本編
こうして、二人はそれぞれネット投稿を開始する。
幸太は8月10日の1話目を皮切りに、13日、16日と3日1話ペースでスタート。これまでの執筆ペースを守りつつ、送付先を悠奈から投稿サイトへ変えた形だ。
もっとも、正直あまり乗り気でない彼の投稿は適当で、書いた原稿をコピペしただけ。そのため1話は丸々3ページ分。短くとも3000文字、長いと5000文字にも上った。タイトルも「1話」「2話」と淡白に片づけられてる。
当然、読ませる努力を欠いた作品が、読まれるわけがない。
実際、PVの伸びは芳しくなかった。
1話目が、初投稿という真新しさと、ミリタリーというジャンルの力で100PVを獲得しただけで、2話目は15PV。5話目で早くもゼロと動かなくなった。最初は3件あったブクマも、知らぬ間に1件まで減っていた。
(……まぁもともと期待してないから、べつにいいけど……)
8月25日。半ば自棄に陥りつつ、内心で言い訳を垂れながら6話目を投稿。気にならないと強がりつつも、その指は自然とアクセス解析のリンクをクリックしてしまう。―――ゼロ。
わかりきった結果とはいえ、気分の良いものではない。その内心に一抹の淀みが濁り、胸が重くなる。これまで悠奈と由仁に指導してもらった内容が、すべて間違いだったのではという疑念すら抱きかねないほどに……。
こんな気持ちでは原稿に集中できない。幸太はいったん机を離れ、ベッドに横になった。
(……あいつ、大丈夫かな)
我が身の鬱屈から目を逸らすように思考が火恋へ向かう。
互いのアカウントを教えたり、情報を交換したりするのは止めておいた。一方の作品が好調でもう一方が不調の場合、気まずいからだ。
そのため幸太に火恋の状況を知る術はない。
―――かといえば、そんなことはない。
これまで由仁とのミーティングの中で、何度となく火恋の作品に登場するキャラクターの名前や作中のキーワードは耳にしていた。それで検索をかければ、彼女の作品は見つかる。
だが、それはルール違反。アカウントを教えないという約束を破るのと同義だ。
しかし、そんな道義心とは裏腹に……彼の心の奥底では密かに、だが確かに、一つの感情が音を立てていた。
あいつ、落ち込んでないかな?
……あいつの作品は、どうなんだろう?
…………もしかして。
あいつの作品…………読まれてるのか?
心配は所詮、言い訳。幸太は今、火恋の状況が気になって仕方がなかったのだ。
もし、自分の作品だけ読まれてなかったら……。
そう思うだけで、全身を焦燥感が駆け巡り、居ても立ってもいられなくなる。
思えば投稿をはじめてから早2週間。この件について連絡が一切ないのは妙だ。もし感想やレビューがなければ、当初の目的を達成できていないことになる。中止の一つも提案してくるのではないか? 自分たちには時間がないのだから。
気がつけば、幸太は机に戻り、パソコンから投稿サイトにつないでいた。
だがいいのか? 本当に調べても?
心に残る罪悪感が理性に訴え、キーボードを打ちかけた指がぴたりと止まる。
―――数秒後、彼の指は再び動き出した。
大丈夫。これは火恋の身を案じてのこと。
無意識に言い訳めいた理屈を捏ねて自分を言い包めると、幸太はそれでも逡巡する指先で火恋の作品のキーワードを検索窓に打ちこんでいく。
そして、エンター。
検索結果は32件。これなら探す手間もない。案の定、少しスクロールすると火恋の作品は簡単に見つかり、
「……え?」
検索結果一覧に表示された簡易情報を前に、幸太は固まった。
ブクマ56件。
感想8件。
レビュー1件。
評価者10人。
合計ポイント、212。
一瞬、目を疑った。作品を間違えたかと思った。
だがタイトルも、あらすじも、何より「karen」というペンネームから、もはや疑問の余地はない。
これは紛れもなく火恋の作品―――火恋の作品に集まった評価だ。
信じられなかった。たった2週間ほどで、これだけの評価がついたなんて……。
まだまだ人気作とは到底いえない規模だ。しかし公開から2週間で着実にPVとブクマを伸ばしていた。
「な、なんでだ? いったいどうやって……」
幸太は反射的に火恋の作品のアクセス解析をクリック。PV6000。1日およそ500のアクセスを集めている計算になる。
そのまま自己紹介へ。SNSのリンクはなく自己紹介文は空。めだった特徴は何もない。
作品のトップページへ移動。冒頭のあらすじは筋書きのみとシンプル。タイトルも第1話、第2話と淡白で目を惹く要素はない。
1話から順々に開いて流し読み。各話2000文字から3000文字とそこまで長くない。確かにネット小説は短いほうが読まれるとよく言われる。以前に投稿サイトを使用していたときは、特に根拠がない情報だったので無視したが……。
投稿間隔は? 1話が短いためか2日に1話が基本ペース。投稿時間はわからないが、火恋の生活サイクルを考えればおそらく深夜。この場合18時から22時がベストだとする一般論からは大きくずれる。
……自分でも気づかないうちに、幸太は「なぜ火恋の作品が読まれるのか」その要因を必死になって探っていた。
その日、原稿は進まなかった。
次の日から、幸太は火恋にならって投稿サイト向けに編集した原稿をアップするようになった。1話は上限3000文字ほど。かわりに投稿ペースを2日に1話と短縮。すでに上がっていた分も、なるべくその文字数に収めて再投稿。可能な限り火恋のスタイルを踏襲した。
だが、結果は変わらなかった。
PVは投稿直後でも10程度。ブクマは1から増えない。評価者や感想は皆無だ。
(なんでだ……いったいなにが違うってんだ……っ)
作品の出来はさして遜色ないはず。むしろジャンルが既に確立されている自分のほうが、人は集まりやすいはずだ。確かに内容は軍略に寄っていて難解だが、読みやすいよう配慮はしてある。ではなぜ伸びない?
幸太が苛立ちを募らせる一方、火恋の作品は順調に伸びていた。
8月28日にはブクマが90件に到達。評価ポイントは400。感想も上々。まるでシンデレラストーリーだ。
火恋に離される焦りからか、幸太は1日に何度となく修正とアクセス解析を繰り返す。少しでも時間が空けばサイトへログインし、PVとブクマを確認。
もはや中毒だった。本来の目的など見失い、ただただ数字を追うことに必死になっていた。
それが創作とは何ら関係のない分析であるとも気がつかぬまま……。
幸太は8月10日の1話目を皮切りに、13日、16日と3日1話ペースでスタート。これまでの執筆ペースを守りつつ、送付先を悠奈から投稿サイトへ変えた形だ。
もっとも、正直あまり乗り気でない彼の投稿は適当で、書いた原稿をコピペしただけ。そのため1話は丸々3ページ分。短くとも3000文字、長いと5000文字にも上った。タイトルも「1話」「2話」と淡白に片づけられてる。
当然、読ませる努力を欠いた作品が、読まれるわけがない。
実際、PVの伸びは芳しくなかった。
1話目が、初投稿という真新しさと、ミリタリーというジャンルの力で100PVを獲得しただけで、2話目は15PV。5話目で早くもゼロと動かなくなった。最初は3件あったブクマも、知らぬ間に1件まで減っていた。
(……まぁもともと期待してないから、べつにいいけど……)
8月25日。半ば自棄に陥りつつ、内心で言い訳を垂れながら6話目を投稿。気にならないと強がりつつも、その指は自然とアクセス解析のリンクをクリックしてしまう。―――ゼロ。
わかりきった結果とはいえ、気分の良いものではない。その内心に一抹の淀みが濁り、胸が重くなる。これまで悠奈と由仁に指導してもらった内容が、すべて間違いだったのではという疑念すら抱きかねないほどに……。
こんな気持ちでは原稿に集中できない。幸太はいったん机を離れ、ベッドに横になった。
(……あいつ、大丈夫かな)
我が身の鬱屈から目を逸らすように思考が火恋へ向かう。
互いのアカウントを教えたり、情報を交換したりするのは止めておいた。一方の作品が好調でもう一方が不調の場合、気まずいからだ。
そのため幸太に火恋の状況を知る術はない。
―――かといえば、そんなことはない。
これまで由仁とのミーティングの中で、何度となく火恋の作品に登場するキャラクターの名前や作中のキーワードは耳にしていた。それで検索をかければ、彼女の作品は見つかる。
だが、それはルール違反。アカウントを教えないという約束を破るのと同義だ。
しかし、そんな道義心とは裏腹に……彼の心の奥底では密かに、だが確かに、一つの感情が音を立てていた。
あいつ、落ち込んでないかな?
……あいつの作品は、どうなんだろう?
…………もしかして。
あいつの作品…………読まれてるのか?
心配は所詮、言い訳。幸太は今、火恋の状況が気になって仕方がなかったのだ。
もし、自分の作品だけ読まれてなかったら……。
そう思うだけで、全身を焦燥感が駆け巡り、居ても立ってもいられなくなる。
思えば投稿をはじめてから早2週間。この件について連絡が一切ないのは妙だ。もし感想やレビューがなければ、当初の目的を達成できていないことになる。中止の一つも提案してくるのではないか? 自分たちには時間がないのだから。
気がつけば、幸太は机に戻り、パソコンから投稿サイトにつないでいた。
だがいいのか? 本当に調べても?
心に残る罪悪感が理性に訴え、キーボードを打ちかけた指がぴたりと止まる。
―――数秒後、彼の指は再び動き出した。
大丈夫。これは火恋の身を案じてのこと。
無意識に言い訳めいた理屈を捏ねて自分を言い包めると、幸太はそれでも逡巡する指先で火恋の作品のキーワードを検索窓に打ちこんでいく。
そして、エンター。
検索結果は32件。これなら探す手間もない。案の定、少しスクロールすると火恋の作品は簡単に見つかり、
「……え?」
検索結果一覧に表示された簡易情報を前に、幸太は固まった。
ブクマ56件。
感想8件。
レビュー1件。
評価者10人。
合計ポイント、212。
一瞬、目を疑った。作品を間違えたかと思った。
だがタイトルも、あらすじも、何より「karen」というペンネームから、もはや疑問の余地はない。
これは紛れもなく火恋の作品―――火恋の作品に集まった評価だ。
信じられなかった。たった2週間ほどで、これだけの評価がついたなんて……。
まだまだ人気作とは到底いえない規模だ。しかし公開から2週間で着実にPVとブクマを伸ばしていた。
「な、なんでだ? いったいどうやって……」
幸太は反射的に火恋の作品のアクセス解析をクリック。PV6000。1日およそ500のアクセスを集めている計算になる。
そのまま自己紹介へ。SNSのリンクはなく自己紹介文は空。めだった特徴は何もない。
作品のトップページへ移動。冒頭のあらすじは筋書きのみとシンプル。タイトルも第1話、第2話と淡白で目を惹く要素はない。
1話から順々に開いて流し読み。各話2000文字から3000文字とそこまで長くない。確かにネット小説は短いほうが読まれるとよく言われる。以前に投稿サイトを使用していたときは、特に根拠がない情報だったので無視したが……。
投稿間隔は? 1話が短いためか2日に1話が基本ペース。投稿時間はわからないが、火恋の生活サイクルを考えればおそらく深夜。この場合18時から22時がベストだとする一般論からは大きくずれる。
……自分でも気づかないうちに、幸太は「なぜ火恋の作品が読まれるのか」その要因を必死になって探っていた。
その日、原稿は進まなかった。
次の日から、幸太は火恋にならって投稿サイト向けに編集した原稿をアップするようになった。1話は上限3000文字ほど。かわりに投稿ペースを2日に1話と短縮。すでに上がっていた分も、なるべくその文字数に収めて再投稿。可能な限り火恋のスタイルを踏襲した。
だが、結果は変わらなかった。
PVは投稿直後でも10程度。ブクマは1から増えない。評価者や感想は皆無だ。
(なんでだ……いったいなにが違うってんだ……っ)
作品の出来はさして遜色ないはず。むしろジャンルが既に確立されている自分のほうが、人は集まりやすいはずだ。確かに内容は軍略に寄っていて難解だが、読みやすいよう配慮はしてある。ではなぜ伸びない?
幸太が苛立ちを募らせる一方、火恋の作品は順調に伸びていた。
8月28日にはブクマが90件に到達。評価ポイントは400。感想も上々。まるでシンデレラストーリーだ。
火恋に離される焦りからか、幸太は1日に何度となく修正とアクセス解析を繰り返す。少しでも時間が空けばサイトへログインし、PVとブクマを確認。
もはや中毒だった。本来の目的など見失い、ただただ数字を追うことに必死になっていた。
それが創作とは何ら関係のない分析であるとも気がつかぬまま……。