気紛れたラスボスを振り回す気紛れた群像

「……何だかよく分からないけど、助かったわね」

 屋敷が大暴動に包まれているなか、その喧噪から抜け出した女が一人。

「それにしても……一体何で町の人たちがいきなり詰めかけてきたのかしら……」

 貴族屋敷を脱出して、噴水広場に辿り着いた所で足を止める。

(でも、おかげで少しは私の気も晴れたけど……)

 少し前までは貴族を殺して復讐を果たそうと思っていたが、結果思いもよらない形で肩代わりされた。これであの貴族の暴政も白日の下で裁きを受けることだろう。
 勿論それで殺したい程の憎しみが完全に収まったわけではない。家族の死を贖わせるには死を与える以外にない。今でもその思いは変わらない。
 だが、それを望まない人が少なくとも一人いる。

(エド……これでいいのよね……)

 女―――ジャンヌは噴水に映る自分の顔に言い聴かせる。

「あのー」

 すると、後ろから突然声をかけられた。
 振り返ると、そこには一人の少女が立っている。

「……あなたは」

 少女の姿を認めたジャンヌは一瞬、身構えた。彼女は先程、貴族屋敷を取り囲んでいた一群の中にいた人物だったからだ。
 見た目は思春期真っ盛りといった年頃だが、その若年であの場にいたことが、逆にジャンヌの警戒心を強めていた。
 屋敷への侵入が暴かれた所で特に構わなかったが、余計な埃は立てない方が無難だ。

「先程はありがとうございました。おかげで仕事が楽に終わりました」

 少女は愛らしく頭を下げる。どうやら貴族を出し抜くのに一役買ったお礼のようだ。

「ああ、いえ、そんな」

 この年で随分と大仕事を任されているものだと不思議に思ったが、尋ね返しては不審に思われかねない。あれ程の大人数が身元も目的も不詳の少女についてきたとは考えにくい為、あの場の誰もが彼女の素性を知っていたと見るべきだろう。

「それにしても、まさかあんなにあっさり見つけてくれるとは思いませんでした。ホント流石ですね!」

 何故か両手を握られ、笑顔を近づけてくる少女。その感謝の瞳が異常に眩しい。
 貴族の手下に追い詰められつつあったジャンヌは、突如巻き起こった騒動に紛れて地下倉庫を抜け出した。そして状況を掴むと、町民に紛れて外へ脱出したのだ。
 まさか、その後を尾けられるとは思っていなかったが……。

「たまたまです。お役に立てて良かったです」

 ジャンヌは愛想笑いを浮かべて無難に対応する。
 だが……。

「そんな謙遜することないですって! でもやっぱあれですか? 慣れてくると屋敷の屋根裏とか隠し扉とか秘密の地下通路とか、もう簡単に暴けちゃうんですか?」

 両手を握ったまま強請るように迫ってくる少女。
 だが、その勢いよりもジャンヌが戸惑ったのは、彼女の口にした内容だった。
 確かに先程、彼女に裏金の存在を知らせたのは自分だ。しかし、彼女の質問はその一歩も二歩も先へ踏みこんでいる。
 まるで自分を盗賊か何かだと疑っているような……。

「あ、あの……何を仰ってるのかよく……」

 極々自然な狼狽を装ってジャンヌは切り返す。
 だが、少女は不思議そうに目を丸くして……。
 そして、一切の躊躇なく断言した。



「え? だって『疾風義賊』ってあなたのことですよね?」
「――――――えっ?」



 不意に漏れた驚きは肯定の印以外の何物でもなかった。



 早馬を走らせて日銭を稼ぐ運び屋。それがジャンヌの表向きの姿だ。
 だが―――彼女には世界に轟く裏の顔があった。
 それが『疾風義賊』―――神出鬼没にして百戦錬磨の大盗賊である。
 貴族の謀略で両親を失った彼女は、路頭に迷い、貴族への復讐だけを胸に秘めて世界中を放浪。その間、何千何万という盗みを繰り返した。
 最初の頃は簡単に見つかり、そのたびに暴力の餌食となった。
 だが、幼い少女に真っ当な仕事などあるはずもない。生き延びる為には手に職をつける暇などなく、盗みの技術に長けるしかなかった。
 しかし、根が真面目で優しい彼女は、すぐに罪悪感に悩まされることになる。
 そこで彼女は、いつか盗んだ先へ等価な物を返すことを心に誓った。
 そうすることで、少しでも自分の心を保とうとしたのだ。
 そして、その恩返し先のリストこそが――――――。



「―――これ、あなたの物ですよね?」

 少女が懐から取り出した雑記帳は、まさしく彼女がテミルナで落としたと思っていた物だった。過去に盗みで傷つけた人々の所在と盗んだ相当の額が記されたリストだ。とは言え、残りはマッカランのみで暗記済みだったので、特に探しもしなかったのだが。

「絶対に『疾風義賊』の行き先だって思ってたんですけど、まさかこんなにうまくお逢いできるとは思わなかったです。それにしても、あの悪徳貴族の正体も掴んでいたなんて、やっぱり流石ですね!」

 この雑記帳と『疾風義賊』を即断で結びつけるなど極めて奇想天外な発想だが、彼女はそれを信じて疑わなかったようだ。何という天性の勘と自信だろうか。
 もはや隠し通すのは無意味だろう。貴族の悪行を暴いたことからも信頼に足る人物だろうと判断したジャンヌはそこで諦めた。

「……まさか尻尾を掴まれるとはね」
「あたしの鼻は特別製でして」

 妙な自慢で胸を張る少女に、ジャンヌは苦笑いを浮かべる。

「いやーでもホント感動です、ずっと探してたんですよ! ミルフォートの魔術学院で学費の横領暴いた事件覚えてます? あたしあの時ちょうど学院に留学してたんです。副学院長は前々から何か胡散臭い人だなあって鼻が疼いてたんですけど、まさか補助系魔術の教官が全員グルだなんて思ってもいませんでした。その時から、一度でいいからお逢いしたいなぁって思ってたんですよ! あっ、あとですね…………」

 ―――そこから少女は自分の武勇伝でも披露するかのように、ジャンヌの義賊としての歴史を語り始めた。ジャンヌの手を握ったまま。中には全く関係ない事件も混じっていたが、その熱烈な語り口に押されるがままジャンヌは立ち尽くしていた。

(……なんか、ロゼッタみたいな子ね)

 午前まで一緒にいた少し螺子の緩い少女を思い出し、思わず頬が緩む。

(そう言えば……あの子、魔導書見つかったのかしら)

 二人の姿を重ね合わせて、ふと虚空を見上げるジャンヌ。
 この空の下のどこかで、もう一人の望みが叶うことを祈るように―――。
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