本編

 二人は多馬中央公園へ移動。パルテノン大通りの南側に広がる市立公園だ。
 休日とあって園内は大勢の家族連れで大賑わい。両親の和やかな視線と温かな日差しに見守られたこどもたちが、のびのび元気に走り回っている。
 火恋の準備は万端だった。弁当はもちろんレジャーシートや水筒、人数分のカップなど、もはやピクニックだ。

「……」
「……」

 シートに胡座をかいた幸太は、いつもと違う蓋つきのバスケットを前にどぎまぎしていた。中には色とりどりのサンドイッチやおかずがたくさん並んでいる。
 休日に火恋と二人きり。学校帰りではなく遠出。準備万端のピクニックスタイル。
 どこからどう見てもデートだった。
 普段は鈍いことこの上ない火恋も、いつもと違うシチュエーションに意識するところがあるのだろう。準備を終えてからは体育座りで沈黙したままだ。
 こどもたちがはしゃぐ声。微笑む大人たちの声。池に舞い降りた鳥たちの鳴き声。風に揺れる木々や草花のささやき。
 すべてが耳元で響くように聞こえるほど、感覚が張り詰めていた。

「……い、いいよ?」
「……お、おう」

 じっとしていると余計に間が持たない。幸太は火恋のほうを見ないようにバスケットの中へ手を伸ばす。
 指が触れ合った。

「「ご、ごめん!」」

 咄嗟に手を引き、互いに背を向ける二人。
 考えたことも行動に移したタイミングもその後の反応までも同じという赤面ものの展開に、体がひどく熱を持つ。
 再び訪れる無言の時間。
 萎縮したまま微動だにしない幸太。
 意識が完全に内を向き、沈黙が無限に感じられる。
 もう堪えられない。今すぐ逃げ出したかった。

「……なにしてるんですか?」

 仕事という名の暇つぶしを終えた由仁が合流し、背中を向けあったまま固まっている二人を訝しんだのは、それから数分後のことだった。



 場の甘い緊張が溶けたのは、由仁がサンドイッチを食べはじめてからだった。

「……だから、離してくれませんか?」
「やだ~♪」

 相も変わらず由仁に背後から絡みつき満面笑顔の火恋。どうやら小動物のように頬を膨らませながら、ちびちびもふもふ食べる彼女の姿に心を奪われたようだ。

「あ~もうほんとかわいいなぁ♪ 持って帰りた~い♪ ずっと前からハムスターとか飼いたかったんだよね~♪ うちで暮らそうよ~♪」
「死ぬまで養ってくれるなら、やぶさかではないです」

 嫌がるどころか満更でもない様子だ。
 二人の睦まじい様子を横目に見ながら、幸太はお茶を啜っていた。その目は胡座の上に置かれた紙に結ばれている。由仁が印刷してきた幸太のプロットだ。

「……如月先輩はこの調子なんで、長月先輩のプロットからいきましょうか」
「は、はい」

 火恋に呆れた由仁が溜め息まじりに話を切り出す。

「キャラクターについては実際の作品を見て判断するとして、今回は保留とします。前に伝えた点を意識してください。今回のメインは設定とストーリーです」

 二人は紙を1枚めくる。そこに設定とストーリーが簡単にまとめられていた。



■タイトル
高卒参謀長の異世界航戦紀

■ストーリー
・主人公:加賀大和。18歳。高卒フリーター。ミリオタ帆船マニア。やや気弱で押しに弱い。承認欲求が強く安請け合いするタイプ。
・ヒロイン:レイナ・シャルンホルスト。18歳。イグニス海軍・第11戦隊提督。かつての海軍の名門である没落貴族シャルンホルスト家の一人娘。生真面目で負けず嫌い。素直じゃない。名門復興をめざす。提督としての実力は並。大和と出会い、ゲーム廃人と化す。

(1)帆船「日本丸」乗船イベントに参加中、誤って海に転落した加賀大和。運良く助かるも、目を覚ますと異世界に転移していることが判明。彼を救ったのはイグニス(イメージはイギリス)という国の海軍、その提督であるレイナだった。
(2)レイナによる素性と持ち物の調査。話の流れで彼のタブレットにインストールされていた海戦シミュレーションゲームをレイナに見せる。彼女は興味津々。水を向けるとツンデレ全開で「あ、あなたがそこまでいうなら一度だけ……」とプレイ開始。結果イージーモードの初戦で13連敗。これは彼女の時代の戦略論が大和の時代のそれと比べて未熟なため。
(3)大和が手本を見せて勝利すると、彼を凄腕の軍略家だと勘違いした彼女は「私の戦隊の参謀長になってください」と依頼。行くあてのない彼の生活を保障するおまけつき。本物の戦争に加担する恐怖に考えこむ大和だが、その夜レイナの部下から、彼女が提督の座について以降あまり実績を上げられずにおり、その地位を追われる不安に怯えている事情を知る。そんな彼女を助けたい気持ちが勝り、最終的に承諾。
(4)イグニスへ帰国すると、戦争中のグランディア(イメージはフランス)が近々攻めてくるとの情報が届く。翌日にその対策会議。レイナは前夜に大和から授かった戦略(彼女たちの常識からかけ離れた知識に基づく奇策中の奇策)を披露。ほかの戦隊長からは非難轟々。特に彼女をライバル視するクローディアとエルヴィンが激しく反対する。だが、海軍のトップであるカタリナが彼女の作戦を採用した。
(5)第一戦目。授けた戦略でレイナは敵方の戦隊を見事に撃破。これによって海軍内での評価が高まる。一方それを面白く思わない連中も。レイナの父はかつて出世争いで彼を妬んだ貴族連中に逆賊の濡れ衣を着せられて処刑された。それを事実と信じ、レイナの家系を嫌悪する連中はいまだに多い。
(6)第二戦目。海軍は再びレイナの作戦に乗る。だがこの作戦をエルヴィンが敵方に漏らし、イグニスは一転ピンチに(エルヴィンは彼女を良く思わない貴族の一人)。その窮地を当のエルヴィンの機転で脱することになる。
(7)レイナたちは一旦、帰国。そこでエルヴィンが、敵方に戦略が漏れていた事実を公表。その主犯としてレイナを軍法裁判にかけ、証人として連れてきた敵方の捕虜がそれを裏づける(捕虜はエルヴィンのでっち上げ)。そんな絶体絶命のレイナを救ったのは、彼女をライバル視するクローディア。曰く「私の認めた女があんたみたいな糞野郎なわけないじゃない」。最終的に上司が場を預かることで、裁判は収束(なお敵方に戦略が漏れていたのは、レイナを陥れるために仕組んだエルヴィンの自作自演であることがラストで判明する)
(8)裁判以降、レイナを裏切り者と考える人が増えて風当たりが強くなる。汚名を晴らすには、レイナがその手で国を勝利に導かなければならない。そして迎えた第三戦目。大和はこの世界が天動説で回っていることに目をつけ、地球を半周して敵の裏をつく気違いじみた作戦をレイナに進言。これが採用され、見事に勝利を収め、国は平和に。レイナの疑いも晴れる。

「とりあえず私の作品とジャンルが丸かぶりな点はつっこまないでおきます」
「……は、はい」
「ただ、目のつけどころはいいと思います。異世界に転移した少年が趣味の軍略知識を生かして自分の居場所を見つけていくという発想は面白いですし、シンプルでわかりやすいのもいいです。ミリタリーものはファンも多いですし。好きなんですか?」
「いえ、正直べつに……。ゲームとかで大ブームになるくらいファンが多いのに、海軍ものってあんま見ないなって思って選んでみただけで」
「確かに少ないですね。それも大半のテーマは艦船時代の海戦で、戦略を据えたものは一般的ではありません。その視点はいいと思います」

 由仁はカップのお茶を口にする。

「……ただ、何点か気になることがあります。まず主人公の大和のキャラクターが圧倒的に地味です。プロットの段階でほとんど登場しませんし」
「えっと……現代から異世界に転移した普通の少年なんで、本物の戦争じゃそこまで役にも立たないよなって思って……」
「確かにそうなんですけど、それにしても悪い意味でリアルすぎます。なにかプラスアルファがないときついです。それか大和じゃなくてレイナを主人公にしてしまうか」
「……な、なるほど」
「あと周りのキャラクターも印象が弱すぎます。ライバルにあたるクローディアやエルヴィンの出番も概要を見る限りほとんどありませんから、どちらもその時々でいきなり登場する唐突感が否めません。もっと明確なライバルを置いてください」
「もっと明確?」
「ぱっと見、伏線を張ってトリッキーな展開にしたいと思ったんでしょうけど、今のままでは伏線ばかりで本筋が弱いです。たとえば対戦国の海軍のリーダーのような、読者にもわかりやすいライバルが必要です。あと、3回の海戦をどんな展開にするかも、じゅうぶん気をつけてください。毎回同じような勝ち方になるとか、力や友情で勝利するみたいな戦略が際立たない勝ち方はNGです」
「わ、わかりました」

 その後も由仁の話を一言一句を漏らさんとメモを取る幸太。

「他にもいろいろありますが、それは本筋が定まってからにしましょう。とりあえずいま言った点だけ直してください」
「は、はい」
「ではそれで。じゃあ、次は如月先輩……って、いい加減に離れてくれませんか?」
「ほぁ~♪ ……え? なんか言った?」

 由仁の肩に顎を預けたまま惚けている火恋。先ほどから妙に静かだったが、どうやら心ここにあらずだったようだ。
 由仁が再度「先輩の番です」と促すと、慌てて「あ、ああうん」と彼女から離れ、幸太の隣に正座する。
 火恋に印刷してきたプロットを渡すと由仁は早速、話を始めた。
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