気紛れたラスボスを振り回す気紛れた群像

 マッカランの闘技場には変わった特徴があった。
 通常、この手の拳闘やサーカスを目的とした会場は円形であることが多い。
 だが、マッカランでは急遽娯楽施設の建設が決まった背景があり、既にある施設との兼ね合いから十分な敷地が確保できなかった。
 それにも関わらず、カジノや劇場も含めた複合施設として話が進められていたので、狭いスペースを如何に効率的に運用するかが大きな課題だった。
 その為、闘技場は純粋な円形ではなく楕円形に作られた。建物の構造的にはやや不安定だったが、それよりも土地の有効利用が優先された形だ。
 だが、会場自体は何故か真円状に刳り貫かれている為、客席は楕円の腹の部分が極端に狭くなっている。設立当初は観客動員数を稼ぐ為、そこも客席としていたのだが、急勾配で危険な為、暫くして利用が停止された。
 その後、物見台が設置され、拳闘の実況席として転用されることになる。



 その物見台で今、実況の女が明らかに不機嫌な表情でマイクを握りしめていた。

「さあ――――――――――――っ、始まりました本日だけの特別開催! 100万ギルを奪い合う醜い醜いワンデートーナメントォォォッ! 主催者の気紛れで急遽開催が決定したのが数時間前! いきなり呼び出されて休日がすっ飛んだ私の怒りをマイクに乗せて今日も元気にお送りしたいと思います此畜生―――――――――ッ!」

 実況の一言で観客席から失笑や爆笑の混じった大歓声が上がる。
 だが、その熱気とは裏腹に、実況の女は物見台の手摺に体を預けると心底怠そうに口を開き始めた。

「おかげでさぁ……彼氏に愛想尽かされたわけですよ……自分よりも仕事を取るのかなんて聴き飽きた文句でさぁ……。ここ最近ずっと倦怠期って言うか、お互いすっかり冷め切ってたから、もうこれで終わりですよ終わり……。って言うか、大体あっちだって一時期ふらっとどっか行きやがって、戻ってきたら旅先で別の女と出来上がりやがって……ごまかしてもバレバレだっつぅのよ! 寝言で相手の名前連呼してんじゃねぇよ糞がぁ――――――っ!」

 盛大に愚痴を吐き散らす女に、そんなのはいつものことなのか、慣れた風に無視して無駄話を決めこむ観客たち。普段なら会場中の注目を集める名物実況女の身の上話も、今日に限っては単なる暇潰しに過ぎないようだ。
 その生温い空気を察したのか、実況の女は手摺から思い切り身を乗り出す。

「ああそうですよねそうですよねえぇっ! 私の失恋話なんか聴いた所で、どうせお耳が腐っちゃいますもんねー! いいわよいいわよ、だったらお望み通りさっさと始めてやるわよっ! 100万ギルに釣られた金の亡者どもの世にも見苦しい潰し合い、両目かっ穿じって焼きつけやがれ――――――っ!」

 彼女の素っ頓狂な開幕宣言を受けて盛大な銅鑼の音が響き渡り、そして会場は改めて観客の大歓声に包まれた……。



 一回戦・第五試合。
 ユーイチの目の前に立ちはだかったのは、会場中に黄色い歓声を巻き起こす程の美貌を誇る深緑色の長い髪が印象的なサングラスの女。

「……君のように美しい女性を傷つける趣味はないけど、100万ギルの為だ。残念ながら君の美貌に100万ギル以上の価値を見出すことは俺には難しい。そういうわけで、残念だけどこの剣の錆になってもらおうか」
「ふん、随分と強気じゃないの」
「君も知ってるだろ? 遠距離攻撃系の職業は、その力を著しく制限される。そして見た所、君はどうやら魔導士タイプ。つまり、剣士の俺を相手にするには低級魔術しか許可されていない筈だ」
「そうね。中級以上の詠唱が確認されたら、その時点で負けらしいわね。ごまかさないように詠唱破棄も禁止ってルールみたいだし」
「そう。つまり君はそれだけ力を制限された状態。対して、俺は気兼ねなく君に斬りかかれる。そして……何より俺には100万ギルを手に入れるという、絶対に負けられない使命がある! だから俺はどんな手段を使ってでも優勝する!」
「……守銭奴もそこまでいくと清々しいわね」

 女はゆっくりと外套から右腕を出した。

「でも―――一つ勘違いしてない?」
「勘違い?」
「たとえば炎熱系の低級魔術は、せいぜい小火を起こせる程度とか思ってないわよね?」

 含みのある嗤いを浮かべた女は、ユーイチの返答を待つこともなく、静かに魔術の詠唱に入った。
 すると―――女の右手から突如、巨大な炎が熾る。
 猛る龍が天へ昇るが如く、その咆哮を思わせる熱風を轟々と巻き起こしながら。
 会場中の誰もが目を疑った。
 目の前に術者の身の丈の軽く二〇倍はある、巨大な炎の塊が出現したのだ。
 轟く熱風が会場全体を逆巻き、実況の女に至っては激しく揺れる物見台の恐怖に負けて手摺に必死にしがみついていた。もはや実況どころではない。
 炎の塊は今にも内から炸裂しそうなほど、煌々と燃え盛る。
 審判団の制止が入らない為、それが正真正銘の低級魔術であることは誰もが分かっていた。もちろんユーイチにも。
 だが、それでも目の前の光景を疑わざるを得ない。
 何せ道行く幼子が身につけていても不思議のない初心者向け魔術が、闘技場全体を焼き尽くしかねない光景なのだから。

「……ふん。まあ、今の魔力じゃこんなもんかしらね」

 それでも女は不満気に鼻を鳴らす。

「ちょ、ちょちょちょちょちょっ!?」

 それ程の実力差は折りこんでなかったのか、途端に狼狽し出すユーイチ。もはや100万ギル云々を豪語するだけの威勢は吹き飛んでいた。

「さて……とりあえずウェルダンかミディアムくらいは選ばせてあげるわ。まあこの程度の火力でも人間程度なら容赦なく中まで焼けそうだけど」
「ちょ、待った待った! そんなのまともに喰らったら洒落にならないって死ぬ死ぬギブギブギブギブ!」
「ギブアップなんかあるわけないじゃない。この私をカジノごときより下に見てくれたんだからね。お礼に灰の一片まで残らず燃やし尽くしてあげるわっ!」

 ―――絶叫。



 一回戦・第一二試合。

「――――――! ちょ、ちょちょちょちょちょっ!」

 入場して相手を目にした途端、メルリープの顔面が一瞬で蒼醒め……エントリーの時に仲間と固めた決意は、いとも簡単に打ち砕かれた。
 何せ対戦相手として立ちはだかったのが―――。

「あれ? あの子もエントリーしてたんだ……」

 因縁の赤頭巾の魔導少女だったのだ。
 まさかこんな所で巡り会うと思っていなかったメルリープは、あまりに巨大な恐怖の不意打ちに全身を縛られていた。もはやその場から逃げ出すことも侭ならない。
 対する少女は、何故か少し物憂気な表情で手にしていた魔導書を開く。

「んー……弱ったなぁ……」

 頬を掻きながら魔導書を捲り続ける少女。それが過去の負い目から漏れた一言であるとは、まさかメルリープは気づかない。
 本意ではなかったとは言え、過去の主の命令で何度もメルリープを打倒した少女にとって、彼女との再戦はあまり望んだものではなかった。

「えっと……なるべく痛くない魔術にしとこうかな……」

 少女は魔導書を読み上げながら詠唱に入る。

(どっ、どどどどどどどどどっ…………!)

 もはや動揺に呑まれたメルリープは、その場で両脚を震わすしかなくなっていた。
 少女の詠唱に合わせて、彼女を守るように小さな竜巻が何個も現れた。目に見えるほど密度の濃い風が魔力によって高速で渦巻いている。

「とりあえず―――酔ってもらうね」

 少女の一声を合図に、周囲の竜巻が一斉にメルリープ目がけて襲いかかり―――途端に彼女の意識は混濁に呑まれ、回らない呂律で奇天烈な悲鳴を上げ始めた……。



 そんな明らかに埒外な二人の強さを目の当たりにしたからか……100万ギルよりも命を優先する者が相次ぎ辞退者が続出したワンデートーナメント。
 勇敢か無謀か対戦した者たちも、一分もたずに次々と敗北。
 結果、意外と早く訪れた決勝戦。
 残ったのは、ユーイチを業火で一掃した女―――魔女リリスと、不運にも再び大量のメルリープと対峙する羽目に陥った魔導少女―――ロゼッタとなった。
24/32ページ
スキ