気紛れたラスボスを振り回す気紛れた群像
◯水晶霊月2節目 16:30 ブーゲンビリアの森
「まったく……薬草はもちろんだけど、治癒魔術だって別にタダじゃないのよ? 魔力回復するのだってお金かかるし、不味い薬を飲まされる私の身にもなって欲しいわ。買い置きあったかしら……」
「ご、ごめんなさい」
迷いの森で有名な森を迷いなく歩く二人の影。
薄暗い森の奥にあっても映える紫色の短い髪と瞳の女に、透明感溢れる羽を羽撃かせて彼女の隣にふわふわと浮いている碧色のワンピースに身を包んだ妖精。
「はあ……まあいいわ。とりあえずあいつら注意するのが先ね」
そのまま黙って森の奥へ進み続ける二人。
やがて、その前に巨大な屋敷が姿を現した。
槍を並べたような鉄扉はすっかり錆びついており、続く庭も茂ったり禿げたり枯れたりと滅茶苦茶だ。屋敷自体の損壊も激しく、快適な住環境とは言い難い。
元々は物好きな貴族が建てたものらしいのだが、捨て置かれた今はノエルが勝手に使用している。
だが今は、外観の不穏な雰囲気とは真逆に、明るく騒ぐ声が中から響く。
「……なんか騒がしいわね」
「そうですね、何かあったんでしょうか……」
半妖の女―――ノエルは怪訝な表情を浮かべながら屋敷の扉を開く。
広々とした玄関で耳を澄ます二人。喧噪は二階の方から漏れてきていた。
二人は正面の階段を上ると、汚れた赤絨毯が敷かれた二階の廊下を進み、薄明かりの漏れる一室の前に立つ。
そこまで来ると、単なる音の集合に過ぎなかった騒ぎの実態も掴めてきた。
「……遊んでますね」
隣の妖精―――メルリープの言葉通り、中から漏れてくるのは喝采や笑い声ばかりで、深刻な気配は欠片もない。何事か遊んで盛り上がっているのが一聴瞭然だった。
メルリープが恐る恐る隣のノエルの横顔を盗み見る。
案の定、そこにあったのは酷く引き攣った鬼の形相だった。
「……あいつら、いい度胸してんじゃないの」
湧き上がる憤怒に尽き動かされるまま、ノエルは勢い良く部屋の扉を蹴破った。
ノエルの一撃を突然の侵入者だと勘違いしたのか、中にいた大勢の妖精たちはたちまち右往左往に飛び回り出し、誰一人そこに立っているのが自分の主だとは気づかなかった。
「お前らぁっ! 全員そこに並べ――――――っ!」
その一言で部屋中の妖精たちが一斉に動きを止め、ノエルの前に二列で正座する。何故かずっと一緒にいたメルリープも、その前列に加わっている。おそらくノエルの一言に条件反射を起こしたのだろう。
「……ったく、なんでこういう連帯感だけ妙に優れてんだか。……いや、今はそんなこと言ってる場合じゃなくて……」
目頭を押さえつつも、気を入れ直すノエル。
「あんたたち、まさか今日一日ずっと遊んでたわけ?」
頑なに口を閉ざすメルリープたち。だがそれは答えているも同義の沈黙だった。
「この屋敷と森の守護を任せたのに、全員で部屋に引きこもってトランプとかホントあり得ないわ。しかも仲間が呼んでるのに助けに来ないとか、どういうつもりなの?」
再びノエルが尋ねるも、全員が俯いたまま無言を貫く。
「……ふーん、あくまで私に楯突こうってわけね」
だが、沸騰しつつあるノエルの苛立ちを察してか、やがて一人が静かに口を開いた。
「……だ、だって、怖いんですもん」
「当たり前でしょ、怒ってるんだから」
今度は別のメルリープが恐る恐る口を開く。
「ち、違うんです。マスターじゃなくて、あの人たちが怖いんです」
「怖い? あんな遊び人とか踊れない踊り子なんて混じってる討伐隊が?」
「その二人じゃないんです。つい最近、新しく入った魔導士の女の子です」
「魔導士? そんな子いたかしら……」
「あの子が凶悪なんです。一人だけ強すぎるんです。とても敵わないんです」
「反則なんです、公式チートなんです、不公平なんです」
「もう、火傷したくないんです」
「痛いの嫌なんです」
「嫌なんです」
「嫌なんです」
「そうなんです」
堰を切ったようにメルリープたちが言い訳を並べ始めた。それ以上の追及は勘弁してくれと言わんばかりに懇願の涙目をノエルに向けながら。
だが、ノエルも了解するわけにはいかない。
「痛いの嫌って……この子はそれでも頑張ってるでしょ? みんなで頑張んなさいよ」
一応試しに提案してみたが、やはりどうにも響かない。
さてどうしたものかとノエルは深い溜め息を漏らしたが、そう悠長に構えている余裕はすぐになくなってしまった。
「…………?」
―――何者かが外の門扉を開く音が響いた。
「こんな時に誰かしら……」
部屋の窓から外を覗くと、そこには何故か、つい先ほど目にしたばかりの討伐隊一行の姿があった。
「あいつら……テミルナに戻った筈じゃ……」
だが、リリスからの指令を考慮すれば、逆に良い機会でもある。
そう割り切ったノエルは、何か妙案は無いかと思考を回す。
「どうしたんですか? マスター」
窓際で固まったままのノエルに不安を覚えたのか、メルリープが声をかける。
「……どうやら、あいつらが戻って来たみたいね。どうするかな……」
「あ、あいつら?」「あいつらって?」「…………」「あ……」「あいつらだ!」「あいつらが来たんだ!」「カツアゲに来たんだ!」「カツアゲだぁ!」「どうしようどうしよう!」「嫌だ怖い助けてお願いします神様仏様リリス様ぁ!」
侵入者の正体に気づいた途端、二六人全員の恐怖が一斉に爆発した。誰彼構わず所狭しと飛び回り出しては、互いに衝突して痛みに悶えている。
そんな情けない部下に一抹の虚しさを覚えたノエルは、全員に向かって一喝する。
「ああもう少し黙れ!」
その一言に再び背筋を凍らせたメルリープたちは、一瞬でノエルの前に正座する。徹底して訓練を積んだ騎士団でも、こうはいかないとすら思える見事な整列ぶりだ。そんな所だけ優れている事実が、逆にノエルの虚しさを助長もするのだが。
「普通に考えなさいよ。二六対三よ? ああいや、私を入れたら二七対三か。とにかく! 数で言えば一〇倍近い差があるのよ? あんな守銭奴と筋肉バカと冴えない踊り子なんか前にして逃げ出すとか、恥ずかしいと思わないわけ!?」
「で、でも……あの子がいたら、そんなの関係ないです」
「関係ないです」
「ないです」
「怖いです」
「人でなし」
即答されたノエルは、力なく項垂れて呆れ果てるしかなかった。
「……どこまで根性ないのよ、あんたたち」
だがその時、メルリープの一人が首を傾げながら口を開いた。
「あの、マスター?」
「なによ腑抜け二六分の一」
「はうっ! す、すみません……じゃ、じゃなくてですね。今、三人って言いました?」
「そうよ、それがどうかした?」
だが、ノエルの問い返しにメルリープは答えなかった。逆に、彼女の答えに特別な意味でもあったのか、二六人はこれでもかと言わんばかりに小さくまとまって、何やらこそこそと話し始めた。ノエルは会話を拾おうと近づいてみたが、全員が亀の甲羅を成すように固まっており、話が全く漏れてこない。
除け者が若干面白くないノエルだったが、暫く待っていると突然メルリープたちが散会して綺麗に整列した。
「ではマスター、行ってきます」
開口一番、突然の決意表明を宣言すると、全員が折り目正しく敬礼する。
「な、なによ急に。行くってどこへ?」
「一階の様子を見にです」
「です」
「です」
いきなりやる気を見せ始めたメルリープたち。
そのあまりにも急な豹変に少々戸惑うノエル。だが、特に挫く理由もないので「あ、ああそう」とだけ返した。
ノエルの返答を合図にメルリープたちはぞろぞろと部屋を後にし始めた。
だが、最後に部屋を出ようとした一人だけは、ノエルに「ちょっと待て」と襟首を掴まれてしまった。
その理由が分からないのか、捕まったメルリープは目を丸くしている。
「な、なんですかマスター?」
「あんたさっき、私のこと『人でなし』とか言ってくれたわよね?」
「へっ? ……い、いえ、あたしじゃなくて他のメルじゃないですか? ほら! あたしたちこんなにそっくりだし!」
「何年も世話係やってる私が、あんたたちを見分けられないとでも?」
「い、いえ、その……」
「いやいや別に構わないわよ。私は人間と妖魔のハーフだから確かに人じゃないしね。当たり前のこと言われて八つ当たりする程度の小さな器じゃないって自負もあるし」
「……あ、あは、あははは…………」
凍りついた笑いを浮かべるメルリープに対して、満面不気味な笑顔のノエル。
「でも、私も半分は人間だからさ、ちょっとはカチンと来るのよ。ってわけで今日のところは全殺しじゃなくて半殺しで勘弁してあげるわ」
「……は、半妖だけに?」
「誰もうまいこと言えなんて言ってないわよ!」
「す、すみませんっ!」
「まったく……薬草はもちろんだけど、治癒魔術だって別にタダじゃないのよ? 魔力回復するのだってお金かかるし、不味い薬を飲まされる私の身にもなって欲しいわ。買い置きあったかしら……」
「ご、ごめんなさい」
迷いの森で有名な森を迷いなく歩く二人の影。
薄暗い森の奥にあっても映える紫色の短い髪と瞳の女に、透明感溢れる羽を羽撃かせて彼女の隣にふわふわと浮いている碧色のワンピースに身を包んだ妖精。
「はあ……まあいいわ。とりあえずあいつら注意するのが先ね」
そのまま黙って森の奥へ進み続ける二人。
やがて、その前に巨大な屋敷が姿を現した。
槍を並べたような鉄扉はすっかり錆びついており、続く庭も茂ったり禿げたり枯れたりと滅茶苦茶だ。屋敷自体の損壊も激しく、快適な住環境とは言い難い。
元々は物好きな貴族が建てたものらしいのだが、捨て置かれた今はノエルが勝手に使用している。
だが今は、外観の不穏な雰囲気とは真逆に、明るく騒ぐ声が中から響く。
「……なんか騒がしいわね」
「そうですね、何かあったんでしょうか……」
半妖の女―――ノエルは怪訝な表情を浮かべながら屋敷の扉を開く。
広々とした玄関で耳を澄ます二人。喧噪は二階の方から漏れてきていた。
二人は正面の階段を上ると、汚れた赤絨毯が敷かれた二階の廊下を進み、薄明かりの漏れる一室の前に立つ。
そこまで来ると、単なる音の集合に過ぎなかった騒ぎの実態も掴めてきた。
「……遊んでますね」
隣の妖精―――メルリープの言葉通り、中から漏れてくるのは喝采や笑い声ばかりで、深刻な気配は欠片もない。何事か遊んで盛り上がっているのが一聴瞭然だった。
メルリープが恐る恐る隣のノエルの横顔を盗み見る。
案の定、そこにあったのは酷く引き攣った鬼の形相だった。
「……あいつら、いい度胸してんじゃないの」
湧き上がる憤怒に尽き動かされるまま、ノエルは勢い良く部屋の扉を蹴破った。
ノエルの一撃を突然の侵入者だと勘違いしたのか、中にいた大勢の妖精たちはたちまち右往左往に飛び回り出し、誰一人そこに立っているのが自分の主だとは気づかなかった。
「お前らぁっ! 全員そこに並べ――――――っ!」
その一言で部屋中の妖精たちが一斉に動きを止め、ノエルの前に二列で正座する。何故かずっと一緒にいたメルリープも、その前列に加わっている。おそらくノエルの一言に条件反射を起こしたのだろう。
「……ったく、なんでこういう連帯感だけ妙に優れてんだか。……いや、今はそんなこと言ってる場合じゃなくて……」
目頭を押さえつつも、気を入れ直すノエル。
「あんたたち、まさか今日一日ずっと遊んでたわけ?」
頑なに口を閉ざすメルリープたち。だがそれは答えているも同義の沈黙だった。
「この屋敷と森の守護を任せたのに、全員で部屋に引きこもってトランプとかホントあり得ないわ。しかも仲間が呼んでるのに助けに来ないとか、どういうつもりなの?」
再びノエルが尋ねるも、全員が俯いたまま無言を貫く。
「……ふーん、あくまで私に楯突こうってわけね」
だが、沸騰しつつあるノエルの苛立ちを察してか、やがて一人が静かに口を開いた。
「……だ、だって、怖いんですもん」
「当たり前でしょ、怒ってるんだから」
今度は別のメルリープが恐る恐る口を開く。
「ち、違うんです。マスターじゃなくて、あの人たちが怖いんです」
「怖い? あんな遊び人とか踊れない踊り子なんて混じってる討伐隊が?」
「その二人じゃないんです。つい最近、新しく入った魔導士の女の子です」
「魔導士? そんな子いたかしら……」
「あの子が凶悪なんです。一人だけ強すぎるんです。とても敵わないんです」
「反則なんです、公式チートなんです、不公平なんです」
「もう、火傷したくないんです」
「痛いの嫌なんです」
「嫌なんです」
「嫌なんです」
「そうなんです」
堰を切ったようにメルリープたちが言い訳を並べ始めた。それ以上の追及は勘弁してくれと言わんばかりに懇願の涙目をノエルに向けながら。
だが、ノエルも了解するわけにはいかない。
「痛いの嫌って……この子はそれでも頑張ってるでしょ? みんなで頑張んなさいよ」
一応試しに提案してみたが、やはりどうにも響かない。
さてどうしたものかとノエルは深い溜め息を漏らしたが、そう悠長に構えている余裕はすぐになくなってしまった。
「…………?」
―――何者かが外の門扉を開く音が響いた。
「こんな時に誰かしら……」
部屋の窓から外を覗くと、そこには何故か、つい先ほど目にしたばかりの討伐隊一行の姿があった。
「あいつら……テミルナに戻った筈じゃ……」
だが、リリスからの指令を考慮すれば、逆に良い機会でもある。
そう割り切ったノエルは、何か妙案は無いかと思考を回す。
「どうしたんですか? マスター」
窓際で固まったままのノエルに不安を覚えたのか、メルリープが声をかける。
「……どうやら、あいつらが戻って来たみたいね。どうするかな……」
「あ、あいつら?」「あいつらって?」「…………」「あ……」「あいつらだ!」「あいつらが来たんだ!」「カツアゲに来たんだ!」「カツアゲだぁ!」「どうしようどうしよう!」「嫌だ怖い助けてお願いします神様仏様リリス様ぁ!」
侵入者の正体に気づいた途端、二六人全員の恐怖が一斉に爆発した。誰彼構わず所狭しと飛び回り出しては、互いに衝突して痛みに悶えている。
そんな情けない部下に一抹の虚しさを覚えたノエルは、全員に向かって一喝する。
「ああもう少し黙れ!」
その一言に再び背筋を凍らせたメルリープたちは、一瞬でノエルの前に正座する。徹底して訓練を積んだ騎士団でも、こうはいかないとすら思える見事な整列ぶりだ。そんな所だけ優れている事実が、逆にノエルの虚しさを助長もするのだが。
「普通に考えなさいよ。二六対三よ? ああいや、私を入れたら二七対三か。とにかく! 数で言えば一〇倍近い差があるのよ? あんな守銭奴と筋肉バカと冴えない踊り子なんか前にして逃げ出すとか、恥ずかしいと思わないわけ!?」
「で、でも……あの子がいたら、そんなの関係ないです」
「関係ないです」
「ないです」
「怖いです」
「人でなし」
即答されたノエルは、力なく項垂れて呆れ果てるしかなかった。
「……どこまで根性ないのよ、あんたたち」
だがその時、メルリープの一人が首を傾げながら口を開いた。
「あの、マスター?」
「なによ腑抜け二六分の一」
「はうっ! す、すみません……じゃ、じゃなくてですね。今、三人って言いました?」
「そうよ、それがどうかした?」
だが、ノエルの問い返しにメルリープは答えなかった。逆に、彼女の答えに特別な意味でもあったのか、二六人はこれでもかと言わんばかりに小さくまとまって、何やらこそこそと話し始めた。ノエルは会話を拾おうと近づいてみたが、全員が亀の甲羅を成すように固まっており、話が全く漏れてこない。
除け者が若干面白くないノエルだったが、暫く待っていると突然メルリープたちが散会して綺麗に整列した。
「ではマスター、行ってきます」
開口一番、突然の決意表明を宣言すると、全員が折り目正しく敬礼する。
「な、なによ急に。行くってどこへ?」
「一階の様子を見にです」
「です」
「です」
いきなりやる気を見せ始めたメルリープたち。
そのあまりにも急な豹変に少々戸惑うノエル。だが、特に挫く理由もないので「あ、ああそう」とだけ返した。
ノエルの返答を合図にメルリープたちはぞろぞろと部屋を後にし始めた。
だが、最後に部屋を出ようとした一人だけは、ノエルに「ちょっと待て」と襟首を掴まれてしまった。
その理由が分からないのか、捕まったメルリープは目を丸くしている。
「な、なんですかマスター?」
「あんたさっき、私のこと『人でなし』とか言ってくれたわよね?」
「へっ? ……い、いえ、あたしじゃなくて他のメルじゃないですか? ほら! あたしたちこんなにそっくりだし!」
「何年も世話係やってる私が、あんたたちを見分けられないとでも?」
「い、いえ、その……」
「いやいや別に構わないわよ。私は人間と妖魔のハーフだから確かに人じゃないしね。当たり前のこと言われて八つ当たりする程度の小さな器じゃないって自負もあるし」
「……あ、あは、あははは…………」
凍りついた笑いを浮かべるメルリープに対して、満面不気味な笑顔のノエル。
「でも、私も半分は人間だからさ、ちょっとはカチンと来るのよ。ってわけで今日のところは全殺しじゃなくて半殺しで勘弁してあげるわ」
「……は、半妖だけに?」
「誰もうまいこと言えなんて言ってないわよ!」
「す、すみませんっ!」