気紛れたラスボスを振り回す気紛れた群像
聖大陸 要塞都市アインシュヴァルツ 上空
「す、すみませんです! すみませんすみませんですっ!」
聖大陸最大の軍事都市国家・アインシュヴァルツの遥か上空。
叫んだ謝罪が誰にも届かない程の上空にも関わらず、少女は声を張り上げていた。
年の頃は若く、燃え盛るような真紅の髪とマント、その左襟に輝く朱色の羽飾りと全身赤一色のためか如何にも愛らしく見える。
ただ一点―――その背中に背負った奇妙なハンマーを除けば。
それは身の丈を超える程に巨大で、赤いヘッドの造形は時代や世界観を完全に無視していた。その素材は明らかに鋼の類いではなく、弾力性に富んだ異質な物のようだ。形も蛇腹のように波打っており、凶器特有の威圧感が欠片もない。
そんな少女―――フレイアは今、アインシュヴァルツの城下町にある雑貨屋へ立ち寄ってきた所だった。
だが買い物をしていたわけではない。寧ろ逆だ。
彼女は、雑貨屋に幾つかの武具や道具を戻し、その分の料金をこっそり盗み出した所を店主に目撃されたのだ。そしてあろうことか、店主の記憶を消去する為に、背中のハンマーで気絶させたのだった。
その物音を聴きつけた近隣の住人たちが騒ぎ始めたので、相棒共々一目散に空まで逃げてきた所だ。
「……はぁ。また見つかっちゃったです。これでまた減給です……」
そんな主の落胆を敏感に察したのか、少女が跨がる相棒―――銀狼フェンリルは心配そうに彼女を見遣る。その気遣いに少女は相棒の背中を撫でながら笑顔で応えた。
「大丈夫です、お給料減ってもフェンリルの餌代は削らないです」
それでもフェンリルは瞳を不安気に細めている。気にしているのはそこではないとでも言いた気に鈍く唸りながら――――――。
―――事の発端は数時間前。
天空遥か彼方、もはや人の手も魔女の恐怖も届かない澄み渡る空色の果てにその宮殿は浮いていた。
建材の継ぎ目が一切見当たらない丸みを帯びた純白一色の建物は、文字通り神の御業を思わせる造りだ。鋭い陽光を神々しく照り返し、今は仄かな暖色を帯びている。
宮殿は円形上の台座の上に立っており、周囲には豊かな草原や花々、木々が生い茂っている。花畑の真ん中だけ綺麗に刳り貫いて、宮殿を置いたような感じだ。
その台座の外れ、一ヶ所だけ円から飛び出た突起のような場所があった。結ぶ先を失った橋のようでもあり、そこも豊かな芝生で埋め尽くされている。
そこに仲良く寝転がる二つの影があった。
フレイアとフェンリルだ。
フェンリルの体に背中を預けるフレイアと、彼女を守るように頭と尻尾を寄り添わせているフェンリル。愛用のマントとハンマーは横に置かれており、今はノースリーブのブラウスにチェック柄のスカートという格好だ。以前に訪れた学術都市国家・ミルフォートの女子学徒の格好を真似したもので、最近のフレイアのお気に入りだった。由緒ある令嬢の普段着と言っても十分に通用する淑やかな雰囲気を放っている。
その残念な口調を除けば。
「―――ふぃぃぃぃ……やっぱ日向ぼっこは良いですねぇ」
その意見に賛同したのか、フェンリルも甘えるように鼻を鳴らす。
「こうしてると、ついつい……眠く……」
あまりに心地良いのか、フレイアはうとうとして瞼が落ち始めていた――――――時に、ふと全身で浴びていた陽の温かみが引いていくのを感じた。
「……ん?」
重い瞼をゆっくり押し上げて両目を見開くと、フレイアの目の前にいつの間にか一人の男が立っていた。
「やあやあ、相変わらず眠そうで何よりだよ」
フレイアと同じ真紅のマントを羽織った長身の男だ。右目に片眼鏡をかけており、妙に胡散臭い笑顔を浮かべている。どことなく策士を思わせる風貌だ。
その皮肉めいた声で男の正体を把握したフレイアから一瞬で眠気が吹き飛ぶ。
「ア、アルティア様!?」
すぐさま身を起こして、男―――アルティアの前に正座する。その怪しい笑顔を前に彼女の全身は酷く強張っていた。
「ああ良いって良いって、そんな固くならないでさ。キミとボクの仲じゃないか」
「……い、いえ。主従関係以上友達関係未満な気がするです……」
「そんなキミとボクの甘く切なくちょっぴり酸っぱくて時々辛い仲に免じて、これをプレゼントしよう」
「い、いやだから、甘くも切なくも酸っぱくもないですし、しょっちゅう辛いじゃないですか――――――って、これ何です?」
彼が差し出したのは一通の手紙だった。
「また近々、彼らが死んじゃうみたいでね。というわけで回収よろしく」
「えっ、またですか!? だって、つい二週間くらい前にも……」
「そうそう。今回人に見つかったり長剣折ったり防具傷つけたりしたら、減給三〇パーセントだから気をつけてね」
「ええっ!? そんないつもの三倍じゃないですかぁ!」
思わず立ち上がって抗議の声を張り上げるフレイア。だが目の前のアルティアはそっぽ向いて態とらしく口笛を吹き鳴らしている。
「最近随分と失態が多いからね。ここらで罰則を厳しくすることに決めたんだよ。いやー鞭に愛をこめるのも心が痛むよ」
「い、いやいや大丈夫です大丈夫ですって! 今までのはたまたまで……! ほっ、ほら甘く切ない関係の可愛い部下がこんなに困ってるですよ!」
芝居がかったアルティアの口調に本気度を察したのか、フレイアは必死で方針の撤回を懇願する。
だが、それも通用するわけなどなく……。
「さっき自分で甘くも切なくもないって言ったじゃないか」
それまでの表情から一転、アルティアは冷静な真顔で早口に反論を言い放つ。
「はうぁっ! …………ううぅっ…………」
「はい、というわけでよろしくね。今すぐ出ないと死亡予定時刻に間に合わないよ。ほら行った行った――――――」
(―――はあ、でもこんな安月給から三〇パーセントも減給されたら、今度は何を切り詰めれば良いですかね……)
フェンリルには聴こえないように心中で愚痴を零すフレイア。
彼女の仕事は、一言で表せば「討伐隊一向の回収」―――彼らが死亡した際、彼らが定期的に記している「日記」の内容通りに状況を復元することだ。
一体どんな手段を以てしてなのか、神であるアルティアは一行の死亡日時や場所、直近の日記の内容を把握しており、それを参考に天使であるフレイアが状況回復を行う。
その仕事は極めて重労働だった。
直前の日記の内容と食い違う部分は全てフレイア自身で修正する。アイテムを人の家や洞窟に戻したり、買った武器防具を店に戻してその売上げも調整したり、更には日記を書いた時にいなかった人物が討伐隊に所属していた場合、元いた町まで連れ戻さなければならない。そのため、文字通り世界中を飛び回る必要があるのだ。
加えて、もう一つの制約があった。
それは、この世界がRPGという空想世界であるということを、決して知られてはならないということだ。
アルティアやフレイアたち天空の諸人だけは知っていた。この世界に宿された命、その全ての運命は進むべき道を事前に決定づけられているということを。
倒されるべきは倒され、生き残るべきは生き残る。
進むべきは進み、覆るべきは覆る。
それは、自らの意志と行動の価値が容赦なく零に帰結することを意味する。もし人々がその事実に気づけば、おそらく正気を保てなくなるだろう。
それは整然と配置された世界の均衡を崩しかねない。この世界が一つのRPGとして成立する為にも、この事実は公にされてはならないのだ。
故にフレイアたち神の使いの仕事は、精神的にも肉体的にも極めて重労働だ。
それにも関わらず、フレイアの給金は雀の涙にも等しいものだった。宮殿の給仕や料理人の方が給料は弾んでいる。些細な抵抗として何度か職務のボイコットも考えたが、それでは相棒のフェンリルにも火の粉が降りかかってしまう。
結果、こうして渋々仕事を続けている。
フレイアは懐から預かってきた手紙を取り出した。
そこには様々な武器防具や道具の名称と、討伐隊が手にする前の所有者の氏名などが並んでいた。中にはいま戻してきた物に関する情報も記載されている。
彼女はマントの襟の羽飾りを外すと、その名称に羽飾りで赤いバツ印を上書きした。どうやら羽飾りは羽ペンでもあるようだ。
「……これでようやく全部ですか。ったく、それにしてもホント、日記はこまめに書いておいて欲しいもんです。自意識過剰なんじゃないですかね……いつもいつも調整に走るあたしたちの身にもなって欲しいです。まあ、メンバーが違わないだけ、まだマシってところですけど。この前なんか日記帳の見返しに名前なんか書いてくれちゃって、お店に戻す前に消すのにどれだけ苦労したと思ってんですかね……ホントあいつらはいつもいつもいつもいつも……あああぁぁぁぁっ! 思い出したらムカムカしてきたぁぁぁっ!」
突然怒りが沸騰して暴れ始めたフレイアに、フェンリルは悲し気に鼻を鳴らす。主を見つめる瞳は風格漂う巨狼とは思えぬほど慈愛に満ちている。
「――――――ああっ! ごめんなさいですごめんなさいです! そうですねそうですよね落ち着かないといけないですよね……。すみませんです、つい暴れてしまいました、痛かったですよね」
正気を取り戻したフレイアは、フェンリルの体をぽんぽん叩いて慰める。主の笑顔を見て安堵したのか、フェンリルは心地良さそうに目を細める。
「……うーん、まだまだダメですね。過去を思い出すと、つい我を忘れて怒り心頭してしまうです。……えっと、切り替えて仕事です仕事。死亡予定地はどこですかね……」
フレイアは気を落ち着かせると、何やら物騒な一言を平然と口にして、手紙の最下段を黙々と確認する。
そこには二行―――次のように書かれていた。
《死亡予定地 : ブーゲンビリアの森 森奥の館》
《死亡予定時刻 : 17時くらい?》
「す、すみませんです! すみませんすみませんですっ!」
聖大陸最大の軍事都市国家・アインシュヴァルツの遥か上空。
叫んだ謝罪が誰にも届かない程の上空にも関わらず、少女は声を張り上げていた。
年の頃は若く、燃え盛るような真紅の髪とマント、その左襟に輝く朱色の羽飾りと全身赤一色のためか如何にも愛らしく見える。
ただ一点―――その背中に背負った奇妙なハンマーを除けば。
それは身の丈を超える程に巨大で、赤いヘッドの造形は時代や世界観を完全に無視していた。その素材は明らかに鋼の類いではなく、弾力性に富んだ異質な物のようだ。形も蛇腹のように波打っており、凶器特有の威圧感が欠片もない。
そんな少女―――フレイアは今、アインシュヴァルツの城下町にある雑貨屋へ立ち寄ってきた所だった。
だが買い物をしていたわけではない。寧ろ逆だ。
彼女は、雑貨屋に幾つかの武具や道具を戻し、その分の料金をこっそり盗み出した所を店主に目撃されたのだ。そしてあろうことか、店主の記憶を消去する為に、背中のハンマーで気絶させたのだった。
その物音を聴きつけた近隣の住人たちが騒ぎ始めたので、相棒共々一目散に空まで逃げてきた所だ。
「……はぁ。また見つかっちゃったです。これでまた減給です……」
そんな主の落胆を敏感に察したのか、少女が跨がる相棒―――銀狼フェンリルは心配そうに彼女を見遣る。その気遣いに少女は相棒の背中を撫でながら笑顔で応えた。
「大丈夫です、お給料減ってもフェンリルの餌代は削らないです」
それでもフェンリルは瞳を不安気に細めている。気にしているのはそこではないとでも言いた気に鈍く唸りながら――――――。
―――事の発端は数時間前。
天空遥か彼方、もはや人の手も魔女の恐怖も届かない澄み渡る空色の果てにその宮殿は浮いていた。
建材の継ぎ目が一切見当たらない丸みを帯びた純白一色の建物は、文字通り神の御業を思わせる造りだ。鋭い陽光を神々しく照り返し、今は仄かな暖色を帯びている。
宮殿は円形上の台座の上に立っており、周囲には豊かな草原や花々、木々が生い茂っている。花畑の真ん中だけ綺麗に刳り貫いて、宮殿を置いたような感じだ。
その台座の外れ、一ヶ所だけ円から飛び出た突起のような場所があった。結ぶ先を失った橋のようでもあり、そこも豊かな芝生で埋め尽くされている。
そこに仲良く寝転がる二つの影があった。
フレイアとフェンリルだ。
フェンリルの体に背中を預けるフレイアと、彼女を守るように頭と尻尾を寄り添わせているフェンリル。愛用のマントとハンマーは横に置かれており、今はノースリーブのブラウスにチェック柄のスカートという格好だ。以前に訪れた学術都市国家・ミルフォートの女子学徒の格好を真似したもので、最近のフレイアのお気に入りだった。由緒ある令嬢の普段着と言っても十分に通用する淑やかな雰囲気を放っている。
その残念な口調を除けば。
「―――ふぃぃぃぃ……やっぱ日向ぼっこは良いですねぇ」
その意見に賛同したのか、フェンリルも甘えるように鼻を鳴らす。
「こうしてると、ついつい……眠く……」
あまりに心地良いのか、フレイアはうとうとして瞼が落ち始めていた――――――時に、ふと全身で浴びていた陽の温かみが引いていくのを感じた。
「……ん?」
重い瞼をゆっくり押し上げて両目を見開くと、フレイアの目の前にいつの間にか一人の男が立っていた。
「やあやあ、相変わらず眠そうで何よりだよ」
フレイアと同じ真紅のマントを羽織った長身の男だ。右目に片眼鏡をかけており、妙に胡散臭い笑顔を浮かべている。どことなく策士を思わせる風貌だ。
その皮肉めいた声で男の正体を把握したフレイアから一瞬で眠気が吹き飛ぶ。
「ア、アルティア様!?」
すぐさま身を起こして、男―――アルティアの前に正座する。その怪しい笑顔を前に彼女の全身は酷く強張っていた。
「ああ良いって良いって、そんな固くならないでさ。キミとボクの仲じゃないか」
「……い、いえ。主従関係以上友達関係未満な気がするです……」
「そんなキミとボクの甘く切なくちょっぴり酸っぱくて時々辛い仲に免じて、これをプレゼントしよう」
「い、いやだから、甘くも切なくも酸っぱくもないですし、しょっちゅう辛いじゃないですか――――――って、これ何です?」
彼が差し出したのは一通の手紙だった。
「また近々、彼らが死んじゃうみたいでね。というわけで回収よろしく」
「えっ、またですか!? だって、つい二週間くらい前にも……」
「そうそう。今回人に見つかったり長剣折ったり防具傷つけたりしたら、減給三〇パーセントだから気をつけてね」
「ええっ!? そんないつもの三倍じゃないですかぁ!」
思わず立ち上がって抗議の声を張り上げるフレイア。だが目の前のアルティアはそっぽ向いて態とらしく口笛を吹き鳴らしている。
「最近随分と失態が多いからね。ここらで罰則を厳しくすることに決めたんだよ。いやー鞭に愛をこめるのも心が痛むよ」
「い、いやいや大丈夫です大丈夫ですって! 今までのはたまたまで……! ほっ、ほら甘く切ない関係の可愛い部下がこんなに困ってるですよ!」
芝居がかったアルティアの口調に本気度を察したのか、フレイアは必死で方針の撤回を懇願する。
だが、それも通用するわけなどなく……。
「さっき自分で甘くも切なくもないって言ったじゃないか」
それまでの表情から一転、アルティアは冷静な真顔で早口に反論を言い放つ。
「はうぁっ! …………ううぅっ…………」
「はい、というわけでよろしくね。今すぐ出ないと死亡予定時刻に間に合わないよ。ほら行った行った――――――」
(―――はあ、でもこんな安月給から三〇パーセントも減給されたら、今度は何を切り詰めれば良いですかね……)
フェンリルには聴こえないように心中で愚痴を零すフレイア。
彼女の仕事は、一言で表せば「討伐隊一向の回収」―――彼らが死亡した際、彼らが定期的に記している「日記」の内容通りに状況を復元することだ。
一体どんな手段を以てしてなのか、神であるアルティアは一行の死亡日時や場所、直近の日記の内容を把握しており、それを参考に天使であるフレイアが状況回復を行う。
その仕事は極めて重労働だった。
直前の日記の内容と食い違う部分は全てフレイア自身で修正する。アイテムを人の家や洞窟に戻したり、買った武器防具を店に戻してその売上げも調整したり、更には日記を書いた時にいなかった人物が討伐隊に所属していた場合、元いた町まで連れ戻さなければならない。そのため、文字通り世界中を飛び回る必要があるのだ。
加えて、もう一つの制約があった。
それは、この世界がRPGという空想世界であるということを、決して知られてはならないということだ。
アルティアやフレイアたち天空の諸人だけは知っていた。この世界に宿された命、その全ての運命は進むべき道を事前に決定づけられているということを。
倒されるべきは倒され、生き残るべきは生き残る。
進むべきは進み、覆るべきは覆る。
それは、自らの意志と行動の価値が容赦なく零に帰結することを意味する。もし人々がその事実に気づけば、おそらく正気を保てなくなるだろう。
それは整然と配置された世界の均衡を崩しかねない。この世界が一つのRPGとして成立する為にも、この事実は公にされてはならないのだ。
故にフレイアたち神の使いの仕事は、精神的にも肉体的にも極めて重労働だ。
それにも関わらず、フレイアの給金は雀の涙にも等しいものだった。宮殿の給仕や料理人の方が給料は弾んでいる。些細な抵抗として何度か職務のボイコットも考えたが、それでは相棒のフェンリルにも火の粉が降りかかってしまう。
結果、こうして渋々仕事を続けている。
フレイアは懐から預かってきた手紙を取り出した。
そこには様々な武器防具や道具の名称と、討伐隊が手にする前の所有者の氏名などが並んでいた。中にはいま戻してきた物に関する情報も記載されている。
彼女はマントの襟の羽飾りを外すと、その名称に羽飾りで赤いバツ印を上書きした。どうやら羽飾りは羽ペンでもあるようだ。
「……これでようやく全部ですか。ったく、それにしてもホント、日記はこまめに書いておいて欲しいもんです。自意識過剰なんじゃないですかね……いつもいつも調整に走るあたしたちの身にもなって欲しいです。まあ、メンバーが違わないだけ、まだマシってところですけど。この前なんか日記帳の見返しに名前なんか書いてくれちゃって、お店に戻す前に消すのにどれだけ苦労したと思ってんですかね……ホントあいつらはいつもいつもいつもいつも……あああぁぁぁぁっ! 思い出したらムカムカしてきたぁぁぁっ!」
突然怒りが沸騰して暴れ始めたフレイアに、フェンリルは悲し気に鼻を鳴らす。主を見つめる瞳は風格漂う巨狼とは思えぬほど慈愛に満ちている。
「――――――ああっ! ごめんなさいですごめんなさいです! そうですねそうですよね落ち着かないといけないですよね……。すみませんです、つい暴れてしまいました、痛かったですよね」
正気を取り戻したフレイアは、フェンリルの体をぽんぽん叩いて慰める。主の笑顔を見て安堵したのか、フェンリルは心地良さそうに目を細める。
「……うーん、まだまだダメですね。過去を思い出すと、つい我を忘れて怒り心頭してしまうです。……えっと、切り替えて仕事です仕事。死亡予定地はどこですかね……」
フレイアは気を落ち着かせると、何やら物騒な一言を平然と口にして、手紙の最下段を黙々と確認する。
そこには二行―――次のように書かれていた。
《死亡予定地 : ブーゲンビリアの森 森奥の館》
《死亡予定時刻 : 17時くらい?》