本編

◯7月20日 附中駅前 カフェ

 第5回ミーティングはいつものファストカフェではなく、附中市のカフェで開催された。夏休み中の学校付近は、たとえ土日であっても生徒が多いからだ。
 場所は京桜線の改札から徒歩3分ほどの近場にある、本屋に隣接した喫茶店。
 休日とはいえ夏休みだからか、店内は賑やかだった。とはいえ、開店と同時に入店する幸太がいる限り、席を取り逃す心配はない。
 この日も朝9時の開店と同時に入り、約束の10時まで持ちこんだラノベを読んで過ごす。もちろん創作用にメモを取るのも忘れない。
 予定の15分前に由仁が来店。直後に火恋も姿を見せた。最初に多少の近況報告を交えた雑談を挟んでから、由仁が取り出したパソコンを開く。目を擦りながら。

「由仁ちゃん、眠そうだね」
「……えぇ、まぁ……昨日、悠奈と徹夜しまして……」
「二人で徹夜、ですか?」
「はい。交互に入れ替わって仕事してたんです」
「な、なんか不思議ですね……」
「そういえば、悠奈ちゃんって今どこにいるの?」
「私の後ろで寝てます」
「「……え?」」

 もはや二人にしか分からない世界だった。
 由仁が「それはともかく」と話を打ち切り、本題に入る。

「ここまで送っていただいた原稿を見てますと、長月先輩は淡白な描写が多いのが気になってます。特に事実を列挙しただけの説明的な書き方がまだ多いですね」
「そ、そんなに多いですか?」
「はい。多いです」

 意外な指摘に戸惑う幸太。
 かねてから自分なりに気にしてはいた。過去の応募作のレビューでも何度かコメントされていた自分の欠点だ。だからこそ、以前から意識的に直そうとはしてきたのだが……。

「おそらく地の文ですべて説明しようとしてるからだと思います。三人称視点で書く人には特にありがちですけど、セリフで括るとか一人称の地の文にするとか工夫してください」
「え? 地の文の人称って統一しなくていいの?」

 火恋が疑問を挟む。

「べつにかまいません。面白いかどうかがすべてです」

 確かに創作にルールはない。先入観は捨てろということだろう。

「あと説明が細かすぎるのも避けましょう。帆船の描写とかを詳しく書く必要はありません。そこに文字数かけるより、省くべきは省いて、もっとキャラクターの感情面を掘り起こしてください。そこがまだまだ足りません」
「感情面……感情面……」

 聞いた端からメモを取る幸太。

「あと文章のリズムも意識してください。まだ少し悪いです」
「え゛? まだ、ですか?」
「全体的に良くなってきてはいます。ただ、まだ同じ調子が続く箇所が多いです。あくまでイメージですけど、先輩の文章は大半の文が同じ構成なんです。まず主語、次に動詞、最後に目的語の一文ばかり。同じものが繰り返されると人間は飽きますけど、それは文章も同じです。倒置法や体言止めを使うなどして、メリハリをつけてください」
「わ、わかりました」
「まぁこればっかりは慣れですね。リズムの良い小説を読めば読むほど、それを真似すればするほど、感覚的に身についていきます」

 その後、いくつか追加の指摘が入り、火恋の話へ移る。

「如月先輩は、まだセリフが多すぎます」
「ふぇ!? まだ!?」
「はい。まだ」

 指摘に驚くほどには気を遣っていたようだが、無残にも一刀両断。

「説明が多くなるテーマなので多少はしかたないですけど、それでも多すぎます。物語を進めるのは地の文です。セリフが多くなると話が進まないアニメと同じで読者をイライラさせてしまいます。会話劇ならそれでもいいですけど、先輩の作品はそうじゃないので」
「そ、そんなに話、進んでないかな?」
「私が読んだ感じでは、少し冗長です。あと自分の作品を見る目は絶対に曇るので、自分の感覚は当てにしないでください。気にしすぎなくらいでちょうど良いです。あとは言葉選びですね。単調すぎます。同じ単語や言い回しが多いです。別の単語に置き換えるなりして、見せ方を工夫してください」
「う、うん」

 その後の火恋への指摘も、表現力の点に集中した。

「……こんなところですかね。というわけで、よろしくお願いします」
「ふぁぁぁぁぃぃぃ……」

 萎れるようにテーブルに突っ伏す火恋。熱暴走寸前まで頭を使い切ったのか、激しく目を回している。
 両者の講評が終了。話を聞いていただけで疲労困憊の二人。今日はここまでだ。
 パソコンを片し、かわりに手帳を取り出す由仁。

「それじゃあ、次のミーティングですけど、特になにもなければ、予定どおり来週の土曜」
「あ、あの。その件なんですけど……」
「はい?」
「実はちょっと相談がありまして……」
「相談ですか?」

 目を瞬き、きょとんと幸太を見つめる由仁。

「その……日にちをずらしてもらうことってできますか? 実はその日、クラスのみんなから遊びに行こうって誘われてて……」
「じ、実はあたしも……」

 そっと手を挙げる火恋。
 由仁は無表情のまましばらく黙っていた。が、

「まぁ、私はかまわないですけど。夏休みですし」

 特に思うところはないのか、すんなり許可が降りた。以前「死ぬ気でやってください」と強く求めていたので、多少なり反対を覚悟していたのだが。

「それじゃあ……30日だとどうですか? 再来週の火曜です」
「あ、ごめん。その日ダメなんだ。その週の木曜とかなら大丈夫なんだけど」
「じゃあ、8月1日の木曜日にしましょう。長月先輩はどうですか?」
「特になにもないんで、俺も大丈夫です」
「では、それでお願いします。……ところで」

 由仁が手帳を閉じてリュックにしまう。

「遊びにって、どこ行くんですか? 真名島先生って夏休みに生徒同士で遊びに行くのを禁止するって噂ですけど」
「え。そんな噂、流れてるの?」
「悠奈が言うには、わりと有名らしいですよ」
「デートが禁止されてるだけなんで、集団ならまぁ大丈夫かな、と……」

 幸太の答えに由仁は目を細め、睨むように、じっと彼を見据える。

「え、な、なんですか?」

 突然の凝視に訳が分からずどきまぎ動揺する幸太。なにか悪いことでもしただろうか。なにも思い当たる過去がない。
 だが、それは幸太が忘れていただけだった。
 彼には確かにあったのだ。
 列記とした前科が。

「……変なことしないでくださいよ。真名島先生の機嫌一つで、こっちの体育までとばっちり喰うんですから」
「ぶふっ!」



 その後、8月1日まではメールでやりとりすることになった。
 そんな中で訪れた、7月26日。
 前日の文化祭準備が予想以上に長引き、幸太は一度だけ、原稿の締切りを破ってしまう。
 とはいえ、彼はそこまで深刻に考えてはいなかった。もともと提出していたのは締切日の19時で、このときの提出は深夜0時を少し回ったころ。日を跨いだとはいえ、実質的には締切日の提出だ。事前に「ごめんなさい。ちょっと遅れます」と連絡し、悠奈からも「わかりました」と返信があった。
 そのため、特に何事もなく落着。
 幸太は深夜1時に布団へ潜った。
 あっさり眠りに落ちた。



 ―――現実が歪み始めたことに、気がつかぬまま。
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