気紛れたラスボスを振り回す気紛れた群像

娯楽都市マッカラン 某貴族屋敷

 ワンデートーナメントが終了する少し前……。

(はぁっ……はぁっ……くそっ……)

 油断から陥った不遇に苦悶を漏らす女が一人。

「―――くそっ! 一体どこにいやがるんだ!」
「西館にはいないと報告が入った。残るは中庭と宝物庫だけだ、そっちに空いた人員を全て集中させろ」

 そんな彼女―――ジャンヌの真上を走り回る自警団と貴族の私兵たち。
 彼れ此れ一時間近く連中は自分を捜し回っている。
 それでも見つからずに無事でいられるのは、屋敷の広さや多層的な構造のおかげで身を隠せる場所が多いのもそうだが、彼らの練度の低さが最たる要因だった。元々軍事要塞都市として名を馳せた町としては随分と不甲斐ない話ではあるが。
 だが、その自覚があるのか、彼らは最初から数で捜索を行っている。
 その人海は屋敷の死角全てを埋め尽くさんとする規模だった。今も捜索が終了した地点に一人ずつ人員を配し、一ヶ所ずつ堅実に潰している。文字通り油断も隙もない。
 屋敷中を逃げ回ったジャンヌは今、偶然発見した応接間の地下にある隠し倉庫へ続く階段に潜んでいた。
 降りた先の部屋には壺や箱が大量に置かれていた。その中には金塊や宝石が詰まっていたが、おそらく方々から不当に巻き上げた後ろ暗い財産だろう。自警団が捜索に来ない所からも貴族が存在を隠していると考えるのが妥当だ。
 だが、今はそれをどうこうしている余裕はない。
 完全に退路を絶たれた以上、見つかるのも時間の問題だ。一向に犯人が挙がらないとなれば、貴族もこの地下倉庫を自ら捜索するだろう。部屋は結構な広さだが、姿を隠せるような死角は極めて少ない。踏みこまれた時点でアウトだ。
 なんとかしなければ……。
 しかし、真上の床には片時も離れずに自警団長が立ち塞がる。
 もはや、万事休すだった。
 そう思う他ない現実を前に、ジャンヌは歯を強く軋らせた。
 自らの人生を破滅に追いこみ、受け継いだだけの財力と権力を笠に着て町の人々から搾取を繰り返す屑を前に……自分は何も出来ない。
 それどころか、手も足も出ない。
 悔しさがこみ上げる。
 噛み潰しても、噛み潰しても、止めどなく溢れ出る。
 父親を不幸の底に突き落とされた悔しさ。
 早々と母親を失った悲しさ。
 二人の無念を晴らす為に戻ってきた筈だったのに――――――。

(……畜生……っ)

 何一つ応えることができない自分の無力に、思わず涙が零れかけた。
 ――――――その時。

「……たっ、大変です!」

 応接間の扉が勢い良く開き、一人の若者の声が飛びこんできた。

「何だ騒々しい、何事だ」

 自警団長はやや苛立たし気に応じる。

「そ、それが……町民たちが屋敷を取り囲んでいて……当主様を出せと……」
「……何だと?」



 ―――外では大量の市民が人の輪を為して貴族屋敷を囲っていた。
 その数は尋常ではなく、屋敷の敷地の広さを考えれば、優に三〇〇人は下らない。服装も年齢層も様々で、中には杖をついている老人や年端もいかない幼子までいる。

「ふっふっふ、これでもう逃げられないわ」

 その輪を少し離れた所から見守る二人の男女がいた。
 その片割れの少女―――ソニア・カンパネルラはご満悦な笑顔で勝利宣言を口にする。

「……あのさ、こんな大事にしてホントに大丈夫なわけ……?」

 だが、隣の少年―――エリオ・カンパネルラは抑揚のない声で不安気に尋ねる。
 二人は双子の姉弟で、この町を訪れた本来の目的は、貴族の搾取に苦しむギルドを救うことだった。だが明確な物証を押さえられそうにないとすぐに判明し、捜査はいきなり暗礁に乗り上げてしまったのだが―――。

「なによ、あたしの鼻が信じられないってわけ?」

 ふと拾った謎の袋をきっかけにソニアが一計を案じた結果が、目の前に繰り広げられている人の輪だった。

「いや……確かに中身が盗まれた品物だったっていうのは当たってたけどさ。でも、その犯人が貴族って言うのはいくらなんでも無理があるんじゃ……」
「事実は小説より奇なりって言うでしょうが。これくらいで丁度良いのよ」
「いや使い方間違ってるし、そんな調味料みたいに言われても……」
「ごちゃごちゃうっさいわね。いいから黙って見てなさい」

 何故か余裕綽々で人の輪に近づき、その前に出て門扉へ近づいていくソニア。
 その扉の向こうからは、武装した大勢の取り巻きを連れて、当主と思しき小太りの男が歩いてくる。

「一体何事だ。こんな不躾な真似をしておいて、それなりの理由があるんだろうな」

 貴族は町民の前でも横柄な態度を崩さない。
 するとソニアが一歩前に踏み出し、恭しく頭を下げる。

「突然のご無礼をお許し下さい。アインシュヴァルツ城主の命によりマッカランへ派遣されましたソニア・フラヴィアーナ・カンパネルラと申します」

 普段からは想像できないほど、淑やかで柔らかい響きを醸すソニアの声。

(……いつも思うけど、一体どっから声出してんだか……)

 知略に長け冷静かつ鋭利な判断力を持つエリオだが、その全ては経験によって支えられている。つまり後天的な秀才と言える。対して、姉のソニアは粗暴、乱暴、横暴と人間から一切の文明性を排したような性格だが、こと勘の鋭さや機転の早さにおいて天性の瞬発力を発揮する。この得体も底も知れない度胸もその一つだ。
 ソニアの家名に反応したのか、貴族の表情に少し緊張が走る。

「…………これはこれは、あのアインシュヴァルツの有力貴族のご息女とお見受け致しますが、こちらへはどのような御用件で? 城主の命とは一体……」
「ギルド経由で税収の一部を搾取していらっしゃるとお聴きしましたが?」

 笑顔で直球を放り投げるソニア。
 だが、それが功を奏したのか―――小太り貴族は両目を見開き一瞬、口籠った。
 すぐに平静を装い直したが、ソニアは勿論、やや距離のあったエリオもその瞬間を見逃さなかった。
 最初は半信半疑だった町民たちの中にも貴族の動揺を感じ取った者がいたようで、隣の人にこそこそ耳打ちしたりしている。

(……ビンゴ、みたいだね)

 エリオは確信した。
 少し前、空から降ってきた謎の袋を拾ったエリオは、ソニアの「これで貴族を盗人に仕立て上げて墓穴を掘らせる」という無茶な計画の片棒を担ぐことになった。袋の中身が謎の盗難の成果物だと決めつけ、貴族が犯人だと町民に言い回ったのだ。
 おそらくただの一市民の言葉なら、世迷い事として一蹴されただろう。だが、魔大陸にも威光轟くソニアとエリオの持つ「カンパネルラ」の家名が功を奏した。袋の中身が午前に盗み出された盗難物と一致したことも信頼を大きく担保した。
 そうして町民たちはソニアとエリオの下、ギルド搾取の実態と盗難騒動の真偽を確かめるべく貴族屋敷に押しかけたのだ。
 だが、問題はここからだった。
 明確な証拠がなければ、心証や印象で怪しかろうとも言いがかりで終わりだ。実際に証拠が挙がらなければ、町民達の今後の立場も悪化しかねない。

「……仰っている意味が、よく分かりませんが……」

 小太り貴族も馬鹿ではないようで、白を切り通す。

「犯人は皆、そう仰います」

 少女らしい笑顔で意味不明な理屈を即答するソニア。それには流石に小太り貴族以外の自警団員や私兵たちも呆然と口を開け放した。

「屋敷内から怪しい臭いがしていることは確かですので、これから徹底的に踏みこませて頂こうと思っております。我がアインシュヴァルツも御国とは交易がありますし、流石に野放しにはしておけませんので」
「これはまた……随分と一方的ですね。まあ捜査したければそれでも構いませんが、もし何も出てこなければ、その時は……お分かりですよね?」
「もちろん、裸で町内一周でも何でもしますよ?」
「い、いえ……それは結構ですが……」

 貴族とは思えない下品な提案に小太り貴族は首を振る。

「じゃあ……裸メイド服?」
「いやだから、それはもう……」
「あ、そっか。メイド服着ちゃうと下が裸でも関係ないですね」
「……さっさと捜索して、帰ってもらえますかね」

 そうして町民ほぼ総出で家宅捜索が開始されて、僅か一〇数分後――――――。
 一人の女性が屋敷の中から駆け出してくると、ソニアに向かって叫んだ。


「……ありました! 大量の金塊や宝石が出てきました!」


 彼女の一声で、面々の表情が様々に変化した。
 思惑通りと怪し気に嗤うソニア。
 心底安堵して溜まった息を漏らすエリオ。
 驚きを隠せない町民たち。
 状況が理解できず顔を見合わせる自警団と私兵たち。
 そして―――困惑と驚愕で唖然と大口を開く小太り貴族……。

「そ、そんな……馬鹿、な……」

 その決定的な小声を聴き逃した者はいなかった。
 それらが搾取された財宝という明確な証拠がない以上、その一言さえ漏らさなければ状況はいくらでも打開できただろう。
 だが……崩れる筈のなかった自信を覆された動揺からか、貴族は自らの首を自分で絞めてしまった。
 完全な証拠が挙がったことで、町民たちの疑念は確信へと変わった。
 その怒りは直ぐさま臨界を迎え、一気に貴族へ向けられる。屋敷内の町民たちも次々と中庭へ戻ってきては、鬼の形相で貴族めがけて駆け寄る。
 自警団や私兵が貴族を守る壁となっていたが、それが破られるのも、どうやら時間の問題だった。私兵の誓った忠誠は額面以上でも以下でもなく、自警団はもとより町民の平穏を守るのが責務だ。明らかに貴族に非があると分かればその覇気も鈍る。
 血の気を失った貴族の横顔を盗み見て、ソニアは誇らし気に鼻を鳴らして胸を張る。あとは勝手に瓦解するだろう。依頼は問題なく済みそうだ。

「やれやれ……、ホントどうなることかと思ったけど」

 いつの間にか隣に立っていたエリオが溜め息を吐いている。

「あとは町の人たちが吊るし上げて万事解決ね」
「吊るし上げって……まあ、終わるんなら何でもいいけどさ」
「とりあえず、あんたギルドの人たち呼んできて、見つかったっていう金塊やら宝石やら回収しといて」
「しといてって……ソニアは?」
「あたし、ちょっと用事できた」

 そう言って自分を鼻を指差すと、ソニアは詳しく語らぬまま屋敷を後にした。
 少し気にはなったが、彼女の突拍子もない行動はいつものことだ。
 エリオは町民の数人に頼んでギルドを呼んできてもらうよう依頼すると、見つかったという不徳の塊を確認しに屋敷の中へ入って行った。
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