本編
しかたなく言われたとおり駐車場の隅で待機していると、10分ほどで佳苗が現れた。格好はトレードマークの緑ジャージそのままだが、足元はスニーカーに変わっている。
幸太を見つけると、ついてくるように促す。その先には一台の車があった。
「荷物は後ろに置いて、助手席に乗れ」
「え? い、いや……俺、自転車で来」
「乗れ」
「ハイ」
「シートベルトしろよ。必須だからな」
「は、はぁ……」
言われるがままベルトを締める幸太。装着が完了すると、佳苗はアクセルを踏んだ。車は教職員用の校門を出ると左折。学園通りへ出て、矢保駅方面へ向かう。
「で?」
「え?」
「さっさと白状しやがれ。吐かねぇ限り家にはつかねぇぞ」
「え、なにそれは……」
だが、佳苗の横顔は至って真面目だ。おそらく話さなければ本当に家へ帰れない。
観念した彼は、悠奈と火恋との顛末を洗いざらい説明。
佳苗は終始、一言も挟むことなく、車を走らせながら静かに耳を傾けていた。
そして10分後。幸太の話が、すべて終わる。
「……なんだよ。辛気臭ぇツラしてやがるからサツに捕まるような大事でもしでかしたかと思ったが……まぁいい。恋愛相談だったら関土橋あたりで川に突き落とすつもりだったが」
「やめてください死んでしまいます」
「しかし、まさかウチの学校にプロの作家がいるたぁ、世間は狭いもんだ」
「……本人には言わないでよ。内緒にするって約束だから……」
「安心しろ。っていうか、その1年……霜月だっけか? 単に仲直りすりゃいいだけだろ。お互いに悪ぃんだからな。締め切りを何度も破ったお前も悪いし、文化祭を馬鹿にした相手も悪い。だから互いに謝って終わりだ。それ以外に何が必要なんだ?」
「で、でも、文化祭の準備が思ったより忙しくなっちゃって……」
「んなもん、去年の経験でもう知ってんだろ。もともと3日前には終わる予定だったのを、お前らがアレもやりたいコレもやりたいって言い出して、結局完成したの当日の朝7時だぞお前ら今年もアレと同じことやったらマジでキレるからな」
「ス、スミマセン……」
「校長に前日の泊まりこみ準備を交渉すんのだって楽じゃねぇんだぞアァ? おまけに私まで一緒に泊まりこめとか……あのせいで合コン1件ドタキャンしたのがどれだけ痛手かわかってんのか手前ぇぇぇぇッッッッッ!」
怒りに我を忘れた佳苗が、ハンドルを放して幸太の首根っこを掴みにかかる。
「ゆ、許して許してっ! くっ、苦しい! っていうかハンドル! ハンドル!」
「安心しろ! こんなこと日常茶飯事だからなァ! 足で運転するくらい訳ねぇ!」
「そういう問題じゃないから! っていうか、交番! そこ交番ッ!」
「……ちっ、タイミング悪ぃな」
佳苗は舌を打つと、悔しげに幸太から手を放す。
「まぁその話は置いといて、だ。スケジュールが崩れることなんざ去年のうちに思い知ってんだから、先に言っとけって話だ。そりゃ不測の事態だってあるだろうが、それなら最初に遅らせた段階で納期を少し緩めてもらうとか、やれることなんざいくらでもあったはずだ。お前の読みが甘い。あとそもそもグダグダ言い訳すんな。お前の都合なんざ相手には何の関係もねぇんだよ。お前の事情を相手に押しつけるな」
「ス、スミマセン……」
「で。如月の件は……まぁどう考えてもお前が一方的に悪い」
「わ、わかってるよ……。……でも、どうしても抑えられなくて……」
「抑える必要なんざねぇだろ」
「……え?」
佳苗の意外な一言に、咄嗟に彼女へ視線を向ける幸太。
「嫉妬のなにがいけないんだ? 私なんか嫉妬しまくりだぞ。大学時代の連中は半分以上が結婚しやがって、残りもだいたい男持ちで、やれ結婚はいいものだの彼氏ができて人生変わっただの、だから佳苗も早く結婚したほうがいい彼氏つくったほうがいいとか何度も何度も何度も何度も何度もうるせぇんだよあいつらぁぁぁぁッッッ!」
怒りのままクラクションを殴りつける佳苗。あまりの大音量に驚いた幸太の背中が伸びる。
「……まぁいい。とにかくだ。感情は人間の本能。なくすことなんざできない。大事なのはコントロールすることだ。それができりゃ大した問題じゃない。嫉妬が問題なのは、嫉妬した結果、相手を攻撃することだ。馬鹿にしたり軽蔑したり揚げ足を取ったりな」
「……」
「人は感情に嘘をつけない。それを抑え込もうとしてる今のお前は、いわば嘘つきだ。真人間にとって嘘をつくのが辛いのは当たり前だろ」
「嘘つき……」
佳苗の一言が幸太の心に痛々しく突き刺さる。
「お前が如月に嫉妬するのは、人として自然なことだ。問題なのは、それを怒りに代えてあいつにぶつけたことだ。それは許されることじゃない」
「……」
「感情に嘘をつくな。たとえ辛くても正面から向き合え。そして受け入れろ。自分の正直な気持ちに嘘をつき続ければ、人はいつか絶対に壊れる。ネット弁慶なんか良い例だろ」
「で、でも……そんな簡単に受け入れるなんて……」
「やり方はなんでもいい。こうして誰かに話すでもいいし、一人で壁にぶつけるでもいい。受け入れるのが難しけりゃ、妄想の中で嫉妬する相手を馬鹿にするなりサンドバックに写真貼って殴るなりして発散しろ。現実で迷惑かけなきゃ問題ない」
(……さっき運転中に人の胸ぐら掴んだ教師のセリフとは思えない)
「なんか言ったか」
「いえなにも」
咄嗟に視線を逸らす幸太。そこで話は途切れた。
(……でも、そんなもんなのかな)
窓の外を眺めながら、佳苗の話を反芻する。
今、幸太の心境には明らかな変化があった。
佳苗にすべてを吐き出し、過ちを指摘されたことで、長らく伸しかかっていた重荷からようやく解放された気がした。
―――だが、彼女に許されたところで意味はない。
謝らなければならないのは……
「落ち着いたか」
「へ? は、はぁ……まぁ……」
「そうか。んじゃ行くぞ」
「え? 行く? どこへ?」
「その霜月って1年の家だ。住所教えろ」
「はぇっ!?」
「なに驚いてんだ。本人に謝らなきゃ意味ねぇだろうが。さっさと教えろ」
「い、いいいいやいやいやいやもうすぐ7時なんだから、さすがに迷惑で」
「吐け」
「火野市の高畑の●×■です……」
反射的に観念した幸太の口から、以前に聞いた悠奈の住所が漏れた。
佳苗が近くのコンビニの駐車場へ車を停めて、カーナビに住所を打ちこむ。続いて幸太に自宅へ電話をかけろと指示。家族に息子の帰宅が遅くなると、かわりに説明するためだという。
幸太が家につないだ携帯を佳苗に渡すと、彼女は見たことも聞いたこともない余所行きの態度と声で、幸太に進路の相談を頼まれて少し遅くなってしまった、自分が責任をもって自宅まで送るという2点を伝え、電話を切った。
担任のあまりの豹変ぶりに、ただただ絶句する幸太。
「なんだよ」
「え? 誰?」
「眼科いけ。あと進路相談でどんな話をしたか、ちゃんと捏造しとけよ」
佳苗は幸太に携帯を返すと、車を出した。
幸太を見つけると、ついてくるように促す。その先には一台の車があった。
「荷物は後ろに置いて、助手席に乗れ」
「え? い、いや……俺、自転車で来」
「乗れ」
「ハイ」
「シートベルトしろよ。必須だからな」
「は、はぁ……」
言われるがままベルトを締める幸太。装着が完了すると、佳苗はアクセルを踏んだ。車は教職員用の校門を出ると左折。学園通りへ出て、矢保駅方面へ向かう。
「で?」
「え?」
「さっさと白状しやがれ。吐かねぇ限り家にはつかねぇぞ」
「え、なにそれは……」
だが、佳苗の横顔は至って真面目だ。おそらく話さなければ本当に家へ帰れない。
観念した彼は、悠奈と火恋との顛末を洗いざらい説明。
佳苗は終始、一言も挟むことなく、車を走らせながら静かに耳を傾けていた。
そして10分後。幸太の話が、すべて終わる。
「……なんだよ。辛気臭ぇツラしてやがるからサツに捕まるような大事でもしでかしたかと思ったが……まぁいい。恋愛相談だったら関土橋あたりで川に突き落とすつもりだったが」
「やめてください死んでしまいます」
「しかし、まさかウチの学校にプロの作家がいるたぁ、世間は狭いもんだ」
「……本人には言わないでよ。内緒にするって約束だから……」
「安心しろ。っていうか、その1年……霜月だっけか? 単に仲直りすりゃいいだけだろ。お互いに悪ぃんだからな。締め切りを何度も破ったお前も悪いし、文化祭を馬鹿にした相手も悪い。だから互いに謝って終わりだ。それ以外に何が必要なんだ?」
「で、でも、文化祭の準備が思ったより忙しくなっちゃって……」
「んなもん、去年の経験でもう知ってんだろ。もともと3日前には終わる予定だったのを、お前らがアレもやりたいコレもやりたいって言い出して、結局完成したの当日の朝7時だぞお前ら今年もアレと同じことやったらマジでキレるからな」
「ス、スミマセン……」
「校長に前日の泊まりこみ準備を交渉すんのだって楽じゃねぇんだぞアァ? おまけに私まで一緒に泊まりこめとか……あのせいで合コン1件ドタキャンしたのがどれだけ痛手かわかってんのか手前ぇぇぇぇッッッッッ!」
怒りに我を忘れた佳苗が、ハンドルを放して幸太の首根っこを掴みにかかる。
「ゆ、許して許してっ! くっ、苦しい! っていうかハンドル! ハンドル!」
「安心しろ! こんなこと日常茶飯事だからなァ! 足で運転するくらい訳ねぇ!」
「そういう問題じゃないから! っていうか、交番! そこ交番ッ!」
「……ちっ、タイミング悪ぃな」
佳苗は舌を打つと、悔しげに幸太から手を放す。
「まぁその話は置いといて、だ。スケジュールが崩れることなんざ去年のうちに思い知ってんだから、先に言っとけって話だ。そりゃ不測の事態だってあるだろうが、それなら最初に遅らせた段階で納期を少し緩めてもらうとか、やれることなんざいくらでもあったはずだ。お前の読みが甘い。あとそもそもグダグダ言い訳すんな。お前の都合なんざ相手には何の関係もねぇんだよ。お前の事情を相手に押しつけるな」
「ス、スミマセン……」
「で。如月の件は……まぁどう考えてもお前が一方的に悪い」
「わ、わかってるよ……。……でも、どうしても抑えられなくて……」
「抑える必要なんざねぇだろ」
「……え?」
佳苗の意外な一言に、咄嗟に彼女へ視線を向ける幸太。
「嫉妬のなにがいけないんだ? 私なんか嫉妬しまくりだぞ。大学時代の連中は半分以上が結婚しやがって、残りもだいたい男持ちで、やれ結婚はいいものだの彼氏ができて人生変わっただの、だから佳苗も早く結婚したほうがいい彼氏つくったほうがいいとか何度も何度も何度も何度も何度もうるせぇんだよあいつらぁぁぁぁッッッ!」
怒りのままクラクションを殴りつける佳苗。あまりの大音量に驚いた幸太の背中が伸びる。
「……まぁいい。とにかくだ。感情は人間の本能。なくすことなんざできない。大事なのはコントロールすることだ。それができりゃ大した問題じゃない。嫉妬が問題なのは、嫉妬した結果、相手を攻撃することだ。馬鹿にしたり軽蔑したり揚げ足を取ったりな」
「……」
「人は感情に嘘をつけない。それを抑え込もうとしてる今のお前は、いわば嘘つきだ。真人間にとって嘘をつくのが辛いのは当たり前だろ」
「嘘つき……」
佳苗の一言が幸太の心に痛々しく突き刺さる。
「お前が如月に嫉妬するのは、人として自然なことだ。問題なのは、それを怒りに代えてあいつにぶつけたことだ。それは許されることじゃない」
「……」
「感情に嘘をつくな。たとえ辛くても正面から向き合え。そして受け入れろ。自分の正直な気持ちに嘘をつき続ければ、人はいつか絶対に壊れる。ネット弁慶なんか良い例だろ」
「で、でも……そんな簡単に受け入れるなんて……」
「やり方はなんでもいい。こうして誰かに話すでもいいし、一人で壁にぶつけるでもいい。受け入れるのが難しけりゃ、妄想の中で嫉妬する相手を馬鹿にするなりサンドバックに写真貼って殴るなりして発散しろ。現実で迷惑かけなきゃ問題ない」
(……さっき運転中に人の胸ぐら掴んだ教師のセリフとは思えない)
「なんか言ったか」
「いえなにも」
咄嗟に視線を逸らす幸太。そこで話は途切れた。
(……でも、そんなもんなのかな)
窓の外を眺めながら、佳苗の話を反芻する。
今、幸太の心境には明らかな変化があった。
佳苗にすべてを吐き出し、過ちを指摘されたことで、長らく伸しかかっていた重荷からようやく解放された気がした。
―――だが、彼女に許されたところで意味はない。
謝らなければならないのは……
「落ち着いたか」
「へ? は、はぁ……まぁ……」
「そうか。んじゃ行くぞ」
「え? 行く? どこへ?」
「その霜月って1年の家だ。住所教えろ」
「はぇっ!?」
「なに驚いてんだ。本人に謝らなきゃ意味ねぇだろうが。さっさと教えろ」
「い、いいいいやいやいやいやもうすぐ7時なんだから、さすがに迷惑で」
「吐け」
「火野市の高畑の●×■です……」
反射的に観念した幸太の口から、以前に聞いた悠奈の住所が漏れた。
佳苗が近くのコンビニの駐車場へ車を停めて、カーナビに住所を打ちこむ。続いて幸太に自宅へ電話をかけろと指示。家族に息子の帰宅が遅くなると、かわりに説明するためだという。
幸太が家につないだ携帯を佳苗に渡すと、彼女は見たことも聞いたこともない余所行きの態度と声で、幸太に進路の相談を頼まれて少し遅くなってしまった、自分が責任をもって自宅まで送るという2点を伝え、電話を切った。
担任のあまりの豹変ぶりに、ただただ絶句する幸太。
「なんだよ」
「え? 誰?」
「眼科いけ。あと進路相談でどんな話をしたか、ちゃんと捏造しとけよ」
佳苗は幸太に携帯を返すと、車を出した。