本編
(返事はいますぐでなくともかまいません。とりあえずこれからイグニスへ戻りますので、そのあとであなたの気持ちを教えてください)
救出された翌日。大和はレイナの船の一室で、悶々と考えこんでいた。
(レイナさんの参謀として戦争に協力……)
昨日、ゲームの一件で自分を海戦に精通した人物と勘違いした彼女は、自国の戦争に参謀として協力してくれと大和に頼んできた。かわりに生活の面倒を見てくれるという魅力的な交換条件で。
(……でも、なぁ)
だが、それでも大和は決心できずにいた。
理由はもちろん、その条件だ。
―――戦争に協力する。
それはつまり、死ぬかもしれないということだ。その恐怖のほどは正直ピンとこないが、それでも漠然とした不安に胸が苦しくなる。
(それに、もし協力したとして、僕に参謀役が務まるなんて思えない。あれはゲームだからロジックが分かってれば勝てる……でも、実際の海戦はそんなに甘くないはずだし。持ってる知識だって、専門書を噛じった程度だし……)
狭い寝台の上を左右に転がりながら、見えない答えを探し続ける大和。
―――やがて外がいつの間にか宵時を迎えたころ、部屋の扉がノックされた。誰かと思って開けると、立っていたのはティオだ。その表情はなぜか、どことなく暗い。
「ティオさん。どうしたんですか?」
「……レイナさまが呼んでる。来て」
「レイナさんが?」
こんな時間になんの用だろうか……。
ティオについて艦長室へ向かい、中へ入ると、レイナは執務机に向かっていた。だが、仕事をしているのではなく、相変わらずタブレットを握っている。
その眼は真っ赤に充血しており、薄っすらと隈までできていた。
(……ゲ、ゲーム廃人みたいな顔してる)
昨日の清楚で可憐な面影とのギャップに愕然とする大和。
「……あ、ヤマトさん……おそかったじゃないですか……」
彼の入室に気づいたレイナがゆっくりと立ち上がる。その足取りはかなり怪しい。
「さっそくなんですけど、これどうにかしてください……いきなり黒一色に染まってしまって……」
「レ、レイナさん、大丈夫ですか? 疲れ切ってますけど……それに目、真っ赤ですし、隈できてますよ?」
「わたしのことはいいんです……それよりこちらを……」
「い、いや、どう見たってレイナさんの方がマズい……」
「だからわたしのことはどうでもいいんです! それよりこれをどうにかしてくださいっ!」
「は、はいぃぃッッッ!」
慌ててレイナからタブレットを受け取る大和。まさかここまでゲームにハマるとは……大和の世界でもこれほどの廃人は珍しい。
(……そりゃ、上司がいきなりこんなに豹変したら戸惑うよな……)
ティオの表情が暗かった理由を察しながら、仕方なく言われた通りタブレットを確認する。もしかして壊したのかと思ったが、不調の原因はすぐに分かった。
「あー、充電……いや、えっと……燃料切れですね。これを動かす燃料がなくなってしまったんです」
「……ね、ねんりょうがなくなった? どうすればいいんですか?」
縋りつきながら赤ん坊のような声で懇願してくるレイナに、大和は少しどきりとした。
「え、えっと……ちょっとかわった燃料なんで、少なくともいますぐには……」
「どうすればうごくんですか?」
「い、いや、だからいますぐには……」
「どうすればうごくのかときいてるんです!」
「ひぃぃぃッッ!?」
催促するように大和の体を何度も激しく前後に揺するレイナ。次第に頭がガンガン痛んできた。急いで充電を復活させないと、こちらが死んでしまう。
「え、えっと……雷みたいな燃料を使ってるんで、なんかそれっぽいものがあれば……」
苦し紛れに答える大和。しかし、この世界に電気などあるわけがない。
―――が、
「……雷? 雷があればいいんですか?」
そんな大和の予想に反して、レイナは彼を揺するのをピタリと止めた。
「へっ? ……い、いや、あんまり強すぎるのはこれ自体が壊れるのでダメですけど……まぁ、本当に微弱なものだったら、もしかしたら……」
レイナの機嫌を損ねないように建前の回答を取り繕う大和。もちろんこれは嘘だ。実際に雷を叩きこんでタブレットが無事に済むわけがない。
「……それなら」
しかし、なにを考えているのか、レイナは大和の手からタブレットを乱暴に奪う。そして、彼の隣に立つティオに向かってずいと突き出した。
「ティオ。これに雷をはなってください」
「……これに?」
「しんちょうにおねがいします。……こわしたらしょうちしませんよ」
「……は、はい」
脅迫じみた指示に怯えながらレイナからタブレットを受け取るティオ。彼女はそれを両手でしっかり握ると、静かに瞳を閉じた。
いったいなにが始まるのか……。
そんな大和の疑問は、一瞬で驚きに変わった。
「……えっ?」
直後、タブレットのディスプレイが点灯。充電が復活したのだ。
「う、うっそぉぉ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げる大和。
「ふ、ふふ……せいこうですね。ティオにはわずかですが、雷光系のマナがやどっているんです。カタリナさんみたいにじっせんでつかえるれべるではありませんが……こんかいはそれがさいわいしましたね……ふ、ふふ、ふふふ……」
怪しい笑いを浮かべながら勝ち誇るレイナ。
「あ。でも、まだ燃料がちょっとしかないので、すぐ切れちゃいます。ここの筒がいっぱいになるまでは燃料をためる必要があるので」
「む……そうなんですか……。ではティオ、そのつつとやらがいっぱいになるまで、それをもっていてください。わたしはすこしよこになるので、おわったらおこして……」
そうティオに告げると、レイナはソファの一つに顔面からつっこみ、五秒と経たずに寝息を立て始めた。もはや限界だったのだろう。
死んだように眠り出した彼女を呆然と見下ろす大和。ティオはゲーム廃人と化した主人の命令を忠実に守り、小さな両手にタブレットを持ったまま、向かいのソファに腰を下ろした。
「……た、大変ですね」
上司の我がままで人間発電機と化した健気な少女に、大和はそう言わずにはいられなかった。
―――その日の深夜。
たまたま目を覚ました大和が、ふと心配になって艦長室のほうへ向かうと、扉の隅から薄っすらと灯りが漏れていた。
まさかと思い、扉を慎重に薄く開けてなかを確認すると……、
そこには案の定、執務机でタブレットを握り締めながら薄すら嗤いを浮かべる廃人レイナの姿があった。
(……ダメだこりゃ)
救出された翌日。大和はレイナの船の一室で、悶々と考えこんでいた。
(レイナさんの参謀として戦争に協力……)
昨日、ゲームの一件で自分を海戦に精通した人物と勘違いした彼女は、自国の戦争に参謀として協力してくれと大和に頼んできた。かわりに生活の面倒を見てくれるという魅力的な交換条件で。
(……でも、なぁ)
だが、それでも大和は決心できずにいた。
理由はもちろん、その条件だ。
―――戦争に協力する。
それはつまり、死ぬかもしれないということだ。その恐怖のほどは正直ピンとこないが、それでも漠然とした不安に胸が苦しくなる。
(それに、もし協力したとして、僕に参謀役が務まるなんて思えない。あれはゲームだからロジックが分かってれば勝てる……でも、実際の海戦はそんなに甘くないはずだし。持ってる知識だって、専門書を噛じった程度だし……)
狭い寝台の上を左右に転がりながら、見えない答えを探し続ける大和。
―――やがて外がいつの間にか宵時を迎えたころ、部屋の扉がノックされた。誰かと思って開けると、立っていたのはティオだ。その表情はなぜか、どことなく暗い。
「ティオさん。どうしたんですか?」
「……レイナさまが呼んでる。来て」
「レイナさんが?」
こんな時間になんの用だろうか……。
ティオについて艦長室へ向かい、中へ入ると、レイナは執務机に向かっていた。だが、仕事をしているのではなく、相変わらずタブレットを握っている。
その眼は真っ赤に充血しており、薄っすらと隈までできていた。
(……ゲ、ゲーム廃人みたいな顔してる)
昨日の清楚で可憐な面影とのギャップに愕然とする大和。
「……あ、ヤマトさん……おそかったじゃないですか……」
彼の入室に気づいたレイナがゆっくりと立ち上がる。その足取りはかなり怪しい。
「さっそくなんですけど、これどうにかしてください……いきなり黒一色に染まってしまって……」
「レ、レイナさん、大丈夫ですか? 疲れ切ってますけど……それに目、真っ赤ですし、隈できてますよ?」
「わたしのことはいいんです……それよりこちらを……」
「い、いや、どう見たってレイナさんの方がマズい……」
「だからわたしのことはどうでもいいんです! それよりこれをどうにかしてくださいっ!」
「は、はいぃぃッッッ!」
慌ててレイナからタブレットを受け取る大和。まさかここまでゲームにハマるとは……大和の世界でもこれほどの廃人は珍しい。
(……そりゃ、上司がいきなりこんなに豹変したら戸惑うよな……)
ティオの表情が暗かった理由を察しながら、仕方なく言われた通りタブレットを確認する。もしかして壊したのかと思ったが、不調の原因はすぐに分かった。
「あー、充電……いや、えっと……燃料切れですね。これを動かす燃料がなくなってしまったんです」
「……ね、ねんりょうがなくなった? どうすればいいんですか?」
縋りつきながら赤ん坊のような声で懇願してくるレイナに、大和は少しどきりとした。
「え、えっと……ちょっとかわった燃料なんで、少なくともいますぐには……」
「どうすればうごくんですか?」
「い、いや、だからいますぐには……」
「どうすればうごくのかときいてるんです!」
「ひぃぃぃッッ!?」
催促するように大和の体を何度も激しく前後に揺するレイナ。次第に頭がガンガン痛んできた。急いで充電を復活させないと、こちらが死んでしまう。
「え、えっと……雷みたいな燃料を使ってるんで、なんかそれっぽいものがあれば……」
苦し紛れに答える大和。しかし、この世界に電気などあるわけがない。
―――が、
「……雷? 雷があればいいんですか?」
そんな大和の予想に反して、レイナは彼を揺するのをピタリと止めた。
「へっ? ……い、いや、あんまり強すぎるのはこれ自体が壊れるのでダメですけど……まぁ、本当に微弱なものだったら、もしかしたら……」
レイナの機嫌を損ねないように建前の回答を取り繕う大和。もちろんこれは嘘だ。実際に雷を叩きこんでタブレットが無事に済むわけがない。
「……それなら」
しかし、なにを考えているのか、レイナは大和の手からタブレットを乱暴に奪う。そして、彼の隣に立つティオに向かってずいと突き出した。
「ティオ。これに雷をはなってください」
「……これに?」
「しんちょうにおねがいします。……こわしたらしょうちしませんよ」
「……は、はい」
脅迫じみた指示に怯えながらレイナからタブレットを受け取るティオ。彼女はそれを両手でしっかり握ると、静かに瞳を閉じた。
いったいなにが始まるのか……。
そんな大和の疑問は、一瞬で驚きに変わった。
「……えっ?」
直後、タブレットのディスプレイが点灯。充電が復活したのだ。
「う、うっそぉぉ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げる大和。
「ふ、ふふ……せいこうですね。ティオにはわずかですが、雷光系のマナがやどっているんです。カタリナさんみたいにじっせんでつかえるれべるではありませんが……こんかいはそれがさいわいしましたね……ふ、ふふ、ふふふ……」
怪しい笑いを浮かべながら勝ち誇るレイナ。
「あ。でも、まだ燃料がちょっとしかないので、すぐ切れちゃいます。ここの筒がいっぱいになるまでは燃料をためる必要があるので」
「む……そうなんですか……。ではティオ、そのつつとやらがいっぱいになるまで、それをもっていてください。わたしはすこしよこになるので、おわったらおこして……」
そうティオに告げると、レイナはソファの一つに顔面からつっこみ、五秒と経たずに寝息を立て始めた。もはや限界だったのだろう。
死んだように眠り出した彼女を呆然と見下ろす大和。ティオはゲーム廃人と化した主人の命令を忠実に守り、小さな両手にタブレットを持ったまま、向かいのソファに腰を下ろした。
「……た、大変ですね」
上司の我がままで人間発電機と化した健気な少女に、大和はそう言わずにはいられなかった。
―――その日の深夜。
たまたま目を覚ました大和が、ふと心配になって艦長室のほうへ向かうと、扉の隅から薄っすらと灯りが漏れていた。
まさかと思い、扉を慎重に薄く開けてなかを確認すると……、
そこには案の定、執務机でタブレットを握り締めながら薄すら嗤いを浮かべる廃人レイナの姿があった。
(……ダメだこりゃ)