気紛れたラスボスを振り回す気紛れた群像
娯楽都市マッカラン 商業区画
「……何だかよく分かりませんけど、大丈夫みたいですね」
商業区画の一角、酒場の店内を窓から怪し気に眺める少女が一人。
上背が足りない為、窓枠で懸垂しながら何度も中を覗いている。
その怪しい振る舞いと背中に背負った巨大な蛇腹のハンマーが、嫌が応にも道行く衆目を引きつけた。だが、決して誰も近づいたり興味本位を超えて凝視したりはしない。
その隣に、鋭い眼光を放っている巨大な狼が控えているからだ。
先程から通りを睨んだまま、狼は置物のように微動だにしない。端から見れば、サーカスを抜け出してきた猛獣使いと相棒のようでもある。
気が済んだのか、少女は窓から降りると狼の頭を撫でる。
「一体どこの誰か分かりませんけど、落とした物の中身はちゃんと元の場所に戻ってるみたいです。これなら安心です、良かったです」
ほっと胸を撫で下ろす少女に、狼も一つ唸って同意する。
少女―――フレイアは少し前、闘技場でユーイチほか二人と彼らの道具袋を回収し、宿屋へ戻る所だった。だが、その途中で謎の襲撃に遭い、相棒―――フェンリルの機転で難を逃れるも、その拍子に道具袋を落としてしまった。
その道具を元の持ち主もしくは場所に戻すのが彼女の仕事だったので、急いでその行方を探し回ったのだが……その仕事は知らぬ間に完遂されていたのだ。
一体誰の仕業なのか……。
その正体が分からないのは若干気になるが、今更追究した所で仕方もなければ意味もない。感謝こそすれ、恨むことなどないのだから。
フレイアはフェンリルと共に宿屋へ向かって歩き出す。
「さてさて。今回の救出料は50万ギルです。いつもより少ないのが残念ですけど、それでも凄いお金持ちです。折角だから気晴らしにどこか遊びに行くですか?」
フェンリルに微笑みかけるフレイアだが、当のフェンリルは浮かない表情だ。やや不安気にフレイアのマントの裾を引っ張っている。
意図するところが分かるのか、フレイアは再びフェンリルの頭を撫でる。
「ちょっとくらい使っても大丈夫です。いつも頑張ってくれてるお礼です」
フレイアの屈託ない厚意にも、フェンリルは俯き加減で鼻を鳴らす。どうやら申し訳なく思っているようだ。
そのとき――――――。
「……痛っ!」
フレイアの頭に何かが当たった。頭頂から足先まで一気に電気が突き抜けるような衝撃が奔り、堪らず頭を抱えてその場に踞る。
「痛ったたた……。一体何ですか?」
その正体はフェンリルが口に銜えていた。
何処から降ってきたのか分からない奇妙な小石。
―――そして、小石に紐で結びつけられた一枚の封筒。
「……何か露骨に嫌な予感がするです」
フレイアはフェンリルから封筒を受け取ると、恐る恐る中身を取り出して確認する。
取り出した手紙を広げると―――そこには一文だけ、短く記されていた。
『1ギルでも手をつけたら もっと大きなコレが降ってくるよ』
‖
娯楽都市マッカラン 宿屋
「……ない……ない……ないっ!」
宿屋に戻ってきたリーフィアは、焦りに焦っていた。
部屋を出る時に寝ていたノエルやメルリープたちの姿はどこにもない。メルリープたちは先ほど闘技場で見かけたと思うが、どうやらノエルもどこかへ出かけた様子だ。
だが、今のリーフィアに彼女たちの行方を構っている余裕はない。
「……まずい……まずいよ、このままじゃ……」
見る見る血の気が引いて蒼醒めていくリーフィア。
彼女が探しているのは、ノエルが持っていた100万ギルだった。
その100万ギルを担保に闘技場で開催したのが特別トーナメントだった。こちらで賞金を用意する代わりに午後のプログラムを差し替えさせたのだ。
勿論ノエルには事前の了解など取っていない。そのことをリーフィア自身は申し訳なく思っていたが、その度にリリスの命では逆らい用がないと言い訳を重ねてもいた。
だが……そんな不徳の代償か、肝心の100万ギルがどこにも見当たらない。
「……どうしよう」
ノエルが持って外出したのだろうか。それともメルリープたちが? だが、あれほどの大金だ。一部なら分かるが満額を持ち歩く理由など思い当たらない。
様々な予想を巡らし、しかし具体的な可能性が一つ消えるたび、彼女の脳裏をリリスの様々な制裁が過る。いや……それ以前に闘技場運営者が黙っていないだろう。既に賞金を肩代わりしてもらっている為、払えないでは済まされない。
粘性に富んだ気色悪い汗が、背中を這うように伝う。
もはや部屋の中央で立ち尽くす他なくなったリーフィア。
静寂に包まれた部屋で、自分の心臓の鼓動だけが高らかに打ち鳴らされていた。
「……何だかよく分かりませんけど、大丈夫みたいですね」
商業区画の一角、酒場の店内を窓から怪し気に眺める少女が一人。
上背が足りない為、窓枠で懸垂しながら何度も中を覗いている。
その怪しい振る舞いと背中に背負った巨大な蛇腹のハンマーが、嫌が応にも道行く衆目を引きつけた。だが、決して誰も近づいたり興味本位を超えて凝視したりはしない。
その隣に、鋭い眼光を放っている巨大な狼が控えているからだ。
先程から通りを睨んだまま、狼は置物のように微動だにしない。端から見れば、サーカスを抜け出してきた猛獣使いと相棒のようでもある。
気が済んだのか、少女は窓から降りると狼の頭を撫でる。
「一体どこの誰か分かりませんけど、落とした物の中身はちゃんと元の場所に戻ってるみたいです。これなら安心です、良かったです」
ほっと胸を撫で下ろす少女に、狼も一つ唸って同意する。
少女―――フレイアは少し前、闘技場でユーイチほか二人と彼らの道具袋を回収し、宿屋へ戻る所だった。だが、その途中で謎の襲撃に遭い、相棒―――フェンリルの機転で難を逃れるも、その拍子に道具袋を落としてしまった。
その道具を元の持ち主もしくは場所に戻すのが彼女の仕事だったので、急いでその行方を探し回ったのだが……その仕事は知らぬ間に完遂されていたのだ。
一体誰の仕業なのか……。
その正体が分からないのは若干気になるが、今更追究した所で仕方もなければ意味もない。感謝こそすれ、恨むことなどないのだから。
フレイアはフェンリルと共に宿屋へ向かって歩き出す。
「さてさて。今回の救出料は50万ギルです。いつもより少ないのが残念ですけど、それでも凄いお金持ちです。折角だから気晴らしにどこか遊びに行くですか?」
フェンリルに微笑みかけるフレイアだが、当のフェンリルは浮かない表情だ。やや不安気にフレイアのマントの裾を引っ張っている。
意図するところが分かるのか、フレイアは再びフェンリルの頭を撫でる。
「ちょっとくらい使っても大丈夫です。いつも頑張ってくれてるお礼です」
フレイアの屈託ない厚意にも、フェンリルは俯き加減で鼻を鳴らす。どうやら申し訳なく思っているようだ。
そのとき――――――。
「……痛っ!」
フレイアの頭に何かが当たった。頭頂から足先まで一気に電気が突き抜けるような衝撃が奔り、堪らず頭を抱えてその場に踞る。
「痛ったたた……。一体何ですか?」
その正体はフェンリルが口に銜えていた。
何処から降ってきたのか分からない奇妙な小石。
―――そして、小石に紐で結びつけられた一枚の封筒。
「……何か露骨に嫌な予感がするです」
フレイアはフェンリルから封筒を受け取ると、恐る恐る中身を取り出して確認する。
取り出した手紙を広げると―――そこには一文だけ、短く記されていた。
『1ギルでも手をつけたら もっと大きなコレが降ってくるよ』
‖
娯楽都市マッカラン 宿屋
「……ない……ない……ないっ!」
宿屋に戻ってきたリーフィアは、焦りに焦っていた。
部屋を出る時に寝ていたノエルやメルリープたちの姿はどこにもない。メルリープたちは先ほど闘技場で見かけたと思うが、どうやらノエルもどこかへ出かけた様子だ。
だが、今のリーフィアに彼女たちの行方を構っている余裕はない。
「……まずい……まずいよ、このままじゃ……」
見る見る血の気が引いて蒼醒めていくリーフィア。
彼女が探しているのは、ノエルが持っていた100万ギルだった。
その100万ギルを担保に闘技場で開催したのが特別トーナメントだった。こちらで賞金を用意する代わりに午後のプログラムを差し替えさせたのだ。
勿論ノエルには事前の了解など取っていない。そのことをリーフィア自身は申し訳なく思っていたが、その度にリリスの命では逆らい用がないと言い訳を重ねてもいた。
だが……そんな不徳の代償か、肝心の100万ギルがどこにも見当たらない。
「……どうしよう」
ノエルが持って外出したのだろうか。それともメルリープたちが? だが、あれほどの大金だ。一部なら分かるが満額を持ち歩く理由など思い当たらない。
様々な予想を巡らし、しかし具体的な可能性が一つ消えるたび、彼女の脳裏をリリスの様々な制裁が過る。いや……それ以前に闘技場運営者が黙っていないだろう。既に賞金を肩代わりしてもらっている為、払えないでは済まされない。
粘性に富んだ気色悪い汗が、背中を這うように伝う。
もはや部屋の中央で立ち尽くす他なくなったリーフィア。
静寂に包まれた部屋で、自分の心臓の鼓動だけが高らかに打ち鳴らされていた。