気紛れたラスボスを振り回す気紛れた群像

娯楽都市マッカラン 商業区画

 一時間ほど探し回っても、目当ての義賊は発見できなかった。

「ソ、ソニア……ちょっと休もうよ……」

 道端にへたりこんだ少年―――エリオ・カンパネルラは、隣で鼻息を荒げて苛々している姉―――ソニア・カンパネルラに休憩を提案する。
 丁度正午頃、姉のソニアが「例の義賊が出た!」と狂喜したのがはじまりだった。
 彼女はエリオを強引に引き摺り回して、憧れの義賊を探し回った。
 だが、結局捜索は全て空振り。
 確かに町中『疾風義賊』の噂で持ち切りだったのだが、肝心の義賊の姿を見かけた者は誰一人いなかったのだ。

「ああもう、どこ行っちゃったのよ! まだ臭うから近くにいるはずなのに……。それもこれもあんたがトロトロしてるのがいけないのよ!」
「い、いや……町中何周も走り回らされたら、誰だって疲れるって……ソニアの体力が異常なだけ……」

 項垂れて息を整えるエリオに、隣で地団駄を踏み続けるソニア。

「って言うか、僕らの目的は『疾風義賊』を探すことじゃなくて、ギルドから届いた依頼を解決することだよ」
「いいっての、そんなの後で。もう貴族が黒だって分かってんだから、あとは脅して吐かせれば万事解決よ。それに貴族は逃げないけど、彼女は世界中の人を救ってて忙しいんだから逢えるチャンスなんてそうそうないの!」
「……彼女を尊敬するなら、彼女みたいに町の人を助ける仕事を先に解決しようと思ってくれないかな」
「それとこれとは話が別。ほら、さっさと立ちなさい。次行くわよ」

 正論を一蹴されたエリオは、ソニアの後を追う為、仕方なく立ち上がる。
 すると……。


「――――――痛ッ!」

 背中にいきなり大きな衝撃がのしかかった。
 その勢いに押されるがままエリオは地面に倒れこむ。

「……ったたた。もう何だよ一体……」

 踏んだり蹴ったりな状況に若干涙目のエリオ。
 それでも何とか立ち上がり後ろを振り返ると、何やら袋が転がっていた。色々と詰まっているのか形が岩肌のように歪だ。

「袋……? どこからこんなもんが……」
「ちょっと何やってんのよ。……って何よその袋?」

 エリオの肩越しに彼の手元を覗きこむソニア。

「いや、どっかから降ってきたみたいだけど……」
「何が入ってんの? ちょっと見てみなさいよ」
「勝手に見られるわけないだろ」
「中身が分かんなきゃ持ち主の探し用もないでしょうが。そんな特徴の無い袋なんかどこにだって転がってるわよ」

 そう言ってエリオから袋を奪うと、ソニアは迷いなく袋の口を結ぶ紐を解いた。そして袋を豪快に引っくり返して中身を地面に転がす。
 出てきたのは数種類の薬草や丸薬、煙玉のような火薬、保存食の詰まっていそうな小さい革袋、飲み薬や酒と思しき瓢簞形の細長い木製ボトル、そして数個のパンや豊富な果物など、まるで統一性がなかった。

「なんか色々ね。ってかこのボトル『パパのお酒』とか思い切りラベル貼ってあるけど? こっちの袋も『乾燥肉』って書いてあるし……なんでこんな雑多なもんが一つの袋にまとめてあるのかしら」
「さあ……家族で旅でも……なんてわけじゃなさそうだし。なんか臭わないの?」

 エリオが尋ねると、ソニアは普通に袋やら物品やらの臭いを嗅ぎ分け出した。普段は彼女の臭集癖を嫌煙しがちなエリオも、その正確性だけは認めている。

「怪しい臭いはするわね。脈絡ないことから考えると……」

 刹那―――。

「……ふっふっふ、これ使えそうね」

 何やら悪巧みでも閃いたのか、ソニアの目が不穏な輝きを放ちながら袋を睨む。

「使える、って?」
「決まってんじゃない。これで例のピンハネ貴族をとっちめるのよ」
「その袋で? どうやって?」
「まあ見てなさいって。あたしの勘が正しけりゃ面白いことになるわよ」

 一切根拠もなく自信に溢れるソニアだったが、エリオは彼女の言葉を微塵も疑っていなかった。
 姉はまるで臭いで未来を嗅ぎ当てるようにすべてを見通す。
 それがソニア・カンパネルラという少女の持つ天賦の才だからだ。



◯水晶霊月3節目 14:00 娯楽都市マッカラン 闘技場 医務室

 場所は再び医務室に戻る。
 フレイアが医務室を去ってから暫くした後、一人の女が駆けこんできた。

「…………なによ、この状況」

 彼女は第一声を絶句した。
 目の前に広がる異様な光景―――消毒薬や秘薬の臭いに包まれた死屍累々の有様に目を瞑りたくなったからだ。
 とは言え、驚愕の理由は負傷者の数や殺人的な慌ただしさではなく、転がっている大半が看護師という不可解な事態にあったのだが。

「……っと、そうじゃない。メルたちは……」

 彼女―――ノエルは酒場でロゼッタと別れた後、使い魔であるメルリープたちを探して娯楽施設に駆けこんだ。主である魔女リリスがここを目的としていたので、彼女に付き添っているのではないかと踏んだのだ。
 だが、カジノに劇場、社交場などメルリープたちが寄り付きそうな場所を探して回ったが、ノエルの勘は尽く外れた。
 そうして行き着いたのが、この闘技場だ。
 魔術の修行もサボり、怯え癖のついている彼女たちにとって、最も楽しめない場所だとノエルは考えていた。だから捜索を後回しにしていたのだ。
 だが、結局闘技場にもいなかった。
 そして、駄目元で訪れたのが、この医務室だった。
 ノエルは室内を歩き回って、メルリープたちを探す。

「できれば、ここにはいて欲しくないんだけど……」

 だが、その淡い願いはすぐさま無惨に打ち砕かれた。
 医務室の最奥、治療を終えた負傷者たちの休憩スペースに大勢のメルリープたちの姿が認められたからだ。

「――――――メル!」

 所を憚らず張り上げたノエルの大声に、メルリープたちは一斉に肩を震わせた。

「や、やばいマスターだ!」「あわわあわわ!」「あんな書き置き残したから絶対怒ってるよ!」「落ち着きなって! ちゃんと事情話せば分かってくれる……はず」「……で、でも……凄く怖い顔してるよ?」「……う、うん、怖いね」「……怖い」「今までで一番怖い、かも……」「もごもご……」

 ノエルは急いで彼女たちの側へ駆け寄る。

「あんたたち……こんなとこで一体何して……」

 だが、メルリープたちの現状を目の当たりにしたノエルは、それ以上を紡ぐことが出来なかった。
 彼女たちは全員、体のどこかしら負傷しているらしく、包帯や絆創膏が目についた。中には起き上がれない程の重傷なのか、横になったまま目だけをノエルに向ける者や、目元以外を完全に包帯で覆われている者までいる。
 その凄惨な光景を前に、面倒見役でもあるノエルは絶句する他なかった。

「……なんで……そんな大怪我してんのよ……」

 だが、何とか気を確かに持って目の前のメルリープに尋ねる。

「い、いや……その……、あの……」

 ノエルの口調と形相に怯えてか返答は要領を得ない。
 だが――――――。

「ち、違うんですマスター! みんなで決めたことなんです!」

 横にいた別のメルリープが必死に訴えかけてきた。彼女も頭部に包帯を巻いており右腕を三角巾で吊っている。
 すると彼女の一言に呼応するように、次々とメルリープたちが口を開く。

「そうなんです! みんなで出ようって決めたんです!」「悪いのはその子だけじゃないです、みんな悪いんです!」「あの書き置きも……その……みんなで……」「マ、マスターのこと嫌いとかそういうわけじゃないんです! ―――痛ッ!」「もごもごもご……っ!」
「黙れっ!」

 絶叫にも似たノエルの一喝に、メルリープたちの口が固く塞がる。
 その時、全員が人生最大の叱責を覚悟したが――――――。

「……何で……」

 拳を握りながら絞り出されるノエルの声は震えていた。
 それに気づいたメルリープたちは、いつもの彼女とは違う様子に戸惑っていた。

「……何で、そんな大怪我……」

 暫し立ちこめる静寂。
 ―――やがて、メルリープの一人がそれを破った。

「……お礼がしたかったんです」
「お礼?」

 メルリープたちはバラバラに頷いた。横になっている者たちも、微かにだが頭を縦に動かして同意している。それが彼女たちの決意の強さを如実に物語っていた。

「……ある人に教えてもらったんです。ちゃんとお礼をしないと人付き合いはうまくいかないって」「それなのにあたしたち……今までマスターに何もお礼してなくて……」「ずっと面倒見てくれてたのに」「色々助けてくれたり、気を遣ってくれてたのに」「だから何かお礼をしようってみんなで決めて、このトーナメントに出たんです」「賞金でマスターに恩返ししようって……」「もごもごもごご……」
「恩返し? ……私に?」

 頷くメルリープたち。
 突然の告白にノエルは放心してしまったが……ふと、脳裏をロゼッタの話が過った。
 メルリープたちは主である自分との付き合い方に悩んでいたらしい。そこを自分たちなりに考えた結論が『お礼』なのだろう。

「結果は……散々でしたけど……」

 沈痛な面持ちで無念を零すメルリープ。
 更に何か続けようとした様子だが、そこで言葉は途切れた。どうやら虚ろに惚けたノエルの心中が読み取れず、伝えるべき言葉を選び倦ねているようだ。
 そんなメルリープたちの意図を汲んだわけではなかったが、先に気持ちを吐露したのはノエルの方だった。

「……だからって……何で、こんな危ないこと……。勝手に出て行って、その上、こんな傷だらけになって……」

 痛々しく掠れた声で、細切れに呟くノエル。
 そして―――続く彼女の言葉にメルリープたちの目が一様に点となった。

「いくら私の為だからって…………こんな傷だらけになった家族の姿を見て、嬉しいわけないじゃない……っ」

 ―――ノエルの瞳から、涙が零れ落ちた。

「「「「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」」」

 あまりにも突然の光景に……そして一度も見たことのない主の涙を前に、メルリープたちは驚きを隠せなかった。
 だが、その涙に誰よりも驚いたのはノエル自身だった。
 自分の頬を伝う涙の意味が、彼女には全く理解できなかったのだ。
 今の自分の心を渦巻く感情は、喜怒哀楽とはどこか違う。
 再会できたことへの喜び、無茶したことへの怒り、傷塗れの姿への哀しみ、無事だったことへの安堵感。その全てを感じてはいた。
 だが同時に、その全てに違和感を覚えてもいた。
 今の自分の感情がまったく掴み切れない。そんな自分の心一つ理解できない不甲斐なさが、ノエルの重苦しい心をさらに締めつけていく。
 涙は、いつまでも止まらない。
 だが―――そんな不可解な落涙の意味を、彼女はすぐ知ることになる。
 気づかせてくれたのは―――。

「……か……ぞく?」「か、ぞく?」「……かぞく?」「……かぞ、く?」「か……ぞく?」

 今にも泣き崩れそうなノエルを前に、同じ単語を並べるメルリープたちだった。
 その言葉の意味を思い出そうとするように……その意味する所を掴み損ねることがないように……何度も、何度も……。

『家族』

 不意に口を吐いて出た三文字だったが……思えば日常のなかでそう明確に意識したことはなかったかもしれない。
 だからか、メルリープの一言でノエルは初めて気づかされた―――。
 自分とメルリープたちとの絆はとても太く、しかしあまりにも軽い。その手に乗っていても、意識しなければ身近すぎて忘れてしまいそうなほど……。
 決して軽んじていたつもりはなかった。
 だが、重く受け止めてもいなかった。
 その重さを当然のものとして慣れ切っており―――知らぬ間にその手から滑り落ちかけていたことを、メルリープたちが思い出させてくれたのだ。
 そして―――今度はそれを逃がすまいと逸るように……。
 ノエルが目の前に座るメルリープを、強く抱き締めた。

「はへっ!? マ、マスター!?」

 突然の抱擁に訳が分からず、しかし怪我で身動きも取れず、為されるがままノエルの体を受け止めるメルリープ。
 その主の肩が、両腕が、小刻みに震えていた。

「マ、マスター! どうしたんですか! 何があったんですか!?」「お腹ですか、お腹壊したんですか!?」「立ちくらみですか!? いますぐ横になった方が……!」「あ、あたしどきます! 軽傷だから大丈夫です!」「あたし添い寝します! いつものぬいぐるみ代わりになります!」「あたしも!」「あたしも!」「もごもごっ!」

 ノエルを取り囲んで、口々に捲し立てるメルリープたち。心配か冗談か微妙な発言ばかりだが、その口調は必死で態度も懸命だ。心底ノエルが心配なのだろう。
 だが、ノエルの真意はもっと単純で、純粋な他愛に満ちていた。

「……心配……したんだから……」

 それが、何一つ曇りも偽りもない、ノエルの本心だった。
 そしてそれこそが――――――メルリープたちが大粒の涙を浮かべる程、切実に触れたいと望んでいた気持ちだった。
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