気紛れたラスボスを振り回す気紛れた群像
娯楽都市マッカラン 闘技場 医務室
「……ふぅ。はい、これで良し。痛いところは?」
「大丈夫です! じゃあ、あたしも行ってきます!」
「気をつけてね」
気遣いを背中を押されて、完全回復した少女―――正確には妖精は勢いよく医務室を飛び出していった。
計二六人の妖精の治療を終えた女―――ノエルは魔力の限界を感じたのか、近くの壁際に腰を下ろして休息を取ることにした。窓から差しこむ淡い陽光を全身に浴びると、それだけで疲労が一気に解れていく気分だ。
「さすがに一気に全員はキツいわね……」
そうは言うものの、その表情は徒労感よりも達成感にも似た清々しさに満ちていた。
医務室で再会を果たしたノエルとその使い魔―――メルリープたちは、互いの壁を越えて本音を分かち合った。それによって、今までどことなくぎこちなかった関係が良い意味で崩れ、それこそ古傷が癒えたように心が軽くなった。
そのメルリープたちは今、リリスを探して町中を走り回っている。回復のお礼だと言い張って自ら駆け出していったのだ。
「……今回だけで終わらなきゃいいけどね、お互い」
対人関係がその場の雰囲気と勢いに押し流されて生まれ変わるなどよくあることだ。だからこそ、自分たちが本当の意味で互いを信頼し合えるのかは、これからの生活で試されることになるだろう。
もっとも、今のノエルに不安は欠片もなかった。
「―――ノエルさーん!」
そんな彼女を元気に呼ぶ声が聴こえた。
ノエルが声の方を見遣ると―――迫って来るのは、酒場で世話になった少女だった。
少女は勢いのままノエルの胸に飛びこんできた。まるで迷子の子供が親と念願の再会を果たしたような無邪気さだ。
「……ロゼッタ? なんでこんなとこに?」
「決まってるじゃないですか、ノエルさん探してたんですよ!」
少女―――ロゼッタは明るい笑顔でノエルを見上げる。
「私を?」
「って言うのは半分なんですけどね。実は闘技場のトーナメントに参加してて、ちょっと怪我しちゃって医務室に来たんです。ただの擦り傷なんで必要なかったんですけど、規則なんで行ってくださいって言われちゃって」
「そうだったの。でも、何で闘技場なんかに参加してたの?」
するとロゼッタは照れ臭そうに顔を逸らすと―――ノエルに向かって何やら大きめの革袋を差し出した。
「これ、受け取ってください」
「これ? ……ちょ、何この大金!?」
それは少し前に相手から聴いた台詞だった。
ロゼッタの持ってきた袋には、驚く程の金貨が詰まっていた。ざっと見ただけでも自分が彼女に譲った金額と同程度の規模感だ。
ロゼッタは脇に挟んだ魔導書をノエルに見せる。
「これ、あたしの魔導書なんですけど、実は昨日ちょっとしたことがあって売り飛ばされちゃって……。今日町で見つけたんですけど、買い戻すのに100万ギル必要で、諦めかけてたんですよ。けど、ノエルさんの譲ってくれたお金のおかげで無事に買い戻せたんです。でも、やっぱりタダであんな大金貰うわけにはいかないですから……。だから、なんかお礼ができないかなって考えてた時に闘技場の特別トーナメントを知ったんです」
「それで、参加を?」
「あたしにできることって、これくらいですから」
「そんな、いいのに……」
ロゼッタの心遣いには打たれたものの、ノエルは迷った。果たして彼女の厚意を素直に受け取るべきかどうか……。
確かに自分は彼女の為に100万ギルを融通したも同然だ。だが、その大金は元を辿れば討伐隊一行の落とし物だ。自分の力で稼いだものではない。
しかし、ロゼッタは違う。彼女は言わば命懸けで賞金を掴んだ。
その二つの大金が等価だとは、ノエルにはどうしても思えなかった。
だが、断ることは即ち、ロゼッタの思いを踏み躙ることを意味しかねない……。
ノエルは中身に視線を落としたまま、完全に固まっていた。
その両手に、ロゼッタの両手がそれぞれ重ねられた。
「遠慮なんかしないでください」
続けて、ロゼッタは申し訳なさそうに俯きながら告白する。
「それに、実はあたし……たぶんノエルさんの家族と闘技場で戦ったんです。あの二六人の女の子たちの何人かと。それで、その……ちょっと痛い思いとかさせちゃったし……。そのお詫びってわけじゃないですけど……。あの子たちがトーナメントに参加したのも、たぶんノエルさんの為だったんじゃないかなって思うんです。ノエルさんと仲良くやっていく為に必死で悩んでたわけですから……」
ロゼッタは顔を上げた。
「だから、これはやっぱりノエルさんに貰って欲しいんです」
「ロゼッタ……」
純粋に自分を思ってくれる無垢な願望を断る勇気などノエルにはなかった。
「……そう言うことなら、折角だから……」
しかし、素直に言い切るほどの度胸もなく、言葉はそこで切れた。
それでもロゼッタは満足したようで、猫が懐くように再び抱きついてきた。
「ありがとうございます!」
「お礼を言うのはこっちよ。ありがとね、わざわざ」
「いえ、おやすい御用です! ―――じゃあ、あたしそろそろ行きますね。またどっかで逢いましょう」
爽快な笑顔と大金を残して、ロゼッタは手を振りながら医務室を出て行った。
その背中を見送り終えたノエルも……早くもまだ見ぬ再会の機会に思いを馳せていた。
またいつか、彼女自身の話を聴ける遠い日のことを。
―――真後ろの窓から自分を見下ろす暗い人影に気づくまでは。
「……ふーん。そういうことだったのねぇ、ノ・エ・ル・ちゃん?」
「……ふぅ。はい、これで良し。痛いところは?」
「大丈夫です! じゃあ、あたしも行ってきます!」
「気をつけてね」
気遣いを背中を押されて、完全回復した少女―――正確には妖精は勢いよく医務室を飛び出していった。
計二六人の妖精の治療を終えた女―――ノエルは魔力の限界を感じたのか、近くの壁際に腰を下ろして休息を取ることにした。窓から差しこむ淡い陽光を全身に浴びると、それだけで疲労が一気に解れていく気分だ。
「さすがに一気に全員はキツいわね……」
そうは言うものの、その表情は徒労感よりも達成感にも似た清々しさに満ちていた。
医務室で再会を果たしたノエルとその使い魔―――メルリープたちは、互いの壁を越えて本音を分かち合った。それによって、今までどことなくぎこちなかった関係が良い意味で崩れ、それこそ古傷が癒えたように心が軽くなった。
そのメルリープたちは今、リリスを探して町中を走り回っている。回復のお礼だと言い張って自ら駆け出していったのだ。
「……今回だけで終わらなきゃいいけどね、お互い」
対人関係がその場の雰囲気と勢いに押し流されて生まれ変わるなどよくあることだ。だからこそ、自分たちが本当の意味で互いを信頼し合えるのかは、これからの生活で試されることになるだろう。
もっとも、今のノエルに不安は欠片もなかった。
「―――ノエルさーん!」
そんな彼女を元気に呼ぶ声が聴こえた。
ノエルが声の方を見遣ると―――迫って来るのは、酒場で世話になった少女だった。
少女は勢いのままノエルの胸に飛びこんできた。まるで迷子の子供が親と念願の再会を果たしたような無邪気さだ。
「……ロゼッタ? なんでこんなとこに?」
「決まってるじゃないですか、ノエルさん探してたんですよ!」
少女―――ロゼッタは明るい笑顔でノエルを見上げる。
「私を?」
「って言うのは半分なんですけどね。実は闘技場のトーナメントに参加してて、ちょっと怪我しちゃって医務室に来たんです。ただの擦り傷なんで必要なかったんですけど、規則なんで行ってくださいって言われちゃって」
「そうだったの。でも、何で闘技場なんかに参加してたの?」
するとロゼッタは照れ臭そうに顔を逸らすと―――ノエルに向かって何やら大きめの革袋を差し出した。
「これ、受け取ってください」
「これ? ……ちょ、何この大金!?」
それは少し前に相手から聴いた台詞だった。
ロゼッタの持ってきた袋には、驚く程の金貨が詰まっていた。ざっと見ただけでも自分が彼女に譲った金額と同程度の規模感だ。
ロゼッタは脇に挟んだ魔導書をノエルに見せる。
「これ、あたしの魔導書なんですけど、実は昨日ちょっとしたことがあって売り飛ばされちゃって……。今日町で見つけたんですけど、買い戻すのに100万ギル必要で、諦めかけてたんですよ。けど、ノエルさんの譲ってくれたお金のおかげで無事に買い戻せたんです。でも、やっぱりタダであんな大金貰うわけにはいかないですから……。だから、なんかお礼ができないかなって考えてた時に闘技場の特別トーナメントを知ったんです」
「それで、参加を?」
「あたしにできることって、これくらいですから」
「そんな、いいのに……」
ロゼッタの心遣いには打たれたものの、ノエルは迷った。果たして彼女の厚意を素直に受け取るべきかどうか……。
確かに自分は彼女の為に100万ギルを融通したも同然だ。だが、その大金は元を辿れば討伐隊一行の落とし物だ。自分の力で稼いだものではない。
しかし、ロゼッタは違う。彼女は言わば命懸けで賞金を掴んだ。
その二つの大金が等価だとは、ノエルにはどうしても思えなかった。
だが、断ることは即ち、ロゼッタの思いを踏み躙ることを意味しかねない……。
ノエルは中身に視線を落としたまま、完全に固まっていた。
その両手に、ロゼッタの両手がそれぞれ重ねられた。
「遠慮なんかしないでください」
続けて、ロゼッタは申し訳なさそうに俯きながら告白する。
「それに、実はあたし……たぶんノエルさんの家族と闘技場で戦ったんです。あの二六人の女の子たちの何人かと。それで、その……ちょっと痛い思いとかさせちゃったし……。そのお詫びってわけじゃないですけど……。あの子たちがトーナメントに参加したのも、たぶんノエルさんの為だったんじゃないかなって思うんです。ノエルさんと仲良くやっていく為に必死で悩んでたわけですから……」
ロゼッタは顔を上げた。
「だから、これはやっぱりノエルさんに貰って欲しいんです」
「ロゼッタ……」
純粋に自分を思ってくれる無垢な願望を断る勇気などノエルにはなかった。
「……そう言うことなら、折角だから……」
しかし、素直に言い切るほどの度胸もなく、言葉はそこで切れた。
それでもロゼッタは満足したようで、猫が懐くように再び抱きついてきた。
「ありがとうございます!」
「お礼を言うのはこっちよ。ありがとね、わざわざ」
「いえ、おやすい御用です! ―――じゃあ、あたしそろそろ行きますね。またどっかで逢いましょう」
爽快な笑顔と大金を残して、ロゼッタは手を振りながら医務室を出て行った。
その背中を見送り終えたノエルも……早くもまだ見ぬ再会の機会に思いを馳せていた。
またいつか、彼女自身の話を聴ける遠い日のことを。
―――真後ろの窓から自分を見下ろす暗い人影に気づくまでは。
「……ふーん。そういうことだったのねぇ、ノ・エ・ル・ちゃん?」