本編

■タイトル
Black Chamber

■ストーリー
・主人公:アレン・チューリング。カンツライ国王直属の秘密組織である暗号解読機関ブラック・チェンバーのエース。クリプト・グラフィー(文字を並び替えたり置き換えたりして解くタイプの暗号)の解読に強い。無愛想で口も悪いけど根は優しい。幼少期に父と母を殺害し、妹の両脚の自由を奪った爆弾魔への復讐を目的に生きている。重度のシスコン。
・ヒロイン:コレット・コーパー。謎の少女。その正体は元カンツライの第一王妃の娘。隣国ウルティマの王子の結婚相手メアリ・スチュアート。母国がカンツライの現女王で自身の義妹であるエリザベスの暗殺を企んでいると知り、それを防ぐため身分を隠してブラック・チェンバーに接触。子犬みたいな癒し系だけど、芯が強く度胸がある。暗号知識はゼロだけど、巨大な才能を秘めている。
・ヒロイン:クレア・マーキュリー。アレンの同僚。ステガノ・グラフィー(炙り出し文字のように物理的に隠すタイプの暗号)の発見に強い。ドSで脳筋。アレンに密かな思いを寄せるけど、素直になれず、拳でしかコミュニケーションが取れない。

(1)ある日、アレンは局長室に呼び出され、今日から入る新人だとコレットを紹介され、その教育係を任される。彼女の素性はまだ不明。
(2)局内を案内している途中、クレアから局長が呼んでるといわれ、再び局長室へ。そこで3人は、不穏な暗号の刻まれた手紙を見せられる。暗号曰く「メアリ・スチュアートが何かの計画に気づいて脱走。見つけ次第捕縛しろ」。局長は3人に、この手紙にある計画について調べるよう指示。
(3)翌日、手紙の宛先となっていた会社ポスタ・スタティオを調べるべく、本社へ向かう。その道中、クレアがすれちがった男を不審に思い捕縛。持っていたナイフをコレットに渡して男の頭を剃れと命令。すると頭部に暗号文が隠されていた。解読すると「4月5日、りんごを収穫しよう」とだけある。
(4)りんごはコード(符牒)だと考えたアレンとクレアは、解読に必要なコードブック(符牒の辞書)を入手すべく、ポスタ・スタティオの親会社的なブエンディア商会への潜入を決定。
(5)潜入は商会が催すパーティーに合わせて決行。クレアは偽装用の身分で賓客、コレットは臨時雇いのメイドとして潜入。コレットがドジを踏むミスはあったものの、コードブックの奪取には成功。
(6)ミスをしたコレットは失態を取り返そうと、職場へ戻った後、密かにコードブックを持ち出して先の頭部の暗号を解読にかかる。だが直後、コードブックに仕込まれた罠が発動して負傷。一命を取り留めるも意識不明の重体に。なおコレットが負傷した一件の手口は、アレンの両親を奪ったものと同じだった。
(7)翌日、この爆発によって上がった煙を手がかりに、これまで姿を隠していた例の計画の黒幕・ギルバートがブラック・チェンバーへ潜入。彼はかつて、ブラック・チェンバーの局員に姉を殺されており、その復讐のためにブラック・チェンバーの居場所を探っていた。アレンはコレットの見舞いで不在。クレアが捕縛にかかるも返り討ちにあってしまう。
(8)戻ってきたアレンがギルバートと対面。同じ手口という手がかりから、ギルバートが自分の両親を奪った犯人だと断定。その場で復讐を果たそうとするも逃げられてしまう。
(9)同日、ポスタ・スタティオとギルバートの最後の暗号を傍受。解読にかかるも冷静さを失ったアレンは苦戦。だが後日、早々に引退したコレットの力を借りて解読に成功。エリザベス殺害計画の決行が、3日後のカンツライ建国100周年式典であることが判明。
(10)そして式典当日。先手を打たれたことでエリザベスは窮地に陥るも、3人は計画を潰すことに成功。最後はコレットが妹を救い出し、めでたし。

「……なかなか特殊なテーマを選びましたね」
「だ、だめかな。最近ベストセラーやロングランになった映画も多いし、いいかなって思ったんだけど……」
「いえ。問題ありません。むしろ良いところに目をつけたと思います」
「ほ、ほんと? よかったぁ……」
「安心するのはまだ早いですよ。面白くならなければ意味ないんですから」
「だ、だね。うん」
「その点でいきますと、まず説明が多くならないように注意してください。私も少し調べてみましたけど、暗号の解読法を簡潔に説明するのは、なかなか難しい思います。ですが、説明が多くなると読者は飽きてしまいます」
「うんうん」
「あと長月先輩と同じですけど、先輩の作品も話の本筋がよく見えません。主人公のアレンが作品の中でなにを目的に動くのかが薄いです。まずそこを具体的にしてください。たとえばアレンの復讐をストーリーの前面に出すとか」
「わ、わかった」
「それと、これはもしできればでいいですけど、全体的に地味な印象なので、なにか一つ目を引く設定がほしいですね」
「目を引く設定……うーん……」
「いますぐじゃなくていいです。とりあえず考えてみてください。あと前に1冊だけ暗号をテーマにしたライトノベルを見たことがあるので、応募の時はそのレーベルだけ外しましょう」
「あーうん」

 走り書きで忙しなくメモを取る火恋。

「……そういえばさ。いまの話で思ったんだけど」
「なんですか?」
「あたしたちプロットつくったり、作品を読んで分析したりはしてるけど、どこの賞に応募するかって考えてないよね?」
「……言われてみれば、確かに」

 幸太と火恋はちらりと由仁を見る。

「問題ありません。それはこれから探せばいいだけです」
「先に探さなくていいんですか? その新人賞の傾向とかあるんじゃ……」
「確かにありますけど、無理にそれに合わせた作品を書く必要はありません。自分の作品と合っている新人賞を選べばいいだけですから」
「え。それだけ?」
「はい。それだけです」

 意外な答えに虚を突かれる二人。

「で、でも……それって必ずあるものなの?」
「ありますよ。わかりやすいものだと、自分が好きな作家と同じレーベルです」
「そ、そんな単純でいいんですか?」
「大抵の場合、自分の作風は好きな作家のそれと似てきます。ですから、そこのレーベルなら評価される可能性が高いです。新人賞の傾向に合わせて自分らしくない作品を書くくらいなら、自分らしい作品を合いそうな新人賞へ出したほうが、結果的にはうまくいきます」
「???」「???」

 正直あまりピンとこない幸太。火恋も同じようだ。

「とにかく今は気にしないでいいです。時期が来ればちゃんと説明しますから、まずはプロットの修正だけに集中してください。あと締め切りは3週間後でお願いします」
「え、3週間ですか? なんかずいぶん先ですね?」
「……え?」

 素で疑問を口にした幸太に、由仁は目を丸くする。
 何か変なことでも口にしただろうか? 火恋に視線を向けると、彼女も口を一文字に結んだまま、不思議そうに瞳を瞬いていた。
 妙な態度の二人。
 その答えは由仁が口にした。

「……本気で言ってます? 再来週、期末テストですよ?」
「……」
「「……」」
「…………あ」



 昼食後、もう少し細かいレビューと歓談を経て、幸太たちは公園を後にした。
 京桜線・多馬センター駅のホームでベンチに腰を下ろす三人。モノレールのほうが早い由仁もなぜか一緒だった。曰く「この時間は混むから嫌」だそうだ。
 幸太、火恋、由仁の順に並んで座り、電車を待つ。休日だからかホームは静かだ。昼下がりだというのに餌を求めて歩き回る鳩のほうが多い。
 時刻は15時3分。タイミングが悪く、電車が来るまで10分ほどある。
 ベンチに腰を下ろすや否や、火恋も由仁も「電車きたら起こして」と幸太に頼んで寝てしまった。朝早かったのか、二人とも一分と経たないうちに寝息を立てはじめる。
 背筋を伸ばして頭を垂れ、礼儀正しい姿勢で眠る由仁。
 そして火恋は……、

(……)

 幸太の肩に頭をもたれて眠っていた。
 よくあることだった。普通の高校生より忙しい火恋は常に眠気と戦っている。だから少しでも腰を落ち着けると、途端にこうなってしまう。
 だから、これまで火恋の枕がわりになったことは、何度もあった。
 いつもなら表面では照れ隠しに面倒くさがりつつ、心のなかでは甘い時間を密かに楽しんでいた。……だが、今日はそうもいかない。
 先ほどから、幸太の心臓は忙しなく逸るばかり。
 呼吸のたび、耳元で小さく漏れる彼女の吐息。
 視線の端を微かに霞める、赤ん坊のような寝顔。
 いずれも見慣れた一面が、今日は一段と愛らしく心に刺さる。

(……)

 気づけば無意識のうちに左腕が動いていた。
 ズボンのポケットから携帯を取り出すと周りの様子を確認。誰も見ていない。
 そっと携帯を持ち上げ、背面を自分のほうへ向ける。位置を少し調整して固定。
 ボタンに人指し指を伸ばす。
 一瞬、体温が沸騰したかのように背筋が熱くなった。
 一度、喉を鳴らし、熱と緊張を抜く。
 ……。
 ひと呼吸を入れて……。
 機械音。

「ぶふっ!」
「……へ?」

 妙な声に右を振り向く幸太。
 口元を抑えた由仁が大量の鼻血を垂れ流していた。

「ちょッッッッッ!」
「……落ち着いてください。起きちゃいますよ……」
「そうじゃなくて鼻血! 鼻血いぃッッッ!」

 隣で眠る火恋を気遣う余裕など完全に吹き飛んだ幸太。由仁はいそいそリュックからティッシュを取り出して鼻血を拭う。
 最近、彼女のクソザコぶりを目にしていなかったため、完全に油断していた。いや別に見せつける気など更々なく、そもそも寝ていたのではなかったのか……。

「それにしても、こっそり寝顔とツーショットを撮影するとは……ずいぶん大胆ですね……」
「い、いやこれはその……」
「あ。忘れないうちにボイスレコーダー返してください」
「あ、ああ、はい……」

 火恋を起こさないようシャツの胸ポケットからレコーダーを取り出して由仁に差し出す。結構な騒ぎにも幸い彼女は小さく唸るくらいで目を覚まさなかった。

「それで、どうでした? 少しは慣れましたか?」

 鼻にティッシュを詰めた由仁が尋ねる。

「……ど、どうでしょう」
「でも、今日の体験に比べれば、恥ずかしいストーリーを紙に起こすくらい、どうってことないですよね?」
「……それは……さすがに書いてみないとわからないですけど……」

 とはいえ、毎日顔を合わせる友人と過ごした赤面ものの一日に比べれば、勇気が必要な大抵のことは乗り越えられる気がしないでもない。
 会話が途切れたところで、電車の到着を告げるアナウンスが流れた。
 火恋を起こし、三人はホームへ入ってきた電車に乗った。
17/37ページ
スキ