気紛れたラスボスを振り回す気紛れた群像
「――――――ほら、さっさと掃除する。早くしないと夕飯抜くわよ」
「「「「「「はーい……」」」」」」
すっかり疲れ切っているメルリープたちに鞭を打つノエル。
彼女たちは屋敷内の掃除をしていたが、その原因は今、外の庭に放り出してある。
天敵の魔導少女がいないと分かるや、メルリープたちは一転強気に変わり、討伐隊一行に戦いを挑んで見事に全滅させてみせた。
倒した二人を屋敷の外に放り出して戻ってくる彼女たちの表情は、積年の恨みを晴らした満足感からか、清々しい程に清々しいものだった。
ただ一人、盛大に散らかった屋敷の主であるノエルを除いては。
「ったく、盛大に散らかしてくれちゃって……。でも、ほんと留守にしてる間に家宅侵入とか洒落にならないわね。屋敷の中にトラップでも仕掛けた方が良いのかしら」
「あっ、それダメですマスター。みんなが引っかかっちゃいます」
「……あんたね」
そんな掃除の様子を監督しながら愚痴を零すノエルに、何やら一人のメルリープが大きな荷物を抱えながら近づいてきた。
「マスター、マスター。こんなの落ちてたんですけど、どうしますか?」
彼女が持ってきたのは、大きな白い袋だった。やけに膨れており、メルリープの足取りから察するに結構な重量があるようだ。
ノエルはいかにも怪しい袋を軽く突ついてみた。感触はやけに硬く、小さな金属が大量に詰まっているような印象だ。
「アルティアの聖誕祭ですかね?」
首を傾げるメルリープ。
「あれは氷晶霊月の25節でしょ? それにここは魔大陸よ。どこの誰がアルティアからの贈り物を期待するのよ。……まあいいわ。とにかく中、見てみましょ」
ノエルは口を縛っている紐を解いた。そして中を確認すると……。
「…………なに? この大金」
そこには見たこともないほど大量の金貨が収まっていた。ざっと概算してもその金額を割り出すのが到底不可能な大金だ。
そのスケールには流石にノエルも面食らった。
「たぶん、あいつらが落としてったお金だと思いますけど」
「ああ、そういうことか。……うーん、でもどうしようかしら……。とりあえず宮殿にでも持っていこうかしら……、――――――はっ!」
―――唐突にノエルの言葉が切れた。
「……?」「……?」「……?」「……?」「……?」
いきなり黙りこんだ主を訝し気に見遣るメルリープたち。
その横顔は心底怯え切った風に凍りついていた。
目に力はなく口も真一文字に結ばれたまま固まり、だらだら止まらない冷や汗だけが唯一彼女の意思を代弁するかのように幾筋も流れていた。
何か一大事でも思い出して震えているのか、メルリープが顔の前で掌を揺らしてもまるで意識が戻る様子は見られない。
「……あ、あの……マスター?」
そう彼女が顔を覗きこもうと、近づいた直後――――――。
「…………あああああああああっ! しまっったああああああぁぁぁっ!」
何かが取り憑いたかのように、突然絶叫し始めたノエル。
「わひゃあぁっ! どどどどどどうしたんですかマスター!」
だが、ノエルは答えることもなく、目の前のメルリープの胸倉を掴んで力の限り前後に揺すり出した。
「何してんのよどうすんのよどうしてくれんのよ――――――――――――っ!」
「なななななにがですかぁぁっ!? ……く、くるし………い、いき、息が…………」
突然の主の狂乱に、メルリープは為す術なく首を締め上げられていく。その顔面がいよいよ蒼白に染まり切ろうかと言う所で、事態に気づいた他の仲間たちが一目散にかけつけて何とか二人を引き離そうと必死で間に割って入る。
「マスターどうしたんですか!?」「落ち着いて下さいマスター!」「マスター泡吹きそうです泡!」「止めて下さいマスター!」「ポエム読まれたくらいでそんなに怒らないでくださいマスター!」「結構良いこと書いてますよマスター!」「マスター外に凄く巨大な狼が狼がぁぁっ!」「あたし好きですマスターのまるで甘くない酸っぱ過ぎるだけの初恋の話!」「とにかく落ち着いて下さいマスター!」
どさくさに紛れて言いたい放題並べ立てるメルリープたちだが、それすらも耳に入らないほどノエルの錯乱具合は酷かった。
その馬鹿騒ぎは全員疲れ果てて倒れこむまで、延々と続いた。
「…………な、なにがあったんですかね?」
死亡予定地に到着した少女―――フレイアは、目の前の惨状に軽く気後れしていた。
ブーゲンビリアの森、その最奥に建つ一軒の屋敷、どうやら家主はノエルという魔女の部下らしいが、その広大な庭の中心に二つの人影が倒れこんでいた。
少し前、メルリープたちが笑顔で袋叩きにしていた二人だ。
だが、その事情まで知らないフレイアは、こぶだらけ痣だらけの酷い有様に、ただただ相当な強敵と相見えた結果だろうと過大に想像していた。
「ま、まあとにかく、連れて行かないといけないですね」
だが、そこでフレイアの意識が固まる。
「……あれ? 手紙だと三人死亡予定になってたんですけどね……」
だが、目の前に転がっているのは二人だけだ。
フレイアは頭をぽりぽり掻きながら「うーん」と首を傾げている。
すると、遠くで物音がした。
そちらを振り向くと、屋敷の端の部屋の窓からこっそり逃げ出そうとしている人影が目に入った。
(……あの人ですかね?)
フレイアは近くの植樹の陰に隠れて、ゆっくり人影に近づいていく。どうやらかなり大柄な男のようだ。何やら大きな袋を肩に担いでいる。
「ふぃ―――っ。危ねぇ危ねぇ。まさか、あんな大量のメルリープが蔓延ってるたぁ、この屋敷結構ヤバそうだな……、ってかあいつらどこ行ったんだ?」
(あっ、やっぱりあの人ですね)
慌てて屋敷から出てきた露出多めの男の人相を確認すると、それは手紙に記載のあった最後の死亡予定者だと分かった。
フレイアは背中のハンマーを握ると、静かに男の背後に回りこむ。
探し物でもしているのか、男は庭をうろうろ回っている。陽も沈んだ森の奥深くということもあり、どうやらフレイアには全く気づいていない。
(そーっと、そーっと……)
そこで、男が突然絶叫を張り上げる。
「―――――――――な、なな、なななななっ!」
立ち往生する男の先には、突然現れた巨大な獣の姿があった。フレイアの相棒であるフェンリルだ。
その威風猛々しい銀狼の巨躯を前に、男の脚は思わず止まってしまった。
(―――今ですっ!)
待ってましたと言わんばかりの勢いで、植樹の陰から一気に飛び出したフレイア。
その手にした巨大な蛇腹ハンマーが、男の脳天一直線に振り下ろされて―――男は何とも間抜けな一撃でいとも容易く気を失ってしまった。
一時間後―――港町テミルナの宿屋。
その屋根に降り立ったフレイアとフェンリル。
フェンリルの背中には、フレイア以外に三人の人影があった。ブーゲンビリアの森から拾ってきた、彼女言う所の「死亡予定者」たちだ。そしてもう一つ、彼らの持ち物や所持金が詰まった大きな革袋があった。
「直近に日記を書いた場所は……ここで間違いないですね」
フレイアはフェンリルの体を労るように撫でる。
「すみませんです。いつも囮みたいな真似させちゃって」
謝るフレイアに、フェンリルは誇らし気な唸りを発する。どうやら気にするなと言いたいらしい。
そのままフレイアたちは最上階の端の一室に向かい、窓から部屋の中を覗く。どうやら空き室のようで人影はない。
「大丈夫そうですね」
室内の状況を確認した二人は再び屋根の上に戻る。
「じゃあ、フェンリルはここで待ってて下さい」
フレイアの指示にフェンリルが頷く。
彼女はフェンリルから降りると、その背中に革袋を「うんしょ」と担いだ。
そして暖炉用と思しき煙突に向かい、微塵の躊躇いもなくその上によじ登る。
「夏場は暖炉が使われてないから、宿屋の侵入も楽ですね。それでは……」
そして誰に断ることもなく、さも我が家へ帰宅するように煙突の中へ躊躇なく飛びこんだ―――。
―――ように見えたが、その姿は何故か消えなかった。
袋が半分ほど煙突から出たままだ。
フェンリルが心配気に小さく唸ったが、当のフレイアの姿は煙突の中だ。
流石に心配になったのか、相棒の銀狼はそちらへ近づき再び呼びかけてみる。
すると……煙突の中から、心底照れ臭そうな呟きが聴こえてきた。
「…………袋が大きすぎて、入れないです」
「「「「「「はーい……」」」」」」
すっかり疲れ切っているメルリープたちに鞭を打つノエル。
彼女たちは屋敷内の掃除をしていたが、その原因は今、外の庭に放り出してある。
天敵の魔導少女がいないと分かるや、メルリープたちは一転強気に変わり、討伐隊一行に戦いを挑んで見事に全滅させてみせた。
倒した二人を屋敷の外に放り出して戻ってくる彼女たちの表情は、積年の恨みを晴らした満足感からか、清々しい程に清々しいものだった。
ただ一人、盛大に散らかった屋敷の主であるノエルを除いては。
「ったく、盛大に散らかしてくれちゃって……。でも、ほんと留守にしてる間に家宅侵入とか洒落にならないわね。屋敷の中にトラップでも仕掛けた方が良いのかしら」
「あっ、それダメですマスター。みんなが引っかかっちゃいます」
「……あんたね」
そんな掃除の様子を監督しながら愚痴を零すノエルに、何やら一人のメルリープが大きな荷物を抱えながら近づいてきた。
「マスター、マスター。こんなの落ちてたんですけど、どうしますか?」
彼女が持ってきたのは、大きな白い袋だった。やけに膨れており、メルリープの足取りから察するに結構な重量があるようだ。
ノエルはいかにも怪しい袋を軽く突ついてみた。感触はやけに硬く、小さな金属が大量に詰まっているような印象だ。
「アルティアの聖誕祭ですかね?」
首を傾げるメルリープ。
「あれは氷晶霊月の25節でしょ? それにここは魔大陸よ。どこの誰がアルティアからの贈り物を期待するのよ。……まあいいわ。とにかく中、見てみましょ」
ノエルは口を縛っている紐を解いた。そして中を確認すると……。
「…………なに? この大金」
そこには見たこともないほど大量の金貨が収まっていた。ざっと概算してもその金額を割り出すのが到底不可能な大金だ。
そのスケールには流石にノエルも面食らった。
「たぶん、あいつらが落としてったお金だと思いますけど」
「ああ、そういうことか。……うーん、でもどうしようかしら……。とりあえず宮殿にでも持っていこうかしら……、――――――はっ!」
―――唐突にノエルの言葉が切れた。
「……?」「……?」「……?」「……?」「……?」
いきなり黙りこんだ主を訝し気に見遣るメルリープたち。
その横顔は心底怯え切った風に凍りついていた。
目に力はなく口も真一文字に結ばれたまま固まり、だらだら止まらない冷や汗だけが唯一彼女の意思を代弁するかのように幾筋も流れていた。
何か一大事でも思い出して震えているのか、メルリープが顔の前で掌を揺らしてもまるで意識が戻る様子は見られない。
「……あ、あの……マスター?」
そう彼女が顔を覗きこもうと、近づいた直後――――――。
「…………あああああああああっ! しまっったああああああぁぁぁっ!」
何かが取り憑いたかのように、突然絶叫し始めたノエル。
「わひゃあぁっ! どどどどどどうしたんですかマスター!」
だが、ノエルは答えることもなく、目の前のメルリープの胸倉を掴んで力の限り前後に揺すり出した。
「何してんのよどうすんのよどうしてくれんのよ――――――――――――っ!」
「なななななにがですかぁぁっ!? ……く、くるし………い、いき、息が…………」
突然の主の狂乱に、メルリープは為す術なく首を締め上げられていく。その顔面がいよいよ蒼白に染まり切ろうかと言う所で、事態に気づいた他の仲間たちが一目散にかけつけて何とか二人を引き離そうと必死で間に割って入る。
「マスターどうしたんですか!?」「落ち着いて下さいマスター!」「マスター泡吹きそうです泡!」「止めて下さいマスター!」「ポエム読まれたくらいでそんなに怒らないでくださいマスター!」「結構良いこと書いてますよマスター!」「マスター外に凄く巨大な狼が狼がぁぁっ!」「あたし好きですマスターのまるで甘くない酸っぱ過ぎるだけの初恋の話!」「とにかく落ち着いて下さいマスター!」
どさくさに紛れて言いたい放題並べ立てるメルリープたちだが、それすらも耳に入らないほどノエルの錯乱具合は酷かった。
その馬鹿騒ぎは全員疲れ果てて倒れこむまで、延々と続いた。
「…………な、なにがあったんですかね?」
死亡予定地に到着した少女―――フレイアは、目の前の惨状に軽く気後れしていた。
ブーゲンビリアの森、その最奥に建つ一軒の屋敷、どうやら家主はノエルという魔女の部下らしいが、その広大な庭の中心に二つの人影が倒れこんでいた。
少し前、メルリープたちが笑顔で袋叩きにしていた二人だ。
だが、その事情まで知らないフレイアは、こぶだらけ痣だらけの酷い有様に、ただただ相当な強敵と相見えた結果だろうと過大に想像していた。
「ま、まあとにかく、連れて行かないといけないですね」
だが、そこでフレイアの意識が固まる。
「……あれ? 手紙だと三人死亡予定になってたんですけどね……」
だが、目の前に転がっているのは二人だけだ。
フレイアは頭をぽりぽり掻きながら「うーん」と首を傾げている。
すると、遠くで物音がした。
そちらを振り向くと、屋敷の端の部屋の窓からこっそり逃げ出そうとしている人影が目に入った。
(……あの人ですかね?)
フレイアは近くの植樹の陰に隠れて、ゆっくり人影に近づいていく。どうやらかなり大柄な男のようだ。何やら大きな袋を肩に担いでいる。
「ふぃ―――っ。危ねぇ危ねぇ。まさか、あんな大量のメルリープが蔓延ってるたぁ、この屋敷結構ヤバそうだな……、ってかあいつらどこ行ったんだ?」
(あっ、やっぱりあの人ですね)
慌てて屋敷から出てきた露出多めの男の人相を確認すると、それは手紙に記載のあった最後の死亡予定者だと分かった。
フレイアは背中のハンマーを握ると、静かに男の背後に回りこむ。
探し物でもしているのか、男は庭をうろうろ回っている。陽も沈んだ森の奥深くということもあり、どうやらフレイアには全く気づいていない。
(そーっと、そーっと……)
そこで、男が突然絶叫を張り上げる。
「―――――――――な、なな、なななななっ!」
立ち往生する男の先には、突然現れた巨大な獣の姿があった。フレイアの相棒であるフェンリルだ。
その威風猛々しい銀狼の巨躯を前に、男の脚は思わず止まってしまった。
(―――今ですっ!)
待ってましたと言わんばかりの勢いで、植樹の陰から一気に飛び出したフレイア。
その手にした巨大な蛇腹ハンマーが、男の脳天一直線に振り下ろされて―――男は何とも間抜けな一撃でいとも容易く気を失ってしまった。
一時間後―――港町テミルナの宿屋。
その屋根に降り立ったフレイアとフェンリル。
フェンリルの背中には、フレイア以外に三人の人影があった。ブーゲンビリアの森から拾ってきた、彼女言う所の「死亡予定者」たちだ。そしてもう一つ、彼らの持ち物や所持金が詰まった大きな革袋があった。
「直近に日記を書いた場所は……ここで間違いないですね」
フレイアはフェンリルの体を労るように撫でる。
「すみませんです。いつも囮みたいな真似させちゃって」
謝るフレイアに、フェンリルは誇らし気な唸りを発する。どうやら気にするなと言いたいらしい。
そのままフレイアたちは最上階の端の一室に向かい、窓から部屋の中を覗く。どうやら空き室のようで人影はない。
「大丈夫そうですね」
室内の状況を確認した二人は再び屋根の上に戻る。
「じゃあ、フェンリルはここで待ってて下さい」
フレイアの指示にフェンリルが頷く。
彼女はフェンリルから降りると、その背中に革袋を「うんしょ」と担いだ。
そして暖炉用と思しき煙突に向かい、微塵の躊躇いもなくその上によじ登る。
「夏場は暖炉が使われてないから、宿屋の侵入も楽ですね。それでは……」
そして誰に断ることもなく、さも我が家へ帰宅するように煙突の中へ躊躇なく飛びこんだ―――。
―――ように見えたが、その姿は何故か消えなかった。
袋が半分ほど煙突から出たままだ。
フェンリルが心配気に小さく唸ったが、当のフレイアの姿は煙突の中だ。
流石に心配になったのか、相棒の銀狼はそちらへ近づき再び呼びかけてみる。
すると……煙突の中から、心底照れ臭そうな呟きが聴こえてきた。
「…………袋が大きすぎて、入れないです」