気紛れたラスボスを振り回す気紛れた群像

◯水晶霊月3節目 12:00 娯楽都市マッカラン 商業区画

「一日限定のワンデートーナメント?」

 商業ギルドの隣の料理店。その隅に風変わりな三人が座っている。
 大道芸人に踊り子、そして露出多めの拳闘士。彼らは娯楽施設で各々別行動を取っていたが、昼食のため一旦商業区画の料理店に集まっていた。
 声を上げたのは大道芸人の青年―――ユーイチだった。目の前で大飯を食らう格闘家然とした男―――ハリソン・ゲイルが闘技場から持ち帰った情報を耳にしてのことだ。

「おうよ。午後から一日限定の特別イベントってことで開かれるらしい」

 フォークを器用に回しながらハリソンが答える。

「それがどうかしたのか?」

 だが、ユーイチの返答は素っ気ない。踊り子の女―――シャロン・ハーヴェストはテーブルに頬杖をつきながら、不機嫌な面持ちで料理を突ついていた。
 ハリソンは含み笑いを浮かべながら、フォークを青年に向ける。

「それが何とだ。優勝賞金に100万ギル用意されるらしいぞ」
「100万?」

 青年の動きがピタリと止まる。

「普段の闘技場だと、Aランクでも賞金30万だからな。実にその三倍額の争奪戦ってわけだ。だからこそ腕に自信のあるヤツが軒並み出てくるだろうけどな」
「軒並み? 人数に制限とかないのか?」
「トーナメントだからな。参加者募れるだけ募って運営側がランダムに対戦相手を決めていくらしい」
「つまり三人で出れば……」
「まあ賞金獲得の確率は上がるな。だが俺は無理だ。出禁になっちまったからな」
「出禁? 何でだよ」
「やりすぎたのよ」

 そこで初めて、シャロンが口を開いた。

「一日でほぼ全ランク制覇するとか前代未聞だって、闘技場の運営側から待ったがかかったのよ。向こうが用意してた対戦相手が全員負傷しちゃって、ワンデートーナメントがなかったら今日の午後は閉鎖する予定だったって嘆いてたわ」
「闘技場が選抜した連中なんだから、そりゃ強ぇんだろうって思って本気でいっちまってな。そしたらあんまりに弱いんでビックリしちまった。おかげで医務室がパンク寸前だって看護師も嘆いてたな、ははっ!」

 豪快に笑うハリソン。だがユーイチは二人の話そっちのけで、100万ギルの誘惑に目を眩ませていた。

「100万ギル……100万ギル……ん?」

 そこでふと、ある疑問に行き当たった。

「午後は閉鎖の予定だったってことは……、このトーナメントは闘技場の連中が企画したんじゃないのか?」
「ん? ああ、どうやら違うみたいだぞ。俺らが出てくる時から準備始めたらしくてやたら慌ただしかったからな。貴族連中から押しつけられたりしたんじゃないか?」
「……まあ別にどうでもいいか。どういう経緯で開催されようと大事なのは賞金が100万ってとこだけだからな。―――よしっ!」

 ユーイチが威勢良く椅子から立ち上がる。

「すぐにエントリーに行くぞ! まだ間に合うんだろ?」
「あと三〇分くらいだな」
「あたし、出ないわよ」

 そんなユーイチの気合いにシャロンが水を差した。

「出ない? 何言ってんだお前」
「あんたの私利私欲の為に命張るなんてご免だっての。それにこんな格好じゃ勝てるもんも勝てないわ。むざむざ負け戦に出るのなんか嫌に決まってんでしょ」
「だからエントリー前に職業診断所に行くんだよ」
「あのね……もう何ヶ月も自分の剣を持ってないの。数ヶ月もブランクがあったら勝てる試合も勝てないわ」

 ベルトの短剣を叩きながら参加を突っぱねたシャロンに向けて、ユーイチは溜め息を吐き捨てる。

「なんだ、使えないヤツだな。……仕方ない、じゃあ俺だけでいくとするか」
「おいおい大丈夫かよ。実戦なんて数ヶ月ぶりだろ?」
「100万ギルが俺を呼んでるんだ。這ってでも辿り着いてやるさ」

 なぜか自信満々に宣言すると、ユーイチは店を飛び出して行った。

          ‖

娯楽都市マッカラン 闘技場

 ほぼ同じ頃の娯楽施設、闘技場のエントリー受付。
 そこには外まで続く長蛇の列が出来上がっていた。
 全員がワンデートーナメントの参加希望者だ。
 フロアでは急遽開催の決まったトーナメントの準備の為に大勢の運営関係者が駆けずり回っていた。開催が約一時間後に迫っている為、一帯は大わらわだ。
 その参加希望者の顔ぶれは老若男女様々だった。
 一瞥した感じでは剣士や拳闘士、槍術士など近接格闘型の職業が多いが、魔導士や弓術士など闘技場には不向きな職業も結構な人数が確認できる。中には盗賊や吟遊詩人など目的を違えたとしか思えない参加者までちらほら目についた。幼い少女から皺だらけの老人まで実に多様だ。
 100万ギルに目が眩んだのか、あるいは純粋に力試しで強者を求めているのか、各々の夢や決意を胸に秘めて受付の順番を待っている。



 その列をフロアに立つ柱の陰から眺めている二人の女。

「いた?」
「……まだ来てないみたいですね」

 エントリーを済ませた参加希望者にも見えるが、周囲の誰もが彼女たちの姿を一目見ると、その印象を一瞬で翻していた。おそらくは参加者のお供か何かだろうと。
 それは、二人の外見に起因していた。
 その会場全体を見回しても格の違う美貌に、およそ闘技場で命の駆け引きに興じるような人間には見えなかったのだ。
 一人は深緑色の長い髪とサングラスが印象的な女で、外套の上からでも自己主張の激しい胸元や微かに覗く細い脚線美が衆目を引きつけていた。そんな彼女の隣には群青色のセミロングと円らな瞳が魅力的な、やや童顔の女性が付き添っている。
 どちらもおよそ戦闘とは無縁の雰囲気を放っていた。
 だが、そんな大衆の認識は二つの意味で誤っていた。
 一つは、彼女たちこそがこのワンデートーナメントの開催を闘技場運営者に提案した張本人であるという意味で。
 そしてもう一つは―――彼女たちは人間ではないという意味で。

「あと少しでエントリー締切ですけど、ホントに来ますかね」
「あれだけの金の亡者なら100万ギルに釣られてくれるでしょうよ、心配ないわ。って言うか、運営側もよくほいほい乗ってきたわね」
「優勝賞金100万ギルですからね。一番高いAランクでも30万ですから、やらない手はないですよ。それに午前中の一人の参加者が闘技場の雇った拳闘士を全員倒してしまって、午後の開催が危ぶまれてたらしいですから、丁度良かったみたいですよ。……でもリリス様、ホントに出場するんですか?」

 群青の瞳を不安に曇らせながら尋ねる女に、リリスと呼ばれた女は艶やかにサングラスを直す。

「当たり前でしょ。そのために開催するんだから」
「でも……結構強そうな人いっぱいいますよ? それに魔導士や弓術士みたいな遠距離型は攻撃手段を制限されたりハンディが課せられるから本気でやれませんよ? 同じ職業同士なら無制限ですけど、あの男はおそらく近接格闘型でしょうし……」
「ったく心配性ね。私が負けるとか思ってるの?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど……」
「よく見なさいよ。あんな童話に出て来るような赤頭巾の女の子まで並ぶ始末よ? むしろ限界まで加減しても大怪我させそうで怖いわよ」
「……くれぐれも正体はバレないようにお願いしますね」
「どこまで心配性なのよあんたは。それより運営側に話はついてるのよね」
「はい。あの男とリリス様が一回戦で当たるようにって伝えてあります」
「ならいいわ。あの男、下手したら一回戦で負けそうだからね。ホントだったら観客が一番多い決勝で叩きのめしたいところだけど仕方ないわ。―――じゃあ、私そろそろ控え室に行くから、後の準備はよろしくね」
「はい。……ほんとに気をつけてくださいね?」

 リリスは後ろ手を振りながら応えると、そそくさと参加者の控え室へ向かった。



 数一〇分後、リリスの読み通りに事は運んだ。
 職業診断所で転職登録を終えてきたユーイチが、ワンデートーナメントのエントリーを終えた。締切時間ぎりぎりの滑りこみ登録だった。
 その格好は剣士。それもリーフィアの予想通りだ。
 そしてリーフィアの裏工作によって、彼の一回戦はリリスと組まれた。
 全ては万事順調計画通り。
 あとはリリスが彼を倒し、決勝まで無事に終えて戻ってくるのを待つだけだ。
 段取りを整え終えたリーフィアは、少し軽くなった気持ちと共に観客席へ向かう。万一主を脅かしかねない存在が現れた場合、その弱点を探る為に。

 やがて、欲望渦巻くトーナメント開幕の火蓋が切って落とされる。
 ―――リーフィアの心に一抹の不安を残したまま……。
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