本編
大和はレイナからタブレットを受け取り、まずゲームの戦況を確認した。
彼女が選んだ国はイングランド。そんな同国では現在、交戦中のフランス海軍によって商船が拿捕・破壊されるという事件が相次いでいた。プレイヤーはその対応を課せられているという状況だ。ちなみに両国の海軍力は互角。
次に大和は、レイナのプレー履歴を覗いてみた。
このゲームには「航海日誌」というメニューがあり、ここには過去のプレー内容が五〇件まで記録されている。
履歴が開かれると、そこには散々な結果が並んでいた。
本人の言う通り、レイナは戦隊を方々へ散らして敵を捜索、見つけ次第、撃滅するという戦略を繰り返していた。
ほぼ毎回そんな内容で、異なるのは索敵位置くらいだ。そこに彼女がいう「定石」があったのだろうが。
ただ、それでは無理だと気づいたらしく、最終一三戦目には作戦を切り替えている。
しかし、それも「可能な限りの全戦力をフランス北岸へ集結・突撃させ、敵海軍そのものを撃滅する」というとんでもないものだった。結果、逆に敵戦隊に本土侵攻を許すという最も悲惨な結末を迎えていた。
そこで大和は、まず「作戦行動」メニューから「艦隊配置」のアイコンを選択。そしてイギリス海峡の入口とバルト海の入口に中規模の、そのあいだを埋めるように小規模の戦隊を配置する。ちょうどイングランド南岸の西端から東端までを覆うような布陣だ。
「なぜ戦隊を分散させるんですか? 戦力の集中が海戦の基本では?」
「僕のせか……あ、いや、僕の国では、これも集中の一つの形なんです」
実際にはコーベットというイングランドの海軍史家の受け売りだが。
そんな大和の言葉に、レイナは眉間をしかめた。
「分散が集中? どういうことですか?」
「僕の国では、集中には三段階あるんです。まず最初に、海軍を一ヵ所に集める意味での集中、これは『集合』と言います。次に、集めた海軍をそれぞれの作戦海域に配備する意味での集中、これは文字通りの『集中』ですね。そして最後に、配備した戦隊が敵に攻撃をしかけるために戦力を結集する意味での集中、これは『集結』です」
かつて読んだ本の内容をさらうように、流暢に説明する大和。
「ちょっと待ってください。戦隊の配備は『集中』ではなく『分散』ですよね?」
しかし、レイナはどうにも納得いかない様子だ。食ってかかるようにもっともな疑問を口にする。
「たしかに戦術的にはそうです。ですが、戦略的に見ればこれも立派な集中なんです」
「……どういうことですか?」
大和は一度のどを鳴らしてから、得意気に説明を始める。
「この二段階目の『集中』で大事なのは、互いに連携を取り合える距離をたもって戦隊を分散させることです。それを忘れると、これはレイナさんの言う通り、ただの『分散』でしかありません。ですが、互いに連携を取り合える、分かりやすく言うと連絡を取り合えるなら、話が変わります」
「なぜですか?」
「ある戦隊が敵を発見したとき、それを周りの戦隊に知らせて助けを求められるからです。それで仲間が駆けつけて、敵の前に戦力を『集結』できます」
「……つまり、普段は戦隊を分散させて広く守って、いざ敵が現れたら近くの戦隊に声をかけて敵の前に戦力を『集結』させるということですか?」
「そういうことです。僕の国では、戦隊は普段から『集結』している必要はなくて、決戦のときにのみ『集結』していれば良いという考え方なんです。そうすればより広い範囲の海を監視できますから」
「……理屈は分かりましたけど、そう上手くいくものですか?」
だが、訝しむレイナの予想に反して、結果は大和の狙い通りになった。
イングランド海軍が通商破壊に対処するために分散したと勘違いしたフランスは、北岸に主力を集めて本土侵攻を画策。しかしその出港直後、どこからともなく「集結」したイングランド海軍が目の前に立ちはだかって大打撃を与え、撤退に追いこんでみせたのだ。
(まぁゲームだから、ロジックが合ってさえいれば絶対に成功するんだけど)
しかし、そんな理屈を知らないレイナには驚きしかなかったようだ。作戦完了の画面を見つめたまま黙りこんでいる。
「……あなた、いったい何者なんですか?」
やがて、その目が再び鋭く光った。
彼女の一言に大和は、はっと我に返る。
(や、やば……つい調子に乗って……)
この手の話ができる知人などいなかった大和は、つい楽しくなってしまい、話しすぎてしまっていた。しかし普通に考えて、軍人である彼女より軍略に精通した海難者など怪しすぎる。
「い、いや……よく覚えてませんけど、たぶん違う気が……父親がそうだったとかじゃないです、かね……は、はは……」
「……」
慌てて記憶喪失設定を再実装する大和。
そんな彼をレイナは睨んでいたが―――ふと、なにか閃いたかのように両目を見開いた。
「ヤマトさんは、これからどうされるのか、当てはあるんですか?」
「? いえ、特には……。とりあえず国に帰る方法を探したいな、とだけしか……」
「そうですか。……でしたら、ヤマトさん。私の屋敷に来ませんか? あなたの記憶が戻って国へ戻れる日が来るまで、私の家で生活を保障して差し上げます」
「え、ホントですか!?」
「ええ、本当です」
思わぬ嬉しい提案に、大和は即断で応じかけた。
……が。
「ただし、条件があります」
「……条件?」
その言葉に、どことなく不穏な空気を感じる大和。
「はい。ですが、ヤマトさんにとっては、おそらくたいしたことではありません」
「……な、なんですか?」
恐る恐る尋ねる。
そして、レイナが提示した条件は予想通り―――およそ彼の手には負えないものだった。
「私の戦隊の参謀長として、戦争に協力してください」
彼女が選んだ国はイングランド。そんな同国では現在、交戦中のフランス海軍によって商船が拿捕・破壊されるという事件が相次いでいた。プレイヤーはその対応を課せられているという状況だ。ちなみに両国の海軍力は互角。
次に大和は、レイナのプレー履歴を覗いてみた。
このゲームには「航海日誌」というメニューがあり、ここには過去のプレー内容が五〇件まで記録されている。
履歴が開かれると、そこには散々な結果が並んでいた。
本人の言う通り、レイナは戦隊を方々へ散らして敵を捜索、見つけ次第、撃滅するという戦略を繰り返していた。
ほぼ毎回そんな内容で、異なるのは索敵位置くらいだ。そこに彼女がいう「定石」があったのだろうが。
ただ、それでは無理だと気づいたらしく、最終一三戦目には作戦を切り替えている。
しかし、それも「可能な限りの全戦力をフランス北岸へ集結・突撃させ、敵海軍そのものを撃滅する」というとんでもないものだった。結果、逆に敵戦隊に本土侵攻を許すという最も悲惨な結末を迎えていた。
そこで大和は、まず「作戦行動」メニューから「艦隊配置」のアイコンを選択。そしてイギリス海峡の入口とバルト海の入口に中規模の、そのあいだを埋めるように小規模の戦隊を配置する。ちょうどイングランド南岸の西端から東端までを覆うような布陣だ。
「なぜ戦隊を分散させるんですか? 戦力の集中が海戦の基本では?」
「僕のせか……あ、いや、僕の国では、これも集中の一つの形なんです」
実際にはコーベットというイングランドの海軍史家の受け売りだが。
そんな大和の言葉に、レイナは眉間をしかめた。
「分散が集中? どういうことですか?」
「僕の国では、集中には三段階あるんです。まず最初に、海軍を一ヵ所に集める意味での集中、これは『集合』と言います。次に、集めた海軍をそれぞれの作戦海域に配備する意味での集中、これは文字通りの『集中』ですね。そして最後に、配備した戦隊が敵に攻撃をしかけるために戦力を結集する意味での集中、これは『集結』です」
かつて読んだ本の内容をさらうように、流暢に説明する大和。
「ちょっと待ってください。戦隊の配備は『集中』ではなく『分散』ですよね?」
しかし、レイナはどうにも納得いかない様子だ。食ってかかるようにもっともな疑問を口にする。
「たしかに戦術的にはそうです。ですが、戦略的に見ればこれも立派な集中なんです」
「……どういうことですか?」
大和は一度のどを鳴らしてから、得意気に説明を始める。
「この二段階目の『集中』で大事なのは、互いに連携を取り合える距離をたもって戦隊を分散させることです。それを忘れると、これはレイナさんの言う通り、ただの『分散』でしかありません。ですが、互いに連携を取り合える、分かりやすく言うと連絡を取り合えるなら、話が変わります」
「なぜですか?」
「ある戦隊が敵を発見したとき、それを周りの戦隊に知らせて助けを求められるからです。それで仲間が駆けつけて、敵の前に戦力を『集結』できます」
「……つまり、普段は戦隊を分散させて広く守って、いざ敵が現れたら近くの戦隊に声をかけて敵の前に戦力を『集結』させるということですか?」
「そういうことです。僕の国では、戦隊は普段から『集結』している必要はなくて、決戦のときにのみ『集結』していれば良いという考え方なんです。そうすればより広い範囲の海を監視できますから」
「……理屈は分かりましたけど、そう上手くいくものですか?」
だが、訝しむレイナの予想に反して、結果は大和の狙い通りになった。
イングランド海軍が通商破壊に対処するために分散したと勘違いしたフランスは、北岸に主力を集めて本土侵攻を画策。しかしその出港直後、どこからともなく「集結」したイングランド海軍が目の前に立ちはだかって大打撃を与え、撤退に追いこんでみせたのだ。
(まぁゲームだから、ロジックが合ってさえいれば絶対に成功するんだけど)
しかし、そんな理屈を知らないレイナには驚きしかなかったようだ。作戦完了の画面を見つめたまま黙りこんでいる。
「……あなた、いったい何者なんですか?」
やがて、その目が再び鋭く光った。
彼女の一言に大和は、はっと我に返る。
(や、やば……つい調子に乗って……)
この手の話ができる知人などいなかった大和は、つい楽しくなってしまい、話しすぎてしまっていた。しかし普通に考えて、軍人である彼女より軍略に精通した海難者など怪しすぎる。
「い、いや……よく覚えてませんけど、たぶん違う気が……父親がそうだったとかじゃないです、かね……は、はは……」
「……」
慌てて記憶喪失設定を再実装する大和。
そんな彼をレイナは睨んでいたが―――ふと、なにか閃いたかのように両目を見開いた。
「ヤマトさんは、これからどうされるのか、当てはあるんですか?」
「? いえ、特には……。とりあえず国に帰る方法を探したいな、とだけしか……」
「そうですか。……でしたら、ヤマトさん。私の屋敷に来ませんか? あなたの記憶が戻って国へ戻れる日が来るまで、私の家で生活を保障して差し上げます」
「え、ホントですか!?」
「ええ、本当です」
思わぬ嬉しい提案に、大和は即断で応じかけた。
……が。
「ただし、条件があります」
「……条件?」
その言葉に、どことなく不穏な空気を感じる大和。
「はい。ですが、ヤマトさんにとっては、おそらくたいしたことではありません」
「……な、なんですか?」
恐る恐る尋ねる。
そして、レイナが提示した条件は予想通り―――およそ彼の手には負えないものだった。
「私の戦隊の参謀長として、戦争に協力してください」