本編
「お……おさわがせしました……」
「い、いや……むしろこちらこそ……」
深々と頭を下げる由仁に釣られて、幸太も頭を下げる。
彼の怒りが爆発した頃、騒ぎを聞きつけた店員がすぐに来てくれたおかげで事は終息。由仁は5分ほどソファで横になると鼻血も収まった。
だが、カーディガンは血まみれで着られなくなったので、今は火恋の着ていたデニムジャケットを借りて肩にかけている。
(そ、それにしても……まさかここまでクソザコ属性な子が現実にいるなんて……)
幸太はちらりとテーブルの端にある火恋の原稿に目を向けた。
彼女は、自ら「魅力がない」と突き放したヒロインのパンチラを思い出した瞬間、コップ2杯ぶんを超える大量の鼻血を吹き散らかすほど興奮してしまったのだ。
「いやーでもびっくりだよー。まさかあたしの書いた作品で鼻血だすほど喜んでくれる人がいるなんて」
当然、火恋も気づいている。先ほどの暴挙もそれ故だ。
「ち、ちがいます! だいたいあんなので興奮するはずないじゃないですか! 今日はたまたま体調が……」
頬を赤く染めながら反論する由仁。もはや認めているも同然の反応でしかない。
「……そ、そんなことより、いいかげん放してくれませんか」
「やだ♪」
満面の笑顔で拒否する火恋。
彼女は今、幸太の隣から由仁の下に席を移していた。膝の上に由仁を乗せ、両腕を彼女の腰にしっかり巻きつけた格好である。
火恋は根っからのかわいいもの好きだ。由仁がちょろかわいいとわかった途端、彼女に対する怯えは吹き飛び、もう愛らしいマスコットにしか見えていないらしい。
それからしばらく「は、はなしてくださいっ」「ふふふ。柔道部からもスカウトされたあたしの力からは逃げられま~い♪」「こ、こんの、ぉ……っ」「ふぅ~♪」「は、ぁっ……み、耳に息かけちゃ……や……ぁ、っ!」「こちょこちょこちょこちょ♪」「わひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」「さわさわさわ♪」「ひ、ぅん! そ……こ、敏感……ら、め……ぇ……」「あ~もうどこいじってもかわいいよぅ♪ このままお持ち帰りした~い♪」などと、二人はもみ合っていた。
一人ぽつんと蚊帳の外に置かれた幸太は、
(か、火恋のヤツ! なんてうらやましいことを! ……い、いやいやそうじゃないそうじゃない! 早くやめさせないと! ……って、っていうか、霧島さんって意外におっきいな……着痩せするタイプなのか……ってだからそうじゃな……あぁ! よ、よだれよだれ! あの霧島さんが事後みたいな顔でよだれ! ってだからそうじゃないっての!)
情欲に翻弄される理性を必死に支え、なんとか平静を保つ。
「あ、あのさ二人とも。周りの迷惑だから、もうちょっと静かに……」
「ふぇ? あーごめんごめん。かわいすぎてつい♪」
ようやっと由仁への悪戯をやめる火恋。言葉とは裏腹に悪びれる様子はない。もちろん由仁を放しもしない。
その後、少し休憩を挟んでから、由仁の講評が再開された。
「……繰り返しですけど、如月先輩のヒロインには深みがありません。外見と内面のテンプレがあるだけです。ツンデレ、金髪ロリ巨乳、ロリババア、全肯定なブラコンの妹、隣校に通う健気な後輩。たしかにそれだけで惹かれる人がたくさんいるのも事実ですけど……なに笑ってるんですか」
「由仁ちゃんが言うと説得力あるね」
「う、うるさいですよ! 真面目に聞いてくださいっ!」
「は~い♪」
もはや立場は完全に逆転していた。
「そ、それで?」
「……確かにテンプレは大事です。でも、単にそのまま使えばいいわけではありません。この点は長月先輩も同じです」
「お、俺も?」
「というか、作品のテンプレ度合いで言えば、長月先輩のほうがひどいです。キャラクターだけじゃなくて、設定もストーリーも構成もデジャブしか感じないほどオリジナリティが欠片もありません。直近の作品なんて、講評でもおおかた『既存作に似すぎ』とか、そんなコメント書かれたんじゃないですか? 10ページ読めば『ああ、あの作品の真似か』ってわかりますから。ラノベで群像劇で新宿に狂人大集合でヒロインが伝説上の存在で主人公の少年が非現実に憧れるって、それどこの『デュ」
「ごめんなさいすみませんホントすみませんそのくらいで勘弁してください……」
図星を突かれに突かれた幸太の頭が、がっくり項垂れる。
「ただ、テンプレが重要なのも確かです。問題はテンプレの組み合わせや見せ方を工夫してないせいで、既存のキャラクターやストーリーと似すぎている点です」
「あ、あの……。一ついいですか?」
そこまで聞いた幸太が、手を挙げて一つの疑問を口にする。
「なんですか?」
「自分でテンプレばっかの作品を書いててなんなんですけど……テンプレってありきたりすぎて、評価が下がるとかないんですか?」
「誰がそう言ってました?」
「え? えっと……」
間髪入れずに切り替えされ、思わず答えに詰まる幸太。
「その……特には……ただなんとなくそう思うっていうか……」
「で、でも、あたしも正直、あんまりテンプレテンプレしてると嫌がられるっていうか、テンプレって飽きられてるんじゃないかなぁ……って思ってたり……」
困惑する幸太が居た堪れなくなったのか、火恋が助け舟を出す。
だが、由仁に容赦はない。リュックから「よいしょ」とノートパソコンを取り出し、一つのファイルを開いた。
「私が受賞前に応募した作品のレビューです」
それはGB文庫のレビューだった。左上にレーダーグラフがあり、残りのスペースに編集者3人分のコメントがみっちり書かれている。
レーダーは文章が4、ストーリーが3、設定と世界観、そしてキャラクターが5、作品ランクは最高のA。結果は4次選考通過―――つまり、最終選考落選。
(……こ、こっちなんて最高でも2しかもらったことないのに……5なんていったいどうやったら取れ……)
圧巻の成績に思わず圧倒される幸太。
「す、すご……」
火恋も思わず驚きを漏らした。
「グラフはいいですから、コメントを読んでください」
由仁に促されて、視線をそちらへ向ける幸太と火恋。
そこには二人にとって意外なコメントが並んでいた。
『キャラクターはお約束ですけど、サブキャラクターまで含めてよく書けています』
『ややテンプレが強いですけど、かわいらしいヒロインをはじめ、みんな魅力的でした』
すべてのコメントが、テンプレのキャラクターを賞賛しているのだ。
「正直、私も最初はテンプレなんてと思っていました。でも、キャラクターの評価が上がらなくて悩んでいたとき、試しにテンプレばかりの作品を送ったんです。結果はこのとおりです」
「「……」」
「ライトノベルで最も重要なのはキャラクターです。ここが3点以下だと、ほかが4点5点でも二次選考すら通過できません。実際、私もキャラクター以外4点以上、キャラクターが3点で、作品ランクAだったにもかかわらず、2次選考で落ちたことがあります」
確たる証拠を突きつけられ、ぐうの音も出ずに黙る幸太と火恋。
「もちろんキャラクターだけに限りません。ストーリーも同じです。定番の展開を王道といいますが、これは誰もが素晴らしいと認めるからこそ、王道と呼ばれるわけです」
「な、なるほど……」
「テンプレや王道は、多くの方が魅力的だと認めています。つまり需要があるということです。いつかテンプレや王道に頼らない作品を書くのは自由ですけど、いまは新人賞だけに集中してください。先のことを考えるなんて、プロになってもいないのに自分の作品がアニメ化されたり同人誌でヒロインがエロいことされるの考えてニヤニヤしたりするようなものです。時間の無駄でしかありません」
「「ふぐぅっ!」」
痛いところを突かれて悶絶する幸太と火恋。
打ちひしがれる二人をよそに、由仁はパソコンの向きを戻すと、
「まぁとにかく、テンプレや王道を使う意識はいいですが、問題は使い方と頻度です。作品全体がテンプレや王道ではいけません。それ以外の見せ方、たとえば何気ない場面を文章力で魅力的に見せる技術なども必要です。そこを補ってもらうためにも、まず作品の魅力とは何かを学ぶことからはじめましょう。そうですね……今日から3日に1冊、休日は1日1冊のペースでライトノベルを読んで、どんな点が・なんで面白いのかをまとめてみてください」
「み、3日で1冊!? そ、それはいくらなんでもペースが急すぎるんじゃ……授業だってあるし……」
思わず声を上げたのは幸太だった。
その一言を聞いた由仁は、紅茶風味のメロンソーダを口にすると、彼を瞳を見据えて、
「先ほど言いましたよね? 死ぬ気で努力してください、って」
「……ッ!」
一切の感情を排した表情と、凍りついた声で、そう言い放った。
静かだが、圧倒的な迫力をもって。
幸太は思わず口を閉じる。
確かに彼女は先ほど言っていた。―――死ぬ気で努力しろ、と。
だが正直、それは言葉の綾だと思っていた。
……そうではなかったのだ。
本気だ。
由仁は本気で、死ぬ気で努力することを求めている。
「繰り返しますけど、本気でめざしてる人は、なれなかったら人生に価値なんてないくらいに考えています。だから本気で努力します。24時間365日のすべてを費やして」
「ゆ、由仁ちゃんも……それくらいやったの?」
「当然です」
即答。それだけの努力を積んだ強烈な自負があるからこそ、答えに迷わないのだろう。
……自分はどうだろうか。
「時間がなければつくりました。睡眠時間を削ってでも。食事を断ってでも。学校の5分休みも昼休みも、ひたすら創作のことだけ考えてきました」
もっと使える時間はたくさんあったのではないか。
「お金がなければ、節約するなりラノベ図書館で借りるなりしました。友達の誘いも、ほしかったゲームや洋服も、食べたいものも、ぜんぶ受賞まで我慢しました」
多くの誘惑に負けて、明日から、明日からと、努力を先送りにしてこなかったか。
「いまこの瞬間も、本気の人たちは努力しています。この1分1秒が過ぎるたび、彼らと先輩たちの差は広がっているんです」
自分は努力している、誰よりも努力している……そう思いこんではいなかっただろうか。
「先輩たちは実質1年で受賞という現実離れした目標をかかげています。だからどこかで無理をしなければいけません。ですから、作品と向き合う前に、まず自分と向き合って意識を変えてください。それができないなら諦めてください」
「「……」」
「どうしますか?」
重苦しい沈黙に支配されるテーブル。
だが、淀み漂う緊張感は、すぐに打ち破られた。
「あ、あたしはやるよ! そのために幸太だってがんばってくれたんだし!」
握った両手を正面に構え、力強く宣言する火恋。
その一言、その横顔に―――幸太の心を侵食していた不安や怯えが、綺麗に霧散した。
……そう。いつだって、そうだった。
いつだって幸太は、火恋に力を分けてもらってきた。
それこそ、入学式のときから―――
「い、いや……むしろこちらこそ……」
深々と頭を下げる由仁に釣られて、幸太も頭を下げる。
彼の怒りが爆発した頃、騒ぎを聞きつけた店員がすぐに来てくれたおかげで事は終息。由仁は5分ほどソファで横になると鼻血も収まった。
だが、カーディガンは血まみれで着られなくなったので、今は火恋の着ていたデニムジャケットを借りて肩にかけている。
(そ、それにしても……まさかここまでクソザコ属性な子が現実にいるなんて……)
幸太はちらりとテーブルの端にある火恋の原稿に目を向けた。
彼女は、自ら「魅力がない」と突き放したヒロインのパンチラを思い出した瞬間、コップ2杯ぶんを超える大量の鼻血を吹き散らかすほど興奮してしまったのだ。
「いやーでもびっくりだよー。まさかあたしの書いた作品で鼻血だすほど喜んでくれる人がいるなんて」
当然、火恋も気づいている。先ほどの暴挙もそれ故だ。
「ち、ちがいます! だいたいあんなので興奮するはずないじゃないですか! 今日はたまたま体調が……」
頬を赤く染めながら反論する由仁。もはや認めているも同然の反応でしかない。
「……そ、そんなことより、いいかげん放してくれませんか」
「やだ♪」
満面の笑顔で拒否する火恋。
彼女は今、幸太の隣から由仁の下に席を移していた。膝の上に由仁を乗せ、両腕を彼女の腰にしっかり巻きつけた格好である。
火恋は根っからのかわいいもの好きだ。由仁がちょろかわいいとわかった途端、彼女に対する怯えは吹き飛び、もう愛らしいマスコットにしか見えていないらしい。
それからしばらく「は、はなしてくださいっ」「ふふふ。柔道部からもスカウトされたあたしの力からは逃げられま~い♪」「こ、こんの、ぉ……っ」「ふぅ~♪」「は、ぁっ……み、耳に息かけちゃ……や……ぁ、っ!」「こちょこちょこちょこちょ♪」「わひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」「さわさわさわ♪」「ひ、ぅん! そ……こ、敏感……ら、め……ぇ……」「あ~もうどこいじってもかわいいよぅ♪ このままお持ち帰りした~い♪」などと、二人はもみ合っていた。
一人ぽつんと蚊帳の外に置かれた幸太は、
(か、火恋のヤツ! なんてうらやましいことを! ……い、いやいやそうじゃないそうじゃない! 早くやめさせないと! ……って、っていうか、霧島さんって意外におっきいな……着痩せするタイプなのか……ってだからそうじゃな……あぁ! よ、よだれよだれ! あの霧島さんが事後みたいな顔でよだれ! ってだからそうじゃないっての!)
情欲に翻弄される理性を必死に支え、なんとか平静を保つ。
「あ、あのさ二人とも。周りの迷惑だから、もうちょっと静かに……」
「ふぇ? あーごめんごめん。かわいすぎてつい♪」
ようやっと由仁への悪戯をやめる火恋。言葉とは裏腹に悪びれる様子はない。もちろん由仁を放しもしない。
その後、少し休憩を挟んでから、由仁の講評が再開された。
「……繰り返しですけど、如月先輩のヒロインには深みがありません。外見と内面のテンプレがあるだけです。ツンデレ、金髪ロリ巨乳、ロリババア、全肯定なブラコンの妹、隣校に通う健気な後輩。たしかにそれだけで惹かれる人がたくさんいるのも事実ですけど……なに笑ってるんですか」
「由仁ちゃんが言うと説得力あるね」
「う、うるさいですよ! 真面目に聞いてくださいっ!」
「は~い♪」
もはや立場は完全に逆転していた。
「そ、それで?」
「……確かにテンプレは大事です。でも、単にそのまま使えばいいわけではありません。この点は長月先輩も同じです」
「お、俺も?」
「というか、作品のテンプレ度合いで言えば、長月先輩のほうがひどいです。キャラクターだけじゃなくて、設定もストーリーも構成もデジャブしか感じないほどオリジナリティが欠片もありません。直近の作品なんて、講評でもおおかた『既存作に似すぎ』とか、そんなコメント書かれたんじゃないですか? 10ページ読めば『ああ、あの作品の真似か』ってわかりますから。ラノベで群像劇で新宿に狂人大集合でヒロインが伝説上の存在で主人公の少年が非現実に憧れるって、それどこの『デュ」
「ごめんなさいすみませんホントすみませんそのくらいで勘弁してください……」
図星を突かれに突かれた幸太の頭が、がっくり項垂れる。
「ただ、テンプレが重要なのも確かです。問題はテンプレの組み合わせや見せ方を工夫してないせいで、既存のキャラクターやストーリーと似すぎている点です」
「あ、あの……。一ついいですか?」
そこまで聞いた幸太が、手を挙げて一つの疑問を口にする。
「なんですか?」
「自分でテンプレばっかの作品を書いててなんなんですけど……テンプレってありきたりすぎて、評価が下がるとかないんですか?」
「誰がそう言ってました?」
「え? えっと……」
間髪入れずに切り替えされ、思わず答えに詰まる幸太。
「その……特には……ただなんとなくそう思うっていうか……」
「で、でも、あたしも正直、あんまりテンプレテンプレしてると嫌がられるっていうか、テンプレって飽きられてるんじゃないかなぁ……って思ってたり……」
困惑する幸太が居た堪れなくなったのか、火恋が助け舟を出す。
だが、由仁に容赦はない。リュックから「よいしょ」とノートパソコンを取り出し、一つのファイルを開いた。
「私が受賞前に応募した作品のレビューです」
それはGB文庫のレビューだった。左上にレーダーグラフがあり、残りのスペースに編集者3人分のコメントがみっちり書かれている。
レーダーは文章が4、ストーリーが3、設定と世界観、そしてキャラクターが5、作品ランクは最高のA。結果は4次選考通過―――つまり、最終選考落選。
(……こ、こっちなんて最高でも2しかもらったことないのに……5なんていったいどうやったら取れ……)
圧巻の成績に思わず圧倒される幸太。
「す、すご……」
火恋も思わず驚きを漏らした。
「グラフはいいですから、コメントを読んでください」
由仁に促されて、視線をそちらへ向ける幸太と火恋。
そこには二人にとって意外なコメントが並んでいた。
『キャラクターはお約束ですけど、サブキャラクターまで含めてよく書けています』
『ややテンプレが強いですけど、かわいらしいヒロインをはじめ、みんな魅力的でした』
すべてのコメントが、テンプレのキャラクターを賞賛しているのだ。
「正直、私も最初はテンプレなんてと思っていました。でも、キャラクターの評価が上がらなくて悩んでいたとき、試しにテンプレばかりの作品を送ったんです。結果はこのとおりです」
「「……」」
「ライトノベルで最も重要なのはキャラクターです。ここが3点以下だと、ほかが4点5点でも二次選考すら通過できません。実際、私もキャラクター以外4点以上、キャラクターが3点で、作品ランクAだったにもかかわらず、2次選考で落ちたことがあります」
確たる証拠を突きつけられ、ぐうの音も出ずに黙る幸太と火恋。
「もちろんキャラクターだけに限りません。ストーリーも同じです。定番の展開を王道といいますが、これは誰もが素晴らしいと認めるからこそ、王道と呼ばれるわけです」
「な、なるほど……」
「テンプレや王道は、多くの方が魅力的だと認めています。つまり需要があるということです。いつかテンプレや王道に頼らない作品を書くのは自由ですけど、いまは新人賞だけに集中してください。先のことを考えるなんて、プロになってもいないのに自分の作品がアニメ化されたり同人誌でヒロインがエロいことされるの考えてニヤニヤしたりするようなものです。時間の無駄でしかありません」
「「ふぐぅっ!」」
痛いところを突かれて悶絶する幸太と火恋。
打ちひしがれる二人をよそに、由仁はパソコンの向きを戻すと、
「まぁとにかく、テンプレや王道を使う意識はいいですが、問題は使い方と頻度です。作品全体がテンプレや王道ではいけません。それ以外の見せ方、たとえば何気ない場面を文章力で魅力的に見せる技術なども必要です。そこを補ってもらうためにも、まず作品の魅力とは何かを学ぶことからはじめましょう。そうですね……今日から3日に1冊、休日は1日1冊のペースでライトノベルを読んで、どんな点が・なんで面白いのかをまとめてみてください」
「み、3日で1冊!? そ、それはいくらなんでもペースが急すぎるんじゃ……授業だってあるし……」
思わず声を上げたのは幸太だった。
その一言を聞いた由仁は、紅茶風味のメロンソーダを口にすると、彼を瞳を見据えて、
「先ほど言いましたよね? 死ぬ気で努力してください、って」
「……ッ!」
一切の感情を排した表情と、凍りついた声で、そう言い放った。
静かだが、圧倒的な迫力をもって。
幸太は思わず口を閉じる。
確かに彼女は先ほど言っていた。―――死ぬ気で努力しろ、と。
だが正直、それは言葉の綾だと思っていた。
……そうではなかったのだ。
本気だ。
由仁は本気で、死ぬ気で努力することを求めている。
「繰り返しますけど、本気でめざしてる人は、なれなかったら人生に価値なんてないくらいに考えています。だから本気で努力します。24時間365日のすべてを費やして」
「ゆ、由仁ちゃんも……それくらいやったの?」
「当然です」
即答。それだけの努力を積んだ強烈な自負があるからこそ、答えに迷わないのだろう。
……自分はどうだろうか。
「時間がなければつくりました。睡眠時間を削ってでも。食事を断ってでも。学校の5分休みも昼休みも、ひたすら創作のことだけ考えてきました」
もっと使える時間はたくさんあったのではないか。
「お金がなければ、節約するなりラノベ図書館で借りるなりしました。友達の誘いも、ほしかったゲームや洋服も、食べたいものも、ぜんぶ受賞まで我慢しました」
多くの誘惑に負けて、明日から、明日からと、努力を先送りにしてこなかったか。
「いまこの瞬間も、本気の人たちは努力しています。この1分1秒が過ぎるたび、彼らと先輩たちの差は広がっているんです」
自分は努力している、誰よりも努力している……そう思いこんではいなかっただろうか。
「先輩たちは実質1年で受賞という現実離れした目標をかかげています。だからどこかで無理をしなければいけません。ですから、作品と向き合う前に、まず自分と向き合って意識を変えてください。それができないなら諦めてください」
「「……」」
「どうしますか?」
重苦しい沈黙に支配されるテーブル。
だが、淀み漂う緊張感は、すぐに打ち破られた。
「あ、あたしはやるよ! そのために幸太だってがんばってくれたんだし!」
握った両手を正面に構え、力強く宣言する火恋。
その一言、その横顔に―――幸太の心を侵食していた不安や怯えが、綺麗に霧散した。
……そう。いつだって、そうだった。
いつだって幸太は、火恋に力を分けてもらってきた。
それこそ、入学式のときから―――