本編

「じゃあ、そのときの様子を話してくれ」
「は、はい……。11月の中ごろ、僕はツィーロンの酒場で働いていたんですが……そこにグランディア海軍の偉い人が来ていて、たぶん皆さんの国の海軍の人が、その人に今回の作戦のことを話してたんです。ケープサンドに戦隊が向かったとか、なんとか……」
「……だそうだ。時期的にも君の戦隊の何者かであると思うが?」

 エルヴィンは勝ち誇るようにレイナを見下ろす。

「そんな……そんなはず……」

 予期せぬ証人の登場に、レイナは茫然自失としていた。
 群衆の多くはすでに彼女の有罪が確定したと思ってか、刑の執行へ移るように囃し立てている。

「ダメだ、レイナさん! そんな証人、ただのでっち上げだ!」

 懸命に叫ぶ大和。だが、その声は彼女には届かない。
 落ち着いて考えれば、あの少年に確かな証拠能力がないことなど明らかだ。
 しかし、精神的に追いこまれていたレイナは、冷静な判断ができなくなっているのだろう。彼女はもはや抵抗する気力すら失っており、ただ床に押さえつけられるがままだった。
 反論する言葉すら失った彼女を前に、エルヴィンは幕を引きにかかる。

「……さて。この女からの弁明もなくなったようだから、そろそろ裁定といこうか。代表者と立会人、11名の諸君。その手にした剣をどちらに捧げるのか、公正な裁きを期待しよう」

 エルヴィンの言葉に、代表者10人が一歩、前に出る。そして腰に差した剣を抜いた。その剣を支持する者に向けて掲げ、自らの判断を表明するのだ。
 まず1人がエルヴィンに捧げた。
 そして2人。
 3人。
 4人。

(くそ……っ! こんなのふざけてる!)

 強引に前へ出ようとする大和。しかし、死罪を要求して熱狂する群衆の壁を前に、もはや為す術がなかった。
 5人目の剣がエルヴィンに捧げられた。
 ダメだ、いったいどうすれば……。
 そして、ついに過半数、6人目の剣がエルヴィンに……



「―――ホントくだらないわね」



     ⚓



 一瞬にして、場が凍りついた。
 それまでの熱狂が嘘のように静まり返る。

(……な、なんだ?)

 緩んだ群衆のあいだを縫って進み、大和はようやっと最前列に出た。

「規則だから最後まで口を出さなかったけど……こんなどうでもいい軍法裁判のために呼び出されたなんて、ホントいい迷惑だわ」

 そして、容赦なく辛辣な評価を口にする人物を目の当たりにして、彼は驚きを隠せなかった。

(え……ク、クローディア……さん?)

 軍法裁判を一蹴したのは、かつてレイナに公然と敵意を露わにしていたクローディアだったのだ。

「……どういうことだ、クローディア」

 おそらく予期せぬ展開なのだろう。エルヴィンの表情も強張った。

「どうもこうも、そのままだけど? こんな結果が見え見えのくだらない裁判やってる暇があるなら、小物は修行でもしてなさいって話よ」
「……なにやら聴き捨てならない言葉もあったが、まあいい。つまり、君もこの女が有罪だと判断するんだな」

 彼女も同じ考えだと判断したのか、エルヴィンは一転、勝ち誇ったように笑う。
 ……だが、

「はぁ? あんた馬鹿なの?」

 クローディアはいっそう強い口調でエルヴィンを退ける。
 そして、彼女が続けて言い放った一言に、その場の誰もが言葉を失った。



「私の認めた女が、そんな性根の腐ったやつなわけないじゃない」



 その言い分には、もはや理屈もなにもなかった。
 群衆の大半が黒だと断じたレイナを、クローディアは白だと言い切った。それも、あまりにも自分勝手な理由で。
 だが、当の彼女の表情は揺るぎない自信に漲っていた。自分の正しさを微塵も疑っていない強気な顔だ。

「……そんな屁理屈が通用すると思っているのか?」

 苛立ちを強めるエルヴィン。
 だが、クローディアは平然としており、まるで動じない。

「屁理屈? なに言ってんの? 私の見る目が誰よりも正しい以上、私の言葉はなによりも正しい。単にそれだけのことよ。あんたの目と違って曇ってなんかいないんだからね。っていうか、実力で伸し上がれないからって相手を引きずり下ろそうと画策する屑って、見てるだけでムカつくのよね」
「なっ! それはどういう意味だッッッ!」

 堪らずに怒りをぶちまけるエルヴィン。しかし、クローディアは構わない。

「そもそもさっきの証人って、どこのどいつよ? 告発者の顔すらわからないとか、まるで信用ならないわ。店の名前は? 店主の名前は? その店、ツィーロンのどこにあるの? というかそもそもあんたは、あの証人をどこで捕らえたわけ? ツィーロンまで行ったんだとしたら、作戦海域を勝手に離れたことになるし、本当に拿捕した船に乗っていたんなら、なんで単なる酒場の店員が戦艦なんか乗ってたわけ? ほら、どうなのよ」
「ぐ、ぐぅ……っ!」

 次々と疑問点を捲し立てるクローディア。その勢いにエルヴィンは言葉に窮するばかりで太刀打ちできなかった。
 すると、埒が明かないと思ったのか、クローディアはエルヴィンに背を向けると群衆に向かって歩き出し、証人として呼ばれた少年の前に立った。
 そして、なんの躊躇もなく腰の細剣を抜き、その切っ先を彼の眼前に突きつける。

「ひぃぃぃっ!?」
「選びなさい。本当のことを話して命を拾うか、嘘を貫き通してここで死ぬか」
「おい! 軍法裁判で剣を抜くのは禁則だぞ!」

 エルヴィンの制止にもクローディアは耳を貸さない。だが、少年はクローディアの殺気を前に震え上がっており、口をぱくぱくさせるだけだった。

「おい! これはいったいなんの騒ぎだ!」

 そのとき、群衆の外から大声が響いた。
 大和をはじめその場の全員が、一斉に後方の埠頭を振り向く。
 人集りを左右に割って現れたのは、フレイアだ。
 彼女はそのまま群衆の前へ進み出て、大和のすぐ隣に立った。

「軍法裁判だというから来てみたが、いったいなにを騒いでいる。……見たところ、ずいぶん裁判とはかけ離れたことをしているように見えるが?」

 尋ねる彼女の声に、大和は強烈な鳥肌に襲われるほどの只ならぬ怒気を感じた。表情は穏やかだが、それが逆に嵐の前の静けさのように恐ろしい。
 彼女の乱入に、エルヴィンもクローディアも黙りこんだ。だが、クローディアはその剣を収めようとはしない。エルヴィンはなにか言いた気に口を動かしていたが、フレイアの怒りを前に気が縮んだのか、なにも言い出せずにいた。
 無言。
 沈黙。
 大和も、ただ立ち尽くして、その場の展開を見守ることしかできない。

「……この裁判は一旦、私が預かる。判決含めてすべて保留だ。それと、エルヴィンとクローディアの二人は30分後に私の部屋へ来い。いいな」

 有無を言わさぬ強い口調で言い残すと、返事を待たずに船を後にするフレイア。
 レイナの軍法裁判は、そのまま悶々とした空気を残して、解散となった。
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