えたのは悠奈だ。由仁は料理下手を暴かれて恥ずかしくなったのか、随分と前から人格が変わっていた。
「ほえー本格的ー!」
「ただ、お店はほとんど完成してるんですけど、店員さんの良い制服がなかなか見つからないらしくて、みんな困ってましたね」
「あー、去年のうちだ」
「そういえば言ってましたね。長月先輩がメイド喫茶にしようとしたら、和風喫茶になっちゃったって」
「ええ今でも恨みしかないですけどね!」
「もういいじゃんさぁ。その話はぁ」
「良くねぇ!」
―――そのときだった。
(………………ん?)
彼は一つのアイデアを閃いた。
(……待てよ。もしかしたら……)
悠奈の抱える悩みも、彼女のクラスの課題も。
一気に解決できるかもしれないアイデアを。
「ん? 幸太ほうひたの?」
「食べながら喋るな。いやちょっとな。……霜月さん」
「え? なんですか?」
「来週月曜の昼休み、時間ありますか?」