本編
グランディアとインペリウムの戦争は、一年に及ぶ激戦ののち講和条約が結ばれて和睦と相成った。両国ともに度重なる戦で疲弊を極めており、これ以上の戦闘は困難と判断したのだ。ちなみに講和内容は互いに占領した領土の交換。開戦前の状況に復帰したというわけだ。
講和の決定的な一打となったのは、大和が最後に進言した戦術だった。白鯨との一戦の後、イグニス陸軍は無事にインペリウム東岸より上陸し、同国陸軍へ合同。これによりインペリウムが戦況を徐々に盛り返した。さらに第一一戦隊がヴィオーレ水道へ入り、デニス海のグランディア海軍をインペリウム海軍と挟撃し、この一部を撃破。グランディア海軍がほぼ手中に収めていたデニス海の制海を、再び争奪状態に戻すことに成功した。
結果、戦争はいっそう長期戦の様相を見せ始め、最終的にグランディア側が講和を申し出た。イグニス海軍にリディア海を封鎖されている以上、長期戦では勝ち目がない。圧倒的敗北を喫する前に和睦へ踏み切ったというわけだ。
白鯨との一戦後、大和の決死の救出が実を結び、レイナはなんとか一命を取り留めた。そのまますぐ陸軍と共にインペリウムへ上陸し、同国の回癒系上級魔道士によって治療してもらったため、次の日にはすっかり回復。デニス海の攻略戦へ協力するため、しばらく同国に滞在したあと、終戦を待ってからイグニスへ帰還した。
その帰国の直前、意外な出来事があった。白鯨の前に遭遇したグランディアのツィーロン戦隊が亡命を申し出てきたのだ。どうやら彼女たちは国を捨ててきたらしかった。
レイナはその申し出を受け入れ、彼らをイグニスまで連れていくことにした。ちなみに大陸の東の海域へ出てきたのは大和たちの作戦を読んだからではなく、単に西から逃げることができないから東へ向かった結果らしかった。
―――そして大和は、終戦後も変わらずレイナの屋敷の世話になっている。
*
「……じゃあ、ギルヴァンティのときもケープサンドのときも、あの女じゃなくてあんたが作戦を考えたのか?」
「ま、まぁ……」
シャルンホルスト家の庭の一角。整えられた芝生の上に大和は座っていた。
その隣にはグランディアから亡命してきた元ツィーロン戦隊・分隊長のジャンヌが胡座をかいている。亡命者たちはいま海軍の空いている寄宿舎などで暫定的に暮らしているが、ジャンヌだけはレイナの屋敷に居候していた。
その理由は大和にあった。自らを苦しめた軍略家の正体がレイナではなく大和だと知ったジャンヌは、しきりに彼と話したがったのだ。昨日までは白鯨との一戦で負った右脚の怪我で安静を余儀なくされていたが、ようやく動けるようになった今日、早速こうして呼び出された。
「ケープサンドのときはギルヴァンティのときみたいに策を打ってこなかったが、あれはなんでだ?」
「いえ、特になにも思いつかなかっただけです。そもそもグランディア海軍が待ってる可能性は低いと思ってたんで……あとから考えると、僕の国にも似たような遠隔兵器があったのを思い出しましたけど」
「遠隔兵器?」
「機雷といって、海中にガネット石みたいなのを沈めておいて、敵の船が通りかかったら自動で爆発するんです。主に防衛用の兵器ですね」
「キライ? 聴いたことないが……自動で爆発ってのは面白いな。……あと、そうだ。面白いと言えば、あの白鯨の一戦だ。あのときいったいどうやってインペリウムの東へやってきたんだ? 南はグランディアが押さえていたし、北は流氷で通れなかったはずだ」
「あれは西へ行ったんです」
「……は? 西?」
「はい、西です」
「……西?」
「西です」
「馬鹿にすんな」
「いいいいい痛い痛い痛い痛い! 馬鹿になんてしてないです!」
アームロックのように顔面を右手で拘束される大和。そのあまりの怪力ぶりに苦悶の表情を浮かべて悲鳴を上げる。
「じゃあいったいどういう理屈なんだ? 説明しろ!」
「え、えっと……信じてもらえないでしょうけど……実はこの世界は、球体なんです。だから西に走り続けていると、いつか必ず東に出るんです」
「……………………は?」
「で、ですよねぇ?」
苦笑いでごまかす大和。
「この世界が球体だと? じゃあなんで私たちはこうして普通に立っているんだ。球体ならいまごろ滑り落ちているはずだろ。海水だって零れ落ちる」
「ま、まぁそう思いますよね……とりあえずそういうものだと思ってください」
「……ほ、本当にこの世界は球体なのか? じゃあ『創海記』は間違っているってことか? いったいどこでそんな知識を手に入れたんだ?」
ずいと体を寄せて答えを迫ってくるジャンヌ。異性と手を握るだけで鼓動が高鳴る大和にその行為は刺激的すぎたのか、堪らずにどぎまぎし始める。
「さ、さぁ……それは僕にもさっぱり……」
「なにをされているんですか?」
そこへ助け舟を出すように、レイナとティオが近づいてきた。二人はジャンヌたちの処遇の件で海軍支部へ出向いていたのだが、どうやらもう終わったようだ。
「あ、レイナさん。どうでした?」
ジャンヌから逃げるように話題を切り替える大和。
「はい。住まいについては当面、宿舎の空き部屋を使ってもらうとのことです。あとフレイアさんとしては、ご本人たちがよろしければ、まるごと戦隊として編入してもらいたいとのことでした。そうでなければ、ほかで働いてもらう必要がありますね。まぁ海軍は工廠も港湾業務も常に人不足ですから、仕事に困ることはないと思いますが……どうしますか?」
「私はべつに構わない。いまさら普通に働くことなんざできないからな。ほかのクルーは訊いてみないと分からないが、まぁ全員、戦隊に残るだろう。イグニスの言葉が分かるやつは少ないからな」
「分かりました。では、いったんそのように伝えておきます」
「ああ。……で、話のつづきだが、いったいどこであんな知識を手に入れたんだ?」
レイナとの話が終わると、ジャンヌは再び大和に体を寄せて食ってかかる。
「い、いやだから、覚えてなくて……」
「いったいなんの話ですか?」
「ああ、あんたはもうあっち行っていいよ。お疲れ」
ジャンヌが鬱陶しがるように手を振った。それにレイナがカチンと来たのか、
「な、なんですかその言い草は!」
途端に激高する。だが、ジャンヌはまるで意に介さない。
「うるさいやつだなぁ……私はいまこいつと話してんだ。あんたの用は終わったんだろ? いいとこなんだから邪魔しないでくれ。……ほら、さっさと答えろ! 覚えていないなんて言い訳、通用しないからな!」
「いや、ほんとに覚えてないんですって!」
困り果てる大和に、なおも迫るジャンヌ。
そんな二人の様子をわなわなと睨んでいたレイナだったが、ついに怒りが爆発したのか、いきなり大和の腕をつかむと強引に引っ張ってどこかへ連れて行こうとした。
「ヤマトさん! 勉強です! 部屋に行きましょう! 一ヶ月以上も放置したんですからいますぐやりますよ!」
「え、あの、ちょ! レイナさん!?」
「おい! 勝手なことするな!」
「あなたに言われたくありません!」
途端にぎゃあぎゃあ言い争い始める二人。互いにかなり喧嘩腰だ。だが、大和には、ジャンヌはともかくレイナがここまで感情を露わにしたのが凄く意外だった。
二人の横で呆然と立ち尽くしていると、ティオがその理由をぼそっと教えてくれた。
「……対立するマナを持ってる人同士はこうなりやすい。お互い自分の嫌いなマナが飛んできて無意識のうちにイライラするから。あと、マナの量が多い人同士だとお互いに飛んでくる量も多いから、余計にこうなりやすい……」
「そ、そうなんですか……」
「邪魔するわよ」
ティオの説明に大和が苦笑いを浮かべていると、タイミング悪く来訪者がやってきた。―――意外な来訪者が。
(ク、クローディアさん?)
レイナをライバル視している第七戦隊・提督のクローディアだ。彼女はすたすたと躊躇なく四人のほうへ近づいてきて、大和とティオの隣に立った。
「……レイナのやつに用があったんだけど……なんなの、あれ?」
激しく言い争うレイナとジャンヌを呆れた風に睨みながら尋ねるクローディア。
「さ、さぁ……」
「……ふん、まあいいわ。じゃあ、あんたからでいいからレイナに伝えといて」
「な、なんですか?」
「エルヴィンの軍法裁判は却下されたわ」
「え? 却下? なんで?」
唐突な報告に大和は思わず身を乗り出す。隣のティオもぽかんとしていた。
「エルヴィンのやつが仕組んだことだって分かったのよ。あそこの女の証言でね」
「ジャンヌさんの?」
「エルヴィンのやつが言った通り、こっちの戦略を事前にグランディア側へ漏らしたやつは確かにいたのよ。その相手があそこの女で、漏らしたのはエルヴィン自身。レイナのやつを罠にはめて自分が救出することで評価を稼いで、ついでにレイナを海軍から追放するためにね。でも、エルヴィンの声を覚えていたあそこの女にその正体を暴露された。さすがにあの女が亡命してくるなんて思ってなかったんでしょ」
「そうだった、んですか……」
まさか味方の裏切りだったとは思わなかった大和は、その事実に少なからず驚いた。昔から利権や評価目的で司令官の令に背いた海軍人がいたことは本を通して知っていたが、まさか自分が目にすることになるとは。
「話はそれだけ。じゃあ、頼んだわよ」
報告を終えるとあっさり踵を返すクローディア。
「あ、あの」
その脚を大和が止める。
「なによ」
振り返ったクローディアの強面を前に思わず怯んでしまう大和。だが彼には、どうしても彼女に尋ねておきたいことが一つあった。
「……あの軍法裁判のとき、あなたはなんでレイナさんをかばったんですか?」
そう。それがずっと気になっていた。あれだけレイナに敵意剥き出しだった彼女が、あそこでレイナを守る理由が大和にはどうしても分からなかったのだ。
「勘違いしないで」
だが、そんな大和の予想に反して、クローディアは即答で彼の言葉を否定する。
「私は私の名誉を守っただけよ。国賊なんかを目の敵にしてたなんてことになったら末代までの恥だわ。レイナがどうなろうと、私の知ったことじゃない。―――二度と変なこと訊くんじゃないわよ」
そう、まるでツンデレのテンプレのような台詞を言い残すと、クローディアはさっさと屋敷を後にした。もっとも、照れ隠しということもなさそうだったので、おそらくは本心なのだろう。
(……まぁでも、おかげでレイナさんは無事だったわけだし……心底嫌ってるって風でもないのかな)
大和は再び後ろを振り返る。
そこまで言い合うことがあるのか、レイナとジャンヌはまだ言い争っていた。
まるでこどもの喧嘩のように。
(……ま、まぁ、これも平和な証拠か)
なにはともあれ、すべては丸く収まったのだ。
それで良しとしよう。
大和はそう納得することにした。
……元の世界へ戻る方法は、当分見つからなそうだが。
講和の決定的な一打となったのは、大和が最後に進言した戦術だった。白鯨との一戦の後、イグニス陸軍は無事にインペリウム東岸より上陸し、同国陸軍へ合同。これによりインペリウムが戦況を徐々に盛り返した。さらに第一一戦隊がヴィオーレ水道へ入り、デニス海のグランディア海軍をインペリウム海軍と挟撃し、この一部を撃破。グランディア海軍がほぼ手中に収めていたデニス海の制海を、再び争奪状態に戻すことに成功した。
結果、戦争はいっそう長期戦の様相を見せ始め、最終的にグランディア側が講和を申し出た。イグニス海軍にリディア海を封鎖されている以上、長期戦では勝ち目がない。圧倒的敗北を喫する前に和睦へ踏み切ったというわけだ。
白鯨との一戦後、大和の決死の救出が実を結び、レイナはなんとか一命を取り留めた。そのまますぐ陸軍と共にインペリウムへ上陸し、同国の回癒系上級魔道士によって治療してもらったため、次の日にはすっかり回復。デニス海の攻略戦へ協力するため、しばらく同国に滞在したあと、終戦を待ってからイグニスへ帰還した。
その帰国の直前、意外な出来事があった。白鯨の前に遭遇したグランディアのツィーロン戦隊が亡命を申し出てきたのだ。どうやら彼女たちは国を捨ててきたらしかった。
レイナはその申し出を受け入れ、彼らをイグニスまで連れていくことにした。ちなみに大陸の東の海域へ出てきたのは大和たちの作戦を読んだからではなく、単に西から逃げることができないから東へ向かった結果らしかった。
―――そして大和は、終戦後も変わらずレイナの屋敷の世話になっている。
*
「……じゃあ、ギルヴァンティのときもケープサンドのときも、あの女じゃなくてあんたが作戦を考えたのか?」
「ま、まぁ……」
シャルンホルスト家の庭の一角。整えられた芝生の上に大和は座っていた。
その隣にはグランディアから亡命してきた元ツィーロン戦隊・分隊長のジャンヌが胡座をかいている。亡命者たちはいま海軍の空いている寄宿舎などで暫定的に暮らしているが、ジャンヌだけはレイナの屋敷に居候していた。
その理由は大和にあった。自らを苦しめた軍略家の正体がレイナではなく大和だと知ったジャンヌは、しきりに彼と話したがったのだ。昨日までは白鯨との一戦で負った右脚の怪我で安静を余儀なくされていたが、ようやく動けるようになった今日、早速こうして呼び出された。
「ケープサンドのときはギルヴァンティのときみたいに策を打ってこなかったが、あれはなんでだ?」
「いえ、特になにも思いつかなかっただけです。そもそもグランディア海軍が待ってる可能性は低いと思ってたんで……あとから考えると、僕の国にも似たような遠隔兵器があったのを思い出しましたけど」
「遠隔兵器?」
「機雷といって、海中にガネット石みたいなのを沈めておいて、敵の船が通りかかったら自動で爆発するんです。主に防衛用の兵器ですね」
「キライ? 聴いたことないが……自動で爆発ってのは面白いな。……あと、そうだ。面白いと言えば、あの白鯨の一戦だ。あのときいったいどうやってインペリウムの東へやってきたんだ? 南はグランディアが押さえていたし、北は流氷で通れなかったはずだ」
「あれは西へ行ったんです」
「……は? 西?」
「はい、西です」
「……西?」
「西です」
「馬鹿にすんな」
「いいいいい痛い痛い痛い痛い! 馬鹿になんてしてないです!」
アームロックのように顔面を右手で拘束される大和。そのあまりの怪力ぶりに苦悶の表情を浮かべて悲鳴を上げる。
「じゃあいったいどういう理屈なんだ? 説明しろ!」
「え、えっと……信じてもらえないでしょうけど……実はこの世界は、球体なんです。だから西に走り続けていると、いつか必ず東に出るんです」
「……………………は?」
「で、ですよねぇ?」
苦笑いでごまかす大和。
「この世界が球体だと? じゃあなんで私たちはこうして普通に立っているんだ。球体ならいまごろ滑り落ちているはずだろ。海水だって零れ落ちる」
「ま、まぁそう思いますよね……とりあえずそういうものだと思ってください」
「……ほ、本当にこの世界は球体なのか? じゃあ『創海記』は間違っているってことか? いったいどこでそんな知識を手に入れたんだ?」
ずいと体を寄せて答えを迫ってくるジャンヌ。異性と手を握るだけで鼓動が高鳴る大和にその行為は刺激的すぎたのか、堪らずにどぎまぎし始める。
「さ、さぁ……それは僕にもさっぱり……」
「なにをされているんですか?」
そこへ助け舟を出すように、レイナとティオが近づいてきた。二人はジャンヌたちの処遇の件で海軍支部へ出向いていたのだが、どうやらもう終わったようだ。
「あ、レイナさん。どうでした?」
ジャンヌから逃げるように話題を切り替える大和。
「はい。住まいについては当面、宿舎の空き部屋を使ってもらうとのことです。あとフレイアさんとしては、ご本人たちがよろしければ、まるごと戦隊として編入してもらいたいとのことでした。そうでなければ、ほかで働いてもらう必要がありますね。まぁ海軍は工廠も港湾業務も常に人不足ですから、仕事に困ることはないと思いますが……どうしますか?」
「私はべつに構わない。いまさら普通に働くことなんざできないからな。ほかのクルーは訊いてみないと分からないが、まぁ全員、戦隊に残るだろう。イグニスの言葉が分かるやつは少ないからな」
「分かりました。では、いったんそのように伝えておきます」
「ああ。……で、話のつづきだが、いったいどこであんな知識を手に入れたんだ?」
レイナとの話が終わると、ジャンヌは再び大和に体を寄せて食ってかかる。
「い、いやだから、覚えてなくて……」
「いったいなんの話ですか?」
「ああ、あんたはもうあっち行っていいよ。お疲れ」
ジャンヌが鬱陶しがるように手を振った。それにレイナがカチンと来たのか、
「な、なんですかその言い草は!」
途端に激高する。だが、ジャンヌはまるで意に介さない。
「うるさいやつだなぁ……私はいまこいつと話してんだ。あんたの用は終わったんだろ? いいとこなんだから邪魔しないでくれ。……ほら、さっさと答えろ! 覚えていないなんて言い訳、通用しないからな!」
「いや、ほんとに覚えてないんですって!」
困り果てる大和に、なおも迫るジャンヌ。
そんな二人の様子をわなわなと睨んでいたレイナだったが、ついに怒りが爆発したのか、いきなり大和の腕をつかむと強引に引っ張ってどこかへ連れて行こうとした。
「ヤマトさん! 勉強です! 部屋に行きましょう! 一ヶ月以上も放置したんですからいますぐやりますよ!」
「え、あの、ちょ! レイナさん!?」
「おい! 勝手なことするな!」
「あなたに言われたくありません!」
途端にぎゃあぎゃあ言い争い始める二人。互いにかなり喧嘩腰だ。だが、大和には、ジャンヌはともかくレイナがここまで感情を露わにしたのが凄く意外だった。
二人の横で呆然と立ち尽くしていると、ティオがその理由をぼそっと教えてくれた。
「……対立するマナを持ってる人同士はこうなりやすい。お互い自分の嫌いなマナが飛んできて無意識のうちにイライラするから。あと、マナの量が多い人同士だとお互いに飛んでくる量も多いから、余計にこうなりやすい……」
「そ、そうなんですか……」
「邪魔するわよ」
ティオの説明に大和が苦笑いを浮かべていると、タイミング悪く来訪者がやってきた。―――意外な来訪者が。
(ク、クローディアさん?)
レイナをライバル視している第七戦隊・提督のクローディアだ。彼女はすたすたと躊躇なく四人のほうへ近づいてきて、大和とティオの隣に立った。
「……レイナのやつに用があったんだけど……なんなの、あれ?」
激しく言い争うレイナとジャンヌを呆れた風に睨みながら尋ねるクローディア。
「さ、さぁ……」
「……ふん、まあいいわ。じゃあ、あんたからでいいからレイナに伝えといて」
「な、なんですか?」
「エルヴィンの軍法裁判は却下されたわ」
「え? 却下? なんで?」
唐突な報告に大和は思わず身を乗り出す。隣のティオもぽかんとしていた。
「エルヴィンのやつが仕組んだことだって分かったのよ。あそこの女の証言でね」
「ジャンヌさんの?」
「エルヴィンのやつが言った通り、こっちの戦略を事前にグランディア側へ漏らしたやつは確かにいたのよ。その相手があそこの女で、漏らしたのはエルヴィン自身。レイナのやつを罠にはめて自分が救出することで評価を稼いで、ついでにレイナを海軍から追放するためにね。でも、エルヴィンの声を覚えていたあそこの女にその正体を暴露された。さすがにあの女が亡命してくるなんて思ってなかったんでしょ」
「そうだった、んですか……」
まさか味方の裏切りだったとは思わなかった大和は、その事実に少なからず驚いた。昔から利権や評価目的で司令官の令に背いた海軍人がいたことは本を通して知っていたが、まさか自分が目にすることになるとは。
「話はそれだけ。じゃあ、頼んだわよ」
報告を終えるとあっさり踵を返すクローディア。
「あ、あの」
その脚を大和が止める。
「なによ」
振り返ったクローディアの強面を前に思わず怯んでしまう大和。だが彼には、どうしても彼女に尋ねておきたいことが一つあった。
「……あの軍法裁判のとき、あなたはなんでレイナさんをかばったんですか?」
そう。それがずっと気になっていた。あれだけレイナに敵意剥き出しだった彼女が、あそこでレイナを守る理由が大和にはどうしても分からなかったのだ。
「勘違いしないで」
だが、そんな大和の予想に反して、クローディアは即答で彼の言葉を否定する。
「私は私の名誉を守っただけよ。国賊なんかを目の敵にしてたなんてことになったら末代までの恥だわ。レイナがどうなろうと、私の知ったことじゃない。―――二度と変なこと訊くんじゃないわよ」
そう、まるでツンデレのテンプレのような台詞を言い残すと、クローディアはさっさと屋敷を後にした。もっとも、照れ隠しということもなさそうだったので、おそらくは本心なのだろう。
(……まぁでも、おかげでレイナさんは無事だったわけだし……心底嫌ってるって風でもないのかな)
大和は再び後ろを振り返る。
そこまで言い合うことがあるのか、レイナとジャンヌはまだ言い争っていた。
まるでこどもの喧嘩のように。
(……ま、まぁ、これも平和な証拠か)
なにはともあれ、すべては丸く収まったのだ。
それで良しとしよう。
大和はそう納得することにした。
……元の世界へ戻る方法は、当分見つからなそうだが。