本編
―――絶叫。
そのおぞましいほどの雄叫びは、遠く離れた旗艦上の大和にも届いていた。
(や、やった……っ!)
沈みゆく白鯨の巨体を目にして、大和は思わず両拳を握りしめる。
ついに終わった。レイナたちが白鯨を撃ち破ったのだ。
少し前に全艦を安全圏まで退避させていた大和たちは、レイナの援護へ向かうために彼女のもとへ引き返していた。だが、どうやら杞憂に終わったようだ。
(まさか本当にあんな怪物を倒しちゃうなんて……)
大和の心にまるで我がことのような興奮が湧き上がる。レイナの影が大きくなるたびに、その気持ちもどんどん大きくなっていった。クルーたちも興奮気味なのか先ほどから口が軽くなっており、誰もがレイナの活躍を自らの武勇伝のように叫んでいた。
―――だが、その熱狂が突如、一瞬にして静まり返る。
「……えっ?」
目を疑うような光景だった。
レイナたちが立っている海面が、轟音と共に崩れ始めたのだ。
まるで氷河が崩壊するかのようなおぞましい地割れが鳴り響き、巨大な氷塊が次々と海中へ沈んでいく。
「い、いったいなにが!?」
「……レイナさまの魔法が切れた!」
叫んだのはティオだった。
「魔法が切れた!? どういうことですか!?」
「……魔法は使い手のマナをもとに発動する。使い手が気を失ったりすると、マナもその力を失うから魔法も効果が切れる」
「じゃ、じゃあレイナさんは……っ!」
「……船を急いでレイナさまのところへ!」
ティオの指示でクルーたちが自らの体にムチを入れる。だが、そのあいだにも海面は不気味な轟音を立てながら容赦なく崩落していった。
そのとき、海面上に小さな人影が視認できた。
「レイナさん!」
わずかに残った氷塊の上に、倒れ伏すレイナの姿があった。もはや動く体力も残っていないのか、異常事態を前にしてもその体はぴくりとも動かない。
(くそっ! このままじゃ……っ!)
反射的に舷側から身を乗り出す大和。早く。早く! ただそう祈りながら、なかなか詰まらない距離を前に飢餓感にも似た強烈なもどかしさを覚える。
だが、祈りは届かなかった。
残り一〇〇メートルほどまで接近したとき、ついにレイナが乗っていた氷塊にも亀裂が入ったのだ。
「ッ!」
そこからは一瞬だった。
氷塊は真っ二つに砕け、レイナの体がするりと力なくその隙間に沈む。そしてそのまま大量の流氷の陰に消えて見失われてしまった。
「レイナさん!」
その行動は衝動的だった。
彼女の姿が消えた直後―――大和は舷側から海に飛びこんだ。
そして、必死に泳ぎ出す。
レイナのところを目指して。
船上から誰かが制止するような声が聴こえた。
戻ってこいと叫んでいるのが聴こえた。
だが、かまわなかった。
今度は自分の番だ。
自分が彼女を助けなきゃならないんだ。
彼を突き動かすのは、その思いだけだった。
あの日、レイナが助けてくれたから、自分は生きている。
あの日、レイナが頼ってくれたから、いまの自分がある。
今度は自分がレイナを助ける番だ。
(レイナさん!)
助ける。
助けてみせる。
助けるんだ!
絶対に!
その思いただ一つを胸に秘め、大和は極寒の海を必死に泳ぎ続けた。
そのおぞましいほどの雄叫びは、遠く離れた旗艦上の大和にも届いていた。
(や、やった……っ!)
沈みゆく白鯨の巨体を目にして、大和は思わず両拳を握りしめる。
ついに終わった。レイナたちが白鯨を撃ち破ったのだ。
少し前に全艦を安全圏まで退避させていた大和たちは、レイナの援護へ向かうために彼女のもとへ引き返していた。だが、どうやら杞憂に終わったようだ。
(まさか本当にあんな怪物を倒しちゃうなんて……)
大和の心にまるで我がことのような興奮が湧き上がる。レイナの影が大きくなるたびに、その気持ちもどんどん大きくなっていった。クルーたちも興奮気味なのか先ほどから口が軽くなっており、誰もがレイナの活躍を自らの武勇伝のように叫んでいた。
―――だが、その熱狂が突如、一瞬にして静まり返る。
「……えっ?」
目を疑うような光景だった。
レイナたちが立っている海面が、轟音と共に崩れ始めたのだ。
まるで氷河が崩壊するかのようなおぞましい地割れが鳴り響き、巨大な氷塊が次々と海中へ沈んでいく。
「い、いったいなにが!?」
「……レイナさまの魔法が切れた!」
叫んだのはティオだった。
「魔法が切れた!? どういうことですか!?」
「……魔法は使い手のマナをもとに発動する。使い手が気を失ったりすると、マナもその力を失うから魔法も効果が切れる」
「じゃ、じゃあレイナさんは……っ!」
「……船を急いでレイナさまのところへ!」
ティオの指示でクルーたちが自らの体にムチを入れる。だが、そのあいだにも海面は不気味な轟音を立てながら容赦なく崩落していった。
そのとき、海面上に小さな人影が視認できた。
「レイナさん!」
わずかに残った氷塊の上に、倒れ伏すレイナの姿があった。もはや動く体力も残っていないのか、異常事態を前にしてもその体はぴくりとも動かない。
(くそっ! このままじゃ……っ!)
反射的に舷側から身を乗り出す大和。早く。早く! ただそう祈りながら、なかなか詰まらない距離を前に飢餓感にも似た強烈なもどかしさを覚える。
だが、祈りは届かなかった。
残り一〇〇メートルほどまで接近したとき、ついにレイナが乗っていた氷塊にも亀裂が入ったのだ。
「ッ!」
そこからは一瞬だった。
氷塊は真っ二つに砕け、レイナの体がするりと力なくその隙間に沈む。そしてそのまま大量の流氷の陰に消えて見失われてしまった。
「レイナさん!」
その行動は衝動的だった。
彼女の姿が消えた直後―――大和は舷側から海に飛びこんだ。
そして、必死に泳ぎ出す。
レイナのところを目指して。
船上から誰かが制止するような声が聴こえた。
戻ってこいと叫んでいるのが聴こえた。
だが、かまわなかった。
今度は自分の番だ。
自分が彼女を助けなきゃならないんだ。
彼を突き動かすのは、その思いだけだった。
あの日、レイナが助けてくれたから、自分は生きている。
あの日、レイナが頼ってくれたから、いまの自分がある。
今度は自分がレイナを助ける番だ。
(レイナさん!)
助ける。
助けてみせる。
助けるんだ!
絶対に!
その思いただ一つを胸に秘め、大和は極寒の海を必死に泳ぎ続けた。