気紛れたラスボスを振り回す気紛れた群像

「……暇ね」

 賑やかな雑踏の盛り上がりに水でも差したいのか、道の端に腰を下ろして愚痴を吐く一人の小柄な少女。抱えた両膝の頭に顎を乗せて、道行く往来を睨んでいる。
 言葉通り暇潰しでも探しているのか、辺りをきょろきょろして止まない。そして、何故か一緒に鼻を利かせている。
 すると、何か感じ取ったのか、ぴんと背筋を伸ばした。

「……なんだか怪しいにおい」

 そう呟いた少女の視線は、向かいの雑貨屋と武具店、正確には両者の間の物陰に結びつけられている。そこに〈におい〉の元でもあるというのだろうか。
 だが、やがて―――その物陰から一つの人影が現れた。
 それを認めた少女の顔が、暇を持て余していた時と違って嬉々として輝き出す。
 どうやら彼女の鼻が感じ取った〈におい〉の発生源のようだ。
 顔を布で覆い隠し、全身を土色の襤褸めいた外套に包みこんでいる。まるで野党のような身形は、確かに誰の目が見ても十二分に怪しい。

「……ふーん、面白そうね」

 舌舐めずりしながら、少女は人影の後を追う為に立ち上がった。
 だが、歩き出すことは叶わなかった。
 その前に、羽織っていたマントの襟首を思いきり引っ張られてしまったからだ。

「ぐえっ!」

 反動で喉を詰まらせた少女は、そのまま地面に両手をついて激しく咳き込み始めた。
 そんな彼女の後頭部めがけて、元凶の少年が静かに言葉をぶつける。

「どこ行くつもりさ。大人しくここで待っててって言ったろ?」
「ぐぅ……。相変わらず姉に対する敬意がまるでないわね、あんた……」

 絶え絶えの息を何とか繋いで、少女は弟の少年を詰る。

「なにが敬意だよ。僕より先に母さんのお腹から出てきただけだろ。それだって、どうせ僕が出ようとしてるのを押し退けて先に出ただけだろうし」
「……そういう際どい冗談を真顔で言えるあんたの方が性格悪いわ。あぁあ良かった良かった、その性悪があんたに受け継がれてホント良かったぁ」
「ソニアみたいに品位がないよりはマシだよ」

 それに対する小言よりも先に、双子の姉―――ソニア・カンパネルラの右拳が少年の顔面に容赦なく襲いかかった。だが、いつのもことで慣れ切っているのか、少年は目を瞑ったまま楽々と躱す。
 ソニアは何度も拳を放つが、その全てが虚しく空を切る。

「ぜぇぜぇ……す、少しはやるようになったじゃない……」
「いや、今までに一発も当たったことないけど」
「う、うっさいわね……言わなきゃ締まらないでしょうが」
「あっそう。って言うか、そんなに元気があんなら残りの買い物よろしくね。僕、先に宿屋に戻ってるから。じゃ」

 そう言って、少年は手にしていたメモをソニアに押しつける。

「はっ? ちょ、ちょっと待ちなさいよエリオ!」

 呼び止められた双子の弟―――エリオ・カンパネルラは、ソニアの制止を清々しく無視してそのまま雑踏に紛れこんでしまった。

「……ぁんの野郎、後で覚えて…………ん?」

 仕方なく残りの買い物に向かおうと歩き出したソニアの視線が、ふと一点に引きつけられる。先程まで怪し気な人影が潜んでいた建物の陰だ。
 陰湿な空間の中に、何やら場違いなものが落ちている。
 興味を惹かれたソニアは、雑踏を掻き分けてそちらへ向かい、おそらくはあの怪しい人影の落とし物と思しき一冊の雑記帳を拾い上げる。

「なにこれ? 町と人の名前と……何だろこの数字。桁から考えると……借りた金額か何かかな? いやいやそうだとしたら借りすぎでしょ。一〇〇人以上いるし……」

 雑記帳に書かれた氏名や所在地、謎の数字を幾つも眺めながら唸るソニア。
 すると、何かに気づいたのか―――その表情が再び明るさを取り戻す。
 長年探し求めていた秘宝でも掘り当てたかのように。

(これって……もしかして……!)

 途端にソニアは宿屋目指して一目散に駆け出した。もはや頼まれていた買い物のことなど完全に頭から吹き飛んでいた。
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