気紛れたラスボスを振り回す気紛れた群像

◯水晶霊月2節目 17:00 港町テミルナ 宿屋

「だから! 絶対にあの『疾風義賊』の出没先だって!」

 とある宿屋の一室、偶然拾った謎の雑記帳を突き出して豪語する少女。

「……そう? むしろ普通にどっかの盗賊が盗み先を品定めしたって感じだけど。この赤いバツなんか、いかにも盗み完了の印って感じだし」

 対して少女の仮定に現実的な代替案を提示する少年。烈火の如く騒ぎ立てる少女の相手が如何にも面倒臭そうだ。
 そんな対照的な二人が実は双子の姉弟だとは、大抵の人が信じられないだろう。

「そんな想像は面白くないから却下よ。妥当な展開は人生の暇潰しにもならないわ」
「僕は落ち着いた人生を送れればそれが一番だから構わない」

『人生、楽しく』がモットーで暇などもってのほかの姉―――ソニアと違い、『人生、平穏に』が第一の弟―――エリオは、外見に似合わない年寄りじみた溜め息を漏らす。

「大体それが『疾風義賊』のリストだとして、だから何なのさ? 任せた買い物もほっぽり出して戻ってくるなんて一体何考えてんだか……」
「買い物なんて二の次よ。あの義賊に会える機会なんて次いつ来るか分からないんだからね! ああもう待ち切れないっ!」

 瞳を輝かせて目指す将来に浮かれるソニア。
 彼女は世界中を騒がす顔も本名も知らない『疾風義賊』の大ファンだった。
 典型的な勧善懲悪物の演劇などが大好きなソニアにとって、卑劣な強者を挫き尊い弱者を守る義賊は、過去のどんな英雄よりも憧れの存在だ。

「あと残ってるのはマッカランだけみたいね。そうと決まれば話は早いわ。急いでマッカランに行くわよエリオ!」

 弟の腕を引っ張りながら、今にも部屋を飛び出したそうな姉のソニア。

「別にそんなに気合い入れないでもいいでしょ。どうせ明日行く予定なんだし。だからさっさと残りの買い物を終わらせて、黙って寝てくれないかな」

 もはや見飽きた姉の暴走を前に、エリオは淡々と話を打ち切りにかかる。
 だが、返ってきた答えは予想の遥か斜め上をいっていた。

「何言ってんの? 今から行くのよ今から」

 然も当たり前のように言い放つソニア。

「…………」

 絶句して固まるエリオ。
 だが、ここで黙ったままではソニアに押し切られてしまう。

「……あのさ、なに言ってるか分かってる? って言うか、いま何時か分かってる? ここは聖大陸じゃなくて魔大陸だよ。夜は向こうより凶暴な魔物がうようよしてるんだから出歩けるわけないだろ。襲われたりしたらどうすんのさ」
「張り倒せば良いじゃない」

 ソニアは躊躇なく真顔で即答する。その堂々たる態度に何やら小馬鹿にされた感すらあるが、エリオは努めて冷静に切り返す。

「……その自信の源は一体何なんだい? 僕にパンチ一発も当てられないくぜにゅるんっ!」

 だが、最後まで言い切る前に、彼の左頬をソニアの容赦ない右拳が襲った。
 あまりの不意打ちに全く準備のなかったエリオは、そのまま失神してしまった。
 逆に、殴った張本人はかなり清々しい表情で手を払っている。

「はいこれで満足ね? 襲われたら張り倒すで万事解決。以上。ってか、それくらいスリルないと逆に面白くないし。ってわけで、さっさと行くわよ」

 気を失ったエリオの両脚を脇に抱えて、ソニアはそのまま彼を引き摺りながら部屋を出る。その表情に弟を憂う様子は微塵もなく、憎らしいほどに爛々と輝いていた。まるで玩具が届くのを無邪気に待ちわびる幼子のように。
 それをエリオが目にしなかったことが、唯一の救いと言えたかもしれない。

          ‖

ブーゲンビリアの森 ノエルの屋敷 一階

「―――ふっふっふ。ついにこの時が来たであります」
「あります」
「あります」

 ノエルの目の前に二五人分の嫌らしい嗤いが並んでいる。何やら芝居じみた台詞を笑顔で吐きながら、屋敷の玄関口を眺めるメルリープたちだ。先程ノエルが叱った一人だけは未だに半べそを引き摺っているが。
 突如部屋を飛び出した彼女たちは、一階へ続く階段に集合していた。コの字型にスロープした手摺の陰に隠れて、一階の様子を窺っている。
 一階には先程窓から見えた討伐隊の三人の姿があった。だが彼らはすぐに散会して、リーダー以外の二人はそれぞれ別の部屋に消えていった。

「何がついにこの時が来たよ。微妙にキャラまで変わってるし。……ってか考えたら、あいつら人の家に勝手に上がってんじゃないわよ。立派な家宅侵入じゃない」

 メルリープたちに混じり、共に一階の様子を窺うノエル。そんな彼女の文句は勿論三人に届かない。それどころかリーダーの青年は何やら玄関口に置きっぱなしの壺やノエルが収納用に集めた宝箱の中身を勝手に覗き始めた。
 途端にノエルの表情が狼狽に染まる。

「……ってちょ! 何あいつ普通に人ん家の壺とか漁ってんのよ! ああっ、そこは見るなあぁっ! その箱は開けるなあっ!」
「あ。あそこマスターのポエムの隠し場所」

 刹那―――口にしたメルリープの顔面をノエルの裏拳が豪快に撃ち抜いた。

「痛――――――ッ!」
「何で知ってんのよあんた」

 即死魔術の呪詛よりも凄みの利いた声でノエルが詰め寄る。だが、鼻頭を潰されたメルリープは恐怖と激痛に負けて満足に口を開くことも侭ならない。それまでの笑みが一気に消え失せ、ノエルの凶悪な形相と剣幕に心底から怯え切っていた。

「ず、ずびばぜん……。ま、まずだぁー、プレー対称年齢の子だぢに見ぜられない顔になってまず……CEROに引っががっちゃいまずよ……」

 酷く泣きっ面の為か、言葉の端々が極めて聴き取り難い。

「何よセロって。それより――――――あれ? 他の子たちどこ行ったの?」

 周囲を見回すと、それまで目の前にいた総勢二五人ものメルリープたちの姿が跡形もなく消えていた。
 ポエムの怒りで我を失っていた時間はそう長くは無い筈だったが、どうやらその隙に全員でどこかへ向かったらしい。
 やはり討伐隊一行を前に、恐れを成して逃げたのだろうか。
 そう考えること自体が腹立たしくもあったが、メルリープたちの一行に対する拒否反応は尋常ではなかった。腰を抜かして退散していても不思議はない。

(全く……結局口だけじゃない)

 だが、その予想が完全に誤りであることを、ノエルはすぐ気づかされることになる。
 階下から聴こえた、一言の恥ずかしい口上によって。

「――――――ふっふっふ。あの魔導士さえいなきゃ、お前なんか怖くないもんねっ!」



 時を少し遡り、討伐隊一行。

「ったくよぉ……何だってこんな時間にこんな森に来なきゃならねぇんだよ」

 仲間の一人、大きな革袋を担いだ露出多めの拳闘士の男が愚痴っぽく漏らす。
 ロゼッタの魔導書売却騒動の後、本来ならテミルナの宿屋で一泊の筈だったのだが、ユーイチの独断で再度ブーゲンビリアの森に向かうことになったのだ。
 目的は再度のギル稼ぎ。理由は勿論、ロゼッタの魔導書に起因する。
 その売却額は今、彼の手元になく、仲間の一人の踊り子剣士―――シャロン・ハーヴェストが厳重に管理していた。いつかロゼッタの魔導書を見つけたら買い戻すためだ。ロゼッタが討伐隊を離れる前に取り上げていれば彼女に渡せたのだが、残念ながらユーイチの抵抗を前に叶わなかった。
 だが、売却額以上の資金が必要になると想定した彼女は、手持ちの二倍額を確保しておいた為、討伐隊の手持ちからも結構な額を自分の手元に控えていた。
 結果、カジノどころか旅の資金がやや困窮したのだ。

「仕方ないだろ。こいつ俺の手持ちまで没収したんだ。カジノ云々以前に、こっから先の旅の資金がピンチだっての」

 よって、ユーイチは夜を徹してでも不足額を補う腹積もりだった。

「俺の手持ちって何よ。あ・た・し・た・ち・の・お金だっつぅの。大体今まで稼いでたのだってハリソンとロゼッタじゃない。あんたの気紛れで、あたしは剣士から踊り子なんかに転職させられるし、戦えないから運動不足で仕方ないわ」

 ここぞとばかりにシャロンは普段の不満を露にする。

「仕方ないだろ。上級職に就くためには必要なステップなんだ。力をつけなきゃ魔女には勝てない。それでお前も納得しただろ」
「勝手に踊り子にされるなんて聴いてなかったっての」
「いいだろ別に。それにお前だって将来いつまでも剣士でいられるわけじゃないぞ。将来の人生設計を考えたら、戦えるだけじゃなくて戦って踊れる方が良いだろ」
「余計なお世話よ。他人の人生設計に土足で入りこむな。それに踊り子の方が絶対に剣士より消費期限早いっつうの」

 そこで黙りこんだユーイチに代わって、今度は拳闘士の男―――ハリソン・ゲイルが言葉を繋ぐ。

「ってか、お前もよくついて来る気になったな。宿屋で寝てりゃ良かったのによ」
「その隙にお金を掠め盗りに来るコイツの姿が目に浮かぶからよ。前なんか夜中に部屋に侵入してきて、この剣売るために持ち出そうとしたんだから」

 シャロンは腰のベルトに差した短剣を叩いてハリソンに示す。それは彼女が討伐隊に加わる前から片時も手放さない形見のような剣だ。

「でもよ、俺が同行してる段階で、見張られてるようなもんだぜ? 別にそこまで不安がるようなこともないだろ」
「あんた、戦いになったら周りのことなんか全然目に入らないでしょ。その隙に脱走されて終わりよ」
「ははは! 確かに確かに!」

 膝を叩いて大笑いするハリソンに、シャロンは深々と溜め息を零す。

「……でも、あたしなんかまだマシよ。ロゼッタなんか着てたローブ売り飛ばされたんだから。普通なら安値だけど、ロゼッタが着たって言って、アインシュヴァルツでオークションにかけたのよ? そうしたら変態野郎ども狂喜乱舞の大喝采で買値の数百倍の額がつく始末よ。もう軽く犯罪よ犯罪」
「ああ、俺も一回、ブーツ脱ぎっぱなしにしてたら売り飛ばされてたな。あれが服じゃなくて良かったぜ。ははっ!」
「笑いごとじゃないっての。あんたはいつも裸みたいなもんだから良いでしょ。あの子はサイズ合う服ほとんどないから、洒落にならなかったんだから。あたしの服も手持ちの防具も全くサイズ合わないし、仕方ないから魔物の身ぐるみ剥ぐ始末よ」
「ああもういいからいいから」

 小言に耳が痛み出したのか、ユーイチが強引に割って入る。

「とりあえず屋敷の中、捜索するぞ。まずは一階だ。シャロンはそっちの広間、ハリソンは隣の客間っぽい所だ。俺はこの辺りの様子を探る」

 ユーイチの指示にシャロンは渋々、ハリソンは飄々と従い、三人は散会する。
 その場に一人残ったユーイチは、玄関に置かれた壺や宝箱の中を漁り始めた。
 長年放置されているのか、屋敷の中は随分と荒れ放題だ。
 床に敷き残された赤絨毯や壁に掛けられた絵画から、一定の身分や財力を持った人物の所有物だったことは窺える。だが至る所に散乱している瓦礫や割れた硝子窓、室内が丸見えになるほど歪んだ扉などで雰囲気は台無しだ。灯りもなく、差しこむのは宵闇の名残ばかりで、さながら幽霊屋敷と呼ぶのが相応しくも思えてくる。
 だがユーイチには関係ない。何か貴重な物はないか平然と漁り続ける。
 途中でやけに真新しい雑記帳が出てきたが、開いてみると、それは何者かが自らの心中を吐露して自分に酔っている痛々しい詩集だった。
 名のある詩人の作品集ならば高値もつくだろうが、とてもではないが読むに耐えない感性だったので、そのまま宝箱の中に戻しておく。
 それからも玄関の捜索を続けていると―――。
 突然、何やら大量の足音が響いてきた。
 そちらを振り向くと、二階へ続く階段の前に見慣れた妖精が大量発生している。
 その正体に気づいた途端、ユーイチの理性は完全に灼き切れた。

「……メ、メルリープが……あんなにたくさんっ!?」

 それは資金稼ぎで何百回と退治したメルリープたちだ。
 突如大量に湧いて出た金蔓を前に、ユーイチは慌てて両手の指を折り始める。

「ええっと……ひぃふぅみぃ……に、にじゅうご!? そんなに倒したら一体につき5万5000ギルだから……137万5千ギルぅ!? こ、これは凄い……」

 もはや彼の眩んだ目には、メルリープたちが金貨の山にしか見えていなかった。
 だから、彼は気づかなかった。
 その全員の表情に、不敵な微笑みが貼りついていることに。

「――――――ふっふっふ。あの魔導士さえいなきゃ、お前なんか怖くないもんねっ!」
「ねっ!」
「ねっ!」
「死ねっ!」

 自信満々に言い放つメルリープたち。

「あっ、でも誰が倒すの? こんなに人数多くちゃ同士討ちになる」「遠くから魔術でいいんじゃない?」「ダメだって。魔術だと部屋が散らかってマスター怒る」「短気だからね」「大丈夫。このあいだ即死魔術覚えた」「いつの間に?」「ズルい」「ダメだって、即死させたら一発で終わっちゃうじゃん」「殴らせろ!」「蹴らせろ!」「刺したい!」「潰したい!」「裂きたい!」――――――。

 一人の疑問が口火となって、途端に方々から奇声や怒声が飛び交い始める。だが興奮に呑まれたユーイチには聴こえていない。

「おいシャロン! ハリソン! 出番だ出番! 戻ってこい!」

 だが、その呼びかけに応じたのは、目下戦力外のシャロンだけだった。

「―――なによ、うっさいわね……、…………って、へえっ!?」

 呼ばれて玄関に戻ってきた彼女は、ユーイチの対峙する大量のメルリープを前に言葉を失った。
 そして、彼女たちに向かって涎が垂れそうなほど目を輝かせているユーイチにも。

「……あ、ああ、あああんた、前! 前!」
「凄いだろ! 137万ギルだぞ! 137万!」

 どうやらユーイチの目には、メルリープたちが未だに大量の金貨の山として映っているようだ。だが、そうとは知らないシャロンは必死で大声を張り上げる。

「バカよく見なさいよ! どう見たって魔物の大群よ! 目ぇ覚ませアホ!」

 しかし、シャロンの努力も遂に虚しく終焉を迎える。

「あっ。なんか二人に増えたから、半分ずつに分かれて一発ずつ順番に殴ってくって感じでどう?」

「「「「「「「「「「「賛成!」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「賛成!」」」」」」」」」」」
「えっ、ちょ……じょ、冗談よね?」

 苦笑いのシャロンに、メルリープは一言、満面の笑顔で呟く。

「ふっふっふ……今までボコボコにされた恨み、ここでお返しだぁぁぁっ!」
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