本編

◯7月6日 國立市 某カフェ テラス席

 試験休み明けの土曜日。久しぶりに訪れた馴染みのファストカフェ。
 そのテラスで第4回ミーティングが開かれた。
 試験最終日の翌日から、幸太と火恋はプロットの修正に大わらわだった。眠気と疲労を若さと情熱で騙し続け、連日深夜にまで及ぶ修正作業を経て今日に至る。
 この日も開店と同時に幸太が入店。3時間後に火恋と由仁が姿を見せた。

「話を始める前に、一ついいですか?」

 席についた由仁が開口一番、パソコンを開きながら話を切り出す。

「なんですか?」
「如月先輩は心配してませんけど、長月先輩、期末試験どうで」
「聞かないでくださいお願いします」

 即答で視線を逸らす幸太。答えは言わずもがなだった。

「……まぁいいですけど、補習に失敗して無駄に時間かけないでくださいね」
「は、はい……」
「じゃあ、さっそく本題です。今日の修正を最後にプロットは締めたいと思います。そして、この夏休みで原稿を書き終えてもらいます」

 開始早々落ちこむ幸太をよそに、由仁は話を始める。

「まず長月先輩ですけど、主人公を置き換えたことで、だいぶ良くなりました。ダブルヒロインにしたことでストーリーの構図も見えやすくなりましたし、大枠は問題ありません。特に敵方のヒロインがしっかり悪役でありつつも、感情移入できる点が良いですね」
「ど、どうも……」

 照れと安堵が半々といっと声音で礼を口にする幸太。
 この1週間で彼のプロットは大きく変わった。海戦マニアな少年が異世界に転移する形ではなく、もともとのヒロイン・レイナを主人公に変更。そして彼女の敵国に別のヒロインを立てた。ストーリーは二人が祖国を勝利に導くべく海戦で衝突するシンプルな展開で進む。
 敵方のヒロインの名は、ジャンヌ・リーゼロッテ。奴隷から成り上がった敵方海軍の主力幹部だ。その過去ゆえ軍内部に敵が多く、彼女の立案した作戦は上官の口を借りなければ採用されない。つまり功績はすべて上官のものとなる。
 不遇にあって彼女が軍を離れないのは、同じ奴隷の少女・アイリーンを上官が人質としているため。一定額を上納すれば解放するという上官の言葉を信じたジャンヌは、アイリーンのため軍籍に留まり続けている。奴隷出身の彼女が働ける場所は他にない。
 ジャンヌは主人公レイナとの最初の海戦で敗北を喫し、2戦目の作戦立案から外される。だが無能な上層部の策では敗北必至と見るや、独断で自身の戦隊を動かし、レイナたちを奇襲することに成功。これを撃破する。しかし上層部の命令を無視した行為は背信を問われ、その身は独房へ。拷問と絶食の日々に命が燃え尽きかけた頃、戦隊の仲間とアイリーンが彼女の救出を断行し、これを成し遂げる。そして国を逃げ出したジャンヌたちは、逃避行中に三たびレイナの戦隊と遭遇。ついに無能な上層部から解放され、真に自由な戦場を手にした彼女は、もはや意味がないと知りつつ全力を解放する欲に駆られ、最初で最後の《海戦》に挑む……。
 ―――もちろん、このすべてを幸太一人で考え出したわけではない。むしろ大部分は由仁のアドバイスを受けて湧いたアイデアだ。
 自分のプロットが見る見る生まれ変わっていく中で、改めて由仁の才能に驚いた。特にその瞬発性。質問すると打てば響くようにアイデアが返ってくる力には、いつも舌を巻いた。

「ただ、全体は大丈夫ですけど、まだ細かい点で気になるところはあります。たとえば、二戦目に敗北したレイナが軍法裁判にかけられたとき、クローディアの介入で彼女は窮地から救われますけど、クローディアがレイナの肩を持つのは、まだ少し唐突な気がします。そこまで二人は対立しかしていないので。あとエルヴィンの自演もそうですね。彼がレイナを敵視している背景も見えにくいです。もうなにか考えてるかもしれませんけど、この2点は掘り下げておいてください」
「は、はい」

 それ以外にも何点か指示が入り、急いでメモに書き留める幸太。

「じゃあ次に如月先輩ですけど、伏線の大部分がなくなってスッキリしたのと、アレンの目的が見えやすくなった点は大丈夫です。魔導暗号という追加の設定も上手く考えられていると思います」
「そ、そう、かな?」

 やや赤い頬を指で掻きながら俯き加減に応える火恋。
 聞けば火恋のプロットは、ストーリーに大きな変化はないが、設定に新しく魔導暗号という要素が加わった。作品世界には魔法が存在し、これは紋様と詠唱文から成る魔法陣の刻まれた道具とトリガーとなる魔法名を介して発動する。この詠唱文を暗号化するのが魔法の暗号化、魔導暗号だ。
 これによって、たとえば詠唱文を暗号化して魔法の正体を隠し、ふと魔法名を口にした途端に発動という時限爆弾のような使い方ができる。ほかにも魔法でロックした宝箱を魔法名で解錠するような鍵としての使い方など、さまざまなバリエーションがあるらしい。

「ただ、アレンの凄さがまだそこまで伝わらない点が気になります。冒頭にコレットを指導する形で彼の実力がわかるシーンが追加されましたけど、ストーリーのメインで仕事をするのはクレアとコレットですし、最後もアレンがギルバートを止めているあいだに、コレットが暗号を解読して女王を救い出します。暗号解読官としての彼はむしろ、最後の暗号の解読に冷静さを欠いて失敗している印象が強すぎて、逆に無能に見えてしまっています」
「うーん……やっぱりそう、かな? 気にはなってるんだよね……」
「冒頭以外でもう一つ、彼の暗号解読力を印象づけるシーンが必要ですね。今の流れを変えないのであれば。それか最後の解読をコレットからアレンに変えるか。そこはお任せします」
「うん」
「あとプロットから話がずれますけど、これから作品を書いてもらうとき、冒頭と序盤の展開には気をつけてください。テーマの馴染みが薄いので、頭で興味を持ってもらえなければいけません」
「わ、わかった」

 その後、いくつか細かい指摘が入り、2時間ほどで二人の講評は終了。今後のスケジュールに話が移る。

「では、プロットはこれで確定として、これからいよいよ書いてもらいます。期限は夏休みが終わるまでです」
「ってことは、今日から2ヵ月弱くらいだから……」
「目安1日3ページです。ただ10ページずつくらいでいったん送ってください。それを適宜修正していきます」

 由仁の言葉に幸太と火恋の顔が曇る。

「さ、3ページかぁ……意外と多いね……」
「宿題もそうだけど、なにより文化祭の準備あるしな……」
「文化祭? そんな準備することあるんですか?」

 疑問を口にしたのは由仁だった。

「うん。うちの学校って文化祭にとんでもなく力いれるからね。みんな夏休み返上だよ。部活と文化祭の準備で1ヵ月半が終わる感じ」
「3年生なんて受験勉強そっちのけですよ。だから進学重点校なのに卒業生の5割が浪人っていう酷い学校です」
「え……そんな感じなんですか?」

 話が学校の話題に変わって人格が入れ替わったのか、応じた口調は悠奈のものだった。

「そうそう。準備を始めるのも早いしね。あたしたちも5月から動いてるけど、3年生なんて1月から演劇の題材を探してるし」
「3年生って、みんな演劇なんですか?」
「そういう決まりはないんですけど、うちの3年生は例外なく伝統的に演劇をやるんです。文化祭に来る人たちの大半もそれが目当てで」
「あたしも去年4クラスだけ見たけど、ほんとすごいんだよ! あー残りも見たかったなー」
「半分も見られただけいいだろ……俺なんか買い出しの使いっ走りで自転車に乗りまくってたら文化祭おわってたんだぞ……」
「ま、まぁあれは、ねぇ……。で、でも良かったじゃん! 出し物の希望は叶ったんだし!」
「半分だろ! 俺はメイド喫茶が良かったのに、お前のせいで和風喫茶になったんだぞ!」
「あ、あはは……ま、まぁご時世的にその手の出し物がリスキーだってのもあったしさ」
「……あ、あれ? でも私、去年の文化祭に来ましたけど、メイド喫茶ありましたよね?」
「そうなんですよ! そこなんですよ許せないのは!」
「ひぃっ!?」

 テーブルを両手で叩いて身を乗り出す幸太。堪らず身を引く悠奈。

「8組が……8組がメイド喫茶やりやがったんですよ! 店に行ったうちの女子たちも、あとから『あれなら着たかったなぁ』とか『ちょっとかわいいかも』とか勝手なこと言い出しやがって……ッ! マジで許せん……ッ!」

 去年、二人のクラスは無難に喫茶店で決まりかけたところを、幸太が「普通の喫茶店じゃつまらない」と言い出し、なぜか大半が賛同。結果、紆余曲折を経て、最終的に大正浪漫な雰囲気漂う袴姿の女子たちが接客する和風喫茶に決まった。
 幸太はメイド喫茶を熱烈に推したが、これは通らず。そのとき一人の女子が「袴なら着たいかも」と言ったのを皮切りにクラスの女子たちがネットで画像を検索。目当ての袴を目にするや「かわいい!」「あたしも着たい!」と大興奮。予算で人数分の購入が厳しいとわかるや、自分がつくると言い出す猛者が現れ、次の日から早くも準備スタート。そして本当に作り上げてしまった。
 ちなみに皮切りとなった一人の女子が、火恋だ。
 結果、試着した女子たちの袴姿に大興奮した男子一同のやる気が急上昇。最終的に完成した内外装は高校の文化祭レベルを超えた狂気の完成度に達し、見事に1年8クラスの中で最優秀に輝いた。

「……そ、そこまでするんですか? この学校……」

 話を聞き終えた悠奈は軽く引いている。

「どこのクラスもだいたいそんな感じですね」
「うちの学校、みんな騒ぐの好きだしね。やっぱり意外?」
「ちょ、ちょっとイメージと違うというか……」
「まぁ偏差値でいったら都立トップクラスですから、外から見たら真面目な生徒が集まってるって見えますけど、実際は界隈の中学校でちょっと勉強できた馬鹿が集まる学校ですから」
「ほんとそうだよね。みんな頭のネジが1本、2本おかしくなってる感じ」
「み、みんな、来るんですか?」
「だね。よっぽど真面目な子は毎日夏期講習に行ってるから数回しか来ないけど、顔を出さなかった子はいなかったよ」
「で、でも……ふだんあんまりクラスの人たちと話さない子とか……いません?」
「いますね。でもなんだかんだ、みんな来るんですよ。むしろそういうやつのほうが毎日のようにやってきますし」
「雅くんとか毎日来て誰より準備してたしね。パソコン持って」
「アニソン、ガンガン流してたな。あれであいつと趣味が合うってわかってからは、毎日メールがうざいわホント……」
「そういえば悠奈ちゃんのクラスは文化祭なにするの?」
「え? う、うち、ですか?」
「うちは今年ね、あれ。なんとかかんとかってやつ」
「一文字も出てないぞ……お化け屋敷だろ」
「そうそれ! あたしお化けやるから遊びにきてよ!」
「は、はぁ……」
「あ。あと割引券とかあったらちょうだい♪」
「がめつすぎんだろ」
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